3-2 カミングアウト
異世界二十六日目。
俺はエリの家へと急いだ。
今日も朝からリサさんの治療をする予定だ。
彼女の病気の経過はいい具合だ。
今日は一日エリの家に居座ってみよう。
治療と用心棒役の両方で。
エリの家の借金と、あの連中に関する話も聞きたい。
Aランク試験は今回駄目でもいいや。
四か月ごとにやる御祭りみたいな物らしいし。
別にAランクにならなくたって何も困りやしない。
Bランク資格だって、滅多にいない階級なので上等なもんだ。
金にも特に困っていないしな。
まあBランク冒険者だって十分に稼げるはずだ。
もっとも、あの王宮の謁見の間に敷かれていたレッドカーペットみたいな奴を狩りに行くのなら、また話は別なのだが。
とにかく朝飯に、携帯食バー・シリアル・フルーツ・ビタミンとミネラルと鉄分とカルシウムのサプリ・栄養ドリンクとあれこれ食べさせたら、見事にリサさんの栄養不良は消えてなくなった。
続けて治療をしっかりやったら、とりあえずの状態異常は消えたのだが、本当に治ったのかどうかは、はなはだ疑問だ。
元の病名がわからない上に、根本的な原因を除去出来たのかどうかもわからない。
まあ、今の状態からいきなり死ぬような事はないと思うのだが心配だな。
うちの従兄弟は別の病気で入院していた時に、前日はよく笑っていて元気にしていたらしいのに、翌日急性白血病で急逝して親戚中を驚愕させた。
血液病は本当に怖い。
特に急性の奴は。
エリは大喜びしていたが、母親のリサさんにはそのように伝えて養生するように言った。
「何分にも私は回復魔法持ちの商人なのであって、医者ではありませんので」
ちょっと畏まった感じに言っておく。
しっかりと聞いてもらいたいからな。
「それでも具合は物凄く良くなったのですから。
本当にありがとうございました」
リサさんは、うっすらと目に涙を浮かべていた。
「エリ。
もしまた御母さんの具合が悪くなるようだったら、俺はまだこの界隈にいるから連絡をくれ。
いないようだったら、王都の冒険者ギルドに言付けておいてくれればいい」
「あたし、一人で王都になんて行けないよ。
行っても中へ入れてくれないだろうし」
「そうか。
じゃあ、ここの冒険者ギルドに言付けてもらえば王都に伝言が届くようにしてもらっておくか。
ここは王都近郊の迷宮都市、王都の冒険者ギルドとは頻繁にやり取りがあるだろうしな」
「わかった、そうするよ。
ありがとう、御兄ちゃん」
エリも嬉しそうにそう言った。
「それで訊きたいんだが、昨日来ていたあいつらって何者だい?」
「あの人達は……裏家業の人達で、お金に困ってどうしようもない人に物凄い金利で貸し付けるの。
お金を返せなかったり金利を払えなかったりすると、女の人を無理やり連れていってお店に売ったり、家を取り上げたりして、やりたい放題です。
国の御役人さんは知らん顔だし」
はいギルティ。
決めた、潰す。
ヤベエ。
あの暴れ親父の血と、天下取りに貢献し馬斬大鉈を振り回して暴れていた三河軍団足軽農民の血が「ざわっざわっ」っと勝手に脈打ちだした。
ただ、母方の祖父から受け継いだESPと、それ由縁で身につけたセブンスセンスからの警告は決して忘れてはならない。
「それで借金の額は?」
「銀貨一枚です。
最初は……。
それからどんどんと金利のせいで借金の額が増えて、今では金利だけで月に銀貨五枚も。
借金しなかった時よりも、うんと貧乏に……」
「最初に借金したのは?」
「一年半前に御父さんが死んでから」
エリは目にいっぱい涙を浮かべてそう答えた。
うーむ、とりあえず奴らは殺しておこうかな。
はっ、いかん。
考えが完全に異世界寄りになっている。
日本じゃここまで考える事はなかったのに。
何しろ、ここに至るまでに人型魔物から盗賊に至るまで大量にぶっ殺してきてしまったからな。
少し精神の箍が外れてきているようだ。
いや嘘です。
日本でも年がら年中、悪党どもをぶっ殺す事を考えるだけは考えていました。
