2-7 魔物との戦闘
次の日になり、これでもう異世界十八日目だ。
いよいよ本格的な迷宮探査に入る。
今日は日帰りで一日がかりの予定だ。
照明ポッドを多数打ち上げ、パーティは眩い光の下、ずんずんと進んでいく。
そして三十分ほどで魔物を発見した。
探知スキルに引っ掛かる奴がいるのでレーダーで確認したら魔物種類と数まで表示される。
「ゴブリン六体」
シーフのデニスが報告してくれて答え合わせが出来た。
一度に六体か。
初陣にしては少し多いな。
「最初は一人でやらせてみてくれ。
防御魔法を張っているのでゴブリン相手なら怪我一つしないだろうから。
ヤバそうだったら、すぐに下がるよ」
「わかりました。気をつけて」
護衛担当のロイスが俺の後ろに控える。
デニスがそのサブだ。
「槍から試す」
俺はそう宣言し、槍を構えた。
とりあえず普通の鉄の槍で行く。
すぐに洞窟の角から緑色の醜悪な連中が姿を現した。
不気味で意味不明な声を発しながら出てきた緑色をしたゴブリンどもは、身長一メートルほどか。
相手の身長が低いと逆にやりにくいのかもな。
素早い猿みたいな奴らに懐に潜り込まれて、カマイタチみたいに足を狙われると厄介だ。
まるで、突進されると太腿にある大血管が危険に晒される猪の牙を警戒するような雰囲気で、若干の戸惑いを覚えた。
もっとも連中が今の強化された肉体を持つ俺に危害を加えるのは無理だろうが。
俺はダッシュで間合いを詰め、腰を落とし加減にして低めの位置で槍を振り払う。
一瞬にして首が三つ飛んだ。
訓練の成果がちゃんと出ているようだ。
身体強化のパワーで全く抵抗なく振り抜く。
普通ならば血と脂で刃が滑り骨が抵抗するため、こう簡単にはいかないだろう。
強化してあるおかげで槍にもダメージはない。
緑色の血が噴出し、非常に凄惨な様相になった。
それを目の当たりにして俺の顔も歪む。
スプラッターなのは、本当は苦手なのだ。
獲物から伝わる、初体験となる骨肉を槍の刃が断つ感触も生々しい。
これは日常生活で言うと、鳥料理を作る時にスーパーで鶏肉を買ってこずに、鳥小屋から出してきた鶏の首を絞めずに生きたまま包丁でドズンっといきなり首をぶった切るようなイメージだろうか。
鶏って首を落とされても走って逃げようとする事もあるみたいだし。
へたをすると主脳よりも足の付け根辺りにありそうな補助脳の方がでかかったりしてな。
連中は伊達に鳥頭だなんて呼ばれていない。
いや、ないわ~。
今までは相手の上から刃物を落としたり投擲したりしていただけだからな。
しかし、そのような些事に構ってなどはいられない。
もうそんな事は今更だ。
やらねばならんのだ。
ダンジョンの空間転移をものにして日本へ帰るという明確な目標が出来たのだから。
俺は気合を込めて穂先に付いた血脂を勢いよく振り払った。
初心者なので、右に二左に一という感じの半端な目標を残してしまった。
ボーリングのスプリットかよ。
もう初撃を食らったので連中もモタモタしていないだろうから、右の二体からいって手間取ると、残した左の敵から挟み撃ちにされる可能性がある。
ここは獲物が単体である左から手早く片付けるのがセオリーのはずだ。
俺は一撃でそいつを貫いて仕留め、続けて二体の方へ槍を振るった。
相手が二体なのだから、一撃で倒すために薙ぎ払うのがいいのかもしれないが、敢えてここは突きを試す。
最初は数を減らすためにわざと槍を振り回したのだが、今度は討ち漏らすと懐に入られる可能性があるので突きで一匹ずつ狙ってみたのだ。
この方が残りの二匹の内のどちらが向かってきても対処できる。
残りのゴブリンが一斉にかかってきたら、そこはまたアドリブで行くしかない。
払えるようなら薙ぎ払っておくし、駄目なら予定通り高速で突く。
それで駄目なら魔法の出番なのだが、これは武器を使った戦いのための鍛練なので今回はそれだと意味がない。
元々、この狭いダンジョンの中で槍などは振り回すような物ではない。
遠い間合いから安全に突き殺して仕留めるという狙いからの槍なのだ。
槍なんて本来は間合いを取って攻撃する刺突武器であるのだから。
今回のやり方は、一人で六体を相手にするという態勢では、そう悪い戦い方ではなかったと思う。
最初に突きでちまちまやっていると、囲まれて御陀仏になる。
「新人がやらかす典型的なミスだ。
例えゴブリンといえども囲まれるな。
逆に奴らの連携を切り崩せ!」
それがギルマス・アーモンの教えだ。
まあ、とりあえず肉弾戦をやってみわけだが、結局は魔物多数を相手にするには遠距離で数を減らすのがいいという結論だ。
何が悲しくて、こんな雑魚どもと危険な白兵戦をやらねばならないのだ。
この手の奴には、剣や槍よりも、やはり銃か魔法だな。
派手に直接魔法をぶっ放していくより、連射の効く銃スタイルがいい。
万が一接近されたら槍か剣で魔法剣スキルを用いるとかが有効かな?
