48-1 突然のお呼び出し
突然にミハエルからの電話が鳴った。
最近はもう、彼の事を殿下と呼ばなくなって久しい。
まあ向こうも口の利き方に遠慮が無くなったので、そこは御互い様だ。
「なんだー」
「もしもし」すら言わない。
それは向こうも同じなのだが。
「今日、今から王宮に来られるか?」
第二王子様は言葉短く返してきた。
「いいけど、どうしたんだい?」
なんだか様子が変だな。
何かあったのか?
「じゃあ、待っている」
なんとも素っ気無く電話を切られてしまった。
一体なんなんだ。
おかしな奴だな。
ここのところ、何か様子が変だったが。
とにかく呼ばれたんだから行ってくるか。
俺は副園長先生に一声かけておいた。
「真理。
ミハエルが呼んでいるから王宮まで行ってくるわ」
「いってらっしゃい。
でもあなたが彼から呼ばれるなんて、また何かあったのかしら」
「さあー?」
見当もつかないな。
俺は面倒になって作務衣のままで転移した。
この国では王妃様だってジャージのままで王宮を走り回ったりするんだからなー。
最近俺はジャージすら着ていない。
相変わらず寝巻きにはなっているけど。
朝の散歩代わりに王宮をぶらぶらしながら、ミハエルの執務室? を目指す。
あいつは自室を国の諜報本部にしていやがるからな。
王太子ではないので、特に専用の執務室はないらしい。
その方が却って秘匿性が高まるけどね。
途中で顔見知りの人に挨拶して、新作の御菓子とかを試食してもらいながら、のんびりと行く。
みんな、俺の作務衣姿だの着物姿だのは見慣れている。
足元は雪駄だ。
草履とか雪駄とか下駄とかは、この世界でも案外と気に入られていて貴族によく履かれている。
さすがに音が煩いので、とうとう王宮内は下駄履き禁止令が出てしまったが。
どんな王宮なんだよ。
俺的には、トレンドは草鞋かな?
山本さんは和風な事はきっちりと押さえているので、草鞋作りまでやってみせる。
親父さんの趣味で、実家のうどん屋さんで草鞋教室をやった事もあるらしい。
まるで異世界に日本文化を伝えに来たような方だ。
御茶や御花などの御稽古事なんかも子供の頃からやっていて、ちゃんと免状を持っているし。
葵ちゃんも、まだ若いのに各種免状持ちだ。
こんな異世界へくるのなら、俺も御茶や御花くらいは習っておけばよかった。
塾は算盤くらいしか行ってないんだ。
不器用だったので、どうしても珠算検定二級のスピードについていけなくて残念だった。
また人並み以上に太い指が珠に引っ掛かるんだよね。
あの二人は国王陛下から、この世界での家元扱いにされている。
あと着物も「持っていないと貴族ではない」とさえ言われるようだ。
初代国王の、子供時分の可愛い着物姿が公開されて以来、子供のために呉服の注文を出す人が増えた。
エルフさん達はバックオーダーを大量に抱えていて納品が滞るので、わざわざ遠いハイド王国の職人に注文を出す人までもいる。
日本文化は異世界の経済の一翼を担いつつある。
作務衣もそれなりに売れてはいるが、王宮内で堂々と着て歩いているのは、この俺くらいのものだ。
さすがに貴族様がこいつを王宮で着るのはちょっとな。
俺なんか、陰で「作務衣公爵」とか呼ばれていそうだ。
あのベッケンハイムではないが、ぶらり公爵しながらミハエルの部屋の色気もへったくれもない部屋へ辿り着いた。
その貴公子然とした容姿に似合わず質実剛健な佇まいだ。
今度『質実剛健』をトーヤに筆で書かせて、裏打ちして額縁に入れたものを奴の部屋に飾ってやろうか。
「やっと来たか。
どこで道草を食っていたんだ」
来る早々に、また豪い言われようだな。
「ここへ来るのも少し久しぶりなんで、あれこれと用足ししながら来たからな」
「その格好じゃなんだから着替えろ」
「では御言葉に甘えて」
俺はアイテムボックスの換装機能を使って早着換えを披露した。
「誰がジャージに着替えろなんて言った!」
誰も言ってないけどな。
「いいじゃないか。
お前と話をするんなら、これで充分だ。
これなんか、お前の母親の『正装』だぞ?」
それを聞いて奴もちょっと頭を抱えたが、こっちを睨んで言った。
「いつものでいいから、さっさと着替えろ!」
「怒りっぽいミハエル君にはカルシウムが足りないな」
俺はそう言って、再現した地球の駄菓子を差し出した。
カルシウムが売りの奴で、小魚が袋いっぱい詰まったものだ。
よくお袋に「小魚や海藻を食え」と言われたもんだ。
とりあえず、革製の爆炎スタイルに換装した。
これを着るのも随分久しぶりだな。
最後に着たのはいつだったか、まったく記憶に無いわ。
全然「いつもの」じゃない。
「まあいい。付いて来い」
ミハエルは小魚駄菓子の外装に書かれた日本語を横目に見つつ、先に立って歩き出した。
「おい、どこへ行くんだ?
