22-5 祝福の輪
俺はケモミミ園に戻り、さっとファルを連れてきた。
「お母ちゃーん!」
ファルは嬉しそうにして、いつものようにレインボーファルス形態で、いそいそと頭の上の定位置に登っていった。
俺も加護を通して、あらかじめ役に立ちそうな力の強い上位の精霊どもを呼び出しておく。
「では封印を始めます。
ファル、私と一緒に御歌を歌ってね」
「はーい、御母ちゃん」
神聖エリオンの二重奏再び。
俺もファルに向かって魔力を込めていく。
精霊共も精霊の祝福でサポートに入る。
その緊迫した気配を感じて、世界中の上位クラスの精霊が次々とやってきて祝福を与えてくる。
あたりに虹色のような霊白色のような不思議な輪が生まれていく。
それはグスタフを包むかのように輪を狭めていき、濃密な霊白色を彩っていった。
やがて雲は収束していき、彼の体全体を繭のように覆っていった。
そして俺の頭の中にセブンセンスのイメージが、二重鉤括弧付きの文章で流れていった。
『ブレッシング・リング』
祝福の輪か。
祝福の力そのものが顕現して、半ば物質化しているのかな。
こんな物が世界に存在するのか?
なんだかレインも驚いているぞ。
「レイン。
これがなんだか、わかるか?」
「いえ、私も初めて見るものです。
しかし、おそらく今回の精霊の祝福を全て合わせたような力を発揮するのではないかと」
そして気がつくと、裸同然の姿で呆然として突っ立っているグスタフがいた。
彼の体を覆っていた霊的な雲は使命を果たし終えて消滅したようだ。
呪いの封者も役割を終えて機能を停止していた。
魔界の鎧は既に跡形もない。
鑑定してやると、奴のスキルに「精霊の鎧(子鎧)」というものがあった。
はっと気が付いて自分も鑑定してみたら「精霊の鎧(親鎧)」というものがあった。
念のため、精霊も待機させたままでグスタフを促して、そいつを使わせてみた。
字面から見て、おそらくは使用しても危険のないような代物なのだろう。
少なくとも使用時にセブンスセンスからの警告はない。
なんと先程の祝福の光に包まれた神々しい鎧がグスタフの周りを包み込んだ。
裸同然の姿なのが、彼の輝くような金髪や整った容姿と相まって、まるで地上に天使が顕現したかのようだ。
こ、これはまた違った意味で騒動になりそうな代物だな。
この鎧はちょっと封印しておくか。
俺も試しに展開してみるが、同様のというか更に格上のイメージだ。
調子に乗って、天使の羽根をイメージして展開してみた。
うーん。
展開中のグスタフの鎧を鑑定してみると、こうなっていた。
「精霊の鎧(子鎧)・親鎧を通して精霊の加護展開中」
ああ、俺の能力の株分けというか、子機みたいになっていやがるのか。
奴自身に強大な魔力や精霊の加護が無くても、俺並みの仕事が出来るという。
しかもグスタフは戦闘においては、俺を遥かに凌駕する技量と経験の持ち主なのだ。
これは悪くない展開になったもんだ。
精霊の力なんかが必要な敵と直接渡り合うような時があったら御任せかな。
とりあえず絵面的にキツイので、グスタフには服を着てもらうことにした。
そしてレインが解説してくれた。
「この精霊の鎧というスキルは、私にもよくわからないものですが、魔界の鎧を鎮める事が出来るのではないかと思います。
いわば魔界の鎧のような呪いの対極にある祝福の鎧なのでしょう」
これは良いものが手に入ったというか、何よりも俺の持っているオリジナル魔界の鎧が浄化されたのが一番喜ばしい。
ただ、残った二つの魔界の鎧は、俺やグスタフが生きている間に必ず始末しておかないといけない。
祝福の鎧もまた、魔界の鎧と同じように他の誰かに受け継がれていくものなのだろうか。
その場合に悪用されなければいいのだが。
魔界の鎧の場合、子鎧は俺が持つ親鎧の変化の影響を受けるものなのだろうか。
俺が持っていた元々のオリジナルの親鎧を展開するわけにはいかなかったのだから、どの道試す方法はなかっただろう。
おい、グスタフ。
お前にタダ飯を食わせる義理はないからな。
残りの子鎧の持ち主二人の始末はお前に任せた。
事のあらましはミハエル殿下に報告しておいたのだが、憮然とした面持ちだった。
実際にスキルを発動してミハエルにも見せてやった。
「本来なら、お前ら二人とも幽閉ものなんだが……」
だが残りの魔界の鎧を始末出来る人間は俺達以外にいないだろう。
さすがの彼も後の言葉は飲み込んだ。
それが自分の管理できる範囲内にあるので我慢する事にしたようだ。
まあ、元々この俺が魔界の鎧の本体を持っていたのだから、もう今更だしね。
「なあ、ミハエル。
これが魔界の鎧のままの方がよかったのか?」
そのように聞いてみたら、さすがの奴も苦悩の表情だった。
無理もないというか、まあどうしようもないよな。
役割を終えた『呪いの封者改』は、宝物庫の中の武のオリジナルの隣にエピソード付きで可愛らしく陳列された。
「御疲れさん」
俺はそう声をかけて、そいつを労っておいた。
いやマジで。
国王陛下もいらして、事のあらましを話してくれた。
「二年前、帝国がミレーヌにちょっかいをかけてきた時、わしはミレーヌを守るために王家に伝わる魔導キーを使い空中庭園を呼び出した。
しかし、帝国も何故か魔導キーを持っており、空中庭園に乗り込まれてしまったのだ」
国王陛下は苦渋の表情で語ってくれた。
「それから?」
「空中庭園には魔界の鎧が封じられており、何者かが鎧にちょっかいをかけたなら空中庭園は自爆し、新たな鎧の主と共に鎧の消滅を図る事になっておった。
あの鎧は主が殺される度に宿主を換えて暴れまくった。
当時のこの国の王太子アスラッドが、初代から伝わる魔道具を用い、自ら意識を保ったまま空中庭園に封印されたのだ。
神聖エリオンの力をもって」
うーん、魔道具ってあの呪いの封者の事か?
