3-1 再会
眼下には岩だらけの荒地が広がる。
なんていうか、一般的な砂漠であるデューンではない意味の方の砂漠である「デザート」を思いっきり岩だらけにしたみたいな。
確かに英語発祥の地である英国などで荒野というと、草ぼうぼうで岩だらけのような場所を言うのではないかと思うのだが。
日本ではまず拝めない雄大な景色を眺めつつ、不思議な気持ちで空を飛んでいた。
人間はよく空を飛ぶ夢を見るらしいが、自分はまだ見た事がない。
実際にこうして空を飛んでいる事に慣れてしまえば、それはもう極めて日常的な感覚だ。
最初は「空が飛べて凄い!」とか思ったもんだが。
今ではなんていうか、「ちょっと自転車を引っかけてコンビニ行ってきます」みたいな雰囲気だ。
自転車だって最初は乗るのに結構苦労したもんだけど。
そのような事を考えているうちに、もう北のダンジョンの街へ着いてしまった。
ここはアドロスと違い、ちゃんと門があった。
あそこは王都に大規模なスラム街を作られたくないから、ああいう人が入り易いように開けた形になっているのだと今更のように気が付いた。
いわゆる棄民都市という奴なのだ。
道理で胡散臭い空気に満ちていると思った。
俺自身も盗賊の襲撃を受けなければ、そして身分証を作る事が出来なければ、やってきた王都の門で撥ねられてアドロスへ辿り着いた事だろう。
そして王都の冒険者ギルドにも入れずに、目的も無くただ迷宮に潜り、その日暮らしの毎日だったのかもしれない。
あるいはこの街ならば、そんなに苦労しなくても冒険者にはなれたのかもしれないな。
普通の人間の場合は、その稼業が続くかどうかはまた別の問題なのだが。
その中でも有用と判断された人間だけがフリーパスで王都へ入る事が出来、それ以外の奴は一旦長々と並んで王都へ入り、そこからまたダンジョンへ向かっていき有益な御土産を収めてランクを上げた奴だけが並ばずに王都への無条件入場を許される。
その後は規則に縛られて善良な冒険者をやっていないと、せっかくの資格を剥奪されて元の木阿弥となる放浪者の身の上だ。
王国の北に在るダンジョンの街の入り口で冒険者カードを提示して、さっと中に入る。
ここはアドロスのように素通りではなく、入場審査のような物がある。
ダンジョンの街なので、殆ど形だけのようなものだが。
俺は正規の冒険者だから入場料を請求されないが、ここは一般の人も入場料の徴収はないようだ。
ここを訪れる一般人は新規冒険者の源泉だからな。
この手の迷宮都市において冒険者は消耗品なので、資源鉱山にて命を賭ける補充兵が常時必要なのだ。
いやあ、いいねえ。
こうも簡単に街へ入れるなんて。
最初の街エルミアでは、街に入る事さえ出来なくて閉口したもんだ。
ここもアドロスに酷似した風景だった。
やっぱりダンジョンの街っていうのは、どこも似たようなもんなのかな。
でも少し寂れているような印象を受けるのは気のせいなのか?
