3-8 Aランク試験
この一週間ほどは、ギルマスやアントニオにアンドレさん、それに前に頼んで見てもらったギルドの教官達と一緒にみっちりと稽古を行なった。
そして魔力制御の訓練に邁進する。
かなり頑張ったので、身体強化とHPのレベルがLv12に上がった。
そしてHPが800万まで一気に上がる。
更に、武器・防具・魔道具などの装備の開発整備に明け暮れた。
一応エリのところへは転移魔法で毎日顔を出していた。
結構新しい御菓子なども完成していたので、エリーンも試食に余念がない。
エリーンの奴、護衛任務が終わってもあの家から出られるんだろうか。
他人事ながら心配になるな。
チームリーダーであるエドの苦労が忍ばれる。
異世界五十二日目。
本日がAランク試験当日だ。
日本はもう正月も終わって成人式の頃だな。
しまった、餅を食うのを忘れていたぜ!
餅なんて無いんだけどな。
あ、去年の残り物の、個装パックされた奴が二個だけあったんだった~。
賞味期限はとっくに切れているが、俺には再生という必殺のスキルがあるのであった。
縁起担ぎに、朝御飯は目出度い正月飯の雑煮にするか。
昭和のおっさん得意の験担ぎだ。
やっぱり餅は力もつくしな。
朝の魔力制御の訓練、そして軽く体を動かしてから王都のギルドへと向かった。
なんか会場の雰囲気は殺伐としているな。
まあ無理もないのかもしれんが。
ここで優勝すれば子爵相当の身分になれるのだからな。
王国に仕官すれば、本物の子爵になる事さえも可能なのだ。
だが俺は異世界地球生まれで、しかも東洋人なので貴族位なんていう物にはそう興味がない。
強いて言うのであれば、地球のヨーロッパにある『某海の国』の金で買える公爵位の証書なんかには興味がない事はない。
あれはネット販売だから異世界からでも買えるはず。
証書本体は異世界まで届かないけどね。
Aランク試験の参加者は、ざっと見た感じで二百人はいるな。
これは現役のBランク冒険者が、ほぼ揃っている勘定になる。
これで本戦出場の八名にまで絞るらしい。
予選は二十五名くらいでトーナメントをやるのだ。
今日は国王や主だった貴族なんかも観覧する。
負けたとしても活躍すれば彼らの目に留まる。
だから気合の入っている奴も多い。
もう年齢的にピークを過ぎて久しく、とっくに優勝の望みの無い奴も、だからこそ出てくるという事情もある。
知恵と経験を買っていただこうというわけだ。
各ブロック二十五名でブロック内で、十二名と十三名のブロックに別れてから第一試合だ。
今回はぴったり二百名の参加だったようだ。
自分は十二名の方だった。
最初の試合の片方は槍使いで中々の腕前のようだ。
俺も槍を少しは齧ったので、なんとなくわかる。
彼の得物はミスリルの大槍だ。
槍は唸りを上げて、そいつが頭上で振り回している。
彼の相手は重戦士だ。
かなりの重量の大剣が、軽々と空を切る。
あんなごつい鎧を着込んでいるくせに結構素早い。
さては脳筋に見せかけておいて色々なスキル持ちなのだな。
さすが歴戦のBランク冒険者ともなると、結構食わせ者も多そうな雰囲気だ。
注意してかからないといけないかな。
Aランク試験はBランクに比べて荒っぽい。
試験結果に相手の生死は問われない。
まあAランクに上がろうというからには、その辺は無闇な事をする奴も少ないはずだ。
今後の評価に関わるだろうから。
あまり人格に問題があると子爵位が得られない事もあるらしい。
だが、中にはそんなイカレ野郎がいないと限ったわけでもない。
遠慮をしていたら、うっかりと死んでいる事もあるかもな。
ここは気合を入れていくとするか。
他の奴の試合を見ていても、Bランク試験の時とはレベルが違いすぎる。
皆が皆、あの厳しい試験の勝者であり、その後も幾星霜の歳月の間に研鑽を積んできた猛者なのだ。
俺なんか高ランク冒険者としては新米もいいところなんだからな。
ちょっと前までEランクで、その少し前は日本にいたのだからランクレスだ。
奴らはAランク試験の経験も豊富のようだ。
だが今のところ、見回してみてもアントニオクラスの化け物はいないようだ。
アントニオとの特訓で、魔道鎧を強引に剥がす事にも成功した。
あれは他にも応用してデバフのように使える技だ。
普通の魔力による身体強化や魔力で体を覆って防御したりなんて、このクラスの人間なら誰でもやるからな。
お次が自分の番だ。
対戦相手は老獪そうな、自分と同じくらいの歳だろうか?