防御は俺の豊富そうな魔力により体表面を覆ってくれる、壁を作ってくれるシールドよりも機動性に富むバリヤーの威力に期待しよう。
バリヤーは白兵戦向きの魔法だ。
まあシールドもイメージ通り好きに形状を加工できるため、使い方に習熟すれば戦闘においても有用だ。
複数のシールドを高速で自在に張りまくれるようになれば、味方を防御しながら戦えるしな。
次に出て来たのがまたゴブリンなら銃を試そう。
などと思っていたら、今度はスライムさんの登場だ。
四匹現れて、体が盛り上がってプルプルしていてちょっと可愛いよなとか思ったが、連中はいきなり飛びついてきた。
油断も隙もないな。
素早く下がって指先から火炎放射魔法を食らわせる。
これは火炎放射器をイメージした魔法なので、シューっと細く噴出して先端に向かって炎が広がる。
焔は魔力を込めると遠く大きく広がる。
燃料供給の圧力をかけて炎をぐいっと伸ばすイメージだ。
使い勝手はそう悪くない。
スライムなんかを掃討するため、実際の火炎放射器と同じ程度の温度に設定してある。
あれはナパームと同じような燃料を使っているので、多分摂氏千三百度くらいの温度だろう。
もちろん魔法なので魔力の込め方次第で、イメージにより温度はもっと高く持っていける。
レーダーで捕らえていた、天井に張り付いて静かに忍び寄ってきていた二匹もさっと焼き払う。
うーむ、雑魚なスライムのくせに結構知恵が回るな。
「やりますねー」
俺の手際をエドが褒めてくれた。
プロの冒険者に褒めてもらえたので、素人のおっさんもチビっと嬉しかったよ。
続いて今度はゴブリンが三体だ。
こいつは魔導ライフルを低い射撃位置になる腰溜めの態勢で射撃して掃討する。
奴らは一連射で皆綺麗に吹っ飛んだ。
さすが銃身の短い米軍のライフルというかカービン銃は取り回しがいい。
それでいて威力はアサルトライフルと比べてもさほど遜色ない。
本物は、そのように研究して作られている。
射程はそれなりに短いんだろうけど、歩兵携行火器に長射程はそれほど重要ではない。
そういう物は分隊支援火器にでも任せておけばいいのだから。
そもそもモックアップの魔導ライフルなんで銃身長にあまり意味はない。
持った時の重量バランスが良ければいいのだ。
威力も魔力次第なのだし、飛び出す弾も超でかいのだ。
「なんです、それは。
魔法の杖ですか?
