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48-9 亡国の王子

 マリノ王国王都マリーファ。

 その名は、伝説の王妃様の名から取ったものらしい。

 その方は自由気ままに大陸を渡り、武勇伝を欲しいままにしたそうだ。

 何か、あの人を思い起こさせるなあ。


 あの王妃様だけではなく『初代王妃』をも想い起こさせる。

 あそこなら、さしずめ王都シャルロットか、あるいは王都ミレーユか。


 語感的な物や権威的な物を加味すれば後者が優勢か。

 だが現実のシャルロット王妃を知る俺的には、どちらも甲乙付け難いな。


 それから缶ビールと、うちにあった百均で買った日本製の足付きビールグラスを取り出した。

 これがまた馬鹿にならない。

 軽く冷蔵庫で冷やし、きちんと三度度注ぎする。

 それだけでも発泡酒でさえ格別の美味さになる。


 ビール系飲料は、決して缶のまま飲んではならない。

 だって、その一杯で人生を損したような気分になる。

 まあ、おっさんだからそう思うんだろうなあ。

 若い子なら、缶のまま「んぐんぐんぐ」と一気に飲み干して終わりだ。



 マリーファ冒険者ギルドのギルマスは、俺が引っ張り出した山本さんの蒲鉾を興味深く摘まみながら聞いてきた。


「お前がここに来たという事は、もう事態が動いたとみてもいいという事か?」


「その事態とは?」

「うむ」


 蒲鉾をしっかり味わいながらだから、その短い返事にも全く威厳は無いな。

 しばらく、むぐむぐと良く噛み締めてから蒲鉾を飲み込むと彼は言った。


「戦だ」


 こいつ、元は戦人か。

 一言吐いた後にビールを流し込む呼吸で、なんとなくそう読み取った。


 ジョニーの奴からも、なんとなくそれに近い物を感じ取る。

 こいつも兵隊上がり、あるいはもっと上から冒険者になった奴じゃないのだろうか。

 貴族の子弟である騎士団員だったと聞いても驚かんな。

 こいつからも訳ありの香りが濃厚に漂っている。


「まだだと思うが、こっちじゃどうなっている」


「まあ、のんびりしたもんよ。

 やりたがっているのは、あの暴れん坊の国だろう。

 そして十三か国連合の内の、現状を打破したいと思っている少々国情が行き詰っているような国々だ。

 ああ、アルス王子さえ生きていりゃあなあ」


 ええーーーーっ。

 ア・ル・ス?


 例によって「いつもの奴」により、俺は激しく心に衝撃を覚えた。

 こういうのって理屈もなくパシンっていう感じで心に来るんだよね。

 それがセブンスセンスという者なのだ。


 ああ、そういや思い出した。

『爺や』ねえ……。


 俺は思わず叫び出したいような気持ちを抑えて、ビールをじっくりと三度注ぎした。

 そして驚愕と共にビールを飲み干した。


「ア、アルス王子というのは?」


 声が震えないように押さえるのがやっとだ。

 またこんなタイミングで、こういう話が出てくるのか。

 これはもう、ほぼ間違いなくあいつの事だろう。


 セブンスセンスには、こういう因縁を繋ぎたがる厄介な性質がある。

 たまたま本日ここへタイミングよくやってきたのが、本当に自分の意思であったものかどうか、些か心許なくなってきた。


 そんな俺の痴態をジョニーが面白そうに見ている。


「ああ。

 あのゲルス共和国は、以前の名をアル・グランド王国といった。

 ほぼアルバトロス王国と同じ時期に出来た、大陸では一、二を争うような古い王国だった。

 だが近年になって、悪辣な連中の手によってクーデターで滅びた。


 俺はあの国の出身でな。

 そこにいるジョニーもそうだ。

 こいつはあの戦争で孤児となり、七歳で流浪の民となった。

 二十五年前、俺達は共に燃え盛る王都アルフォンスから脱出した」


 そんな名の滅亡した王都があったのだと?

 それは主神ロス所縁の名故に、この世界ならあっても特に不思議はないのだが、そいつはまた縁起でもないぜ!


 それでジョニーも訳あり的な雰囲気だったのか。

 そいつはまた苦難の連続であっただろう。

 そこから今のAランクにまで上り詰めるなんて容易な事ではあるまい。

 たぶん、このギルマスに色々と仕込まれながら育てられたのだろうな。


 俺のように平和な日本みたいな国で温い人生は送ってこなかったってか。

 その割に陰惨な空気は微塵も感じさせない、不思議な雰囲気の男だな。

 そういうところはアルスに似ている。

 物心が付く前に南国育ちだったせいなのかな。


「そして、今また!

 よりによって、うちの国もあの連中とつるむ事になろうとは。


 あの時は命からがらの逃避行だった。

 俺は死地へと向かう騎士団長から委ねられたアルス殿下を彼の侍従長に託し、あの場で殿下を守るために散る覚悟だった。

 俺は、まだ見習いとはいえ誇り高きアル・グランドの王国騎士だったのだから」


 彼は目に悔しさを湛えて歯を食いしばる。


 うはあっ、こいつは役者が揃ってきちまったなあ。

 この劇の脚本を書いていやがるのは、やはりイコマ(セブンスセンス)の野郎なのか?


