28-7 顔見せ
次は予定を変えて、緊急でオルストン領へ向かった。
「だから……何の前触れもなしに客を、とんでもない賓客を……連れてくるんじゃ……ない」
あまりにも突然の他国の国王夫妻の訪問に、さすがのアントニオも焦ったようだ。
済まん、許せ。
緊急事態なのだ。
今回の一件を説明してやったら、さすがにアントニオも顔色を変えたが、すやすやと眠る愛息子を見やり、すぐに思い直した。
「まあ、そう悪い結果にはならんだろう。
それより聞いてくれ、アル。
うちの子、やっぱり天才だ……」
こいつめ、他所の国の王様の緊急事態より、親馬鹿自慢する方が大事らしい。
さすが元祖子煩悩男。
いや、これは自分のところの主君の元姫君の話でもあるのだが。
何故ここへ来たのか不思議がる二人に『跡継ぎちゃん』の話をしてやったら、ちょっと顔を引き攣らせていた。
今度はダブルで、しかも半精霊化しているしな。
随分派手な儀式だったし。
俺は、絶対に何らかの加護が卵子の中で出待ちしていると思うんだ。
まあその時はその時という事で、俺も首を竦めるに留めてオルストン家から御暇した。
あと、どうでもいいオマケとして帝国のドラン皇帝の執務室へ転移した。
「よお!
今、新ハイド国王夫妻の新婚旅行のガイド中なんだ」
「そうか……まあ今更多くは言わないが、そっちの御二方が何か困っているみたいだぞ」
「なあ、それよりも他所の国の国王夫妻が挨拶に来たというのに書類から顔も上げないというのは、一国の皇帝として失礼に当たるんじゃあないのか?」
しかし奴の後ろに背後霊のように立つ、半分鬼のような顔をしたフランチェスカさんと、書類決済待ちの文官達の大名行列を見て返事を待たずに察した。
こいつ、さては仕事をさぼって御正月を堪能してやがったな。
早く働き者の王子を作れよ。
年末年始に仕事しまくって、過労でひっくりかえるくらい働くような奴を。
そういや、こいつもまだ独身なんだった。
何故、大国の皇帝だの王太子だのが余りまくっているのか。
そういう人にちゃんと後継ぎがいないと国が安定しないんじゃないのかね。
ハイドにしろ、アルバトロスの兄弟国サイラスにしろ、若くして戴冠式と結婚式を同時に行っているんだが。
シド陛下は苦笑いしながらも気を引き締めたようだ。
俺は決してこうはなるまいと。
あと、もののついでで国親方のところへも顔を出す。
奴はどうでもいいのだが、二人を女将さんと顔合わせをさせておこうと思って。
安全保障や工業製品の入手などのための顔繋ぎはしておこう。
何せ、ここの奴らときた日には。
ハイドの外交官も結婚式で顔を合わせたのだが、あまり肝臓は強そうじゃなかった。
腕っぷしは強そうだったのだが。
予想通り、親方は相変わらず鍛冶に精を出していた。
「何を作っているの?」
「ん? アルか。
いや、お前の言う、ミシンの部分CKD化を進めたいと思ってな」
振り向きもせずに答える。
一心不乱で脇目も振らずに。
これはもう、謁見に来た各地の使者さんを泣かせまくったのに違いない。
そう。
いっぺんにミシンのCKDは無理なんで、出来る部品からトライという事になったのだ。
そう言う訳で、部分CKD化という変則的で柔軟対応なCKDになってしまった。
相談役は「ミシン屋さん」である。
取次ぎはトーヤが担当だ。
トーヤも最近はPCを使いこなして、ひらがなでメールくらいはこなす。
簡単な漢字も書けるようになった。
もう小学校に上がるんだもんな。
親方は初めてPCを見た時には唸っていた。
ついに理解の範疇を越えたらしい。
安心しな、その歳のおっさんなら地球人でもそう変わらん。
まあいくら連中でも、さすがにディスプレイその他の半導体部品は鍛冶で作れまいな。
実を言うとトーヤは、初代国王没後に、この世界で初めて日本語により自分の名前を書けるようになった歴史的な人物である。
ABCの歌もすぐ覚えたし。
地球の数字も覚えた。
PCのローマ字変換もすぐ打てるようになったのだ。
しかも、エディもすぐ自分の名前をカタカナで書けるようになったのだ。
あの子はマジで覚えが早い!