心なしか、道行く人の表情も少し寂しげに映る。
早速ダンジョンへと向かう。
他へ行く用はないからな。
すると入り口のチェックの兵士が、これまた寂しそうに溢した。
「Bランクの方ですか。
高ランク冒険者は大歓迎です。
高ランクの方は隣の国へ行ってしまわれる方が多いものですから。
ここはアドロスのように王都が近い訳でもありませんしね」
ああ、そうなのかもしれないな。
隣国はダンジョンが多く、しかも殆どが転移石付きだからな。
ここもアドロスと同じような、岩山に洞窟というありふれたタイプの地下型のダンジョンだが、向こうと違って入り口に店などは何もなかった。
その名残と思われる残骸は見てとれたが。
どうりで寂れているはずだ。
感知系スキルを次々に使用し、レーダーMAPを展開する。
身体強化、その他バフ系魔法の付与も行なっておいた。
さてと行きますか。
そして中へ入ると思いっきり突っ走った。
レーダー機能で他の冒険者や魔物の位置を把握して、綺麗に隙間を抜けていく。
そして、あっという間に「ボス部屋」へと辿り着いた。
そう。
転移石のあるダンジョンはボス部屋があって、そこでボスを倒して抜けないと次の階層に行けない。
ボス部屋へは一度に一パーティしかいけないから、番待ちがなくてよかった。
単に寂れていて人がいないだけなんだろう。
ここの一階のボスは御馴染みのゴブリンだった。
これはまた、なんとも寂しい。
しかも随伴するゴブリンすらおらず、ボス一匹しかいないとは……。
こりゃ高ランク冒険者が来ない訳だ。
こういう低ランクのボスを延々と倒していかないと先に進めないんだからな。
逆にスロープタイプのダンジョンだと、腕に自身がある奴ならば雑魚は相手にせず駆け抜けてしまう事も可能なのだ。
さっきの俺みたいに。
錆びた剣を振りかざしながら歯を剥いて、ボスの威厳で威嚇してきたそいつを、さっさと魔導ライフルの餌食にして、開いた扉を抜けるとそこに転移石があった。
さっそく解析すると、その仕組みがなんとなくわかった。
転移の空間魔法が魔導で刻んだかのように強力に付与されている。
残念ながら転移石は収納出来なかった。
システムとしてダンジョンへ一体化して組み込まれているので、そこから外す事が出来ないようだ。
ここへ魔力を流すと……もちろん見取りスキルを発動しながらだが。
すると一階の転移石のところへ出た。
こいつは、行きには見あたらなかった。
一回転移石を下から使わないと来れない場所になっているようだ。
そこは狭い部屋になっている。
そして、きちんと転移魔法Lv1が身についていた。
よかった。
これで魔法と魔道具の二通りの転移術が手に入った。
くそ。
わかる。
理屈でなくわかる。
やはり思った通り、これを使っても地球へ帰る事は無理のようだ。
実際に試してみたが日本への帰還は不可能だった。
無駄と思いつつもレベル上げはしてみよう。
まあ、この転移魔法も付与する事により転移の魔道具を作れるはずだが、初代国王が作ったのと同じような性能になるのかどうかはわからない。
あれだってコピーも受け付けないような仕様だったしな。
そのまま歩を進めると、転移石の部屋から外に出ていた。
そこは外から見ると窪みのようにしか見えないところだった。
そこへ入っていくと、すっとさっきの転移石の部屋に入った。
たぶん、窪みからは一回通って来た階層にしか行けないのだろう。
おそらく、最初はあの場所へ入る事すら出来ないはずだ。
そうでないと意味がないからな。
もし入ったとしても転移は出来ないだろうし。
ここはさっきの窪みと何らかの形で繋がっているようだ。
窪み自体が、すでに空間魔法の領域なのか。
そして転移石に触れて二階入り口を思い浮かべると、そこへ転移出来ていた。
そこから転移魔法を使ってみたら、ちゃんとダンジョンの外へ出られた。
ダンジョン内の転移魔法は、向こうの転移石のないダンジョンの中でも使えるかもしれないな。
今から行って確認しよう。
あ、入り口で台帳を付けていたな。
退出届を出さないと、そのうちに死亡判定されてしまう。
もう一度中へ転移して内部から入り口に戻り、退出の確認をしてもらった上で外へ出てきた。
ここの管理人に挨拶してから、人目につかないところから王都付近のダンジョン、アドロスの街へと転移魔法で移動する。
それからアドロスのダンジョンの中へと転移を試みたら見事に成功した。
転移の腕輪を使って慣れているので同じように使えた。
もしかすると、初代国王もダンジョンの仕組みを解析して、あの腕輪を作ったのかもしれない。
とりあえずダンジョン十階へ転移する。
そして、そこから今まで行った最深部の十五階へダンジョン内での移動を試す。
やはり今まで行った階層にしか行けないな。
それも空間座標の関係なのだろう。
そこからまた地上へ転移してみた。
全て問題なく移動できる。
こいつは楽だな。
今後も重宝しそうだ。
欲しかったんだよな、ダンジョンからの脱出魔法が。
これで自分の都合に併せて好きなように潜れる。
それから、まだ昼飯を食ってなかったのを思い出し、アドロスの街中へ移動する。
のんびりと歩きながら店を物色していると、なんとなく聞き覚えのある子供の声が耳に入った。
「御願いです。
御母さんが死んじゃう」
「うるせえ!」
よく見ると、この間のダンジョンで俺達が保護した子供だ。
声をかけ……ると事案発生か!?
