24-4 帝国大神殿
ふらっと立ち寄ってみたベルンシュタイン帝国。
俺は丘の上から、悠々と広がる帝都ベルンを見下ろす。
もしあの時、怒りに任せて五十三万人の兵士を虐殺していたら、こんな穏やかな気持ちではいられなかったろう。
俺は一生笑えない人生を送る破目になっていたかもしれない。
そして一時の勝利は得られたかもしれないが、そのあまりにも多く流された血の量と無限大の怨嗟の波の応酬はおそらく止まらなかっただろう。
やがて両国が互いに報復が報復を呼ぶ、血塗られた決して終わらない戦争へと突き進んだ事だろう。
この本当にチートで不死身な俺がマジで死にかかったような、あの厳しかった死闘も最早懐かしい記憶に変わりつつある。
バラン。
あの時彼は、何故あそこへ。
俺は今も覚えている。
彼は今際の際に笑っていた。
確かに笑っていたのだ。
それは映像にも記録されている。
最早動く事もままならない体で、手を墓の方へと必死に伸ばして。
それでも笑っていたのだ。
最期に、彼は墓の手前で足を止めた。
守ろうとするかのように。
まるで墓の前で死にたかったとでも言うように。
もう一度会いたい人の墓だったのだろうか。
御蔭で、あの墓は傷一つ付かずに無事だった。
完全なピンポイント攻撃だったからな。
彼の事を思い出す度に少し心がかき乱される。
彼はリックのような只の外道とは明らかに違っていた。
冒険者ギルドの記録によると、バランも冒険者ギルドに出入りしていた時は、おかしな様子は無かったというし。
しかし帝国の軍門に下ったのだ。
元々、帝国の生まれなのだそうだが。
あんな非道なやり方で奴を闇討ちして倒した事に一辺の後悔も無い。
御蔭で大切な物を守れたのだから。
だが、気になるのは確かだった。
彼について一番知っていそうな、かつては共に仕事をした事もあり、あるいはSランク同士で戦った事さえあるアルスに聞いてもはっきりと答えてはくれない。
アルス自身もよく知らないのかもしれないが。
わからない事を考えていても始まらない。
俺は頭を振って思考を切り替えた。
そして俺は本来の目的地へと向かう事にした。
先方にもう話は通してある。
「やあ、マリーナ」
そう、行先はベルンシュタイン帝国の帝都ベルンのロス大神殿である。
改めてみると、ここもアルバの大神殿に勝るとも劣らない出来だ。
荘厳な佇まいは、地球の古き神々の神殿を思わせる。
「あ、いらっしゃいませ、グランバースト卿」
そのあまりにも商業的な挨拶に思わず苦笑する。
そういや、この子もかなり苦労性な感じだったなと思い出す。
じっとしていれば超可愛いのに。
少し痩せ気味なのが気になるが。
ジェシカなんか、この子と比べればふっくらと言ってもいいくらいだ。
ジェシカ本人が聞いたら「私はでぶじゃないです」と言って怒るかもしれないけど。
相変わらず精霊が寄ってきて魔力をちゅうちゅうしていくが、ジェシカと違いマリーナは怒ったりしない。
「すみません、 グランバースト卿。
日頃あまり魔力をあげれていないものですから。
この子達があまりに不憫なんで怒れません」
なんか、いきなり苦労人なオーラが会話から滲み出てきた。
まあ、この子の場合はいつもの事か。
「いいよいいよ、それは。
それよりも打ち合わせを……」
だが俺は途中で言葉を切った。
精霊達が群がってきて、どうしようもない。
これでは落ち着かないので、魔力をバンバンに振りまいてやった。
なんか嬉しそうな気配がひしひしと伝わってくる。
アイテムボックスから御菓子を出してやると、みんな嬉しそうに顕現したが、なんだか様子がおかしい。
どいつもこいつも、首都の大神殿にいる精鋭たる精霊のはずなのに、貧相な浮浪児みたいな感じの外見なのだ。
「!?」
その内の一体のストリートチルドレン幼女風の奴が、とことことマリーナの方へ歩いていくと、俺からもらった御菓子を差し出した。
「マリーナちゃん、あーん」
「いいのよ、あなたがもらったんだから、あなたがお食べなさい」
しかし、ぐ~~っとマリーナの御腹が鳴った。
ちょっと……いくらなんでも、これはおかしい。
いやしくも帝都の大神殿を預かる大神官なんだぞ?
