29-2 いざ出陣
甲板で「潜水服」に身を固めた阿呆が約一匹張り切っていた。
もちろん、それはこの俺の事である。
小学校高学年の時、学級文庫においてあった海底二万哩を百回以上読んだ。
潜水艦物は超大好物なのだ。
やっぱり潜水服というと、こういうスタイルじゃないと満足できない。
漁師さん、もとい毛蟹討伐体の面々が不思議そうに聞く。
「それは、一体なんですか?」
「え? 潜水服ですよ。
海中に潜るための装備です。
だって海底の魔物を討伐するんでしょう?
討伐するというからには、さぞかし凶暴な連中なんでしょうね~」
だが漁師さん達は顔を見合わせる。
ん? 俺がなんか間違ったのか。
「海になんか潜ったりしませんよ。
連中の習性を利用して海上まで引っ張り出すのです。
後は力押しの世界ですわ」
へ、へえ。
毛蟹にそんな習性が?
あ、そういや異世界の魔物だったな。
しかし、その習性とやらが気になる。
見せてくれたのは、縦五メートル横十メートルはあるだろう大きな漁具だ。
何か目玉のような物が二個付いている。
よく昔の玩具やヌイグルミなんかについていた、丸い小さなプラスチックのケースの中で中身がクルクルと動く目玉みたいな奴だ。
真っ赤な色をしていて、何かこう挑発的な感じのする物だ。
「これは、毛蟹が同じ毛蟹相手に挑発する際、真っ赤にした目玉をぐりぐりするのを真似たものです。
回せば回すほど奴らは頭にくるので」
それはまた、楽しそうな習性をお持ちな蟹さんだこと。
俺も何か蟹漁の仕掛けを作ってみようか。
蟹がハサミで捕まえて、これと一緒に上まで上がってくるのかな。
何しろ相手は全長二十メートルはある怪物なのだ。
引き上げるのに相当な力が必要なはずだ。
漁師達が凄まじい体格をしているのも頷ける。
早速、海へと沈められる仕掛け。
そして、わくわくして待つ俺。
待つ事しばし、そして三十分が経過した。
「ね、ねえ。蟹さん、まあだ?」
俺はもう待ちきれなくて、甲板をゴロゴロと転がっていた。
ええい、小さな子供か。
いや、俺はその小さな子供を預かる幼稚園の園長先生なのだった。
まあ授業では子供と一緒に床で転がって、歌いながら芋虫ゴロゴロくらいはしょっちゅうやるけどね。
あれはレミも大好物でなあ。
「ははは。
旦那ってば偉い人なのに堪え性が無いねえ。
釣りっていうのはよ、気長に待つもんだ。
時には坊主の時だってありまさあ。
いちいち気にしていたら漁師なんて務まらないよ」
などと一笑に付されてしまった。
ええー、俺は別に漁師になりたいわけじゃないんだが。
毛蟹が欲しいだけなのよ?
地球にいた頃から釣りは苦手だった。
一見すると辛抱強くて気が長そうに見えて、俺って実は大変に気が短いのだ。
え? 知っていたって?
毛蟹……。
俺は指を咥えて仕掛けを見つめるのみだった。
一時間も経過する頃には、それにも飽きてしまって工作を始めた。
このまま坊主だったりしたら目も当てられない。
とりあえず、大漁祈願セットを完成させた。
いわゆる釣行安全祈願という奴だ。
小さな大漁旗と水難防止祈願の御札に、あと御守あたりを木箱に収めた感じの物だ。
あと箱庭っぽい感じに大漁祈願八幡宮を船内に設け、精霊を召還してそこに据えた。
一応、水の精霊を呼んでおいたので、その精霊をじゃらして暇潰しをする。
ちまちまと、あれこれやっている俺を漁師さん達が呆れた様子で見ていたが、見かねたシド陛下が声をかけてくれた。
「ははは。慣れない人には待ち遠しいでしょう。
よろしければ、こちらで一杯いかがです?」
うん。
蟹捕り漁に慣れ親しんだ貴公子っていうのも、またあれだと思うのだが。
しかも、もう戴冠したのだし。
この世界の王様って半端じゃない奴が多いよな。
まあ、とりあえず一杯といきますか。
日本のデトロイトの流儀はここでも通じるようだ。
水の精霊達には逃げられないように、特別に奢って完全秘匿品であるベスマギルのバッテリーを抱かせておいた。
「アルバトロス王国は、いろんな行事をやっていて楽しいですね。
最近は噂を聞いて他所の大陸からも、うち経由で遊びに行っているみたいですよ。
暴れん坊だったベルンシュタイン帝国も大人しくなりましたから、あの地域に対する安心感もありますしね」
そうだったのか。
もしかしたらアルバトロスにも大陸外の国家の大使館なんかがあるのかな?
