44-1 血の盟友
エミリオ殿下は、兄弟国サイラスへ婿入りする事が決まっている。
今サイラス王家は王女ばかりで跡継ぎの王子はいないため、恐らくはエミリオ殿下が若き現王の次に即位するのではないだろうか。
ただ、俺には一つ気にかかっていることがある。
それは気候だ。
このロス大陸は、そこそこの大きさを誇る。
上下に四千キロメートルほどか。
そして幅は六千キロメートルほどだ。
地球の大陸と比べてみるとユーラシア大陸のような雄大さは無いのだが、上は北海道の小樽か青森くらいの緯度で下は赤道より一千キロメートルほど離れた位置にあるフィリピンのミンダナオ島の上くらいにあたるのではないだろうか。
上下に二千キロメートルほどあるアルバトロス王国の下限でも、沖縄の那覇くらいに位置する。
サイラスとアルバトロスとでは、かなり気候の差が激しいようだ。
幸いにして王都アルバは名古屋から浜名湖の上限くらいに当たるので、それなりに温暖だった。
さもなければ、ケモミミ園児がいかに体の丈夫な獣人だろうと一溜まりもない。
それでも雪は降る。
冬は手に入れられる食糧が乏しい事もあり、エディのようにストリートチルドレンが行き倒れになるケースが後を絶たないのだろう。
日本の太平洋側と日本海側、日本列島と朝鮮半島などの、同緯度の土地での同じ季節における寒暖の差もある。
名古屋とて、真夏には沖縄の気温を越える日も少なくない。
そして冬は大変に寒い。
それは地形に由来するものなので如何ともし難いため、名古屋の人々は地下街を歩く。
あそこは少々気候が特殊なので、それゆえに地下街が日本で最初に発達したとさえ言われる。
気候は地形などにもよるので、気温は必ずしも緯度だけで決まるわけではないのだが、サイラスは南の海側に位置するため、全般的に温暖だ。
湿度も高く熱帯的な気候も多い。
武が津波について言及していたために、兄弟国サイラスでも首都を海沿いに作ってはいない。
サイラスは隣国などよりは、上や左の隣国より少し離れた位置に首都を置いている。
大陸の右下隅にある国家が、国のまた右下隅に首都を置いている感じだ。
それでも海からは百キロメートルくらい離れている。
この大陸は、あまり地震のような災害は無いらしいのだが、それでも備えているのだ。
他の国では見晴らしのいい海側に首都を置く国もある。
しばしの間旅行に行くだけならばよいのだが、永住するとなると気候の違いは体に堪えたりするだろう。
人はこの世に生まれ出てきた時に、外界の環境に順応するのだ。
他に遺伝的な特質もある。
ロシア人などはマイナス四度は暖かくて気持ちが悪いとか言ったりするそうだし。
確か彼らはワールドカップで日本の梅雨時に来た時に、体調を整えるのに物凄く苦労していた気がする。
エミリオ殿下も、まだ幼い今のうちから少しずつ体を慣らしておいた方る。
というか、もう明日出発なのじゃ。
学園が春休みに入るので、そのタイミングで行かせようと思っているところだったのでな。
遊園地が間に合って良かったのう。
一人だけ他の子と一緒に遊べなかったりすると、後で拗ねそうだわい」
などと暢気に子煩悩な事を言っていた。
「へえ、それじゃあ私も一緒に行ってみていいですか?
ついでにマグロ獲りもしてみたいし」
「おう、お前が一緒に行ってくれるというならば心強い。
是非にも頼む」
「わあ。
アルも一緒に行ってくれるの?
