57-5 夫婦の時間
「おはよう」
俺はシルに朝の挨拶をしてやったが、目までをシーツから出したまま出てこない。
「おはよー」
「どした?」
「んー、なんか恥ずかしいの。
アルさん、じゃなかった、あなたは経験あるだろうからいいけどー」
五十歳過ぎて経験が無い人は賢者っていうんだったっけか?
このおっさんも、さすがにそれは無いな。
今日はもう帰る日だ。
重要イベントはこなしながらなわけだが、別に遊んでいたわけじゃない。
俺はみんなと過ごしながらも、ちゃんと仕事をしていたのだ。
俺は女王蟻か女王蜂の如くにゴーレムを生み出していた。
むろん、それは今度新しく創設されるシルの騎士団に該当するものだ。
あ、一応夕べはさすがに作業無しにしておいたが。
よし、明日までには数が揃いそうだな。
間に合わなかったら、現行のゴーレムから回してもいいと思っていたが、やはりこういう場合には全部新造した要因で決めると気持ちがいい。
ゴーレムはロールアウトしたてでも、経験値はデータリンクで入手できるから助かる。
現在、新撰組の連中が騎兵団としての訓練に勤しんでいるのだ。
先にロールアウトした奴から順次訓練に参加させている。
「あー、仕事の事を考えているなー。
こういう時に、そういうのって駄目なのよー」
女って、何でそういう事がわかるんだろう。
「はいはい、姫君。
じゃ、シャワー浴びるよ」
俺はシルをシーツで包んで抱っこしていった。
着替えて外へ出ていくと、メインデッキのテラスにドラン達がいたので声をかけた。
「おはよう」
「おはよう、夕べは御楽しみだったな。
船が揺れていたぞ」
「アホ!」
うちの奥さんは顔を真っ赤にしていたが、フランチェスカさんは笑っていた。
奴のこういう御茶目なところも好きなんだろう。
そんな妹の事を兄上の方は生暖かく見守っていた。
これがシスコン王子の方だったら、俺は朝から日がな一日剣の訓練だったかもしれん。
朝食を終えて、午前中はまた島に戻った。
「あー、ハネムーンはもうすぐ終わりかあ。
なんだか寂しいなあ」
シルが少し切なそうだ。
「あはは。
あいつらはもっと深刻だぜえ。
帰ったらまた机の上で書類と戦争だからなー。
しかも仕事が溜まりまくっているだろうし。
女の子達だって今までとは違うのさ。
ナターシャ妃も、君の母親から【王妃の心得】を伝授されるんじゃないかな。
まあ、あの御姫様なら大丈夫っぽいが」
それがAランク冒険者の心得じゃなければいいんだが。
あの快活な御姫様も、草原の民の出身だから結構そっち方面の素質はありそうなのでいいか。
そしてシルがこんな事を言いだしてきた。
「そっかあ。
ねえ、帰ったらどこで寝るの?」
「そうだなあ。
あまりにもいきなりだったんで、ちゃんと用意出来ていないが、とりあえず緊急で離れでも作るか。
まあ、おいおいに希望に沿うようにはするよ。
すぐに立派な御屋敷じゃないと駄目なのかい?」
「そういうわけじゃないけどお……」
ああ、そっちの方の心配をしているのか。
シルにとっては重大な使命だものな。
「まあ、その辺は配慮するよ。
何せ、あそこは子供がいっぱいだからな」
「うん、わかった。
ねー、お散歩しよ」
「ああ」
なんとなくわかる。
こうして一緒に歩いてやるだけでいいのだ。
特に、この三日間は特別な日々なのだから。
ただ一緒に時を過ごす、そんな時間。
夫婦や家族なんてものには、そういう事の積み重ねが一番大切な気がする。
そういう事を怠ると心が離れていってしまい、熟年離婚とか定年離婚に繋がっていくのかもしれない。
俺はシルと一緒に手を繋ぎ、南国の白い砂浜を二人の足跡で埋めていった。
午後便の帰りの飛行機の中で、王子様と皇帝殿は少し憂鬱な顔をしていた。
天国から地獄行きの直行便なのだから無理はない。
ただ、俺だって一戦待ち構えているんだからな。
そっちの方は、ちょっとだけ楽しみだぜ。
「また悪い顔をしているね。
いつもの事だけど」
「うん。理解のある奥さんで嬉しいよ」
まあ、大体俺のやる事なんてわかっているんだろうからな。
むしろ彼女にとっては、今夜の寝床の方が気になるのだろう。
先にドランをベルンの帝宮へ送ってから、アルバの王宮へと帰還した。
リヒター伯とは前もって連絡をとっておいた。
もう留守中に何かあるような心配はないようだ。
今回の話も、俺が国中に喧伝させておいたからな。
ドラン達も、今回は強引に結婚まで捻じ込んでみせたので不穏な空気がまだ残っているかもしれない。
一応帝国には念のためにゴーレムを少しつけておいた。
だが王太子殿下ときたら。
王宮前広場へ到着してすぐに、これだわ。
「では、グランバースト公爵。
私は仕事に向かいますので、これで」
「え!
せっかくの新婚なんですから、今日は早めに切り上げたらいかがですか」
「そう出来ればいいのですが、おそらく仕事も溜まりまくっていますのでね。
じゃあ、妹の事はよろしく」
王太子殿下と王太子妃殿下は、二人仲良く寄り添って宮殿へ向かって歩いていった。
「さて、俺達はどうするかな。
君の騎兵団の編成をするか、それとも公爵邸を見にいくか」
「公爵邸が先でもいいかしら。
あの男が使っていたわけだし、家宰も牢屋にいて留守にしていたわけでしょ。
荒れ放題なんじゃないかな」
まあ、確かに心配する気持ちもわかるが。
「じゃあ、そっちへ先に行ってみるか」
ここから目視できるところに「グランバースト公爵邸」がある。
約千五百メートルほど先だ。
バイトン家が滅びてから、いわば空き家になっていた場所なのだ。
王都の西にはスタンピードの危険を孕む迷宮があり、更にその向こうには長年の脅威、ベルンシュタイン帝国がある。
今は帝国もさほど脅威というわけではないが、つい先日もベルンシュタイン帝国で現皇帝を追い落とそうなどと今更ながらに足掻く連中もいた。
この国防を担う西の公爵家の本拠地である西宮を空のままにしておいていいわけがないのだ。
王家は最初から俺をここへ置く予定だったのだろう。
シルとくっつけた上で。
それでシル達が、あんなに遊びに来ていても全く文句言われなかったのだな。
あの一家の場合は、それ以前のような気もするが。
まあ、それも今更な話だ。




