29-3 海賊の宴
そうこうするうちに、カランカランと少し乾いたような音で仕掛けが音を鳴らす。
海中に沈めた擬似蟹の仕掛けが毛蟹さんと格闘を始めたのだ。
「そおれー、やれ引け、それ引けええ」
討伐隊長(漁業組合長?)の威勢の良いかけ声に乗って、皆がロープを引きまくる。
無論、俺も参加している。
あるじゃん、伝統の漁法。
これは楽しいな。
細っこい体でぐいぐいと引く俺に目を見開きながらも、討伐隊は笑顔で引き上げ作業を進めていく。
どうやら俺も、彼らと一緒に働く仲間として無事に認定されたようだ。
やがて、そいつは海上にその雄姿を、白波、いや激しい泡立ちと共に現わしつつあった。
殆ど昔の特撮怪獣映画だな。
一つ違うのは、民衆が怪獣ならぬ海獣から逃げ回るんじゃなくて、そいつを狩りにいっているところなわけだが。
まあ獣っつうか、只の海産物だな。
蟹だから獣じゃないし。
海面を掻き分けながら、激しい水飛沫と大量の海水を吹き上げる大音響と共に、そいつは爛々と輝く真っ赤な眼でこちらを睨んだ。
と思いきや、パッと鋏を放したかと思えばグイっと仕掛けを鋏で押して、その反動で一瞬にして海中へと逃亡した。
狩人達の頭の上から、冷たい水飛沫を浴びせながら。
とりあえず、俺は物理シールドの傘で払い除けたけど。
「え!」
俺は呆然としてしまった。
獲ったと思った毛蟹が……。
なんてこった。
「チッ、バラしたか。
あいつは一回水揚げされた経験がある『賢者』だな。
まあ、しゃあねえ。
次の仕掛けいくぞ」
「おおーっ」
海賊達は逞しい腕を天へと突上げ、勇ましい鬨の声を上げた。
一体、今からどこの船を襲撃に行くつもりだ。
「賢者というのは?」
「今みたいに上まで引っ張り上げられながらも、逃走した経験のある強者の事でさあ。
ああなると、そいつは仕掛けにかかっても毎回逃げられるんですな」
それはちょっとアレだな。
そいつばかりが仕掛けにかかっていたら、もうキリがないぜ。
「でも、何故海中で逃げないの?」
「そこは習性ってもんでさね。
抗えないんですよ、奴らにゃ。
でも海上に出て、わしらを見ると罠にかかった事を思い出して大慌てで遁走するんでさ」
それはまた不毛な連中だな~。
「ねえ、蟹は魔物なんじゃなかったんじゃないの。
何故、奴らは襲ってこずに逃げるんだい?」
「ああ、魔物っていっても、ほらあれだ。
蟹だしさ。
それに奴ら臆病でね。
逃げまくりだから、なかなか捕まらなくて」
それもう、本当に只の海産物。
魔物ですらなくね?
なんか凄く賢そうな雰囲気だったし。
でも、やっぱりあの図体は魔物だよな。
ほぼ怪獣サイズなんだし。
その後も、網ならぬ擬似蟹の仕掛けを放り込み続けたが、上がる度に逃げられる事を二度繰り返した。
しかし、それは伝統芸能的な漁のやり方みたいなんで、ちょっと外野からの口出しというか手出しが憚られる。
でもなんていうのかなあ。
まあいいや、すぐにわかる事だ。
その間の時間を利用して、蟹以外の海産物が多数水揚げされた。
俺も御土産用にいくらか貰ったので非常に楽しみだ。
そろそろ、あれを準備しておくか。
今回のイベントのために水中蟹漁船を作っておいたのだ。
アイテムボックスの中にある工作用ファイルとして設定したインベントリの中で工作を始めた。
まあ、こいつも只の潜水艦なのかもしれないが。
ゴーレムマニュピレーターを装備して蟹を取り押さえられるようにはしてある。
そいつを改造して、船体周りをコピーさせてもらった赤い目玉だらけにしてみた。
ちゃんと蟹が鋏で取り付けるように、出っ張った板も外装に貼り付ける。
本日はもう時間が押してきた。
一旦港に帰るのかと思いきや、ここで停泊だと告げられた。
いいのか?
王様ってば、可愛い新婦さんをほったらかして蟹漁なのか。
ええい、遠洋魚業のマグロ漁船か。
新婚王のくせに肝心の子作りはどうした?
何かこの国、少しドワーフ国と被っているような。
王様があまりにもイケメン過ぎるので、まったく気が付かなかったのだが。
夜は宴会が始まった。
新鮮な海の幸があるんで、つまみには事欠かない。
出来立ての海賊料理、いや漁師さんの賄料理が次々に運ばれてくる。
それを大皿から取り分けて食べるのだ。
王様を含めて、みんなで車座になって。
いや、俺は別にそれでもいいんだけどさ……なんというか、むしろ上品な集まりなんかよりもこういう感じの方が性に合うくらいだ。
若い時分から現場育ちだからねえ。
「ささっ、旦那。
ぐいっとやっておくんなせい」
海賊のお頭(漁師頭)が酒を薦めてくれた。
遠慮なく頂く魔王。
よく見ると相変わらず凄い構図だ。
あの海賊の宴の輪の中心に加わっている、その方こそは。
「海賊王シド」
うん、ピッタリだな。
「その日、海賊王は言った。
『野郎共! 御宝だ、気合を入れていけ!』
『ウイース!』
そして貴公子然とした海賊王シドは、愛剣に魔法を纏わせるやいなや、黄金の髪を靡かせて御宝を目掛けて飛んだ!
そう、毛蟹魔物を目指して」
駄目だな、やっぱり。
どんなに取り繕っても、相手が毛蟹というだけで王の威厳は保てそうもない。
俺はグイっと酒を飲み干した。
「どうされました?
グランバースト卿。
ささっ、一献」
新国王陛下自ら御酌をしてくれた。
この人、きっと日本のホストクラブでも初日からナンバーワンホストに成り上がれるよな。
そんな事を思いつつ、グビっと頂いてから御返杯を。
うん、シドの奴もいい飲みっぷりだ。
こういうのは嫌いじゃないな。
とはいえ。
「ねえシド陛下。
もし明日の午後まで坊主だったら、ちょっと海に潜ってみてもいいかな?」
軽く御強請りしてみる。
だがシド陛下は少し眉を曇らせてから、こう言った。
「いいですけど、それはあまり御薦めではありませんね。
ああ見えて、奴ら結構老獪でして。
昔は魔法で潜り漁をやった人もいたのですがね……」
ん? なんかヤバイのか?
とはいえ、このまま坊主でなんか帰れないぜ。
鳥の雛のように口を開けて待っている奴らが大勢いるんだ!
なんたって俺は、幼稚園兼孤児院の園長先生なんだからな。




