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35-1 ジェシカ倒れる

 その日、ジェシカはベッドから起き上がる事が出来なかった。


「あれ……おかしいな。

 今まで、こんな事は一度もなかったのに」


 どうしたものかと悩む風だったが、とりあえず大声でミレーを呼んでみた。

 精霊の御世話人は、すっとんできて回復魔法をかけてくれたが芳しくない。


「今日は御仕事を御休みになられては」


 無駄と知りつつもミレーはそう声をかけた。


「駄目よ。

 司祭様に怒られてしまうわ。

 私ね、今の生活が気に入っているのよ。

 それに御仕事が出来ないなんて言ったら、もうあなた達とも一緒にいられなくなってしまうわ。

 もうちょっとだけ休ませて。

 御願いね」


 そう言った途端、ジェシカは気を失った。

 慌ててミレーは駆け寄ったが、額に手を当てたら酷い熱だった。


「どうしよう」


 もう一度回復魔法をかけてみたが、よくはならない。


「これは、きっと疲れが溜まっているんだわ」


 本当なら、神殿本部に連絡を入れて代わりの人を呼ばないといけないのだが、その交代人員の人自体が多忙を極めるのだ。


 それに、さっきのジェシカの言葉。

 彼女と一緒にいられなくなるなんて、そんな事は何よりも嫌だ。

 他の精霊達も心配そうに集まってきている。


 ハッと気がつくとペドロが『鍵』を咥えてきていた。

 そして何かを訴えるように、じっとミレーを見つめる。


「あ……。

 あの人なら。

 あの人なら、きっとなんとかしてくれる」


 ペドロはミレーの前にぺったりと座り込み、背中に乗れと言わんばかりだ。


「みんな! ジェシカ様を宜しくね」

 

 ペドロの背中にミレーがよいしょっと乗ると、ペドロはスッと低空を飛び、ほどなく舞い降りた。


 そこは「結界」であった。

 普段は精霊が通り抜ける事が出来ない、その壁を通過させてくれる物、それが『ゲートキー』であった。


 それは大神官が指名する者だけが使う事を許された特別なもの。

 結界にある通路部分の緊急解除コードを組み込まれた魔道具である。

 このアルバのロス大神殿ではミレーだけがその権限を持つ。

 そこまでの信頼であった。


      ◆◇◆◇◆


 あっという間にケモミミ園に到着し、ペドロはさっと着地した。


「あ、ペドロー」

「ペドロちゃーん」

「あ、ミレーもいるよ」


 ほっそりした流線型ボディに愛嬌のある顔をしたスカイドラゴンのペドロは、子供達には大人気の飛行精霊であった。


「園長先生は?」


 急いで背中からずり落ちるようにしながら降りたミレーが彼らに尋ねた。


「なかにいるよー。

 なにかごよう?」


「うん」


 子供達はミレーの手を引いて、小走りにケモミミ園の方へ向かった。

 先触れの子が一足先に突っ走っていく。


     ◆◇◆◇◆


「おお、どうしたミレー。

 もしかしてジェシカに何かあったのか?」


 園児に呼ばれて外に出てきたが、何か尋常ではない雰囲気だ。

 するとミレーがうるうると目に涙を溜めて泣きついてきた。


「ジェシカちゃんが、ジェシカちゃんが、うわああん」


 縋りつく精霊を抱えて宥めながら俺は言った。


「真理、ジェシカに何かあったらしい。しばらく園を留守にするから」


 何事かと思い、つっかけを履いて外に出てきた真理に一声かけておいた。


「そう、いってらっしゃい」


 そこには、にっこりと手を振る副園長さんがいた。

 子供達も大人しく手を振ってお見送りだ。

 本当はペドロと遊びたかったのだろうが、そんな事態ではないのが彼らにも理解出来たのだ。

 成長著しい彼らに向けて、俺は柔らかい笑みのみで顕彰を行なった。


「さあ、行こうか」


 ミレーを抱えたまま、さっとペドロに飛び乗ると声をかけた。

 もちろん魔力を注いでやりながら。



 大神殿に行くと、精霊達に甲斐甲斐しく御世話をされている銀髪の大神官がいた。


「おかあさん……おかあさん」


 孤児院にいた頃から、ずっと夢に見ていたのだろう。

 生まれてこの方、見た事すらない筈の母親の事を呼んでいた。


 やれやれ。

 回復魔法が効かなかったそうだから、これは多分過労だな。

 疲れが溜まりまくっていて、体が回復魔法を拒絶しているのだ。

 いつかこうなるとは思っていたが。

 まあ月一休みがあるだけマシな状態だった。


 でもそれ、日本だと最低限未満の待遇だからな。

 確か労働基準法では一ヶ月連続で働かせても構わないが、月に最低でも四日は休ませないといけないはずだ。

 それだって相当ブラックなのによ。

 憲法改正なんか後回しでいいからよ、いい加減そういうところを改正しろよな。

 必ず週に一回休みくらいは最低限法律に盛り込まないとな。。


 神殿本部め、またレインに聞かせられない話が出来たな。

 まったく。


 俺の再生スキルで復活させてやってもいいのだが、そうするとなまじ働けてしまう分、多分心の方が持たないだろうな。

 俺は再生してやった御過労様、いや王子様方の正月明けのザマを思い出した。


 ここはゆっくりと寝かせておこう。

 人間、魔法やスキルに頼るよりも自然治癒に任せた方が良い事もあるのだ。

 それから心配そうに見上げるミレーの頭を撫でてやり慰めた。


「心配ない。

 おそらくは、ただの過労だ。

 無理やりに回復させると却って良くない結果になる。

 しっかりと休ませれば、すぐに心身ともに良くなるだろう。

 その間は俺に任せろ!」


 神殿本部め。

 この子は俺の生命線の一つでもあるんだぞ。

 粗末に扱うなよな。


 よし、いい機会だから色々と刷新するとしよう。

 俺の浮かべた黒い笑みに、若干不安そうにするミレー。

 俺は笑って彼女の頭を撫でながら、あたりに膨大な魔力を振りまいてから精霊連中に向かって叫ぶ。


「おい、お前ら!

 ジェシカはこんな状態だ。

 この大神殿はしばらく俺が預かる。

 神殿本部とは今から話をつけてこよう。

 お前らも宜しくな」


 もう精霊達がみんな、「ウィース」とでも言いたげな感じでレーダーMAP上でくるくると回っていた。


 俺から魔力もいただけるのも計算のうちなのだろう。

 もちろん、こっちもそれをあざとく計算に入れてあるのだが。


すいません、ちょっとばかし遅刻です~

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