くだらない事を考えるのは止めて声をかけてやる。
何か困っているようだ。
「おいエリ、どうした?」
「あ、御兄さん……」
彼女は力の無い声で答え、下を向いてしまう。
しばらくそのままで俯いていたが、意を決したように口を開いた。
「御願い、お金を貸して。
薬を買って帰らないと御母さんが死んじゃう」
「どういう事だ⁉」
それから、なんとなくの流れでエリの家に行くことになった。
この街は冒険者向けの装いなので、ダンジョン周りの冒険者御用達の部分はそれなりに賑わっていて相応に金がかかっているのだが、その他のところはボロっちい。
この街の住人の家は、大概の場合はなんていうか貧民街にある家みたいな感じだ。
王都、あるいは地方で食い詰めた人とかが大勢流れて来るのかもしれない。
そんな一角の一際ボロ……いや、なかなか趣のある家がエリの家だった。
エリは母親と七歳の弟と四歳の妹と一緒に住んでいる。
兄妹の名はポールとマリーというらしい。
見知らぬ人が来たので、二人共抱き合って警戒しているようだ。
ああ、怖い借金取りがしょっちゅう来るものな。
俺は腰を落として二人に笑顔で御菓子を差し出した。
ちょっと遠慮しつつも、御姉ちゃんの顔色を伺いながら受け取ってくれた。
「二人とも。
この人がダンジョンで私を助けてくれたアルフォンス御兄ちゃんだよ。
御母さんの事も回復魔法で診てくれるってさ」
俺が母親を診てくれると知って二人共喜んでいる。
「御母ちゃん、助かる?」
「たすかるー?」
なんて可愛いんだ。
俺も、こんな可愛らしい子供が欲しいもんだ。
さすがにもう、この歳では今更だがなあ。
「そいつはわからないな。
とにかく診てみないと」
そう言って俺は二人の頭を撫でた。
父親は冒険者だったが死んでしまったという。
エリは今十歳だ。
あれからダンジョンには怖くて入れないと言う話だった。
まあ、あんな体験をしたのだから無理もない話なのだが。
前から具合の悪かった母親の病状がかなり悪化したらしい。
今朝は凄く血を吐いたそうだ。
胃か肺か?
あるいは他の臓器か?
血を吐くというと、そういう関係じゃないかと思うのだが、医者じゃないからよくわからんな。
見ると、もう真っ青な顔をしていてマジで死にそうな感じがする。
これで健康なら、かなりの美人で通るのではないかと思うのだが。
髪の毛も本来なら綺麗な金髪なのだろうが、かなりくすんでしまっている。
鑑定 栄養不良(大) 内臓疾患(大) 血液病(大)
なんかよくわからん。
内臓疾患があるので癌じゃなさそうなんだが。
いや内蔵が癌に侵されていたら、こういう表記になるのだろうか。
さすがにこればかりはネットで日本の医者に質問したってわからんだろうな。
癌は親父を筆頭に一族のいろんな連中がやったから見慣れている。
あれとは少し違う気がする。
結核とか白血病とかじゃないのか?
