28-2 知られざるハイド
結婚式の準備が整ったので、ハイドへ下見に行くことにした。
まあ下見というか、本番前に早めに行って見ておこうという感じなのだが。
そっちは半分物見遊山なので、面子は真理とファルとレミの組み合わせだ。
復活したミハエルを鞭打って、ある程度の情報を仕入れておいたので、現地に着いたら色々見物としゃれ込む事にした。
ハイド王国へは行った事が無いので転移魔法では行けない。
車を魔法により空を飛ばしていく。
道中は魔物に襲われていた人を三回救助した。
上から魔法を撃ち込んでいくだけだけど。
チビ達が必死で見物していた。
窓に顔を押し付けて変顔になってる。
可愛らしいので、窓の向こう側からカメラポッドで撮影して、きっちりと写真や映像はいただいた。
最初に俺が襲われた魔物グリオンの、なんと十匹の群れに襲われている村人もいた。
彼は「もうこの世の終わりだ」みたいな感じに泣き叫びながら走っていた。
グリオンの奴め、こうやって空からみると意外と足が速いな。
あの頃も身体強化はしてあったから、当時でも走って振りきれただろうか。
いや森の中だから無理だったろう。
昔ながらに当時作った粗末な槍の雨を怪物どもの上へ、この高々度から遠慮なく降らせてやった。
一匹あたり三百本ほど、当時は持っていなかった命中補正のスキルを添えて。
奴らは、あのころとは比べ物にならない超速度を持って襲い来る死の雨を浴びて、あっさりと全滅していた。
所詮奴らはEランク魔物なのだ。
そして今の俺はSSSランク冒険者だ。
あの頃はあれ一匹でも随分と恐ろしかったもんだが。
何しろ、東京は上野の博物館に飾ってある羆の剥製を見たって十分に恐ろしい代物なのだが、グリオンは更にそのかなり上を行く怪物だった。
だが所詮は見掛け倒しな奴なので、獲物を罠にかけた上に怪しい顔面スキルに頼らないと餌が上手く取れず生きていけないような雑魚なのだ。
この世界にはもっと恐ろしい奴がたくさんいるのだから。
慌てないで対応できるなら、あの頃でもさっきのような群れすらも殲滅出来たかなと、今はただただ懐かしく思う。
今は俺がこの世界に来て、もう四百日を越えていた。
やがて国境に着いたので地上走行に切り替える。
紋章入りの車で窓を開け、片手を振って笑顔をプレゼントし、あっさりと顔パスで国境警備所を通り抜けた。
空から乗りつけた車には驚いていたようだが、この紋章にケチを付けるつもりは更々ないようだ。
ハイドに近い国境警備隊の連中なら、本日の用件も御察しだろうしな。
そこからはチビ達のために少し地上をドライブだ。
なんか途中で屋台が出ているのでチビ達が「買って~」と大騒ぎだ。
仕方がないので寄っていく事にする。
俺もこういう事は結構楽しみだし。
「名物 幸福餅」
屋台の看板には、大きくそう書かれていた。
うーん、どこにでもあるもんだな、こういうものは。
もしかして、ハイド全土のどこでも買えるチェーン屋台だとか?
早速買ってみたが、薄く延ばした御餅みたいな感じで齧ってみると甘い。
砂糖が混ぜてあるのだ。
昔懐かしい味だ。
平ぺったくした小さな御餅に砂糖が入っているのだ。
ただの甘い御餅。
子供の頃に食べた懐かしい味。
伝えたのは、もしかして稀人か?