俺はジェシカの日常をいくらかは知っている。
それは身分に対して、それなりのものだ。
それに精霊達がこんなにボロボロだなんて。
「済まん。
打ち合わせは一旦中止にする。
ちょっと確認しないといけない事項が出来た。
その間、これでも食っていてくれ。
後でまた来るよ」
俺はエリ謹製の大盛りお好みプレートをマリーナに差し出した。
それを見た彼女は思わず涙を浮かべていた。
前に初めて会った時もそうだったが、大神官にしてはあまりに変すぎるぞ。
俺は皇宮まで跳んで、皇帝ドランの執務室へ怒鳴りこんだ。
転移魔法で行かずに、わざわざ外からドアを蹴破って。
「なんだ、騒々しい。
お前か。
まあいつもの事だが」
奴め、書類から目を離さずにぞんざいな返事を返してきた。
こいつは相変わらず太々しいな。
「おいっ、ドラン!
なんでロス大神殿の大神官があんなに冷遇されているんだ。
精霊の森の関係者に知られたら、この国は滅亡もんだぞ。
まったく、どうなっているんだ!」
「ああ、その話か。
また面倒くさい話を持ってきたな。
コーヒーとやらを一杯くれるなら話そう」
俺はコーヒーを三人分出して、ついでに脳に糖分が行くようにチョコ系の御菓子を出してやった。
チョコ菓子を食いながらドランが言うには、またとんでもない話であった。
「この国の神殿関係者は昔から、ああいう感じの銭ゲバ状態でなあ。
親父もほったらかしだったというか、一枚噛んでいたというか。
俺もなんとかしないといけないとは思うのだが、今はこの忙し過ぎる状態なんで手も足も出ない。
おそらくは大神官もビタ一文貰えていないのだろう。
自給自足でかろうじて暮らしながら、金だけ司祭どもに吸い上げられているんじゃないのか?」
な、なんて無茶な。
この国が色々と上手くいっていないのって、そういう事も原因としてあるんじゃないの。
「ちょうどいい。
お前も神殿に関わっているんだろう。
好きにやってしまっていいから、この機に大掃除しておいてくれ。
お前が関わった時点で全ての関係者は諦めるだろうし。
レインボーファルスでも精霊の森の大神官でも、なんでも好きな奴を連れてきていいぞ」
こ、こいつめ、全部俺に丸投げしやがった。
まあ今のような業務に忙殺されている状態では、どうしようもないのは確かなのだろうしな。
いいけど、皇帝公認という事で本当に暴れちゃうからな。
後で後悔するなよ?
ドランに、その旨きちんと一筆書かせてから部屋を出る。
一々こういう事をするところが、俺も激しくおっさん臭がするよね。
フランチェスカさんが笑顔で手を振って見送ってくれた。
あの人も大概だな。
こういう時に絶対止めないどころか、その気があれば火に油を注ぐようなタイプの人だ。
まあ、そういう人は俺も好きなんだけど。
俺は早速帝国の神殿本部に「殴りこんだ」。
文字通り、石作りの壁を木っ端微塵にぶち壊して。
魔法なんて一切使わない。
千六百万HPの、この物理的な威力というか破壊力のみによる蛮行だ。
帝国戦におけるゴーレム作りで、HPのレベルがまた一つ上がっていたようだ。
日頃は制御して抑えている力を解放し、手の平を石壁にぐっと当てて軽く押すだけでよかった。
「何者だ!」
神殿兵達がやってきたが、俺の姿を見て凍りついた。
爆炎のマントを棚引かせて、怒りのオーラを可視常態にて全身から振りまいていたので。
「死にたくなかったら、ここで一番偉い奴のところへ連れていけ」
そいつらは神殿本部の奥にのさばっていた。
ベッドの上で半裸の神官見習いの少女達を厭らしく弄り回しながら。
とりあえず、その糞虫どもを一匹ずつ少女から引き剥がして、得意の魔力糸で拘束していった。
まるで鵜飼だな。
懐かしい、故郷である愛知県の催しだ。
いや、あれは岐阜の方の催しだったか。
あれも愛知県内の交通系企業がプランの宣伝をしていたから県内の催しのように感じるんだよなあ。
岐阜なんて、名古屋からすぐそこというイメージがあるから。
県境の川と鵜飼をやっている川とは、ほんの数キロしか離れていない。
とりあえず日本へのノスタルジーはここからこっちへ置いといて、当座のゴミ掃除を始める事にする。
「何をする! 離せ!
