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26-3 年越し蕎麦

 今年の大晦日は山本さんの御蕎麦が食べられる。


 去年の大晦日は異世界四十三日目だった。

 いや、こっちへ来たのが十一月十八日だったのだから、当日を含めれば十三日と三十一日で四十四日目か。


 その頃に自分が何をやっていたのかも、もう既にさっぱりわからない。

 それはもう、どったんばったんしていて、正気に返ったのは既に正月が過ぎた一月十日くらいだからな。


 王宮からも蕎麦の注文が来ている。

 それをこなすために、それはもう楽しそうに蕎麦を打つ山本さん。

 御節料理の方も頑張ってくれている。


 真理と葵ちゃんが手伝っていたが、何故か真理がすいっと厨房から抜けてきた。


「ん? どうした?」

「ああ、いいのいいの」


 そうですか。

 なんだか知らないが、まあいいや。

 二人っきりで頑張ってもらおう。

 本家日本人で御料理が得意な人達なのだから。


 俺なんかは、最初からあの分野においては日本人としての勘定にも入っていないのだし。

 むしろ異世界人のエリや、この人間ですらない真理の方がそっち側の住人なのだ。


 下手をすると、あの食道楽で小器用なエリーンの方が俺よりも上だ。

 あいつも美味い物を食う事に対する情熱は半端ないからなあ。

 そういう奴って自分でも美味い物を作りたがる傾向が強いと相場は決まっている。


 明日からは式典参加で中々来られないのでと、今日エミリオ殿下達がやってきた。

 彼らも、しっかりと御寺の見学をしていく。

 鐘の説明をしてあげたら鳴らしたいみたいだった。


「じゃあ、鐘を鳴らすのは夜になってからね。

 除夜の鐘ってそういう物だから」


「楽しみ~。

 これ、日本で初代国王様も鳴らしたんだよね!」


 はしゃぐエミリオ殿下。

 王族男子はここに一人きりなので、いわば国王(おや)の名代だ。


「ええ、ええ。そうですとも。

 妹さんと一緒によく行ったそうですよ」


「歳の離れた兄妹だったので、小さい頃は年末年始に手を繋いで御寺や神社へよく行ったの。

 御兄ちゃんの事は半分御父さんのように思っていました」


 日本の真理さんからは、そのように聞いている。



 もう夕方の五時になる。

 そろそろ、御腹の空いてきた連中がそわそわし始めた。

 ちょっと早いが晩御飯にしてしまうか。


「山本さん。

 ちょっと早いけど御蕎麦を御願いします」


「わかりました。

 少々お待ちください」


 子供達から上がる歓声。

 この世界でも和食は重要な一角を占めつつある。

 この国なんか王族が箸を普通に使っているからね。


 山本さんも、にこにこだった。

 異世界で、こんな風に腕を揮えるのが嬉しいようだ。


 実家では、うどん屋さんの癖にちゃんと蕎麦も普通に手打ちで打っていたらしい。

 こちらとしては非常にありがたい職業的スキルなのだけれど。

 やっぱり異世界において、スキルという物はこうありたいものだ。

 

 ほどなく山本さん謹製の年越し蕎麦がやってきた。

 丹念に腕が振るわれたケモミミの絵柄入りの特製蒲鉾と、特大海老の天麩羅が入っている。


 ふと見ると、エディがもう普通に箸を使っていて驚愕した。

 この子、ここへ来たばかりなのに。

 そういや、トーヤも一番乗りで箸を使うようになったんだった。

 狐っ子は手先も器用なのかな?


