3-7 ドラゴンスレイヤー
奴のドラゴンも俺が収納に預かり、転移魔法で冒険者ギルドへと戻る。
まだ時刻は夕方前だ。
それは、時にはパーティメンバーが欠落した悲しみをも連れ帰る魔の刻。
あるいは素人同然の駆け出しパーティであるならば、誰も還らぬ事すらもある「闇黒の逢魔が時」の前哨となる刻。
ここはギルドの習練場、高ランク試験も開催される会場ともなるかなり広いスペースだ。
「おや、案外と早かったね。
首尾の方はどうだい?」
アンドレさんの問いに、俺はごろんと三頭のでかいドラゴンを出してやって答えに代えた。
本当、冒険者ギルドの習練場って広いよな。
天井も高い。
天井というか、厳密には屋内とは言い難いオープンスペースにある屋根に近いものだ。
俺みたいに大物のドラゴンを持って帰るような奴ばかりじゃないと思うんだがね。
普通は収納なんていう良い物は持っていないから剥ぎ取り素材を持ち帰るので、魔物を丸のまま持ってこないし。
ドラゴンはアイテムボックスで血抜きをしてあるから、床が汚れたりはしない。
ギルマスも驚き、そこに現れた三連山を凝視する。
「なあ、アーモン。
あの迷宮には、なんでドラゴンが三頭もいやがるんだ?」
「そんな話は聞いた事がないな」
ギルマスも不審そうに、でかい獲物を睨む。
「これは絶対によくない話だぞ。
最近のダンジョンの異変の話は耳に入ってるんだろう?
まあ御蔭で俺達は二人共晴れてソロドラゴンスレイヤーだ。
しかも俺はドラゴンスレイヤーWの称号付きだぜ」
俺は笑いが止まらない風で言い放ち、豪快な哄笑と共に胸を張った。
しかしアントニオは真剣な表情で訊いてくる。
「それで本当によかったのか?
お前がトリプルも狙えたんだぞ」
「あんないいものを見せてもらったんだ。
よかったに決まっているじゃないか。
なあ、アンドレさんもそう思うだろう」
「ああ、この傷だらけになったドラゴンの姿を見れば、どんな凄まじい戦いだったかもわかる。
アントニオ、お前はオルストン家の誇りだ」
「アンドレ兄さん……」
「アル、ドラゴンは一度仕舞っておいてくれ」
「あいよ」
ギルマスに言われて、俺はそそくさと、すべてのドラゴンを仕舞った。
「色々と問題はある。
王には報告を入れんといかんだろう」
「また俺も行くの」
「いや、今回はいい。
別にオイタをしたわけじゃないからな」
「ついでに、王様に俺をSランクに推薦する話もしておいてくれ」
「わかった」
「オイタ?」
アントニオが首を傾げた。
「来いよ」
俺は奴の方を掴み一緒に転移して、アントニオに魔法演習場を見せてやった。
見事なまでの夕日を受けて美しく虹色に輝くガラスの大地。
このトワイライトなオレンジのかかった光景も悪くないな。
ガラス化した大地にそれが映えて、またなんとも言えぬ風情がある。
俺はしっかりとビデオの映像に収めておいた。
いや、こいつは綺麗だなあ。
こうして改めて見渡すと、やはり芸術的でさえある。
俺はガラス工芸が大好きなんでなあ。
よく名古屋の美術館なんかに、そいつ目当てで見に行ったもんだ。
この世界にもそれはあるものだろうか。
今度探してみようかな。
「お前……」
アントニオも最初は呆れ顔だったが、急に大笑いしだした。
「お前は本当にとんでもない奴だな。
まったく、たいしたもんだよ」
ふとアントニオのステータスを鑑定すると、しっかりとソロドラゴンスレイヤーの称号がついていた。
自分のステータスを見ると、迷い込みし者・Bランク冒険者・ソロドラゴンスレイヤーWの称号になっていた。
とりあえずは、そのBランクをAランクに変えるだけ、いやSランクに。
そして今度こそあいつらを綺麗に掃除してくれる。
噂は王都中に広がった。
ルーキーのBランク冒険者と『あの』オルストン家の三男がダンジョンのドラゴンを倒したと。
しかも各々ソロ討伐であると。
ドラゴンが一度に三頭も湧いていた話も知れ渡った。
俺は一度エリの家へ様子を見に戻った。
俺を出迎えてくれたのは、プリンを一心にかきこむエリーンの姿だった。
これならば特に心配は無用か。
子供達は忙しく御菓子作りをしていた。
今日はプリンの試作をしていたらしい。
プリンなら、専門の試食係が常駐中だしな。
材料はエリに渡したアイテムボックスの腕輪に、いろいろと突っ込んである。
「リサさんは?」
彼女の姿が見えないので試食係に尋ねる。
「今は用事があるとかで出かけていて、エドが一緒に付き添ってる。
ずっと見てたけど、彼女の健康には別段問題ないよ」
「そうか、それなら安心だ」
特に問題はなさそうだな。
こいつもよく見てくれているようだから安心だ。
伊達にプリンのタダ食いはしていないものらしい。
「それよか、アルさん。
ドラゴンをやったって本当?」
興味津々な様子でプリンの試食係に尋ねられた。
「ああ、これでAランク試験に受かればSランクは堅いな。
何しろソロドラゴンスレイヤーWの称号持ちだ。
ギルマスのアーロンだって、パーティによるドラゴン討伐でSランクに上がったんだからな」
「すげーっ。
みんな!