なんだか、おかしな形をしてますが」
「まあ、そんなもんだ。
魔法の連射が効くんで使い勝手がいい。
自分の使いやすい形にしてみたのさ」
そう、この世界でも魔法は飛び道具だ。
銃なんか本来は要らないのだが、俺はガンマニアだった現代人なんで銃の形にしたほうが使う際にイメージしやすいというだけの事だ。
組み込んだ各属性を付与した魔石で魔法のモードを変え、あらかじめ付与した魔法をトリガーを引くことによって連射できる。
弾丸は自分の魔力だから弾切れはないし。
自分の魔力以外は通しても作動しないようになっている。
最新製品の、情報を登録した本人でないと撃てないハイテク銃のイメージで作成した。
元になる実在の兵器があるとマジで作るのが楽だ。
その現代銃器メーカー渾身の作品だって、大昔の超古典SF小説に登場した光線銃で既に使われていたアイデアなのだ。
今の時代になって、光線銃ではなく通常のリードスワローの火薬銃で、それを実現できる技術が生まれてきたので実際に誕生しただけだ。
元ネタは確か光線銃に自爆する機能が付いていたので、そのうち実銃にも銃を奪った犯人を仕込まれた高性能爆薬で爆殺できるスマート機能が付いたりするのかもな。
そのSFの主人公は、仲間が敵の落とした光線銃を拾おうとするのを止めて、「そいつには自爆装置がついている。絶対に使うな」なんて言っていた。
そのうちにハリウッド映画でも、敵の銃を奪って使うというシチュエーション自体が古くなってしまうかもしれない。
ちなみに、俺の魔法銃にもネタで自爆装置がついているんだぜ。
まあこいつも、なかなかのチート武器なのだ。
「金持ちのやる事はよくわかりませんね」
エドは目を白黒している。
「次は剣で」といったら、またスライムが登場だ。
そいつは手から放ったファイアボールを軽くぶちこんで消し飛ばす。
もうあれこれと攻撃方法を試していく。
ダンジョン自体が巨大な習練場だ。
「あたし達の出番がないわね」
エリーンは御気楽な性格だ。
だがメンバーにこういう人もいた方が実はよかったりする。
暗いダンジョンの中では、ともすれば陰鬱な気分になりがちだからな。
メンバーに死傷者が出ると、特にその傾向は強まるらしい。
「ハンターは俺。
君達はガイド兼、教師兼、御世話係兼、ボディガードだ。
野営があるなら交代の見張りとキャンプ地の選定や設営もあるし。
探索や警戒・戦闘はなるべく自分でやらないと身につかない。
まだ色々と拙いから特にシーフからの支援は必須だ。
ヤバかったら戦闘の支援も必要だし、今の体制が最良だよ。
何か助言があったら遠慮なく頼む」
「心得ていますよ。
エリーン、気を緩めないようにな」
「シュークリームタイムのために頑張れ!」
「シュークリーム……」
シュークリームと聞いて、うっとりとするエリーン。
しばらく進むと、二階へ降りる降り口があった。
ここはスロープ斜面になっている。
そう、ここの迷宮は構造的に気を付けないと下から上ってきた強い魔物と、いきなり出くわす恐れがある。
浅いからって油断大敵なのだ。
そいつらは「はぐれ」と呼ばれていると魔物ガイドにも説明があった。
まだ字が読めないのでエドに読んでもらったのだが。
御蔭で「商人なのに字が読めないの⁉」と皆に驚かれたもんだ。
「あ、しまった、またやってしまった」と思ったが、もう遅い。
仕方がないので、思いっきり笑って誤魔化しておいた。
まあ、はぐれなんか滅多に出ないとは聞いているがな。
お次の選手はコボルトだ。
こいつは頭が犬っぽくなっている定番の奴で、ここのコボルトは全体的に割と人間っぽいスタイルだ。
ハリウッド映画なんかに出てきそうな雰囲気の奴だ。
大きさはゴブリンとどっこいだが、なんか団体さんでやってきたな。
魔導ライフルが火を……噴かず、石の弾をバラまいた。
サプレッサー付きの銃よりも遥かに静かだ。
高速で石を飛ばす風切り音がするだけで。
消音器は音が消せるわけじゃない。
パーンという、いかにも銃声といった感じの発射音が、ピキューンという鋭い耳に悪そうな音に変わるだけだ。
まあ、まんま銃声よりはいいけれど。