多才な狐獣人は、いつかこの世界の頂点に立つ日がくるかもしれない。
アルバトロス王国の国王陛下がそれを聞いて大ショックだったらしい。
必死になって日本語を覚えようとしているらしいが、あの歳からはさすがにキツイ。
日本語なんて、例えばミミズがくねったような字を書く国の人間から見れば、異世界言語以外の何物でもない。
漢字を使う本家中国の人間だって、読み方や仮名遣いで戸惑うんだからな。
あれは漢字の文字自体や読み方、へたをするとまったく意味が違う事も多いから余計にキツイかもしれない。
向こうじゃ愛人と書けば奥さんの事だし、鬼って書くと幽霊の事だしなあ。
中国語で日本語風の漢字を見かけると、日本からの逆輸入だったりもするし。
そもそも中華人民共和国という国名に使う漢字の半分以上が元は日本製だ。
人民とか共和国っていう概念自体が元々中国には無かったので、直接英語から中国語に上手い事翻訳出来なかったらしいし。
仕方が無いので、国王陛下には日本語書き取り帳を作ってさしあげた。
とりあえずカタカナの自分の名前からね。
初めて自分の名前をカタカナで書けたので、大感激の感涙だったらしい。
今は敬愛する「船橋武」の漢字の書き方の練習をしている。
書き順に関しては、山本さんの書道教室で理屈を見せてあげた。
そういう事をイメージしないと、漢字はちゃんと書けないからな。
親方はこちらを向こうともしないので、俺が二人に向かって紹介しておく。
「あれが、この国の親方……じゃないや、国王のハン二バル大王だ。
ああいう感じの奴なんだと覚えておいてくれ。
親方! 今、ハイド新国王夫妻の新婚旅行ガイド中だから」
一応は国のトップに断っておく。
最近は、こいつの事も堂々と親方呼ばわりしている。
向こうも俺の事は魔王呼ばわりなんだけど。
「おう。お前に任せたから」
親方はチラっとメリーヌ王妃に眼をやって目線で挨拶した。
王妃様もドレスの裾を軽く持ち上げ、目線を返す。
もちろん親方はシド国王には目もくれない。
シド国王は顔を引き攣らせていたが、メリーヌ王妃は笑っていた。
この親方は最近自分の母国でしょっちゅう見かける人なので、御酌をしてあげた事さえある。
酒絡みの事なので、実は親方もメリーヌ王妃の事は覚えている。
仕事に熱中しているから振り向かないだけだ。
目線の挨拶があっただけでも驚異的だ。
各国の御使者様方には返事すら返ってこないのだから。
それから、レーダーで女将さんを探して紹介した。
「女将さん、この二人がハイドの新国王夫妻だから、何かあったら宜しくね」
「そう。よろしくね、二人とも」
もう、この方の呼び名は女将さんで通してしまう事にした。
何回言い直そうとしても俺が言い間違えるので、向こうから「もう女将さんでいいですよ」と言われてしまったのだ。
「あ、二人共、こちらがドワーフ国王妃のマリンシア様だ。
何かあったら国王じゃなくて、この方に取り次いでもらってくれ」
ハイド国王夫妻が微妙な顔をしていた。
いいのかそれで、みたいな。
「あー、それかなあ。
うちのトーヤに言ってくれればいいかも。
まあ、直接俺に言ってくれてもいいけどね」




