31-5 レイン誕生
それから案内のために一緒に来たゴブリンを御使いに出した。
空を飛ぶ精霊に、ゴブリンを食い物も持たせた上で乗せて。
ファルスの卵を孵すまで帰れないからと、子供達用の食い物と一緒に伝言をしておいたのだ。
そして里に帰ったはずのゴブリンはまた戻ってきた。
全てを見届けるために。
その物語を後世に伝えるためだけに。
それから幾日が過ぎただろう。
うとうとしていた彼は微かな物音にふと目を覚ました。
ハッと見ると、なんと卵にヒビが入っている。
孵るかな孵るかなとわくわくして見ていたのだが、ちいとも反応がない。
おや? と思い、指でトントン叩いてみたら、中からトントンと返事が返ってきた。
彼は笑って、優しく優しく、ふわっと魔力を軽く注いでみた。
すると、ピシっという音と共に卵の上の方が傘のように丸く割れて、おそるおそるといった感じに持ち上がった。
隙間からクリクリした可愛い目が覗いている。
彼は笑って、「出ておいで、可愛い子」と呼びかけた。
「ピヒュー」
可愛らしい声で返事をした生き物は、頭に卵の殻の傘をつけたまま彼が差し出した両手の中に飛び乗った。
そして彼の事をじっと見上げている体長三十センチほどの小さな生き物。
四足だが、まだ手足は短くて、可愛らしい事この上ない。
不安定な足場である手の平の上にて、後ろ足で上手に立っている。
彼は笑って、その生き物を鑑定してみた。
レインボーファルスとある。
「ん? ファルスにも色々あるのか?
まあいい。
でも名前は要るよな。
では、君をレインと名づけよう」
こうして、世界に再びファルスが在る日々が始まった。
だが大神官ジョリーは混乱の局地にあった。
「レインボーファルス!
なんですか、それは」
森の長老達も、そのような者の存在は聞いた事が無いという。
「おそらくは、あの稀人救世主の力が素晴らしいので、新種として誕生したのでは。
あるいは世界の危機に呼応して進化したのでは」
「しかし、ファルスが途絶えてしまった、あの審判の時代にさえこのような現象は!」
もう喧々諤々の議論が交わされたが、それもファルス誕生という喜びがあればこそ。
世界中の精霊達が、一目新生ファルスを見ようと押しかけてきた。
そして彼に魔力を強請り、代わりに自分の加護を置いていった。
「何かあったら加護を通していつでも呼んでくだされ、救世主殿」
と言い残し。
「なあ、ジョリー。
俺は、いつまでこの子の面倒を見てあげていたらいいんだい?」
彼は気になっていた事を精霊の大神官に尋ねた。
「そ、それは……なんと言ったらいいものやら。
通常、ファルスは母親が魔力を注いで孵化させるものです。
中には辛くて孵化を諦めてしまうファルスもいたのです。
魔力の少ないファルスもいましたので。
今回は卵が駄目になってしまう前に来ていただけて幸いでした。
通常は一人前になるまで魔力を注いで、次代の成長を見届けてから、ファルスはその長い生涯を終えるのです。
しかして、今回はレインボーファルスという前代未聞の形で誕生したので、我々にも正直見当が付きませんで。
そこで折り入って御相談があるのです。
しばらくレイン様を預かっていただけませんでしょうか。
あなた様に、ずっとここにいていただけるならば宜しいのでしょうが、そうもいきますまい。
人の一生は、我らの存在期間に比べればあまりにも短い。
御伴の者は付けさせていただきますので、どうか御頼み申す」
「そうか。ではそうするとしようか」
こうしてレインは船橋一家? の新しい家族となった。
そして精霊の森からは、幾つかの素敵な贈り物があった。
物体を無限に収納できる空間魔法を操る精霊。
これは、いつもは見えないようにしているのだが、必要なら鞄の形で顕現する。
見えない状態のままでも、物の出し入れには困らない。
食事として魔力さえ与えておけばいい。
それを介してジョリーとの通信も可能なもので、レインのために精霊の森からいつでもサポートが出せる過保護な体制だ。
それに精霊達が顕現した体の一部から作った強力な武器や防具。
里で取れる摩訶不思議な素材や、滋養豊かな食べ物。
精霊が作り出す不思議なポーション類。
あと、人間から貰った金貨の類もあったのだ。
そして、その一行の御伴として一緒に旅へ出る事になっている彼がやってきた。
「お前さんが救世主殿か?