昔、アメリカの射撃場で消音器つけてるんだからってイヤプロテクターを外してダベっていたら、「イヤープロテクターをちゃんとしてないと後で耳が悪くなっても知りませんよ」と係員に注意される。
「うちは何があっても関知しないっていう誓約書を書いてもらってますからいいですけどね」
そう、ニコニコと笑いながら。
みんな、慌ててイヤープロテクターを付け直した。
ああいう事はガツンと怒られるより笑って言われる方がずっと怖い。
日本人インストラクターは、素人の日本人観光客相手にイヤーマフなんて言わない。
「それは何の事です?」と客に言われてしまうので、最初からわかりやすくイヤープロテクターと言ってくれる。
昔と違って、アメリカの射撃場にやってくる日本人は、ガンマニアとかではなく一般観光客が相手だからな。
射撃場でアサルトライフルを撃った時は反動で跳ね上がってしまってトリガーから指を放す事さえ出来ず、アクセルを開け過ぎて体が仰け反ったままウイリーしてアクセルを開けっぱなしにしてしまった2サイクルエンジンのピーキーなエンジン回転のバイクみたいにどうしようもなかったが、コイツは魔法で撃ち出しているだけなんで実に大人しいもんだ。
そのまま次々と出てくる コボルトの団体を打ち倒していく。
だが調子こいていたら思いっきり慌てる羽目になった。
「アルフォンスさん! 上!」
いきなり頭の上から、その位置へ天井を這って忍び寄っていたらしいスライムが降ってきた。
そして、こいつめ。
上手く体を躱して避けたつもりだったのに、なんと空中で体の一部をピューっと長く伸ばしやがった!
そんなのありか!
SF映画でもここまではやらんぞ。
しかも俺にくっ付いた先の部分がまるで筋肉の塊である蛸の足の如くに、ぐいっと凄い力で本体を引き寄せて某宇宙生物のように顔にべったりと張り付く。
うお! 気色悪い~。
「アルフォンスさん!」
俺は自分の体の表面を覆っているバリヤーに沿って外向きに雷撃魔法を走らせた。
スライムは黒焦げになって残骸が地面に落ちた。
「ヒヤッとしましたよ。
アルフォンスさん、ダンジョンでは油断大敵です」
「お、おう。
ビックリした」
ここのスライムは、こういう洞窟ダンジョンの天井から降ってくるような真似をするので有名な『天井の殺し屋』であると、日本円で十万円相当を払って入手した図鑑に書いてあったのは知っている。
だが実際にダンジョンへ入れば、素人のおっさんなんかこんなものさ。
まさに油断も隙も無い。
「普通はビックリするだけじゃ済まないんですがね……」
スライムの奇襲に気を付けつつ、コボルトを軽快に魔法銃で片付けながら進む。
そして三階へ降りる。
ここは狼のゾーンだ。
気を付けていないと、奴らは走ってきた勢いで壁や天井を駆けて、前後左右そして上から襲ってくるという。
なんじゃそりゃあ。
さすが魔物だな。
出鱈目にもほどがあるぜ。
そいつをペット動画として公開したら、広告料が結構入りそうだな。
あと一回こいつの相手をしたら引き返して御飯にするとしよう。
そういや戦闘に夢中で休憩とか全然していなかった。
いかんいかん、そういう事が意外とブローとなって命取りになるんだよな。
蓄積疲労は、そう簡単には回復しない。
そして狼が三匹現れた。
来るのはレーダーでわかっていたのだが、こいつはかなり速い。
床に伏せた体勢で、二脚銃架で魔法銃を支えて撃ちまくった。
姿が見えるか見えないかのところで撃ったので、勢いに任せて向こうから弾幕に突っ込んできてくれた。
なんとか全部を仕留め切れた。
これが魔法銃でなかったら、確実に弾切れになって撃ち漏らしていただろう。
俺は素人なんだから、そう簡単には的に当たらない。
むしろ普通に魔法をぶっ放した方が勝手に当たるだろう。
俺の魔法銃は、やろうと思えば発射速度や威力でズルが出来る代物なので助かる。
エド達には驚かれた。
こんな魔物の倒し方をする人間はいないらしい。
せっかくの素敵な毛皮が穴だらけだ。
まあ俺の場合は再生してやればいいわけなんだが。
そういう訳なので、狼は自分で回収しておく。
アイテムボックスの分解機能の応用で、獲物は中で解体できるしな。
さて、そろそろ二階へ戻って飯にするか。




