25-3 生命線不発
おっと、もう一つだけ眠らなくていい魔法に長けた連中がいたじゃないか。
そう、それは精霊である。
さっそく精霊の森の大神官ジョリーを召還した。
だが、やってきたジョリーは片手の指で眼鏡を直すような仕草をして、このように宣告した。
「ははあ、これはまた面妖な。
いや我々にはこれをコントロールする事は無理ですな。
精霊魔法では、これを往なすのは難しい。
すみません、御力になれなくて」
マジですか!
俺の生命線である精霊頼みが通用しないだと~。
確かにまったく系統が異なる技術なのだが。
跡継ぎちゃんは泣くと激しく鎧を発動させて、もう手がつけられない。
しかも上手く魔道鎧をコントロール出来なくて思いっきり癇癪を起こしているし。
いや、そんな事は魔道鎧という物の本質からしたら当り前の事なんだけれど、まだ赤ん坊である彼にとっては激しく御気に召さないようであった。
相変わらず、おっぱいタイムだけは大人しいのだが。
その僅かな間、ベビーベッド隣の簡易ベッドで死んだように眠りこける俺。
マルガリータさんは、愛しながらなるべく時間をかけてくれていたが、如何せん漏斗型をした赤ん坊の胃袋は小さいのだった。
御試しで作っておいた、眠くならないドリンクに栄養ドリンクなんかもフル活用する。
あの手この手でドーピングを続けて頑張る魔王様。
傍で見ているみんなは、「頑張るしかないから!」と励ましてくれた。
だが、頼むからそれだけはやめろ。
前にブラックな会社にいた時に、監督者の口癖がいつもそれだったのだ。
そんな事をいつまでもやってはいられないんだよ。
それで何十人も死んでしまいましたがな~。
いや、実際の死者数なんかよくわからない。
統計に出ていない数字があったんでなあ。
十三人しかいない係で二人が癌になり、一人は再起不能になって退社した。
くそ、そいつは俺の事だったわ。
あれでも、一人の死人もいなかっただけマシな部署だったのだよ。
とにかく、俺の前で「頑張るしかない」は禁句だ。
今でも蕁麻疹が出るわ!
実際に「仕事アレルギー」みたいに蕁麻疹が出ちまったことがあるが、その日は課長命令で、夜勤で全員四時間残業しなければならなかった。
蕁麻疹君は「帰ろう、帰ろうよ、このままだと死んじゃうよ」みたいな感じに訴えてきた。
だが日本の会社においては、それに応える事は許されない。
帰っていいのは死んだ奴だけだ。
救急車の御迎えで。
「ゴメンよ、帰れないんだ」
そう心の中で語りかけると、その蕁麻疹は諦めたように驚くほど速やかに消えていった。
そして、その後その安全弁のようであった蕁麻疹は完全に諦めたかのように二度と現れる事はなく、やがて俺は倒れ、もう仕事を真面にやれなくなった事を無慈悲に非難されまくり、ボロボロになった体を抱えて追われるようにして退社した。
そういう惨事が全国満遍なく日常茶飯事なんだから、日本と言う国は本当に困った国だ。
「おい、園長先生。
大丈夫かい!?」
お、アルスじゃないか。
よーっす。
俺は、次の瞬間にはっとして目を覚ます。
どうやら久しぶりに昔の夢を見ていたらしい。
夢を見ていたというか、うとうとしながら昔を思い起こしていたというか。
完全に寝ていなくて半覚醒っぽい感じで寝ていたものらしい。
つまり、ちゃんと寝ている時みたいに休まっていないって事だな。
睡眠にもリズムがあるから、少し長めに寝ないと完全には休まらない。
特に脳の方の問題がな。
異世界へやってきてから、今が一番辛い経験をしている気がする。
こういう感じに昔の仕事の夢を見るのは、それよりも辛い思いをしている時だから。
そろそろ俺もカルロス王太子殿下に近くなってきているのかもしれん。
そういや、帝国のドラン新皇帝は打たれ強いよな。
帰ったら絶対に王宮の御風呂へ行こう!