餅米に砂糖。
交易が盛んな、この国ならでの食べ物だろう。
早速の餅と、懐かしい味との再会に顔を綻ばせた俺を、真理は不思議そうに見る。
「いつも、もっと美味しいのを食べているのに、こんな何でもないような物がそんなにいいの?」
「今では逆に食べられないような物だから、いいんだよ。
確か、俺が小さな頃にお袋が作ってくれたんだ。
お袋は自分が子供の頃は太平洋戦争の真っ只中で、美味しいものなんか食べられなかった。
おやつにも、よく素朴なものを作ってくれたよ。
そのお袋もいなくなって、もう久しい……」
懐かし過ぎて涙が出るよ。
ああ、お袋の仏壇。
生前、「わしが死んだら、食事は毎回仏壇まで見せに来い」と言っていた。
俺が何を食っているか、気になるんだろう。
栄養が偏ってるんじゃないかと。
よく自分が死んだ後の俺の心配をしてくれていた。
その気遣いに感謝して遺言は守っていたが、さすがの俺もオートキャンプに仏壇は担いでいかなかった。
あれだけでも取りに帰りたい。
「太平洋戦争?」
真理が不思議そうな顔をして聞く。
あ、ああ。
若かった武自身がよく知らないだろうから、こいつが知っているはずはない。
俺はお袋から、よく戦争の話を聞かされた。
近所で餓死した人の話とか、物がないので運動靴とかは抽選で、お金があっても買えなかったりとか。
俺が生まれたのは、まだ終戦後二十年も経っていない時代だったからな。
俺が人参を嫌いだったので、よく「乃木大将と人参」の話とかをしてくれたのだが、小さな子供には何の話かよくわからなかった。
そもそもノギタイショウって、この字で合っているのか?
もしかすると日ロ戦争の頃の軍人か何かだろうか。
下手をすると、お袋が子供の頃に親から聞かされた大昔の逸話なのかもしれない。
他にも貰った茹で卵が勿体なくて中々食べられなくて、そのうちに腐らせてしまって悔しかった事とか。
また特高警察とか憲兵がやたらと威張っていて、何度も嫌な思いをしたと母が言っていた。
父方の昭和一桁生まれの従兄弟達もそうだが、あの頃の事を良く言う人に出会ったことがない。
まあ、木の皮を剥がして捕ったカミキリムシの幼虫なんかが極上のおやつ扱いなんじゃな。
街の住人だと、それすらもいない。
うちの子達は、まだ結構昆虫類をハントしていらっしゃる。
美味しいのかな。
まあ俺は絶対に御遠慮したい味覚だな。
「いいんだ、知らないなら知らないで。
それより、この餅を食べて少し幸福な気持ちになったよ。
武はこういう物を食ったことが無いんだろうな。
日本の真理さんも」
俺は自然に笑みを溢した。
こんな風に笑うのも久しぶりかもしれない。
異世界の、しかも異国で、地球でも食せなくなったお袋の味に出会うなんて。
ファルとレミが、俺の微妙な雰囲気を感じ取ったのか、ちょっと神妙な顔付きで餅を齧っていた。
この餅は雑煮と違って、そうそう喉に詰まるものじゃないので安心だ。
だが、俺が笑うのを見て二人とも同じように笑みを浮かべてくれた。
「これが、私の造物主が愛してやまない日本の食べ物と同じ物なのね!
でも、この食べ物って当時は無かったんじゃないかしら」
そう、千年前の国境線は今とは全然違っていた。
無くなってしまった国も、また新しく出来た国もある。
このハイドも、実質的にはまだ国が無かったのではないだろうか。
少なくともハイド王国が海運の盛んな今のような交易国となったのは、今から二百年ほど前からだというしな。
帝国もそれくらいの時代から発展していたようだし、やはりアルバトロス王国が別格で古き王国なのだ。
地球だって日本より古い国はないし、千三百年ほど存在する世界最古の会社も日本にある。
それからトイレを出して済ませ、一気に空から王都を目指す。
空を行けば国境線からはそう遠くない。
国境線から海までの距離の半分ほどだ。
バランスを取って真ん中なのだろう。
交易国家となってから遷都したようだ。
もっと南の暖かいところに構えても良かったのに、南のサイラスと色々あったので、サイラスから距離を置く感じでこの北方に王都を構えた。
そのサイラスと色々あった原因は、主にハイドにあったという。