Aランクを土産に引退したいクチだろう。
だが、思わずハッとした。
構えていたはずなのに、試合開始直後に目の前へ詰め寄られていた。
なんだか不思議な独特の足運びを見せる奴だ。
こいつは!
次の瞬間に俺は見事に吹き飛んでいた。
速度自慢な魔道鎧持ちであるこの俺が、まさかの先制を食らって場外送りとは!
ここに場外負けなんていう生易しいルールはない。
戦闘不能かギブアップするまで続く。
いきなりアーモンから気を付けろと言われていた奴に当たってしまった。
「いいか、アル。
お前は強い。
凄い魔力を持っている。
Aランク試験といえども、大概の奴は力で圧倒出来るだろう。
だが暗殺者系の相手には気を付けろ。
奴らは独特の足運びや間合いの持ち主で、またおかしな攻撃もしかけてくる。
対人戦闘の経験の少ないお前にとっては厄介な相手だ。
そういう相手と対戦したら、開始早々に潰せ。
魔法がお前の最大攻撃手段なんだから、遠慮なんかするな。
苟もAランクを目指す連中が相手なんだ。
少々のやりすぎは大目に見られる。
客席に被害が出ないよう、当日いつもより強力なシールドを張らせておこう。
心配なら自分でも張っておけ。
お前は盗賊ギルドと揉めた。
奴らの子飼いであるBランクもいる。
お前と当たったら、殺し目的がメインになる可能性もある。
あまり真っ当ではない感じのヤバそうな相手は殺して構わん。
いや、むしろ試合中に始末しておけ。
この先の事を考えたらな」
ちっ、我ながら間抜けな。
アーモンの奴、今頃は観客席で大爆笑しているんじゃねえか?
奴め、無闇に近づいてこないで様子見してやがる。
それはお前の命取りだ。
遠距離タイプの超攻撃者を近接で倒しておきながら、距離を取って様子見だと?
ヒットアンドアウェイのつもりなのか知らないが、絶対に後悔させてやるぜ。
最初の一撃で仕留めに来なかった事を。
ムードが変わった事を敏感に察したのか、奴はまた少し距離を取った。
どこへ行くつもりだ?
この逃げ場のない籠の中で。
俺は片手の掌の上で、わざと奴に見えるように魔力を練る。
自分の顔がどんどん凄惨なものに変わっていくのがわかる。
そして物凄い笑顔に変わった。
嬉しくてしょうがない。
こいつを今からぶっ殺せる。
う、どうもいかんな。
あまりにも急激に荒事へ関わり過ぎて、異世界の有り様に心が引っ張られてしまっているのか。
あの戦国時代に俺の街は、一種のその中心地みたいなものというか、そこでも侍同士の殺し合いで街が数千の死体で埋まった。
そして、うちの街の人間が天下を取った。
うちの街の男どもは、あの頃に何人の敵をぶっ殺したんだろう。
同様にうちの街の人間で死んだ奴も大勢いたわけなのだが。
妙に、そういう事が心に刷り込まれている。
こういう時に何故か高揚するというか。
別に俺が天下を取ったわけでも、敵をぶっ殺しまくったわけでもないのだが。
なんかこう、そういうものに対して精神的に禁忌がないというか。
脳内お花畑に世界で一番無縁、いやその対極にある、当時の世界で一番敵の首を狩ったと思われる戦闘部族の住んでいた街の出身なのだ。
普段は本当に大人しくていて、ちまちまと農作業しかしていない民族なのにな。
だが戦になり、得物を持った瞬間に『変わる』。
今でもあの頃の凄い馬上剣とか刀あれこれとか、ドヤ顔で街に飾ってあるもんな。
街の普通の刃物屋にも『馬斬大鉈』なんていう物騒な物まで展示してあるのだ。
手斧ではない、薪割用の普通の斧の刃が玩具みたいに見えるサイズの大鉈だ。
