45-1 ダニエルの相談ごと
エルミアの教会にダニエルという子がいる。
あそこでの生活は大変厳しい環境であったのだが、特に捻くれてしまうような事もなく、年下の子達を甲斐甲斐しく世話していた子だ。
何かあったら電話を頂戴と言って、その子にはスマホを持たせておいた。
あの子は、へたな大人よりもよっぽど頼りになる。
まあそれは、この世界の子供にはありがちな事なのだが。
特にうちの子達なんかはな。
トーヤなんか、その筆頭だわ。
そんなダニエルから不意に電話がかかってきた。
何事かなと思ったのだが、神父様に内緒で相談があるという。
はてと思ったが、えらく真剣な様子だった。
だが、つまらない用件で電話してくるような子ではないのだ。
俺はエルミアへ転移して、電話でダニエルを呼び出した。
ダニエルは、まだ雀斑の残るあどけない顔だ。
美少年という感じではないが、容姿は普通の範疇だろう。
正直で誠実そうな雰囲気に好感が持てる。
今日は、うちからプレゼントした長袖長ズボンを着ている。
靴は俺の作で、派手さはないのだが作りはしっかりとしていて、日本なんかだと隠れた銘品としてロングセラーで人気になっていそうなタイプの物だ。
この子には、そういう物を与えたかった。
そういう雰囲気の子なのだ。
教会の近くで合流し、久しぶりにガラスの園へと飛んだ。
「そういや、お前って、そろそろ孤児院を出る時期なんじゃないのか?」
この世界で孤児院にいる子は、大概十二歳の誕生日までには孤児院を出なくてはならない。
それまでに、たつきの道を決めないといけないのだ。
「ああ、僕の事なら大丈夫です。
神父様から習った回復魔法がありますので、多分どこへ行っても食いっぱぐれはないかと。
あなたほどではないですが、もうそれなりの数の魔法を覚えましたよ。
僕って、それなりに回復魔法の才能があったようです。
それより僕のお話を聞いてください」
ああ、そうか。
俺が回復魔法を習えたくらいだから、才能のある子達には教えてあるよな。
孤児院を出て紹介状もなければ、いい仕事にはつけない。
神殿の馬鹿どもは仕事をしていなかったしな。
今は暫定とはいえ、この俺がこの国の神殿の親玉だったりするのだが。
「実は神父様の事なんです」
少し切なそうに彼は語りだした。
神父様は元々優秀な方で、同期の中ではこの国で三本指に入る大司祭候補の方だった。
その誠実で清廉な人柄を、王都アルバ大神殿の誰もが慕っていた。
だが王都の大神殿は清貧とは縁もゆかりもないところだった。
彼はあくどい商売をして汚い金を作りまくっていたライバルに、謂れもない濡れ衣を着せられた。
王都の神殿から南端の辺境たるエルミアへと、いわば左遷されたのだ。
しかし彼はそれで腐ってしまうような事も無く、辺境の地で人々や引き取った孤児達の面倒をみていた。
資金の当てもないので決まった御手伝いもいない中で、地域のボランティアに支えられて今日まで来たのだと。
だが彼は、その辺境での人々に尽くす生活に忙殺されて婚期を逃がしてしまった。
そんな中で神父様も一人の男だ。
そっと恋心を寄せる相手もいるという。
出会いは教会でのボランティアだった。
教会へ近隣の小さな商会の三女のナタリアが訪れた。
神父様の清廉潔白で優しい心根に、彼女も次第に惹かれていった。
神父様は素知らぬ顔だったが、子供達は皆知っていた。
だが神父様が、その心の内を打ち明ける事は無かった。
彼女に苦労をさせたくはない。
何より、こんな教会に嫁いできても苦労をさせるばかりなのだし。
周りは、もどかしく思ってはいるものの、どうする事もできない。
そして何よりも、その歳の差があった。
神父様は三十五歳になったが、彼女はまだ十六歳だった。
ダニエルも、もう孤児院を出なければならない。
最後に、神父様に対して何か御恩返しをしてあげられないものだろうか。
そう思い、彼は俺に相談を持ちかけてきたのだ。
「そうか、よく話してくれた。
とりあえず、教会の人手不足を解消しよう。
ダニエル、よかったら神殿に就職しないか?
回復魔法持ちならば大歓迎だ。
アルバトロス王国王都神殿本部の最高責任者からの直々の御誘いなのだが、どうだ?
そして、そのまま今いる教会に赴任してもらう」
「は、はい、喜んで。
でも、それでなんとかなるものでしょうか」
「だーいじょうぶ、まーかせて」
俺は、にっこりと右手中指を立てながら言い放った。
これも懐かしいフレーズだ。
そして転移魔法でダニエルを送ってからエルミアを後にした。
後には、若干不安そうな顔をしたダニエルが取り残された。
「ううっ。
涙が止まりません。
園長先生!
なんとしても、この話は纏めましょう~」
今回のミッションは、この世界唯一のプロデューサーの心の琴線にも触れたようだ。
「園長先生が御世話になった人なんだから、あたしも協力するわよお」
副園長先生も珍しく、人の色恋沙汰に乗り気だ。
かくして、ケモミミ園の総力を上げて、このプロジェクトに取り組む事になった。
「というわけで、我が大神殿も協力する事になりました」
ジェシカの前で、そう宣言する。
彼女は若干呆れていたようだが、彼女も感慨深く言った。
「その神父様の話は聞いた事があるわ~。
私が、ここへ来る前の話だそうだけれど。
もし神父様が無事ここの大司祭になられていたら、こんな事になる前に自浄作用が働いていたでしょうに」
甘いな、ジェシカ。
世の中って、そうはならない理屈があるからこそ、ここも今こうなっているんだよ。
まあ、そんな事を言っても始まらない。
人は過去を振り返りたがるが、そんな事をしてもなんにもならない。
自分を苦しめるフラッシュバックに悩むだけさ、なあジェシカ。
先へ進む勇気を持った人間だけに神様は微笑んでくれるのさ。
きっと、この世界の主神ロスもな。
「おい。
お前、また他人の御見合いの世話を焼いているんだって?」
王宮へ用足しに行ったら、ミハエルが唐突にそう声をかけてきた。
「失礼な!
悲恋に終わりそうな純愛に、助け舟を出そうとしているだけだぞ。
あの人には御世話になったからなあ。
というか、ミハエル。
一体どういう風の吹き回しだ?」
何故、ミハエルがこんな話を?
怪しい。
こいつは、この国の諜報のトップなのだ。
何の脈絡もなく、こんなローカルな話に絡んでくるはずはないんだけどな。
まあいい。
別にそう困りはしないさ。
俺は奴を軽く睨むに留めた。
「なんだったら、お前の御見合いの相手も探してやろうか?
ちょうど、ブラウンゴブリンとフリークの連中から婿探しを頼まれているんだが」
俺が、さも可笑しそうに言うと、奴も呆れ返ってその端正な王子顔で俺を睨んだ。
「まあ、そんな事を言っていられるのも今のうちだけだ!」と捨て台詞を残して奴は行ってしまった。
それは一体どういう意味やねん。
まあいいや。
今は売れ残りの王子様になんか構っている場合じゃないのだ。
売れ残りの神父様が、いやゲフンゲフン。