 美味しいので蕎麦を御代わりする奴が続出した。

 俺も御代わりしたかったが、やはり子供が優先なのだ。


 まだ夜の帳は下りたばかり。

 日本酒でも飲みながら、ゆっくりとやらせてもらうさ。


 何故か精霊達も人化してまで蕎麦を食っている。

 こいつは驚きだ。

 しかも御代わりまでしているし。

 お前ら、いつの間に箸の使い方を覚えたんだよ。


 これも山本さんの、料理関係の物ではないスキルか何かの影響なのだろうか。

 もしかしたら魔力がたっぷりと練り込まれた『魔力蕎麦』になってしまっているのかもしれない。

 山本さんはMP無制限みたいな凄い能力を持ちながら、食い物にしか魔力を使わない人だからな。


 料理の量はたっぷりと用意してあるみたいだし、まあいいか。

 それらにも魔力もたっぷりと籠っているのかもしれない。


 まだ時間は早いのだが、そのうちに子供が寝てしまうし、王族や神官は明日も仕事やイベントで忙しいので、食後にもう鐘を突くことにした。

 この夜の早い世界で、遅い時間だと住人もみんな寝ているしね。

 それと訳も分からずに真夜中に煩いと苦情が来かねない。


 一応、商業ギルドや代官には鐘突きをやる事は知らせておいた。

 サイレントの魔法をかけておいてもいいんだけど、それはちょっと寂しい。

『せっかく鳴らしても街に聞こえない除夜の鐘』って一体なんだ。


 みんなに暖かい格好をさせて御寺へと向かった。

 まあケモミミ園のすぐ目の前に建っているのだけれど。

 こんな王都と反対側に在る街外れなんかは馬車も通らないから安心だぜ。

 王都へ入る前に貴族の馬車が子供を撥ねていた惨状が頭を離れない。

 ほぼ、御寺さんの保育園みたいなノリだな。

 俺も自分がそういうところへ通っていたせいで、御寺を建てちまったのかもな。


 早速鐘を鳴らすので、みんな順番に並んだ。

 大人一人に子供二人の組み合わせで。

 せえのー『ゴ~~ン~~』っていう感じでね。


「うひょお~」 


 響き渡る轟音にケモミミチビ達が痺れている。

 精霊達も痺れている。

 彼らは最早恍惚の表情だった。

 人間じゃなくても、あんな恍惚な表情をできるとは。


 小さい子は、ちょっと「ターザンごっこ」っぽくなってしまっている。

 たまに鐘撞用の綱に捕まったまま反動で飛んでいってしまう子もいるが、鐘や鐘突き棒は子供の頭には当らない仕組みなので心配は無い。


 万が一に備え、鐘の手前には衝撃吸収の効果を持つシールドをかけてある。

 鐘突き台の手摺りにもかけてあるし、さらに下に落ちても大丈夫なようにしてあるのだ。

 鐘に当たる際の鐘突き棒だけは対象外となる設定だ。

 それだと鐘が突けないからなあ。


 早速安全装置の仕掛けが子供達に見つかって、それで遊びだす奴もいた。


「それじゃ、エリオン様。

 いきますわよ」


「おー!」


 気勢を上げて可愛い拳を振り上げる神聖エリオン様。

 相棒は言わずと知れた王都アルバ大神殿の大神官だ。


 この世界一番といっても過言ではないような、こんなにありがたい組み合わせによる鐘突きという宗教的な行事なのに、アドロスの隅っこでやられているので王都の人間は誰も知らない。

 王女様や王子様は見ているけれど。


 最早、祝福の鐘と言ってもいい。

 精霊共が更に痺れた。


 いつのまにか、精霊達が自ら鐘突きの列に並んでいる。

 自分達もやりたいようだ。

 子供達も大好きな彼らと一緒に、もう一回突くようだった。


 シルベスター王女が突く時には、五~六人のケモチビが群がっている。

 この王女様は可愛いので、女の子からも凄く人気がある。


 そして今度はエミリオ殿下と男の子軍団だけで突くようだ。

 普通なら止めるのだが、ちゃんと安全装置を付けてあるので、おっさんはカメラを構えて見物しておく。

 まあ俺もリアルタイムで見張っているので、そう問題は無い。


「せいのー」


 王子様の掛け声と共に、突撃するケモミミ軍団。


「ゴーーーーン」


 思いっきり打った反動で、景気良くバラバラに吹っ飛んでいく。

 もちろん床にも衝撃吸収魔法は仕込んであるので、転がるだけですむ。


 騎士団連中が、はらはらしてそれを見ている。

 普通は王子様に、こんな危ない事はやらせないけどね。


 まあ、うちの行事は特に子供の安全に関してはいたれりつくせりなので、王国騎士団も口は出さないようだ。

 それにエミリオ殿下本人があんなには楽しそうにしているからな。


 そうした中で山本さんは甘酒を出してくれている。

 俺はたっぷりと生姜を入れた奴をもらった。

 これがまた温まるんだよなあ。


「いやあ、山本さんには御世話になりっぱなしですね」

「いえいえ、こちらこそ」


 葵ちゃんも山本さんの隣で、にこにこして甘酒を啜っている。


 この山本さんには、最初からなんとなく敬語で話す事にしている。

 別に他人行儀というわけではなく、素晴らしい料理人である事と、その穏やかで心安らぐ人格に対して尊敬の念をこめて。

 彼もなんとなく、俺に対してそうしてくれているし。


 多分、俺がこんなに丁寧な言葉で話すのは、彼以外ではこの国の国王陛下や王族の人くらいのもんじゃないだろうか。


 ミハエル殿下なんかは、もう完全に仕事仲間っぽい感じの口の利き方になっているし、帝国の皇帝ドランとかも最初っからそんなもんなのだが。

 あれは舎弟の分際で向こうが太々しいんだけど。


 ドワーフの国親方にいたっては、親父の飲み友達モードだしね。


 俺は「口が悪い、歳の割に言葉遣いが汚い」とか、よく言われる。

 この世界に来た当初は下手に出て、割と丁寧な言葉を使っていたのだが、あまり上品にやっていると舐められそうな気がして普通の喋り方に戻したのだ。


 あるいは、わざと荒っぽい口調でやっていたのだが、もうすっかりそれが板についてしまった。

 この世界に来て以来、結構荒事も多かったし。


 こんなにヤクザな異世界生活を送るつもりは毛頭なかったのだが、突然異世界へ放り込まれたので行きがかり上な。

 この世界って、いきなり殺しにかかってくる奴とかが、あまりにも多過ぎると思うの。


「今年は御世話になったわね、園長先生。

 来年も宜しく」


 そう言って、真理はもう寝ているレミを抱えて園に戻っていった。

 稀人、いや日本人三人は甘酒を飲みながら、もう少し日本の話でもという事で残っている。


 何しろここは、この異世界において最も日本に近いというか、日本そのものと言ってもいいような場所なんだし。


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