まるで俺の拡大コピーで大型にした中華包丁みたいな代物なのだ。
見たところ、重さ数十キロくらいありそうなのだが。
あれがまた、全長の四分の三ほどが刃渡り長だしなあ。
戦国時代に一体誰が使っていたんだ、あんなもの。
俺の脳内では農民兵が振り回しているのだが。
大鉈とか中華包丁を持ってくればよかったなあ。
今の俺のパワーならば、たとえ二丁馬斬大鉈でもヌンチャクのように余裕で振り回せる。
今度オリハルコン製の馬斬大鉈を自分で作ってみるか。
街の住人多数が『マイ法螺貝』を持っていて、ワックスがけしてピカピカに磨いて部屋に飾っている街って、サムライ日本といえども比較的珍しいのではないだろうか。
あれもマジで高価なんだよね。
確か普通の奴で相場が二十万円くらいしていなかったか?
一際立派な奴だと一体幾らするのかなあ。
俺もあれを買っておいて、異世界へ持ってきておけばよかった。
キャンプ場で吹くには少々微妙な代物なのだが。
ウケ狙いならありかも。
人を集める集客効果はありそうだけど。
そういうところで吹いていいのは、せいぜいハーモニカまでだよな。
今度こっちの海で法螺貝を探すかな。
魔物貝じゃない奴で。
さてさて、この爺は真っ当な相手ではなく俺の敵なのだ。
ここでなら倒してしまっても問題ない。
さあ大将、喧嘩をおっぱじめようぜ!
ぐわーんと音を放つかのような勢いで、俺が練った魔力が膨れ上がる。
風魔法を凝縮していき、凄まじい渦が巨大な球体として可視状態にまでなり膨らんでいく。
ついには直径五メートルもの凶悪な風魔法の渦が誕生した。
死にさらせ!
「ギブアップ」
「え?」
「ギブアップじゃ」
奴は平然とそう言い放った。
「ちょっ」
俺は呆然として、間抜けにも手の平の上で魔法の荒れ狂う球体を躍らせていた。
「勝者アルフォンス」
審判のジャッジが無情にも響きわたる。
会場がしんと静まり返ってしまった。
俺は思わず肩をプルプルさせていた。
これがプロの暗殺者のやり方かよ。
ちょっと怒りのやりどころの持っていきどころがない。
がっくりして魔法をアイテムボックスに収納した。
「いつか、あいつにこれをぶち込んでやる。
その日までこれを取っておくんだ!」
そうブツブツ言いながら。
奴の勝ち誇ったような顔が超うぜえ。
まるで勝った気がしない。
試験に対するテンションやモチベーションが駄々下がりだ。
畜生め。
いきなり問答無用でフレアでもぶち込んでやればよかった。
いざという時のために、今回は最大威力の上級魔法を山ほどストックしてあったのに。
もったいをつけていて、してやられた。
奴の事をもう笑えない。
プロの状況を見定める力、切り替えの速さに舌を巻いた。
先が思いやられるぜ。
やっぱりAランクに上がろうとする奴は海千山千だわ。
うちのブロックはこれで残り選手は六人になった。
次の試合は俺がシードになる。
やっぱりギルマス推薦があると強いな。
ざっと他の試合をチェックしておいたが、本当に強い奴はまだ様子見で小手調べだろう。
俺みたいなAランク試験ルーキーを初見殺しにするために。
すぐ前の試合が終わり、二回目の試合が始まる。
俺の場合、あと三つ勝てば予選ブロック優勝だ。
そして、その次が本戦なのだ。
今度の相手は魔法使いだった。
俺は相手を射殺すような目で見て、魔力を立ち上らせた。
試合前にデバフも含め、相手を攻撃しないなら魔力の発動は自由だ。
バフは徹底的に重ねがけしておく。