その影響もあって、ハイドも対帝国でアルバトロスと組んだほうがいいのに王族同士の婚姻もなかった。
御蔭でアルバトロス王国は対帝国で苦労する羽目になった。
ハイドと仲の良くない兄弟国サイラスに配慮して、アルバトロス側が辞退する形で縁組もなかなか話は進まなかった。
当初、王太子カルロスとハイドの姫の結婚話も出ていたのだが、十年もの長い協議の間にハイド側の我儘でお流れとなり、ハイドの姫は大陸外の国へと嫁いだ。
御相手の姫君は十五歳で無事に嫁げたが、御蔭で王太子カルロスは晴れて「魔法使い」となった。
またもやアルバトロス王国側が割を食った勘定だ。
そのへんの諸事情から、帝国からも足元を見られていたのがアルバトロス王国だ。
そういう意味からもアルバトロス王国が一番割を食っていたのだ。
今回の結婚話は、次回帝国が馬鹿をしでかさないようにするためにも必至なのであった。
あの国も、いつまでも今の大人しいままじゃないかもしれない。
たまたま今回は本人同士が大恋愛中なのもあって、メリーヌ王女とシド王太子の婚姻話は急速に進んだ。
しかもそれにちょっかいをかけたのが帝国の瞬神ニールセンの一味だ。
その話がハイドと帝国との間に、更に強い確執を生んだ。
だが更に命がけの障害を越えたので、二人の愛は燃え上がるばかり。
そしてあのバランがどさくさに紛れてハイドの王太子を亡き者にせんとしたのだ。
ミレーヌ殿下も連れ去った上で。
二人の結婚による両国の結びつきを恐れた当時の皇帝の指示だった。
その影で瞬神ニールセンが空中庭園より魔界の鎧を持ち去った。
帝国とハイドが戦争になっていてもおかしくはなかった状況なのだ。
あれこれと未遂であった事、バランの立ち位置がグレーゾーンにいた事、また両国の間に挟まるアルバトロスの兄弟国サイラスとハイドが長年微妙な関係であったため、そして帝国と直接国境を接するアルバトロスも戦力に勝る帝国との戦には難色を示し、ついに開戦には至らなかった。
それで、おっさんがこの世界に来てからの色々な大騒動である。
今回、初めて背景を知ったわ。
サイラスもハイドと色々あったのは昔の事なので、今はそれほど気にしていない。
更に今回の騒動で共にアルバトロスと連合軍を組んだので、蟠りも少ないだろう。
サイラスは大陸の南側にある国で、農業が盛んなので海運とかはそれほど盛んでない。
ハイドの海運が盛んという事は、海の魔物と常に戦っていないといけなくなる。
海の魔物はでかいし強力だ。
だからドワーフの国以外は、皆海に接しているのに海運に目をやる国は少ない。
逆にドワーフだったら「武器の試し切りじゃあ」とか言って大喜びで海へ繰り出していくんだろうけど。
だが残念、このロス大陸であの国だけは海が無いという皮肉。
ハイドはやらざるを得なかっただけだった。
だが、その見返りは大きかった。
サイラスも今ではハイドと交易をする方が利益になると思っているので、今回の話でもスムーズに事が運んだ。
サイラス王国も南方の人間なんで、元々明るくて物事にはそう拘らない気質のようだ。
それに今の国王はアルバトロス王家出身の人間だったというし。
散々煮え湯を飲まされていたとはいえ、アルバトロス王国自体はハイド相手にそう意趣はない。
むしろ交易相手とすれば、これ以上の存在はない。
相手は、あの極悪だったベルンシュタイン帝国ではないのだから。
戴冠間近な若いシド王太子が表に出て色々と取り仕切ったのもよかった。
古き魔導国家、新興海運国家、伝統ある農業国家が新しい関係を築く事になる。
安全保障を中心に経済・更には文化的な交流なんかも、これからは多く始まる事が予想される。
色々な事があったので、今回はハイド王国側からの提案で、長年割を食わせてきたアルバトロス王国の顔を立てるために、同国縁(自動的にサイラス縁)の稀人式の結婚式を取り入れる事と相成った。
ミハエル殿下から聞くまで、知らないのはおっさんだけだった!
あれだけ騒動の渦中にありながらなあ。
てっきり、王女様が先祖の文化に毒されただけなんだとばかり思っていたのだ。
頑張れよ、特にエリ。
いつもの如く、事の重大な背景を奴にはまったく知らせていない。




