30-3 偉大なる宝
集落のゴブリン達は、最初こそ俺の強烈無比な自然放射魔力に恐れをなしていたが、優しく話しかけたり御菓子をやったりしていたら懐いた。
種族を問わず、いつも最初に寄ってきてくれるのは子供達だ。
しかし、何故かドラゴンであるバルドスの爺とかは恐れられんのだね。
そのブラウンゴブリンの里は、また素晴らしいものだった。
家を構成する材料こそ、粗末な木・草・泥・石、骨・皮に過ぎない。
だが、そこには長きに渡って蓄積されてきた叡智とセンスが詰め込まれていた。
そこには素晴らしい、まさに文化と呼ぶに相応しい産物があった。
火で加工され、曲げられて滑らかに磨き上げられた木材。
それを組み合わせる技術や各パーツの形。
選び抜かれた形の石材を、人が落としていったらしき刃物で削り、徹底的に、そして芸術的に磨き上げた細工。
只の石が粗末な道具により、素晴らしい芸術品に生まれ変わっていた。
壁も石で作った道具で均したのだろう。
幾重にも塗り固め、そして表面を磨きこんだ泥の壁。
俺が幼い頃、只の土を自分の唾と手だけを使って玉のように磨き上げる遊びがあったのを思い出した。
そして壁に刻み込まれた紋様の数々。
これはまた素晴らしい物であり、俺は感動に打ち震えた。
この幾多の文化こそが一番の宝なのではないか。
俺は異世界の魔物文化に感激し、猛烈な感動に身を震わせていた。
だがウルヴーは、そんな俺の様子を見ながら、こう言ったのだった。
「さあ、ゴブリンの宝を見にいきましょう!」
それを聞いて俺は驚いたのだが、彼のその言葉並びに表情に隠された誇りと、悪戯小僧のような目の光を見逃がしたりはしなかった。
なんてわくわくする胸が躍るような出来事なのだろう。
そしてウルヴーは案内してくれたのだ。
彼らの宝物のある場所へと。
それは……彼らの居住区付近にある洞窟の、壁いっぱいに広がる壁画だった。
壁一面に広がる大胆な筆遣い。
色付きの柔らかい鉱物か何かで彩られた、色彩豊かな躍動感のある数々の絵、そしてレリーフ。
人間とは異なる感性により膨大な年月をかけて、何世代あるいは何十世代にも渡って描きぬかれただろう世界。
そこに描かれた、魔物・動物・植物・壮大な風景。
大自然の驚異ですら、単なる恐れだけではなく、そこでしか見られないダイナミックなスペクタルを芸術家達がその心で写し取っていた。
一目見るだけで体全体が震えるほどに魂が揺さぶられた。
誰が知るだろう。
この世界で最も雑魚な魔物の一つに数えられる彼らが、こんなにも優れた芸術家だったなんて。
魂が衝撃に固まってしまって、しばらく再起動できなかった。
まるで地球のラスコーを思い起こさせるような驚愕を呼び起こす壁画の数々。
「よかった。
これが只の冒険者なんかに見つからなくて!
よくぞ、よくぞ守り抜いてくれた。
彼らはこの芸術を理解出来ずに、金目の物が無い事に怒り狂い、この失ったら二度と元には戻らない貴重な芸術を無残に破壊してしまった事だろう」
地球でも戦争で銃撃などによって破損したエジプトのピラミッド、またタリバンに破壊された貴重な仏像などがあった。
世界中の人々は、その素晴らしい芸術品である貴重な仏像を破壊しないよう彼らに対して哀願したが、あの蛮族達は欠片も聞き入れずに何の躊躇いも無く即座に破壊した。
確か首から上を完全に破壊したのではなかったか。
向こうの連中は首を落とされると天国へ行けないと言って敵の首も切り落とすらしい。
仏像を天国に行かせないようにしてどうする!
イスラム教徒じゃあるまいに、行先は極楽浄土だから首を落としたって仏様には何の関係もないぞ。
そして世界は彼らから一歩引いた立ち位置に留まり、その日頃のアレな行いも相まって連中は今も激しく困窮している。
確か日本にも秋波を送ってきてなかったか?
だが世界で数少ない仏教国たる日本も、連中の宗教だの主張だのとはまた別に「話の通じない仏像殺し」の称号を彼らに向けて言葉なく送った。
連中が占領したアフガニスタンの首都カブールは気候変動による極端な水不足が蔓延しているが、日本があいつらに水を恵んでやる謂れはないわい。
あのモンスーン気候の日本だって、しょっちゅう水不足に悩んでいるんだからな。
俺はその英知と感性の賜物達を、美術館を回るような気持ちで見て回ったのだが、そこで不思議な事に気が付いた。
これらは、ずっと空気に触れている。
もっと状態が劣化していても、おかしくはないのだが。
ん? よく見ると状態保存の付与が、これ以上無いくらいしっかりとかかっている。
すべての壁画などが、過去から継がれ今日まで続いてきた足跡を微塵も損なう事なく、ありのままに遺していた。
ここと同じような壁画洞窟ラスコーでは観客の吐く二酸化炭素により壁画が急速に劣化したと言われるにも関わらず。
そして、あのゴブリン達はバルドスを見ても騒がなかった。
同じ魔物なのだ。
たとえ人の姿をとっていようとも、エンシェントドラゴンである事がわからないなんていう筈はない。
俺は泰然とした様子で腕組みしている彼に向かって問い質した。
「あんたの仕業か。
もしや、彼らに文化を教えたのも?」
「いや? 確かに先代竜の『壁画管理者』より引継ぎ、引き続き壁画を保護したのはわしだが、文化は彼らの物だ。
そんな無粋はせぬさ」
「なら何故、俺をここへ連れてきた。
これらを人の目に触れさせぬように、あんたら智竜が守ってきたんだろう?