米の産地とかへは行ってみたい気がするな。
今度、シド陛下に紹介してもらおう。
「ハイドでは、毛蟹をどんな食べ方するんです?」
ちょっと興味本位で聞いてみる。
「そうですね。
でかいですから、まず解体します。
まあ、パーツ単位にバラしてからの作業になります。
甲羅も引っぺがして。
これは、素材として高値で売れますしね。
あとは細かく切って茹でたり、また炒めたり」
「蟹丸ごと茹でたり、足を殻付きで丸ごと焼いたり、生で食べたり、しゃぶしゃぶにしたりしないのですか?」
足に丸い穴が開いてる奴は寄生虫がいるから要注意だけど。
昔日本海でズワイガニを食べた時に、俺の蟹じゃなかったが刺身用の蟹足に開いた丸い小穴から顔を出して住処への狼藉に対して抗議していた奴がいたっけな。
ここの超大物の蟹は、そういう寄生虫もいたら大物そうだ。
「ええー、よくわからない食べ方がありますね。
稀人の国の料理ですか?」
「ええ。
私は丸々一匹手に入ったら浜茹でにしてもらおうと思っています。
蟹茹での達人がいますから。
すでに直径二十五メートルの蟹茹で専用鍋が用意されていますので」
こいつは、でかい半寸胴っぽい感じの鍋なんだよね。
俺が自分で蟹を茹でるために使っていたタイプの鍋なのだ。
でかいズワイガニとかは、そういう大きな鍋でないと茹でられなかったのだ。
材質はアルミだったと思うが、なんか真鍮っぽいような色合いの鍋だった。
「うーん、それは豪快ですね。
是非見学したいものです」
「ええ、どうぞ。
時に、蟹味噌はお食べに?」
これが本題なのだ。
「蟹味噌? それはなんですか。
よくわかりませんね」
「蟹の内臓の一種です。
美味しいですよ」
「蟹の内臓は危険だったりするので、全て捨てています」
一体何を言うんだ、みたいな言い方をされてしまった。
海の支配者ハイドの国王のくせに、あの美味さを知らないとは。
まあ「蟹は食ってもガニ(鰓)食うな」とはよく言われる。
地球だって、わざわざ内臓が毒持ちの魚である河豚なんて食べるのは日本人くらいのものなのだが。
ふーむ、この世界の蟹だと種類によっては食べられない蟹味噌もあるのかもな。
よく確認しよう。
子供達も食べるのだから。
楽しみにしていた毛蟹の蟹味噌が食べられなかったりしたら大ショックだな。
船外に出たら、御宮さんの精霊がいっぱい増えていた。
そいつはいつもの事なので気にせずに、じゃらして御菓子も与えておいた。
下に敷くような感じに置いておいた薄型ベスマギルバッテリーの上に、顕現した小ぶりな精霊達が寿司詰めで乗っていた。
ほとんど海のコロボックルだな。
愛らしい事この上ない。
両手に御菓子を大事そうに持って齧っている。
なんか可愛いなあ。
生きた埴輪っぽい雰囲気がなんともいえない。
あ、これは御掃除ロボの上の猫のイメージなのか。
あれの上にみっちりと子猫が乗っているイメージだわ。