いや、咳はしてないから結核とかじゃなさそうだ。
あるいは、この世界特有の風土病とかだろうか。
それだと俺には御手上げかもしれない。
だが子供には伝染っていないので違うかな。
まあ、とにかくわかるところからやってみるか。
死ぬなよ、おっかさん。
まずはそっとヒールで様子を見る。
少し顔に赤みが差してきた。
もう二回ヒールの重ねがけを試す。
それからキュアとクリヤブラッド。
特に変わらんな。
更にそいつをもう二回ずつかけてみる。
顔色はだいぶ良くなった気がする。
栄養不良対策で栄養のある食事を摂らせないといけないが、多分いきなり栄養剤を与えるのはマズイよな。
インベントリから全員分のスープを出してやる。
あと、柔らかいサツマイモ入りのスティックパンを出してやった。
御腹を空かせていたとみえて、チビ共が夢中で食べている。
プリンを出してやるとまたチビ達が大喜びだった。
これは日本でも子供の好物の定番だものなあ。
子供達にはプリンの御代わりを出してやる。
こうしているとエリーンの奴を思い出すな。
鑑定 栄養不良(中) 内臓疾患(大) 血液病(大)
おや、少しよくなった。
どれだけ飢えていたんだ。
血液病はなんだろうな。
血を綺麗にしたくらいじゃ血液病自体は治らんわけか。
毒物ではない?
あるいは、いろいろと病状が蓄積して複合化した症状が重症化しているのかもしれんしな。
ここは様子見するか。
すぐ死にそうな感じはなくなったようだし。
回復魔法が免疫に作用する性質を持つのなら、少し待てば病状が良くなってくるのかもしれない。
ハイキュア、ハイクリヤブラッド。
鑑定 栄養不良(中) 内臓疾患鑑定(中) 血液病(中)
また少しよくなったな。
医者じゃないので病気はどうも勝手がわからん。
怪我や毒なんかだと回復魔法一発でチョロイんだが。
今のは一時的なもので、また悪化するのかもしれないが、毎日根気よく治療を続けてみるか。
とりあえず大丈夫そうなので、ここで栄養ドリンクを飲ませてみた。
しばらく様子を見る事、栄養をつけないといけない事、毎日治療する予定である事、都合で来れない日があるかもしれない事、お金の事は気にしなくていい事などを伝えておいた。
「ありがとうございます。本当に……」
母親は涙を浮かべて礼を言ってくれた。
病気がちだった、うちのお袋を思い出すな。
最期の頃は俺も半ばお袋のためだけに生きているようなものだった。
どうにも、こういう話には弱くていけねえ。
手持ちの食料を大量に置いていく。
パン、野菜、果物、街で売っているスープの素に、あと栄養ドリンクなんかも渡した。
そいつは一日一本しか駄目な事は、しっかりと言っておく。
あと、いくらかお金を渡しておいた。
布団や毛布も置いていく。
あと部屋を浄化の魔法でスッキリさせる。
それから夜にまた来るとエリに言って家を出た。
街に戻って宿を取ってみたが、なんていうかな。
これまた普通の宿だ。
この荒れた街じゃ、これでもそこそこ良い宿になるのかな。
もっと高い宿もあったが、あまりにも割に合わないというか、只のボッタクリ宿だった。
あれは裕福な観光客向けの宿だな。
まあ冒険者の街だからこんなもんか。
エリの家へ行くために色々と買い物をしておく。
ネットで医学知識のところをさばくってみたが専門用語ばっかりでよくわからん。
所詮は素人なのだから仕方がない。
心配だったので早めにエリの家へ向かったら、なんと借金取りの野郎が来ていた。
マズイ。
そういうのは病人の具合が悪くなるのだ。
うちの親父も入院中に金の心配をしだしたら、急にポックリと逝っちまった。
俺は慌てて中へ入る。
「今日のところは帰ってください」
リサさんというらしい母親が頼み込んでいた。
「おかあちゃんをいじめるな」
おお、ポール。
男の子だな!