稀人と会うなど、一体何百年ぶりであろうかな。
わしはエンシェントドラゴンの白銀竜バルドス。
もうかれこれ四千年は生きておる老竜だ。
精霊の森からの要請に従い、今しばらくお前さんの英雄譚に付き合う事になった。
よろしく頼む」
その人としての見かけが老人と呼ぶ年齢に差し掛かった感じの、やや老齢の人化竜はそう挨拶をした。
こうして世界は救われた。
精霊に力が戻るや否や、大地に力は漲り、河や湖も力を取り戻した。
荒れ狂う猛威を振るっていた天候も、穏やかなものへと変化した。
だが、困窮して荒れ果てていた世界はすぐには立ち直らなかった。
人々は新たに生まれる富や食料を巡り、人同士で激しく争った。
そして、ここに錬金魔王と謳われた伝説の英雄、救世主船橋武によるアルバトロス王国の建国記が幕を開けたのであった。
* * *
物語を語り終わった語り部の老ゴブリンは息を継いだ。
「以上が、この里を救い、また世界をも救った救世主である稀人船橋武の、いやアルバトロス王国初代国王ヤマト・フォン・アルバトロスの物語ですじゃ。
彼がそのように名乗ったので、この大陸の王族貴族は皆、フォンという名を使うようになったという逸話があるのです。
伝説の救世主の名にあやかりたいのであろう」
私ツェペリは感動に打ち震えてペンを置いた。
グレゴリーの記した「英雄の頂」とは少し内容は違うが、あれは脚色された物語だからであろう。
人気の物語であるので、それにケチをつけるつもりなどさらさら無い。
「そう言えば、御世話になった御礼をしたい。
せっかく人族の言葉が話せるのです。
よければ皆さんも文字を覚えてみませんか?
そうすれば、さっきの物語のように語り部が殺されたりしても物語は残る。
あと、教材としてこの本を差し上げましょう。
物語として脚色されていますので、ゴブリンの物語とは違うところもたくさんありますが、物語の本とはそういうものです」
そう言って、私は手持ちにあった五冊の本を手渡した。
「ほう、それは面白い御申し出だ。
ぜひとも御願いしたい」
ゴブリン達も喜んでくれた。
「私も国へ帰ったら、いや英雄ヤマトの作ったこの国の王都で、あなた達の物語を書きましょう。
しかし、そのせいであなた達が狙われたりするといけない。
都合の悪いところは書かずに、ぼかした物語として書くといたしましょう。
あと、見せていただいた、あの素晴らしい壁画なども秘密にしておいた方がいい。
あの素晴らしさを理解出来ずに破壊してしまうような馬鹿な人間も多くいますでしょうから。
そうですね。
物語のタイトルは『不思議の森のゴブリン』といたしましょう」
* * *
「こうしてツェペリは季節が二つ巡る間、我々の先祖と寝食を共にしながら読み書きを教えてくださり、そして人の街へと帰ってゆきました。
誠実な彼は、我々との約束をきちんと守ってくれたのでしょう。
ブラウンゴブリンという種族名も伏せてくださっていたようで。
この森へも度々乱暴な人間はやってきましたが、我々をその物語の主とは思わなかったようです。
つい最近までは、姿を隠していれば襲われる事はなかったのでした」
そう言って当代の伝説の語り部は、その本を閉じた。
「不思議の森のゴブリン」と書かれたその本を。
ここはロスコーにあるブラウンゴブリンの里。
彼らブラウンゴブリンと出会ったので、ケモミミ園にも「不思議の森のゴブリン」が置いてあった。
どうやら、あの物語に思い入れのあるアルスが仕入れてきたらしい。
しかし実際のところはどうなのか。
本を参考にしてもらいながら、ブラウンゴブリン達に話を聞かせてもらっていたのだ。
なるほど、武も『初めての時』は大変だったんだな。
あいつも魔力糸を使っていたのか。
まあ、あれは少ない魔力で高い攻撃力があるしな。
俺とは使い方が違うけど。
俺も今度ヤーンの魔法を習得してみるか。
魔力糸は作れるから、たぶんすぐ覚えられるだろう。
弾性を持たせるのではなく硬度を上げて、刃物みたいに研ぎ澄ますようなイメージで創ればいい。
もう、バルドスの奴め。
しっかりと武の奴が物語の主人公なんじゃねえか。
まあ、確かに武がここへ来ていないとは言っていなかったがな。
来ていないどころか、ここから精霊の森へ行ったんじゃないか。
相変わらずだな、あの爺は。
そしてツェペリは、不思議の森より近隣地区に在る王都アルバに残って終生この物語を執筆し、それは膨大な量のシリーズとして残された。
子供向けにも改変されて、それらジュブナイル作品も多く書き写されて、近年はハイドの交易船により海を越えて他の大陸でもたくさん読み継がれている。