話があるんじゃなかったのか?」
どうやら、そう緊迫した話じゃなさそうだ。
だが、なんとなく奴の機嫌が悪い。
付き合いもそれなりの長さになってきたので、そういう事も自然とわかる。
「いいから、ついてこい」
言葉少なく奴は歩き出すが、心なしかその背中が煤けてみえる。
なんじゃらほい。
そのまま一緒に国王陛下の御部屋へと進んでいった。
ありゃ。
話があるのは陛下の方だったのか。
どうも雰囲気から察する限りでは仕事の話じゃなさそうだな。
この部屋も、やはり質実剛健といった趣きなのだが、俺の体重を受け止めて足元の絨毯はずっしりと沈み、その素晴らしい感触を足に伝えてくる。
「おお、来たか『公爵』。まあ、座りなさい」
あれまあ、陛下が俺の事を公爵だなんて呼んだ。
いつもはアルとか園長先生とか言ってくれるのに、やけに畏まった呼び方をするもんだな。
まあ、構わずに腰を下ろした。
この革張りソファも、相変わらずの趣味の良さ、座り心地の確かさだ。
こういう物も俺の異世界生活に足りない物の一つなのかもしれない。
うちって幼稚園兼孤児院だから、あまり上等な物を置いておいても子供達の餌食になっちゃうだけだしな。
姉貴んちがそうだったわ。
御茶が出されたので遠慮なく啜った。
ここの茶はシンプルだが、本当に上質で美味い。
最近は日本茶にも精進しているようだし。
ずっしりとした重厚な扉が開いて、隣接する控室から王妃様が入ってこられた。
本当にこの人って、いつ見ても若々しいな。
俺も見た目だけなら若いんだけどね。
それに、あの美貌。
それは娘達にもしっかりと遺伝している。
続いてシルベスター王女殿下が進み出てきた。
ありゃ、今日もおめかしだな。
艶めかしいといってもいいくらいの肩出しのドレスを着て、そのまだ華奢といってもいいような体を押し包んでいる。
俺と目が合うと、恥ずかしそうにして、そっと逸らした。
どうやら化粧もしているようだ。
相変わらず可愛いな。
さぞかし各方面から縁談が殺到している事だろう。
全員が上等の魔物革張りのソファに座り、テーブルを囲んだ。
この面子で一体何の話だろう。
普段は堅苦しい話など何もない。
自然体に会話が弾むのに。
まるでこの俺が、この高貴な家族の一員であるかのような空気さえあるのだから。
俺もそういう緩い空気にすっかり馴染んでしまったので、今の余所余所しい空気には却って違和感しかない。
そもそも俺は、この国で王族相手にまるで身内のように振る舞って構わないような多大な功績を立て、そういう地位さえ手にしているのだから。
王族扱いの血族公爵となる特別な名誉公爵位なのだ。
そういう事なので、俺は本日のムードに対して些か首を傾げた。
そんな首を捻り加減の俺を尻目に、王妃様が何の前触れも無しに話を切り出した。
「それでね、公爵様。
うちの娘を、御嫁さんに如何?」
「は?」
たっぷり三行分ほど空白を開けて、俺は間抜けに訊き返した。
今、王妃様はなんて言った?