ファル達も連れていこうか。
というか、この状態のままだと、いつ帰れるかの目処すら経たない。
このまま、この体制での年越しだけは勘弁してくれ。
頼む、マジで誰か助けて。
あ、ファルを呼んでみよう。
こうなったら、神頼みならぬ神の子頼みでいくしかないのかもしれない。
連絡すると、さっそく真理がファルを連れてきてくれた。
ファルは例の祝福の歌も歌ってくれたが、特に効果はなかった。
いや俺が癒されたので、その効果はあったな。
しばらく哺乳瓶(魔力バッテリー)だったので、ファルにも魔力をやっておいた。
ファルはしばらく面白がって赤ちゃんを愛していたが、すぐに飽きて帰っていった。
くそ、ちょっと効果があったみたいだったのに。
あの子はこれからケモミミ園でおやつタイムなのだ。
俺も帰っておやつにしたいよ。
父親と母親も一生懸命に赤ん坊を愛しているが、ぐずりだすとどうにもならない。
きっと魔道鎧の不安定さが凄く不愉快なのだ。
こんな物、普通の赤ちゃんは習得しないものだしね。
赤ん坊は言葉が喋れないので、ただぐずってしまうのだ。
精霊魔王、最大のピンチだ。
俺以外に誰もこの奇天烈な仕事をやれないので、逃げるに逃げられないし。
そもそも、こうなっているのは例の祝福の儀式のせいなんだろうからな。
身から出た錆とは、まさにこの事か。
武~、助けて~。
縫製工場の従業員の人も心配してやってきては跡継ぎちゃんに声をかけていく。
一般領民の人の中にも、噂を聞いてやってきて御領主様の坊ちゃんに声をかけていく人もいた。
グスタフも呼んでみたが、精霊の鎧では俺の代わりは勤まらないようだ。
そもそも彼は元々が騎士なのであって、本来は魔法使いではないのだしな。
アントニオのAランク試験の際には「あいつは魔法が得意ではない」がグスタフの攻略法に組み込まれていたくらいだしな。
やれやれ、かつては世界を滅ぼすほどの呪いであった物よりも赤ん坊の癇癪の方が強力とはな。
筋金入りとは、まさにこの事。
もう、なんとなくカルロス殿下やミハエル殿下の気持ちがわかるような気がした。
人間その人と同じ立場になってみないと相手の事なんてわからないものだが、あの人達の御仲間にだけはなりたくなかった。
「大丈夫~?」
真理も心配そうに声をかけてくれるのだが、大丈夫もへったくれもない。
どうにもならん。
このままでは、いつかダムのように決壊する。
何か対策を考えようにも、寝不足で俺の頭がよく回らないような状態だ。
そして、ついにカクっと俺は崩れ落ちた。
とっさに真理が制御して、呼ばれてまた手伝いにやってきていたアルスがスキルを使って補佐して凌いでくれていた。
だが一時間で限界が来たらしい。
「ゴメン、園長先生。
もう無理だー。
これって、なんていうかこう、不安定さが半端ないよ。
きっと発動しているのが赤ちゃんだからなんだろうね。
魔法もそれに呼応させないといけないから。
園長先生のやり方が一番いいんだけど、それを他の人間が真似すると制御出来なくて、多分逆に危ないな」
うんうんと頷く、すでに体験済みの真理。
つまり俺の魔法の器用さが半端じゃないっていう事なのか。
とりあえずは凌いだのだが、このままではどうしようもない。
最早、神頼みしかない。
主神ロスよ。
どうかあなたの僕、戦う鷹アルフォンスに…… あ、神様は実在しない世界なんだった。
とりあえず、暫定措置として遠い故郷の八百万の神にありったけ祈っておいた。
あと、俺の信奉する特別な神様に。
日本での「仕事アレルギー」の話その他は、これがマジで作者の体験したノンフィクションだから困ったものです。