ミスリル剣にも、とてつもない必殺の魔力を込める。
魔法剣の応用で「フレア」の炎が刀身から吹き上がる。
そして、魔力によるメンチ切り。
魔法使い同士なら当然の試合前の挨拶だ。
自分でも恐ろしいほどの魔力で、試合会場どころか観客席までも埋め尽くした。
しかも止まることなく上昇させ続ける。
俺は気付いていなかった。
すでに観客席が半恐慌状態になっている事に。
それに、いつまでたっても審判の合図がない。
不審に思って審判を見ると、審判も固まっていた。
俺が魔力の放出を緩めてやると審判は再起動した。
そして微動だにしない対戦相手に近づくとこう言った。
「勝者アルフォンス」
なんと、相手が立ったまま気絶していて戦闘不能状態のようた。
またもや会場が静まり返ってしまった。
ううっ、二試合連続して会場を盛り下げてしまった。
さっきのはドラゴンを沈黙させ、後ずさらせるほどの魔力だったはず。
しまった、やりすぎた。
俺もフラストレーションが溜まる一方だ。
次の選手に期待する。
そして……鮮やかに、俺の不戦勝が決まった。
見事な決勝進出を決めた俺に、観客席から多くの失笑が忍び寄る気がするのは、はたして気のせいなのか。
思わず身悶えた。
ああ、失地回復のチャンスが~!
大丈夫だ、俺。
まだ本戦がある!
間髪を入れずに本戦が始まった。
休憩も無ければ選手の紹介も無い。
さすがは体育会系な冒険者ギルドの催しだけの事はあるな。
俺の試合は本戦開始直後に組まれていた。
やっと真面に戦えそうだ、などと思っていたら開始早々にそいつを食らった。
「ドラゴンブレス」
いきなり、そう来ましたか。
俺以外にこいつを習得していた奴がいたとはな。
ドラゴンブレス 、こいつは厄介な魔法だ。
魔法でありながら物理。
マジックシールドでも防げない。
物理シールド、しかも半端無い奴でないと防げない。
その上、何故かディスペルを受け付けない。
物理攻撃の効果を持つからなのか、ドラゴンの体内で発動して吐き出された外では物理攻撃として認定されるためか。
だが、こいつには決定的な弱点がある。
超強力で対魔法効果を受け付けない代わりに、効果時間が短いのだ。
もっとも、大概の相手はノックアウトできるだけの強力魔法だ。
滅多にこれを持っている奴はいないし。
普通はドラゴンしか使わないスキルなので半端ないエネルギーを要するため、普通の人間が使用するのは無理なのだ。
俺はそいつを楽々、只のシールドで防いでいた。
単に膨大な魔力量の御蔭なのだが。
ハイシールドすら使っていない。
そして、ついに相手のドラゴンブレスが切れた。
そのクールタイムに、逆にこっちから奴の数倍の威力を持ったドラゴンブレスを食らわせてやった。
だが奴も何らかの反撃を警戒していたのか、その刹那に上へ飛んでいた。
フライ持ちか、こいつは厄介な。
いやこれはAランク試験なんだ。
むしろこれで当然か。
俺も遠慮なく、単発ミサイル魔法に搭載した追尾式のフレアをぶち込んでやった。
そいつは見事に空中で奴を追尾して命中し大爆発する。
シールドを全方位展開しておいたので、こっちはビクともしない。
そして、奴は……ちょっと焦げているだけだった。
なんだよ、こいつ。
絶対に優勝候補の一角だろう。
そして、多分人間じゃないな。
魔道鎧すら帯びていないのに、あまりにも頑丈過ぎるぞ。
シールドもバリヤーも張っていないのに。
遠慮なく鑑定すると、結果はこう出た。
「ドラゴン。人化中」とある。
なんじゃ、そりゃあああ。




