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31-3 物語の記録者

 私、詩人ツェペリは、もう辛抱堪らずに起き上がった。


「どうされました?」


 語り部の老ゴブリンは、その病人が急に活気づいた様子を目の当たりにして、驚いたように私を見た。


「いや、どうもこうも、こんな素晴らしい御話を聞かせていただいて、じっと寝てなんかいられない。

 もうかなり回復してきましたし。

 御話をすべて書き留めなくては。

 私は彼の物語を世界に知らしめる必要、いや義務があるんだ!」


 私は慌てて羊皮紙とインクを持ち出して、今聞いたばかりのお話を書き付け始めた。

 ああ、手持ちの羊皮紙で全ての御話を書き留めるのに足りるだろうか。


 そんな私の様子を見て、他のゴブリン達が自作と思われる色々な皮紙を持ってきてくれた。

 ありがたい!

 皮紙は何かの書付に使っているものらしい。

 彼らは字を使わないようだ。


 早速、さっきまでの御話を猛烈に書き留めてから、ゴブリンの語り部を急かした。


「さ、さあ早く話の続きを御聞かせください」


 私の余りにもの勢いに苦笑気味にしながらも、ゴブリンの語り部は物語を続けてくれた。


  * * *


 彼らは我々ゴブリンの手当てをしてくれ、山賊どもに壊された住居を直したりしてくれた。

 中でも彼の魔法は非常に素晴らしく、我々の住居は有り得ないスピードで修復されていった。


 人の子供達は、ゴブリンの子供達とすぐに仲良くなって一緒に遊んでいた。

 私達が人間の言葉を話すのにも大いに驚いていたようだが、彼らはすぐに順応した。


 今の季節が前回やってきた頃、世界に恐ろしい災厄が訪れた。

 その時の凄まじい異変は世界中に影響を与えたのかもしれない。

 そんな話を彼に伝えたところ、非常に興味を引いたらしい。


「ええ、おそらくはそのせいでしょう。

 彼らファルスが途絶えてしまったのは。

 今はまだ、希望は残されているのかもしれませんが」


 私は空を見つめ、それを想った。


「それは、どういう事なんだい?

 ファルスって何?」


 彼は不思議そうに訊いてきた。


「それは悠久の時を越えし物語。

 精霊達の物語」


 私は目を瞑り、やや震える心で言葉を紡いでいった。

 もし、もしも奇跡という物がこの世にあるとするならば、この目の前の彼その人こそが、それなのではないだろうか。


「彼らファルスは、精霊達の守護者。

 精霊達は大地に恵みを与え、自然の脅威を和らげ、私達命を育む、世界を巡る大いなる力。

 その彼ら精霊達を心より慈しみ、いざという時には守ってくれる存在。

 生き物であって生き物ではない、世界の理の中で存在し続けるもの。

 人は彼らを神聖エリオンと呼び、彼らの神の代行者と崇めます」


「なんだって!

 それがファルスだっていうの?」


 紅蓮の風と呼ばれる女冒険者は、青い瞳を大きく見開いて驚きの声を上げる。


「知っているのか、ミレーユ」


 彼は仲間に問い質した。


「いや……知らないあんたが、どうかしてるんだけれども」


 呆れ顔の紅蓮の風、いやミレーユと呼ばれた女性。


「おじちゃん、なんにも知らないのねー」

「しょうがないよ、武は他の世界から来た人なんだから」


 子供達も次々と彼に突っ込む。


「なんですと?

 他の世界から来たというのは真ですか!」


 私は興奮を隠せなかった。

 もしそれが本当なら、この人、いやこの方こそは!


「ああ、そうだ。

 俺のような人間が他にもいたのかい?」


 彼は、その件に関して少しは情報が手に入るかもという切ない希望を綯い交ぜて、視線をこちらへと向けた。

 そして私は、ガバっと地に伏して彼に頼み込んだ。


「どうか、どうか、この世界を御救いください。

 救世主よ」


「きゅ、救世主⁉」


 彼は、いきなりの救世主呼ばわりに相当困惑していたようだが、話は聞いてくれるようだった。

 私は話を続ける事にした。


「今はおそらくファルス不在の時期。

 精霊達の言うところの『暗黒の時代』です。

 ファルスの存在は精霊達に安心感を与え、その力を存分に揮わせる事が出来ます。

 そして、今のようにファルス不在の時代には精霊達も力を失い、大地は枯れ果て、地上は奪い求める者で埋め尽くされる」


 瞳を伏したまま語り続ける私を、人達は黙ったまま見つめていた。


「完全に失われてしまえば、ファルス復活には相当の期間がかかります。

 我らブラウンゴブリンは比較的長寿、通常なら人と同じくらいの寿命は生きますが、我らが十回生きるほどの時間は絶望が世を満たします」


「なんだって、そんなもの冗談じゃないぞ!

 それでは数世紀に渡って今の悲惨な状況が続くっていう事じゃないか。

 なんとかならないのかっ」


 彼は堪らず、大声で叫んだ。


「ええ、おそらくはまだ時間があります。

 今の状況になったのは一年前ほどの事。

 あなたが、この世界にやってきたのはそれくらいなのでは?」


「そ、そうだ。

 まさか、俺が来たせいで?」


 苦悩を露に、狼狽する彼。


「いいえ、違います。

 こんな事はよくある事なのです。

 あなたのせいなんかじゃありませんよ。

 あなたの方が巻き込まれたのです。


 ですが、これはとても大きな災害。

 おそらくは、ファルスが世界への影響を食い止めようと力を振るったのでしょう。

 御蔭で世界は致命的な被害を免れました。

 しかし、それと引き換えにファルスを失った世界は、今混沌の只中にあります。


 だが希望はあるのです。

 それは、あなた。

 そしてファルスの卵。


 ファルスは伝説の生き物。

 獣のような姿をしながら卵から生まれ、たとえ一度跡形もなく滅びようとも、この世界が新たにファルスを誕生させる。

 精霊達がそう言っていたと聞きました。

 もし、あの卵を孵す事が出来たなら我々も力を取り戻し、世界は破滅の淵から救われるだろうと。


 我らゴブリンのシャーマンが、ふらりと立ち寄った精霊から聞いたのです。

 その精霊も、今にも存在が消えてしまいかねないほどの惨状であったといいます。


『稀人を探せ。

 今回のような大規模な次元の綻びには必ずや稀人の存在がある。

 彼らならば、その特質から強大な魔力を持ち、親ファルスの代わりに卵を孵し新しいファルスを誕生させる事が出来るだろう。


 我らはそれを伝えるために世界を回っている。

 ゴブリンよ。

 稀人を、世界の救世主を探すのだ。

 そして伝えよ。

 我らは精霊の森で待っていると』


 精霊の森は、ここより北へ一日あまり。

 行ってくださいますか、救世主よ」


 我らの、いやこの世界で生きる者全ての切実な願い。

 その全てを瞳に込めて、私は彼を見つめた。


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