俺は後ろからずかずかと近づいていき、下卑た薄ら笑いを浮かべていた男の襟首を掴んで、ぐいぐいと引きずっていき外へ連れ出した。
奴が口汚く喚き散らすのも構わずに近くの広場へ放り出す。
まあ喚きもするわな。
もう、こういうのは年甲斐もなく性分だから止められねえ。
うちの親父もこういうタイプだったんだよ。
ヤクザ相手でも平気で怒鳴りつけていたし。
その困った親父の血が俺をこういう行動に駆り立てる。
そして何よりも、「三河の人間が天下を獲った」というのを子供の頃から激しく摺り込まれていたからな。
今みたいに若返っちまうと気分的に更にそれが加速するのだ。
若い連中は、爺が若者のようにイキっていやがるとかいうかもしれんが、こういうのは一回歳を食ってからでないと絶対にわからないもんだ。
昔もあったのさ。
俺の子供の頃に、そういう若返った爺さんが無茶苦茶に暴れ回る、当時でも異色作品として有名だった少年漫画がよ。
それも今ではもう中古でも出回っていないし電書でも買えないのだが、あの若返り爺さんの大変眼力のあった雄姿は今も俺の爺心に生き続けているのだ。
そして、その爺魂は只今異世界にて熱く激しく爆発中だ。
おまけに、俺に昔を思い出させる『病気のお袋さん絡み』と来たもんだ。
この男、俺に喧嘩を売るためだけに来たようなもんだわ。
そしてキメラの血塗れバラバラ死体を隣に陳列してやったので、その男から情けない悲鳴が上がる。
「あの一家には手を出すな。
あの人は俺の患者だ」
「なんだと」
男は震える声で搾り出す。
「お前のおかげで、せっかくよくなりかけた俺の患者の具合が悪くなったじゃないか。
そいつは、どう落とし前をつけてくれるんだ?
ちなみに、そのキメラは昨日エミリオ殿下にちょっかいをかけていたんで、俺が一人でぶっ殺した奴だ。
俺はこの国の王子様の命の恩人だぜ?
ここの王様とも謁見した。
お前の首もその死体の隣に並べてみるか?」
一度盗賊どもをそういう目に遭わせまくったんで、そんな脅し文句のような台詞がスラスラと口から出ちまう。
そういう台詞は日本に居た頃から妄想しまくりだったからな。
もうどっちがヤクザなのか傍からでは見分けがつかん。
実に困ったものだ。
俺はもう文明人じゃないな。
「だ、第三王子の?」
男の顔色が青い。
第三王子エミリオは可愛いので、国民にも信者が多いらしい。
迂闊に悪口を言ったりすると大変なのだ。
冒険者カードを見せて更に凄む。
Bランク以上は、かなりデザインがド派手になるので一目でわかる。
「おれはBランクの冒険者、男爵相当の資格だ。
仕官して申請すれば名誉爵位がもらえるんだそうだ。
それにどちらかというと、患者を治すより悪党をぶっ殺すほうが性に合っているんだが。
全長十五メートルのAランク魔物キメラの首を一撃で落とす、血塗れ男爵と一戦交えてみるか?」
それを聞いて男は更に蒼白になった。
俺は駄目押しとして虚空からオリハルコン刀を抜き出し、独特の山吹色の光沢を空に煌めかせた。
これを王都の街中でやると、衛兵や騎士団がすっとんでくるらしいが、ここではそんな事は無い。
こいつも俺が取り出した物の正体を理解出来たようだ。
普通の人間は、たとえBランク冒険者であろうとも、そのような伝説級の武器なんか持っていない。
王族か、最低でも希少であろうAランク以上の冒険者が持つ、値段のつけようもない超逸品なのだ。
「正直言って、お前らなんかじゃ物足りん。
この間も盗賊団を四十人ばかり皆殺しにしてやったが、十分とかからんかったな。
俺に喧嘩を売りたかったら、ドラゴンの百匹くらいは連れてこい。
ああ、来月はAランク試験があるのでその後にしてくれ。
もう、あの親子には手を出すな。
命あっての物種っていう言葉を知っているか?