アルさん、ドラゴンスレイヤーになったんだってさ」
「すげー」
「すごおい」
「凄いですねー」
うん。
お前ら、絶対にその凄さがよくわかってないよね。
特に四歳児と七歳児が。
王都の冒険者ギルドへ戻ると、アントニオが少し所在無げにしていた。
「どうした?
元気がないな。
お前もソロドラゴンスレイヤーになったんだ。
もっと胸を張れよ」
「ああ。
なあ、今からちょっと飲みにいかないか?」
「ん? 別にいいけどな」
ぶらぶらと店を探していると、なんとなく門構えが気になる店があった。
感じるのだ。
間違いない、ここはいい店だ!
今までこれで店を外した事はない。
安さとかに釣られて入った時はまず駄目だけどな。
「ん? この店がいいのか?」
「ああ、ここにしよう。
俺はな、店は門構えで選ぶ事にしているんだ」
「なんだ、そりゃあ」
幸いにして、席は結構空いていた。
俺は、さっそくやってきてくれた店の御姉ちゃんに御願いした。
「お金には余裕があるんで、御任せで美味しい物をお願いします。
あと……おい、酒はどうする?」
「そうだな。
じゃあワインを御任せで」
「かしこまりましたー」
元気良く店員さんが注文をとっていった。
早速ワインが、にこやかなウエイトレスさんにより運ばれてきた。
へー、白か。
しかも、よく冷えている。
「ソロドラゴンスレイヤーに乾杯」
俺は杯を差し出した。
「ソロドラゴンスレイヤーWに乾杯」
奴も杯を合わせてくる。
卓上に小気味よい音が響いた。
俺はこういう感じが大好きでな。
そのグラスも、なかなか悪くないものだ。
よく手に馴染み、その美しい意匠に心が吸い寄せられる。
日本にいた頃も高級食器が見たくて、よく名古屋のデパート周りをしたもんさ。
グラスや食器なんかは大好きだったので、その日の御遊びの締めに、いつも閉店まで居ずっぱりだったっけ。
「ん、これは美味いな。
この世界で美味い白ワインは珍しい。
それにきちんと冷えている」
俺は狙いが当たって非常に御満悦だ。
セブンスセンスに乾杯。
普通、たとえ王都とはいえ、飲食店で酒を冷やすためだけに魔道具なんかは高くて使えない。
それこそ、貴族御用達の店で目の玉が飛び出るような金額を取る店くらいであろう。
ここも値段は結構お高いのだが、これなら十分値段に見合う。
料理も美味かった。
よくスパイスを効かせ、肉も良いものを厳選して使い、焼き加減も絶妙だ。
大当たりだ。
この店は店主の情熱が伺われ、客としても思わず唸るしかない。
日本ならネットで紹介されまくりで連日大混雑間違いなしだな。
夢中で味わっていたが、アントニオも飲み食いはしているものの、やはりどこか所在無げで若干虚ろな様子だ。
「どうしたんだ?