「あの時は、俺もまだ十七の餓鬼だった。

 殿下達を守るために戦ってボロボロになりながらも、なんとかかんとか生き延びて先に脱出した殿下達の足取りを追ったが、未だその消息は知れない。

 アルス殿下が生きていれば、今頃は二十七歳か!」


 あー、奇遇だね。

 うちのアルス君も同じ歳よ。


 いやあ、本当に奇遇だわ~。

 どうしようかしら。

 これはもう帰ったら本人と面談するしかないかな。


「とりあえず、今の現状について聞かせてもらえないか?」


 俺は奴らと二時間飲み明かし、貰えるだけの情報を頂戴すると一礼してマントの右端をつかみ、バサっと翻して消えた。


 本当は奴もアルスが俺のところにいるのを知っていて、わざとあんな話をしたのではないか。

 そんな思いもあったのだが、ならば余計におざなりにはできない話だ。



 ケモミミ園に戻った俺を、何故かアルス本人が出迎えてくれた。

 妙に神妙な顔付きをしている。


 ああ、『知っている』んだな。

 相変わらず不思議な男だ。


「園長先生、どこへ行っていたんだい?」


「マリーファの冒険者ギルドだ。

 ベンソンやジョニーと一緒に飲んでいた」


 俺は、さも当たり前のように言った。


「そうか。

 彼らと会ったのか。

 彼らは僕の事を知らないよ。

 アルスなんて、よくある名前さ。

 園長先生の名前である神の鷹アルフォンスを縮めたものだからね。

 あの国は、かつて王都の名にアルフォンスを頂くほど真剣に主神ロスを崇めていた。


 彼らは自分の出自を隠しているわけではないから、僕の方は噂に聞いているが。

 ゲルスの追撃を受ける危険を顧みず、わざとそうしてくれているんだろうね。

 僕の耳へ届かせるためだけに。

 幸いな事に彼らは王族なんかではないから、あれだけの身の上でも他大陸まで追われなかったようだけど」


 そう言ったアルスの横顔は、何か寂しそうな、それでいてホッとしたような、いつもは見せないような顔だった。


「最近、一緒に飲んでいないな。

 たまには一杯どうだ?」


「そうだね。

 それも……いいかもしれないね」


 そう言ってアルスは、やっといつもの笑顔を見せてくれた。



 そして俺達は、エルフ新町の御気に入りの店にいた。

 というか、そこはアルスが下宿している店なのだ。


 俺がネットから調達したデザインから再現した日本の小料理屋風の店だ。

 思わずホッとするような雰囲気があって、稀人にとっては憩いの場でもある。

 今日は俺達の貸切にしてくれて、女将さんを入れて三人だけの空間だ。


 女将さんは無言で洗い物をしている。

 別にそれが重い空気を発しているわけではなくて、むしろその逆だ。

 俺とアルスの間にある微妙な空気を絶妙に埋めてくれていた。

 今必要な空気をごく自然に流しだしてくれているような、そんなホッとする空間が在った。


「僕はね。

 園長先生達に会えて良かったと思っているんだ。

 だってさ、日本はここよりも色々と発展したところなんだろう?

 園長先生が持っている物や、あれこれと作ってくれる物を見ればわかるよ。

 なのに園長先生は、自分の意思ではなくこの世界へ島流しになったんだ。

 自暴自棄になったとしても、おかしくはなかった」


 アルスはゆっくりとウイスキーグラスを傾けながら感慨に耽った。


「でも、そうはしなかった。

 そりゃあ凄い力は得たのかもしれない。

 でも頑張って生き抜いて、そして弱い人達に手を差し伸べた。

 他の日本人の人達も、皆本当にいい人ばかりだ」


 俺はグラスの中の氷を鳴らしてから一口だけ口に含んだ。

 昔から水割りを濃い目にするのが好きなんだ。


「そうだな。

 日本、いいところだぜ~。

 台風だの地震だのの怖い災害も多いけどな。

 みんなで力を合わせれば、きっとなんとかなる。

 そして真面目で一生懸命で、だから俺みたいにボロボロになっちまうんだけどな」


 俺も笑って言った。

 そう、今なら笑って言えるんだ。


「僕が祖国を脱出した時、まだ二歳だった。

 あの時の事は殆ど覚えていない。

 ただ真っ赤な炎だけが心に残っている。

 園長先生のエンブレムを見ると、未だに心が震えるよ。

 怖いわけじゃないんだけれど。

 後は爺やに聞いた僅かな話や、世間で言われているような事しかないんだ」


 少し寂しげな表情で語るアルス。


 こういう時ってウイスキーはいいな。

 じっくりと飲めるから。


「はい、園長先生の大好きな油揚げよ」


 そう言って女将が出してくれたのは、手作りの油揚げをただ焼いただけの物だった。

 この世界で、これの価値を認めてくれる者はいないかもしれない。

 でも、俺は日本ではよくつまみにしていた物なのだ。

 これを齧ると、なんとなくホッとするのさ。


 フライパンで焼いて、すりおろした生姜を添え、醤油をかけて。

 アクセントは中に詰めた刻んだ青葱のみ。

 シンプルだが実に御手軽に食べられた。


 俺はアルスに語りかけた。


「人生なんて、この油揚げくらいシンプルにできたらいいのにな」


「あはは。

 全くそうだね。

 それで爺やがね、亡くなる直前に話してくれたんだ。

 あの時の事を」


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