そこの幼気なキメラちゃんは知らなかったらしいがな。
御蔭で今ではそのザマだ。
わかったらもう行け」
男は慌てて走って逃げていった。
その男には一応、レーダーマーカーを付けておいた。
これは便利な機能だった。
対象に魔法の刻印をする事により、MAP上で居場所を確認できる。
初めて使ってみたが、まるで発信機のような機能だ。
それからキメラを仕舞ってから思い出した。
「そういや、これを売るのを忘れていた……」
すぐにエリの家まで戻ると、ちょっとおっかさんの顔色が悪い。
部屋の中を沈んだ空気が漂っていた。
「さっきの男、ちょっと脅しておいたから、しばらくは来ないだろう」
俺は皆を安心させるために、努めてにこにこしながら言った。
鑑定 栄養不良(小) 内臓疾患鑑定(中) 血液病(中)
おや、特に悪くはなってないようだ。
栄養ドリンク凄いな。
あれ一本で栄養不良(中)が栄養不良(小)に。
せっかくだから、もうちょっと治療をしてみるか。
ハイヒール・ハイキュア×2、そしてハイクリヤブラッド×2。
鑑定 栄養不良(小) 内臓疾患鑑定(小) 血液病( 小 )
おお、なんだか知らないが具合が良くなってきている。
やはり時間を置いたから効果が出てきたというか、症状が軽くなってきたから人間自身の持つ自然治癒力が働いて治ってきたのかもしれない。
いっぺんに治療しても体の負担になるかもしれないから、後は明日にするか。
「じゃあ、よく養生してな。
御母さんは、かなりよくなってきたみたいだ。
さっきの奴らの心配はもうしなくていい。
また来るよ」
「ありがとう、御兄さん」
「ありがとー」
「ありがとう。さよなら~」
見送ってくれる子供達に手を振り、俺はさっと踵を反す。
さっき男につけたマーカーを地図で確認してみた。
そして一番近くにある転移可能なポイントへ転移した。
そこからすぐの場所なんで突っ走る。
最近、素でも身体能力の向上が半端ない。
スキルで気配を消して、透明化を引き起こすインビジブルの魔法もかける。
そして奴らのアジトに、こそっと忍び込んだ。
奴は上役らしい男と話していた。
こいつが元締めなのだろうか。
「馬鹿野郎。
それでおめおめ帰ってきたのか。
この愚図め」
「しかし、あいつはヤバイですぜ……Bランク冒険者と名乗っていやしたが、ソロでAランクの魔物をあっさりと狩れる腕前だ。
並みの冒険者じゃない。
あれは最低でもAランククラスの化け物ですぜ。
それに今までこの街で見かけた事もない奴なのに、いきなりアドロスで凄い活躍をしている。
おまけに少々金を積んだからって絶対に買えやしないオリハルコンの剣まで持っていやした。
王家とも深い繋がりがあるみたいですし、絶対に只者じゃねえ。
へたをするとSランク相当の人間、いや怪物だ。
ドラゴンだってソロで倒せるような奴なのでは」
「うるせえ。
今度何人かつけてやる。
来週までになんとかしろ!」
「はあ……」
しつこいな。
まだ諦めてねーのかよ。
今この場で〆るか、とも思ったのだが、非常に嫌な感じがぬぐえない。
どうも俺のセブンスセンスが駄目だと言っているようだ。
『あいつ』の警告には決して逆らってはならない。
特にこの世界へ来てからは、ここのところ少し疎遠だったあいつも、何故かその活動が活発になってきているのを感じるし。
ここは少し慎重に動く事に決めた。
奴らの顔を写真に収めて、今日のところは一旦撤退する事にした。