俺は悪党をどうにも許せない性質なんだ。
力がないから、どうにもできなかっただけで。
アメリカで警官がそれにかかると長生きできないと言われるような、そういうタイプの病気だな。
歳は食っても、若い頃からの性分というものは中々直らないものだ。
いや、「治らない」と評した方がいいのかもしれんな。
俺なんかより十代の若い子の方がよっぽど枯れ果てている。
俺は年甲斐もなく、理不尽な事には常に怒りをトコトン押さえ切れない人間だったのだ。
しっかりするんだ、文明人。
とりあえず、借金の回収先である「組」を潰しておけば借金はチャラかな。
ちょっと相談してこようっと。
この場合なんか、俺がお金を出してやれば済む話なのかもしれない。
でも、それじゃきっと駄目だ。
未来は自分の力で切り開かせたい。
「ちょっと人に相談してくるから!」
俺はそう言ってエリの家を出た。
「ギルマス~」
俺は速攻で、良くも悪くも慣れ親しんだ冒険者ギルドのギルマス執務室へ転移した。
いやあ、便利だな転移魔法。
「……今、どうやってここに入ってきた」
「転移魔法で」
俺は即答し、ギルマスは頭を抱えた。
「いや、もう何も言うまい。
いいか。
それを絶対に人前で使うんじゃねーぞ?」
「だから人目を忍んでここに来たんじゃないか」
それを聞いて机の上に両肘を付き、突っ伏すように頭を抱えるおっさんがいた。
いや、本当は俺の方がもっとおっさんなんだけどね。
しかも確実に中高年の高の方に当たる大年寄りなのだ。
「いやさあ。
アドロスの街で街の人を泣かしている屑共がいるんだけど、連中を潰しても問題ないかなあと」
「どういう頭の構造をしていたら、それが問題にならないと思うんだ?
あいつらは王都の貴族達と繋がっている。
絶対に手を出すな」
「そうか、貴族とか。
どのへんと?
主だった人だとか、それとも下っ端かな。
爵位で言うとどのへん?」
それでセブンスセンスが警告していたのか。
踏み止まって良かったな。
さすがに、たった一人で何の後ろ盾も無しに大勢の悪徳貴族どもとやりあうのはマズイ。
もう、この国にいられなくなってしまうわ。
「まあ下は準男爵から、上はせいぜい子爵といったあたりだろう。
伯爵以上は色々あるから、そういう細かい話のような悪さはせんよ。
資産規模から見たメリット・デメリットとか考えて、そうやたらな事はせんはずだ。
少なくとも、この国ではな。
王家がそこまでの腐敗は許さんよ。
稀人の教えだそうだ。
中央の法衣貴族で領地持ちではないから実入りも少ないのに、分不相応に贅沢な暮らしを好む連中もいる。
そういう手合いが、ああいう街に目を付けて悪さをするのだ。
まあ国王もそこまで構っちゃいられないさ。
今は国防が重要課題だ。
あんな連中なんか所詮は只の雑魚だからな」
「じゃあ、バレたら?」
「まあ、問題になるほどじゃなければシカトかな」
「じゃあ、問題に『してやった』場合は?」
「お前……。
言っておくが、たかがBランク、いやAランクとて冒険者が貴族に楯突いたらどうなるか。
でも、何故お前はそこまでしたがる?」
「そんなの、俺が稀人だからに決まっているだろ!」
かなりの間、沈黙が支配した。
「あれ。どうしたの?」
「お、お、お、お前」
「え? やだなあ。
隠したってバレバレだよ。
あんただって、そうなんだろう?」
「いや? いやいや、なんだってそう思う」
「あんたの魔法はチート過ぎる。
とても、この世界の人間には見えない。
あんたは転生者か何かなのだろう?
転生者の癖に、黒髪黒目で結構チートな俺が、何故稀人でないと思った?」
あ、そういや俺の目は茶色だったな。
髪も濃い焦げ茶なんだわ。
顔の彫りも深めだしな。
子供の頃は髪の色がモロに金髪に近い艶のある茶色だったので外人呼ばわりされていたもんだ。
「そうではない。
俺は稀人の血を引いている。
先祖が王家に連なる人間だった」
「なんだ、只の子孫か。
でも稀人様の教えなんでしょ、この子孫野郎。
俺様は現役バリバリの稀人だぜ!
