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26-1 大晦日

 オルストン領から帰ってきたのは年末の二十九日だった。

 次の日は丸々唸って寝込んでいたので、もう大晦日になってしまった。

 それにしても辛い年末になってしまったものだ。

 まあ無事に終わってよかった。

 あのままの膠着した状態で年越しだなんていったら!


 クリスマスの日にやってきたエディも、そろそろ園に慣れてきた頃合か。

 この子は、俺の事を天使様と呼ぶ。

 天使様は、この世界では死神の役割をする御方だ。

 正確には鎌で首を狩るのは死神なのだがな。

 天使様は死にゆく者を安らかに天界へ連れていく役らしい。


 俺だって確かに悪党には引導を渡す事もあるんだけど、幼稚園で園長先生が園児からそう呼ばれるのはちょっと微妙な称号だ。


 俺は疲れを癒すために、宮殿の御風呂へ行きリフレッシュしてきた。

 いやあ、広い御風呂はいいもんさ。


 御風呂で特に王子様方の御姿は見かけなかった。

 多分、御風呂にすら入る余裕が無いのだろう。

 恐ろしくて彼らのところへは覗きにもいけない。

 俺は自分自身でもっと酷い事をやったばかりだしなー。

 合掌~。


 また、あちこちの様子を見て回る事にした。

 この世界の人は、大晦日自体はそう気にしないようだ。

 新年の祭りの準備で忙しいらしい。


 この世界も一年は三百六十五日なのだが、一か月は各三十日となっている。

 という事で、年の初めの五日は基本的に御休みだ。

 そこは計算上は一か月の中に入っていない。


 主神ロス、そして御謝を捧げる日なのだ。

 そこが書き入れ時の人もたくさんいるのだが。


 早速、山本さんのところへ向かう。

 俺はどんな時にも食う事だけは忘れない。

 食わないと生きていけないもの。


 それは、あの日本にいた頃の苦難の歴史がそうさせるのだ。

 そういう過去の悲惨な暗黒のバックグラウンドがあるせいで、俺は今こういう食うに困っていたような子供を集めた施設を運営しているものに相違ない。

 こういう慈善事業のような事を始める奴には、何らかの普通ではない動機付けがあるように思える。


 時には違法に他所の国に上がり込んで、強引に困っている人達を助けるという奇天烈な御医者さんの集団がいたが、あれも確か創始者が結構アレな経歴というか過去の持ち主であった。

 心折れ膝を着き、もう一生二度と立ち上がれないというくらいの心情から立ち上がるには、最早自分のためにというチャチな動機などでは無理で「困っている誰かのために何かを」という想いでやっと立ち上がったみたいな感じだったらしい。


 それに似たような心情の人達が集まって集団となり、終いには酷いと銃を抱えて国境の警備隊と追いかけっこを……。

 元は犯罪者でもなんでもない普通の善良な人達、しかも人の命を助ける事に人一倍熱心な偉い御医者様達だったのに、人生の(あや)でそういう風に何かが捻じ曲がっていった感じなのだろうか。


 その点において、俺もあまり人の事は言えんがな。

 この異世界では住居不法侵入して陰でこそこそと覗き見したりあれこれと企んだり、人を卑怯に闇討ちにしてやった事が一体何度あった事か。

 それどころか強権国家たる大帝国を相手に先頭切って大戦争をしていたような気がする。

 だからこそ、今俺はこの国で名誉公爵という恩賞を受けているのだから。


「山本さん、年越し蕎麦の準備はいかがですか」


「ええ、バッチリですよ。

 それよりも体の方は大丈夫ですか?

 かなり無茶をしたみたいですが」


 山本さんも蕎麦を打つ手を休めて、心配気に聞いてくれる。

 いや仲間っていうものは実にありがたいもんだ。


「あっはっはっは。

 いやあ、サラリーマンをしていた頃に比べれば、なんという事は無いですよ。

 それにこの世界では、地球に比べたらそう命の心配も無いですしね」


「ええっ、本当ですかー?」 


 山本さんは笑いながら御道化気味にそう言った。

 