さっきからずっと変だぞ」
「ん? あ、いや。
家の事を思い出していたんだ。
かつてのオルストン伯爵家のな」
「へ~。
お前は貴族だったのか」
「いや、かつてのと言ったろう。
今はただのオルストン家さ」
「なんか大変だったんだな。
というか伯爵家が地位を剥奪されたんだ。
それは大変な事なのだろう。
よく生きていたな、お前も兄貴も」
「ああ、その辺はいろんな話があってな。
実際のところ、うちには何も落ち度はなかったんだ。
だが、どこかが責任を取らなくてはならなかった。
公爵家に責任を取らせるわけにはいかないだろう」
「あっちゃあ。
それで家の方は残ったのか」
「兄貴は……ああ、長男の方のな。
アンドレは次男だ。
アンディはいつかきっと功績を立てて、オルストン伯爵家の栄光をもう一度ってな」
奴は料理を突き、少し思いに耽るような感じで呟くように語った。
「俺は、まだあの頃は本当に小さくてな。
何せ二十年も前の話なんだ。
まだ二歳の俺には何も出来なかった。
アンディの兄貴に、文字通りおんぶに抱っこさ。
俺には両親の記憶は殆どない。
小さな俺をいつも父親のように抱き上げてくれたのは、彼の武骨な手だったのを覚えている。
アンドレもまだ幼い少年だった。
手助けといっても、なかなかな。
アンディの兄貴に全ての負担がかかっていたんだ」
「そうか」
俺はワインを傾けながら、短く相槌をうった。
「だが、アンディは運が悪かった。
オルストンには何も落ち度はなかったのに、また他人のあおりを食らって商売が傾いた。
そして……オルストン家は完全に没落した。
屋敷も失い、今アンディの兄貴は元の領地の近くに住む元爺やの所に身を寄せている。
そのオルストンの三男に過ぎない俺が今更……そう思うと何かこうやりきれなくてな」
「上の兄貴に顔でも見せてやったらどうだ」
「いや、アンディも複雑な気持ちだろう。
彼の気持ちを考えると、なかなか簡単には会いにも行けないよ。
俺はまた大好きなアンディ兄貴に会いたいんだけどな。
幼い俺にとっては父親も同然の人だったのだから」
「そうか……」
俺も思わず身につまされた。
俺と仲が良かった姉も、俺が無様にダウンしちまってからは疎遠になってしまった。
それも俺を疎んで避けているという訳ではなかったのだ。
凄く気にかけてくれていたのだが、とても声なんかかけられない。
想っても何かしてあげられる事がそうないのもある。
彼女自身も大変な部分があって、また家族も大勢いた。
身近な肉親が相手を想えば想う程、そういう時って逆に声をかけられないものなのだ。
わかる。
うちの母親も、頭の血管をやってしまって半身不随を患った弟である叔父に対してそうだった。
少し歳の離れた末っ子の弟だから可愛がっていたはずだ。
なにかと心苦しい気持ちもあったのだろう。
たまに俺にも、そういう話をしてくれた。
そして時が経てば、また余計に声をかけられない。
その空白の時の長さが、自分が肉親に対して不義理をしたように感じてしまい、なおさら声を掛け辛いのだ。
そして大概はそれっきりになる。
俺は杯を煽り、少し間をおいてから言ってやった。
「アントニオ、お前はSランクになれ。
そして伯爵になれよ。
新しいお前のオルストン伯爵家を興すんだ。
国王もさすがに駄目とか言えないだろう。
それで兄貴に会いに行けよ。
アンドレさんと二人でさ」
「そうだな。
それがいいかもな。
お前に話を聞いてもらってよかったよ。
少し肩の荷が降りた」
「とりあえず、その前にBランク試験からだな」
「ああ、試験ももうすぐだ」
「Aランク試験も四か月おきにあるんだろ?」
「ああ。
お前も頑張ってくれ。
はは、オルストン家の俺を倒したんだからな。
お前に負けてもらっちゃ困る。
だが、お前を倒せそうな奴なんているかな?」
「わからん。
Bランク試験の時も、まさかお前みたいな凄い奴がいるなんて思いもしなかった。
たぶんAランク試験なんざ、それこそ化け物揃いだぜ」
「それもそうだな」
合点がいったようにアントニオも頷く。
「お前がAランクになっても、まだSランクにしてくれないようだったら、ドラゴンをあと二~三匹、いや五~六匹くらい景気良く狩りにいこうぜ!
そのうちにアドロスの奴も復活するだろうしな」
「そうだな、そうするか。
ははは」
実にいい笑顔だ。
こいつも、もう大丈夫そうだな。
こういうものは、いつ見ても気持ちがいいもんだ。
さて、俺はいよいよAランク試験だ。
ふふ、若い子からいい具合に元気を貰った事だし、この年寄りも気合を入れて頑張るとするかな。