だから大和魂に則って悪党を討つ事に決めた」
他に特にする事しなきゃいけない事が何もないしね。
地球への帰還の方法は、またおいおいに探すしかない。
そいつばかりは雲を掴むような話なので。
今の俺なら雲くらい普通に掴めそうだが。
フライで飛び上がり、ガチガチに凍らせた雲でも掴んでくればいい。
あれも元から大気中の水分子が凍ったようなもんだけどね。
俺もだいぶ、この世界に順応してきたようだ。
「大和魂ってなんだ?」
「初代国王その他の稀人が知っていて、子孫のお前らがとっくに忘れちまったもんだ」
それは俺にとって、もう少し意味がある言葉なのだが。
「大和」という言葉に。
ギルマスは、ふうと息を吐いて両手を組んだ上に顎を乗せた。
「なるほどな。
まるで千年前の伝説を見るかのような発言だ。
そうだ、稀人とはそういう奴らだった。
きっと俺の先祖も」
アーモンは少し考えていたが、徐に話し出した。
「まあ、やるんならAランクになってからの話だな。
そうすればお前なら伯爵位相当であるSランクにまでいける。
そこまでいけば、悪党とつるんでいるようなザコ貴族には手が出せんだろう。
お前は王子を救った英雄だしな」
「へえー」
なんだそれは。
自分じゃハッタリに使っていたが、そういう見方もあるという事かな。
「ん? 暴れてもいいのか?」
「Sランクになってみせろ。
話は全部それからだ」
「Sランクになる条件は? 元Sランク冒険者様」
「国から認められるほどの功績を挙げるのが条件だ。
戦争の英雄。
ドラゴンスレイヤー。
何がしかの国の危機をバンっと救ったもの。
目に見えるほどの功績を王家に示したものなどだな」
「あんたは?」
「ドラゴンとやりあって仕留めた」
それだな。
「ドラゴンはどこにいる」
「野良は知らん。
それなりの迷宮の深層にはいるだろう。
確かこのアドロスの底にもいるはずだ。
まあドラゴンを狩りに迷宮を踏破しにいく奴も中々おらんがな。
俺がギルマスになって二年は経っているが、まだドラゴンの部位を持って帰った奴は誰もおらん。
ギルドの資料を見ろ。
俺もドラゴンとはパーティでやりあった。
行く前に必ず俺に断ってからいけ。
ドラゴン退治に行っていいかどうかは試験をするからな。
これはギルマス命令だ」
「イエッサー」
おっと、忘れちゃいけない。
「それで頼みがあるんだが、アドロスにいる知り合いの一家を護衛したい。
腕利きを雇いたいんだ。
金に転ばない、絶対に信頼できる奴を。
腕よりもそっちが肝心かな。
心配するな、相手は街のゴロツキだ。
キメラとやりあえなんて言わないさ」
「わかった。用意しよう」
「護衛の準備が出来次第、俺はAランク試験に向けて色々と修行に入る。
あ、女子供ばかりだから護衛には女の人を必ず混ぜてくれ。
あとドラゴンの資料をギルド職員に頼めないか?
それと対ドラゴンの戦闘法をレクチャーしてくれ」
「いいだろう」
「頼りにしてまっせ。
ドラゴンスレイヤー様」
「ふう、なんという問題児だ。
それにしても稀人か!」
済まん。
しかも、あんたよりも遥かに年上のおっさんだし。
血統的にも暴れ馬系統なのだ。
どっちかというと、血気盛んな『問題爺』だ。
戦国三傑揃い踏みの愛知県から来たもんでね。
結局最後に天下を取ったのはうちのところの三河の殿様だったなあ。
俺が阿漕で顰蹙を買うような真似ばっかりするのは、多分あの殿様からの四百年以上もの時を越えた悪い影響だな。
うちの殿様は狸呼ばわりされまくっていて本当に評判が悪い。
「あー! 大事な用を忘れていたー」
「な、なんだ」
「その護衛対象に、何かあったらアドロスの冒険者ギルドに言付けるよう言ってある。
名前はエリだ。
それがあんたのところへ届くようにしてほしい」
「わかった。
それもやっておこう」
「よろしく~」