人の欲望は果てしない。
人に知られたら、ここからゴブリンは追い出され迫害され、ここの全ては奪われる。
あるいは、このせっかくの魔物の叡智が無残に無意味に破壊される。
それが嫌だったからこそ人から隠し、密かに守ってきたんじゃないのか?」
「もう人の間で、だいぶ噂になってしまったからな。
いつか見つかってしまうのではないか。
ここいらが潮時というものだろう。
幸いにして、お前がおったからな。
そして自分が為すべき事はよくわかっておるのだろう?
え? 稀人殿よ」
ふう。
まったく敵わねえなあ。
亀の甲より年の功。
鶴は千年、亀は万年、古代竜は五千年ってか。
俺は、なんと言ったらいいのかわからないような満足な笑みを浮かべた。
誇りと僅かな困惑を綯い交ぜて。
こんな異世界で、異種族の者から託されたのは異世界文化保護事業。
そうさ、俺はもうすぐ異世界初である小学校の校長先生に就任するんだものな。
この世界の中で、この俺にこそ最も相応しい仕事じゃないか。
俺はアルスとバルドスをゴブリンの村に残して警備を頼んだ。
そして大至急王都へ戻ると、王国に対して詳細な報告したのだった。
「冒険者の間で話題となっていたゴブリンの宝は、実に素晴らしい物でありました。
これを保護しないのでは稀人子孫の名が泣きます。
私は、あの地を犯すもの全てを全力でもって葬り去るでしょう」
俺は国王陛下に向かって、そうきっぱりと宣言をした。
「そ、それほどまでのものか?」
国王陛下も、俺の滅多にない鼻息の荒さに驚いていた。
「初代国王船橋武ならば、迷わずそうしたでしょう」
この一言で、すべては決着した。
だが俺は更にこう宣言した。
「あの地を、この私グランバースト公爵の直轄地とする」
今日は自分から名前より名誉の二文字を取った。
誰も反対しなかったので、その場でそう決まった。
いつも権利や報酬に対しては控え目な俺が、こんなに激しい主張をするなんて本当に珍しい事なのだ。
そして、そのまま世界芸術遺産保護機構を設立し、王国から補助金も出してもらえる事になった。
壁画ゴブリン、並びに彼らの創作物は『神聖エリオンの管轄』として保護される事になった。
それに伴い、地球のラスコーにちなんでエリオン縁の神の名を冠してロスコーと呼び称する事にした。
加えて、それらを地球のネットにも紹介し、これまた話題を呼んだ。
「これが本物でなく誰かの創作物だというのならば、作者は千年に一人の天才という他はない!」
そこまで賞賛されたが、生憎な事に俺は天才なんかじゃない。
美術は、常に五段階評価にて御情けで二の評価を貰うに留まっていたくらいだ。
ロスコーは地球の幾つかの有名美術雑誌でも取り上げられて、マスコミでも大絶賛された。
王都アルバには人工岩壁に壁画を写し取った複製画やレプリカのレリーフを並べた美術館を設立し、写真集なども販売した。
入場料の一部やチャリティーの寄付金は孤児院などへ寄付される事に決まった。
ほどなく噂を聞きつけた各国からの御客さんも押しかける事となった。
正式に公立文化保護区画として創立されたロスコーにおける記念式典は、うちのおファルさんが主賓し、賑やかしに多くの精霊達も集めた。
あの連中は結構物見高い奴らなので、すぐに大勢集まった。
「神聖エリオンの名において、この地の文化とその担い手の保護を宣言する!」
最近、ファルもこれくらいの難しい文章は丸暗記で言えるようになった。
意味はよくわかっていないけどね。
しっかりと褒めて、頭をいっぱい撫でてやっておいた。
国王の名代として、エミリオ殿下が出席(単に本人が来たがっただけともいう)してくれた。
それでも正式に王族男子が出席してくれたのは大きな事なのだ。
王国と帝国の大神官の出席枠も強引に確保した。
御蔭で来賓の美しさにおいても花を添える事が出来たのであった。
地球のイベントなんかでテープカットをする、あの紅白リボンとテープカット用の鋏までわざわざ作り上げたのだし。
多くの精霊達が祝福の舞を乱舞する中、ファルとエミリオ殿下の可愛らしいコンビで一緒にチョッキンとテープカットリボンをカットしてくれた。
それぞれに付き添うのが二人の大神官であった。
その見届け人が精霊魔王である俺と、小さく開けたゲートから娘の晴れ姿に潤む当代ファルスであるレインだ。
王宮ゾーンの御役所区画から文化系の仕事を担当する文官が出席し、この式典に関して正式に王国の記録として残させた。
またダンジョンではないのだが、魔物関連という事でベルグリットにも来てもらっておいた。
山本さんは料理と御菓子の係だ。
会場には全てのブラウンゴブリンが集まり、和食に舌鼓を打ち、初めて味わう御菓子に夢中だった。
神官である彼女達の美しさと、エミリオ殿下とファルの可愛らしさをゴブリンの詩人が称え、新たに壁画に刻むつもりらしい。
そして、なんと美味しい御菓子を彼らに授けた山本さんも壁画に刻まれる事になった。
本人は大照れであったのだが。
ついでに彼らとその素晴らしい芸術を保護した俺も刻まれるらしい。
こうして幾代にもわたって受け継がれてきたゴブリンの宝物は、異世界である地球の風味も付け加えて、更にその輝きを増す事となったのであった。




