45-3 魔王様の自己紹介
「御父さん、御客さんよー」
ナタリア嬢に案内されて、俺は彼女の実家であるバルコ商会へとやってきた。
おばちゃん達から聞いたが、ここの商会は真っ当な商売を心がけ、親父さんは商人の矜持を持った人だという。
娘をいいところへやりたがるのは、商会のためというよりも娘に幸せになってもらいたいという願いかららしい。
無論、それが店のためになるというならば、それもまた願ったり叶ったりなのだろうが。
俺はダニエルと一緒に、今回この街に来た理由をおばちゃん達に打ち明けた。
彼女達は笑ってこう言いながら、ダニエルの頭を撫でたり軽くこづいたりしていた。
「あたしらにドンっと任せておいて!」
いやあ、こういう時に、さすがおばちゃんは頼もしい。
この人達に任せておけば、新工作員は次々とウイルスのように増殖するだろう。
こんな辺境の小さな街に『イベント発生』なのだから。
だが、その御父さんからは、のっけからこんな事を言われてしまった。
「なんだい、ナタリア。
また、あの貧乏神父の所へ行っていたのかい?」
これはまた豪い言われようだな。
まあ、それは仕方がないか。
あんなところへ嫁にやっても娘が苦労するだけだからな。
「もう、御父さんったら。
教会へボランティアに行っていただけよ?」
多分、娘がまた『若い男』を連れて帰ってきたので少し機嫌が悪いのかもしれない。
俺の本当の歳を教えてやったら、安心するのか怒り出すのか一体どっちなんだろうな。
ナタリア嬢など、俺にとっては孫も同然の歳よ。
「初めまして。
私は王都にあるアルフォンス商会の会頭でアルフォンスと申します。
どうぞ宜しく」
俺としては最上級の笑顔を浮かべたつもりだった。
最初、御父さんは微妙な表情だった。
王都から、こんなどん詰まりの辺境にわざわざ? と。
そして時間差で、記憶の中の『アルフォンス』という人物に思い当たったようだった。
わざとアドロスという言葉は出していなかったのだが。
「ひ、ひ、ひええええ。
ア、アドロスの魔王だ~。
おーたーすーけ~」
あう。
日頃の悪行がこんなところで祟ったか。
「御父さん、御父さん。
アルフォンスさんは、この国の公爵様で、神殿本部を預かる大司祭様でもあるのよ。
それは、さすがに失礼でしょう。
確かに魔王様でもあるのだけれど」
ナタリア嬢、あんたもか。
「もう。
皆さん、俺の称号をはしょり過ぎ。
俺は精霊魔王、そして大神官魔王の称号を授かった者なんだから!」
うん。
たまにはちゃんと抗議しないとな。
「えーと、それは聖なのか魔なのか、どっちの属性なのでしょう」
「わあ、ダブル魔王称号なんですね」
もういいや。
せっかく丁寧な猫なで声で通そうと思っていたのに。
ここからは、いつものノリでいくか。
「そ、それで、その魔王様が、うちになんの御用で?」
娘を差し出せとか言われるのかと思ってビクビクしているらしい。
どこの悪漢だよ。
あ、王都の大司祭といえば、ちょっと前まで悪党の代名詞だった。
これはうっかりと嫌な役職についたもんだな。
「いえ、実はこの自分と縁のあるエルミアでも商売をと思いまして。
王都の商人達は辺境には目もくれなくて。
今は辺境よりも外国へ目が向いている有様ですのでねえ」
長い事帝国を中心に吹き荒れていた戦乱の予兆が消えたので、商人達の活動も活発になっている。
アルバトロスの王太子がザイードの姫と婚約したので、ザイードからサイラスに至る五か国に加え、アルフォンス商会を通したドワーフとの取引の莫大な増加もみられるのだ。
そして、ロス大陸にある各国もハイドを通したメルスなどの他大陸との取引にも目を向けだしている。
停滞していた時は動き出し、今まで動かなかった部分の経済活動も活発になった。
だが逆にエルミアのような辺境都市の地盤沈下は加速しだしたといっても過言ではない。
田舎なんていうものは、どこの世界へ行っても同じようなもんだ。
まあ、ほぼ全部俺のせいだな。
ナタリアさんの御父さんは、そんな街の状況を憂いていて、なんとかしたいと考えているようだ。
「そ、そうですか。
実にありがたい御話です。
しかし、何故うちのような零細商会に?」
「ああ、それ。
だって他でもない、俺が御世話になった神父様の紹介なんだもの。
ねえ、ナタリアさん。
ナタリアさんは神父様の事が好き?」
いきなり本命に矛先を向けてやった。
「え、え、ええっ。
そ、そ、そ、それは~」
顔中、真っ赤っかだ。
うんうん。
若いもんはいい、若いもんは。
それを見て、御父さんは事のあらましが理解出来たらしい。
そういう事かと。
「あんたの望みは叶えよう。だから娘の望みも叶えてやってくれ」という話を。
さすがに聡い商人だけの事はあるな。
御父さんは大きな溜め息を一つ吐いてから訊いてきた。
「あなたは、何故そこまであの神父に?
王都アルバ、いや大陸さえも飛び出して、世界に名を馳せた商人なのに」
「俺はこの世界とは違う異世界からやってきた。
彼はこの世界に来てから初めて魔法を教えてくれた人だから。
御蔭で安心して、この剣と魔法、そして魔物や盗賊の跋扈する世界を旅できた。
そして友人知己も家族もない俺に、彼はその後も友人として大変よくしてくれた。
一人の友人として、彼の幸せを祈ってはいけませんか?」
そう言われてしまえば、彼としても反論は難しかったようだ。
相手が相手だしなあ。
「ふう、うちの娘は出来たら三国一の晴れ姿で送り出してやりたかったんですがねえ……」
はあっと、また溜め息を吐きながら御父さんは溢した。
ピクっ。
そこがツボか。
「ほう。
御父さん、聞きましたよ。
『三国一の晴れ姿』
そのオーダー、確かに受け賜りました」
「ええっ?」
父娘は驚き、顔を見合わせた。
そして俺は突然転移魔法で二人の前から消えうせた。
後には呆然とした父親と娘が取り残された。
「葵ちゃん、結婚式の準備を!」
突然転移魔法で教会に帰還して、藪から棒に叫んだ俺に向かって神父様は訊ねた。
「どうしたんです、アルさん。
結婚式?
うちの教会で、ですか?」
「何を言っているんです?
あなたとナタリアさんの結婚式に決まっているじゃないですか」
神父様は一瞬、はあ? とでも言いたいような顔をして、そしてしばらくして俺の言葉を反芻できたとみえて、段々と顔に赤みが差してきた。
「え、ええ? ちょっと待って!」
「おめでとう、神父様~」
「おめでとう~」
子供達から祝福の嵐が桜吹雪のように向けられた。
みんな知っていたのだ。
二人の気持ちを。
「し、しかし、私にはとても彼女を幸せにする事など……」
「じゃあ、本人に聞いてみましょう!」
俺はすかさず父娘のところへ戻って、さらっと娘を拉致ってきた。
「さあ、どうぞ!」
初めての転移魔法体験に目を回しているナタリア嬢を前に差し出して、俺は平然と言ってのけた。
真理と葵ちゃんはジト目で俺を見ていたが、俺はもう素知らぬ顔でどこ吹く風だ。
こういう事は勢いなのだ。
細かい事に構ってなどはいられない。
今ならば押せばいける!