嬉しいなあ」
「ほっほっほ。
まあ、行き先が行き先だけに危険な事は何もないがのう。
向こうは本当に歓迎ムードじゃからの。
あそこの国は南国じゃからのんびりしておるので、向こうの他の王女サイドとかが足を引っ張る事もない。
兄弟国から人気の王子様を貰えるので、国民も貴族も一様に歓迎ムードじゃ」
ルーバ爺さんも、のんびりと構えている。
うーん、エミリオ殿下は相変わらず愛されているな。
「でも暑い国ですからね。
考えただけで今から汗が出てきます」
護衛を務める子爵令嬢のエリス嬢(ようやっと名前が判明した!)は若干憂鬱そうだ。
そういう事なので、俺は色々と取り出してみた。
体を上下カバーして、汗を体から逃がしてくれる肌着とか。
あ、別にステテコ素材ではありませぬ。
でも、ファッショナブルなステテコも最近日本では流行りだしな。
日差しをきっちりと避けながら、護衛や侍女として相応しい気品は保てる衣料品なども出す。
基本的に体形を美しく魅せるという点にもよく留意されている商品群なのだ。
日本だと、スポーツサイクル乗りやジョギングしている人、その中でも特に女性が愛用しているようなファッショナブルな品なども悪くない。
更にエアコン魔法や浄化魔法なども組み込めば、かなりの快適性を保てる。
そういうファッション的な生産物は、掲示板の人とエルフさん達の合作だ。
素材も最近の流行を調べてもらって、それを俺がスキルで作り出した物を使用している。
彼女達も早速着替えてみるらしい。
エミリオ殿下の侍女さんも、いそいそと御伴する。
最近はジャージなども流行っているので、カジュアルなスタイルに皆そう抵抗がない。
ジャージを王宮で流行らせている張本人が王妃様なんだしね。
まあ王妃様っていうのは、どこの国でもファッションリーダー的なものだと思うのだが。
いくら出鱈目といってもいいようなこの世界でも、王宮の貴族の御婦人様方の間にジャージを流行らせるような冒険者上がりの王妃様って他にいなそうな気がする。
着替えてきた二人とも美人さんなので、なかなかに映えた。
一応、角度やポーズを色々変えた御写真などを撮らせてもらって、デザイン元に送付しておいた。
伸縮自在な素材に、カラフルなデザイン。
そしてシルエットはスタイリッシュに。
皆素晴らしく上手に着こなしており、スキっとして格好の良い外人モデルさんみたいだ。
いや外人どころか異世界人なのだが。
まあどんない素晴らしい衣料品とて、以前の王太子カルロスみたいな人が着ると微妙なのは日本でもどこでも変わらない。
カルロス君も、今は毎朝ジャージでジョギングをしている。
先頭を走っていくのは王妃様だ。
昔から陛下も御一緒らしい。
なんか田舎の道で早朝から、短パンとランニングシャツなんかのスタイルと素晴らしい足取りで、たったっと走っていく筋骨隆々な老人とかを思い出すな。
最近は愛犬の散歩を兼ねているので、王女様方も御一緒だそうだ。
とりあえず、サイラスへ一度行っておくことにした。
空を見上げて両手を上げて「シュワッチ」と叫ぶ。
いや特に意味は無いのだが、いっぺんやってみたいなと思っていただけだ。
これがアメリカ人なら、あの真っ赤なマントを着て空を飛ぶ人の真似かな。
そのまま有名特撮番組っぽい感じに、両腕を真っ直ぐに伸ばして先を揃えた飛行スタイルで、あっという間にサイラスへ到着した。
もう明らかな領空侵犯だ。
この世界では特に戦闘機のスクランブルがかかるわけではないのだが。
そもそも俺は敵じゃねえし。
兄弟国の公爵なのだから。
市内をうろついて、あちこちを移動しながら、万が一に備え転移ポイントを稼いでおいた。
そして王宮の位置を把握した。
門前で、若干オリエンタルムードな感じの王宮をぼんやりと眺めていたら、突然門を守る兵士から誰何がかかった。
「何者だ!」
うむ、しかし君こそ何者なのか。
ハーフサイズの半ズボンに、半袖で胸元ボタン止めの非常にゆったりとした上着。
槍を構える姿の、その頭に巻いているものは、地球で言うところのバンダナというものじゃないのか?
足元なんかは踝の上まで編み上げたサンダル履きだし。
なんとなくオーストラリアの、半ズボンスタイルの御巡りさんとかを思い出してしまった。
いやオーストラリアの警官だって、槍は持っていないしバンダナも巻いていないけどさ。
どっちかというとローマ帝国の兵士のスタイルに近いかもしれない。
ローマ帝国の兵士も頭にバンダナを巻いてはいなかったが。
物凄くのんびりした連中だとは聞いていたが、噂に違わずマイペースっぽいな。
仕方が無いので、俺は爆炎エンブレムと顔写真の入った名刺を渡した。
むろん、この世界の文字で書かれている。
葵ちゃんが既に異世界の文字をPCでフォント化しているので、うちの商会で貴族王族向けに名刺作成サービスも行なっている。
幼い貴族の子弟用には可愛いイラスト入りの物もある。
「アルバトロス王国のグランバースト公爵だ。
明日エミリオ殿下を連れてくるので下見にきたんだ」
「なあんだ、アルバトロスの魔王様だったのですか。
ようこそサイラスへ」
いや、その対応はどうだろう。
仮にも王宮の門を預かる兵卒として、そのリアクションは。
まあ歓迎されているのは、しっかりと伝わってくるがな。
まあこの世界には、俺が来る前には『魔王』なんていう者はいなかったらしいので。
魔界の鎧はあったくせにな。
日本語の「まおう」という言葉が、そのままこの世界で流通しているのだ。
この世界へ来てこの方、一番やっちまった感が半端ない。
まあ英語でも、海外のおたくさんなんかは日本語の妖怪とか魔王を、そのままアルファベットにして使っているらしいが。
船橋武の錬金魔王は、また日本語の「まおう」とは違う呼び方で呼ばれていたらしい。