 いや冗談では済まないのだが。

 俺の会社では、いっぱい死んでしまった。

 同じ工場の人間が死んでも、タイミング一つで組合のビラに訃報として名前が載っていないような不憫な奴もいたしな。


 俺もいっそ逝くかと思っていたけど、逝く前に先に再起不能になっただけで済んでしまった。

 その方がより一層不幸なのだが。

 その後も延々と、塗炭の苦しみが続くのだから。


 今の俺は簡単に死ぬ事さえも出来まい。

 だが、今はこう思う。

 生きていてよかったと。

 誰かのために何かがしてやれる、そんな人生の続きがここにあるから。


 ゴーレム達の海老漁も順調だ。

 連中、真冬の海もなんのそのだし。

 年越し蕎麦に立派な海老天が入っているだけで、この一年に向かってありがとうって言いたい。

 日本でも、そんな暮らしをしていた頃もあった。


 ついでに御節料理の具合も訊いておく。


「御節の準備の方はいかがです?」

「ははは、そいつは当日の楽しみにしていてください」


 なんとも言えぬような最高の笑顔が返ってきた。



 満足した俺はエルフ新町の方も覗きに行く事にした。

 門松を置く都合もあったし。

 門松は作るのを忘れていたというか、この前の赤ん坊騒ぎで作れなかったというか。


 今日、当日になって作り上げたのだ。

 ネットの画像と記憶を元に、仕方がないのでプラスチックなどの合成素材で。


 仕上げだけは凄いんだけどね。

 日本人の作成者である俺でさえ本物と見間違うほどだ。

 来年はちゃんとした本物の材料で作ろう。


「これは、なかなか素晴らしいものですね」


 エルフの代官にもそう褒められた。

 本当かよ~。

 日本の門松の良さが、異世界のエルフさんにわかるもんなのかね。

 しかし、エルフは中々人の工芸品を褒めないからな。

 日本の伝統工芸万歳だ。



 次は王宮だ。

 エミリオ殿下を呼びにいって、一緒に門松の設置をした。


「わあ、アル。何これ~。

 なんだか凄いな」


「これは門松と言って、稀人の国である日本で年初の御祝いのために家の前に飾る物ですよ。

 これは大きな商会などが特別に作らせるような大きな物です」


 ちょっと喜んでくれたので、ほっこりしたぜ。

 さすがに煌びやかなクリスマスツリーみたいな、わくわく感は無いけどね。


 通りがかった王宮にいる人も思わず足を止めて見ていた。

 この世界の人から見たら、さぞかし面食らうような代物だろう。

 由来もよくわからないだろうしね。


 実を言うと、異世界でこんな物を作っておいてなんなのだが、俺自身も門松の由来はよくわかっていないのだ。

 こんな物は自分の家に飾ってあった事すらないしな。

 まあ、日本における伝統の品という事で。


 あちこちの広場へ寄って設置をしたら、お次はアルバ大神殿へ。

 大神殿付きの精霊に案内してもらって休憩室みたいなところへ向かった。


 おや、ジェシカがいる。

 今日は早目に仕事を切り上げたらしくて、何かの道具で肩をポンポンしてるジェシカがいた。

 こういう物もこの世界にあったんだ。


 おやまあ、こいつはまたババくさいな。

 後ろから、軽くつついたら「わあ~~」っと、なかなかいいリアクションが取れた。


「なあんだ、アルさんかあ。

 びっくりさせないでよ~」


 ジェシカは御行儀悪く、座った椅子をガタガタさせながら言う。

 最近、他の人がいない時は身内感覚で、まあこんなもんだ。

 美少女なんていうものは傍から見ているのが一番だなとか思う、今日この頃の風景。


「はは、御疲れモードだな。それ」


 肩のツボをぎゅっぎゅっとしてやると親父臭い反応が返ってきた。


「あ~、そこそこ。ん~」


 仕方がないのでリフレッシュヒールの魔法をかけてやり、コーヒーを一杯入れてやる。


「そうそう、大神殿で門松とか要る?」

「門松?」


 ジェシカは不思議そうな顔をして訊き返す。

 まあ普通は西洋風の神殿に門松なんて置かないわな。


「はい、これ。

 こいつの一際大きな奴だ」


 卓上タイプである手の平サイズの奴を、どんっと出して見せてやった。


「これが門松? なんだか不思議な形をしたものね。

 うーん、特に要らない」


 まあ、神殿にはそぐわないデザインだからな。

 俺だって、ちょっと言ってみただけだし。


「なあ、日本の年越し蕎麦、食う?」

「食う」


 ジェシカは日本の食べ物は拒否しない。

 単に美味しいから。

 まあ十五歳の超美少女が、いきなり異世界の門松に熱狂したら俺だって引くけど。


「じゃあ、夜にゲートを開くわ」


「もう仕事終わったから、そっちへ行っていい?

 明日はまた大祭の仕事だけど」


 今はまだ午後三時くらいだ。

 今日は早上がりか。

 信者さんも年始の大祭に備えているものらしい。


「いいよー。じゃあ着替えといでよ」


 気が付くと、すでにミレーが迎えに来てくれていた。

 ふわっと魔力を投げてやったら、彼女も少しはにかんだ。


 その直後に、俺の背後には一瞬にして他の奴らがびっしりと集まっているんだが。

 はいはい。

 俺は、そいつらに向かって魔力を景気よく振りまいた。

 なんか知らんが、ファルがいっぱい居るみたいなもんだな。


「お待たせ~」


 お、可愛い格好をしてきたね。

 冬色で揃えた膝上スカートに足回りは厚めのタイツと御洒落なブーツ、ダッフルコート風の上着に、毛糸のお洒落帽子にマフラーと。


 これらは全部地球産デザインの製品だ。

 さすがに、これだけの可愛い女の子が着ていれば眼福だな。

 帝国大神殿のマリーナにも、後で御洋服を差し入れてやるか。

 クリスマスプレゼントでは少しあげたんだけど。


 ジェシカと二人でゲートを潜った。

 精霊達が「置いていかないで~!」みたいな感じでついて来たので、特別にゲートは開けておいた。


「ミレーも一緒においで」


 誘ってやったら、彼女は嬉しそうにちょこちょこと入ってきた。

 他の精霊の連中も、この子くらい可愛気があったらよかったんだけどな~。


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[気になる点] >木が付くと、すでにミレーが迎えに来てくれていた。 木が付くと→気が 付くと [一言] 誤字が多スギィ
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