我らはロス神の司祭、神聖エリオン様の忠実なる……」
俺は最後まで言わせず転移魔法でジャンプして、奴らを信者達がいっぱいの広場に転がした。
そして映像魔法でレインを呼び出した。
得意の全世界中継も同時に開始して。
中継は、検索してまとめて中継先に指定した世界各地の神殿にも焦点を当てておいた。
空中に展開したスクリーン魔法にはレインが大映しにされている。
「あら、どうしたの? アルさん」
そこに現れたレインを見て、青ざめる司祭達。
レインボーファルス即ち神聖エリオンの神々しい真の御姿は、最早世界中に知られている。
あちこちに絵姿を配布しているからな。
中には拘束を解いて逃げようとする者もいたが、そんな事が叶うはずもない。
この俺が製作した、巨大な魔物やSランク冒険者さえも逃れる事が不可能なほど超強固な魔王特製の魔力糸で拘束されているのだ。
俺はレインに、ここの事情を全部説明してやった。
もちろん、レインはもうカンカンだ。
「もーー!!
何でこう、後から後から馬鹿ばっかり湧いてくるんですかー!
ジョリー、 うちの大神官のジョリーはどこー!」
当代神聖エリオンを決定的に怒らせてしまったので、司祭共は震え上がっていた。
ジョリーが転移でやってきて、事情を聴くと溜息と共に宣告した。
「おい、お前ら。
ロス神殿の司祭の癖に色々やらかしてくれたな。
お前ら人の子が言う所の、神聖エリオン様は大変お怒りの御様子だぞ。
この国の皇帝も大層怒っているようだしな、ほれ」
そう言いながらドランの書いた書簡を見せて、ジョリーは宣言した。
「この国の神殿本部は、我々精霊の森が一時預かる!」
連絡を受けたドランが寄越した帝国騎士団の手によって神殿本部はあっという間に制圧され、マリーナの処遇は改善される事となった。
とりあえず大神官のマリーナを、一時的にこの国の大神殿のトップに据えて、彼女には補佐の精霊を付ける事になった。
とりあえず暫定的に、ケモミミ園からシルヴィを呼んで付けておいた。
後で他の精霊に交代させよう。
あいつは精霊の中では比較的常識を弁えているし人間界にも非常に詳しいので、ミレー並みの仕事をこなしてくれるだろう。
最近はファルも大きくなってきたので、そう手はかからなくなってきた。
一時的にシルヴィを外してもそう問題はなかろう。
元々は只の御使いに過ぎなかった筈なのに、何故かそのままファル付きの御世話係に就任していた奴なのだし。
ファルもまだ体は小さいのだが、中身は早熟というか成長するのがいやに早い。
やはり、そのあたりは獣人も含む人間の子とは異なる存在なのだ。
子供らしいところは、まだまだたくさん持っているのだが。
そして帝国大神殿の精霊達はみるみるうちに回復していった。
それに関しては俺の魔力と御菓子の恩恵だけど。
帝国エリアの大神殿で、クリスマスをやるための打ち合わせに来ただけなのに、なんでこんな事になってしまったものか。
溜め息を吐きながら、俺はマリーナと打ち合わせに入った。
どうせ他の国の司祭共も似たような事をやっているんだろうな。
奴らもさっきの中継は見たはずだ。
せいぜい震え上がるがいいさ。