原料は只の藁人形だし、あれを武がいっぱい作ってあったのかな?
「空中庭園は消滅した。
おそらく帝国の仕業と思われる。
なぜなら、空中庭園にはあのバランがいたからじゃ。
帝国貴族ではあったが、彼はSランクの冒険者でもある。
伝説の空中庭園を目指していても、まあおかしくはない。
グレー判定ながら、外交などの問題も絡み、我が王国も帝国を追及しきれなかったのじゃ」
誰かに殺されるのではなく封印された宿主ごと消え去ったのなら、寄生先を失って鎧の呪いも消滅するのではないか。
そういう考えもあったのだが、あまりにも危険すぎて試すわけにもいかない。
だが、万が一の事があった場合にはそのような措置が行われる事になっていたと陛下が仰った。
その後、魔界の鎧の存在は誰にも知れなかった。
それを封印していた空中庭園の消失は全世界に恐慌をもたらしたが、諸国の王達もアルバトロス王国を責めるわけにはいかない。
自分達には手も足も出なかった相手なのだ。
アルバトロス王国だけが、その脅威に対して果敢に立ち向かったのだから。
親方の知識、適当だなあ。
また人の話を話半分に聞いていたんじゃないの?
当時、全世界は発狂し滅亡に向かってまっしぐらだった中で、アルバトロス王国だけが脅威に立ち向かった。
そして跡継ぎの王族を犠牲として払うという、とてつもなく犠牲的な精神で事態を収拾し、神聖エリオンの協力の元で取りうるべき最高の手段を用いたのだ。
今回の騒動も、アルバトロス王国が空中庭園を呼ぶに至った経緯ならびに消滅した原因も帝国の仕業と見られているため、アルバトロス王国をあからさまに非難する向きはなかった。
国王陛下は話を続けてくれた。
「今にして思えば帝国はバイトン公爵家から魔導キーを入手しておったのじゃろう。
あれこれとセキュリティを胡麻化して持ち出したのじゃろうな。
あれも最期の時には帝国と通じておったようだしの」
陛下は身内の不祥事に、また少し肩を落とした。
しかも元は決して心根の悪い弟ではなかったらしいし。
国と兄を想って自ら動き王位継承権を捨てたほどの傑物だったのだ。
王家に生まれさえしなければ、生涯仲のいい兄弟でいられたのかもしれない。
だが王家において、「たられば」など言っても仕方がない。
それだけの責任がある立場なのだ。
国王陛下も、その全てを受け止めて自ら弟を処刑台に送った。
あの親子、本当に碌な事をしていなかったんだな。
陛下の気持ちを想えば誠に遺憾という他はないのだが、奴らを処刑台に送っておいて本当によかった。
そして表向きはバランの奴に任せておいて、ニールセン侯爵が鎧を持ち帰ったんだろう。
彼が一体どうやって、あの魔界の鎧の力を制して使っていたのかはよくわからないのだが。
それでも勝算があったからこそ、あれにちょっかいをかけたのだろう。
出来れば、参考までにその詳細を知りたかったのだが、それも今となっては望むべくもない。
一応、帝国の皇帝にも事のあらましは報告しておいた。
彼の方はちょっとどころでなく、猛烈な怒りに打ち震えている。
まかり間違って魔界の鎧が解き放たれていたら、その全ての責任を負わされていたのは彼なのだ。
その関係者は全て俺が始末したので、その怒りの持って行き所すらもないし。
今回の件の関係者で残っているのは、よりにもよってベッケンハイムの御馬鹿のみだ。
あの愚か者が何か知っていようはずもない。
とにかく、一旦魔界の鎧の件については御預けとなり、グスタフはそのままうちで預かりとなった。
まだ子鎧が二つも残っている。
帝国と世界を怨んで怨んで怨み抜いている主と共に。




