2-3 上級魔法習得そして特訓
異世界生活は早くも十二日目になった。
あんな事があった翌日だったのだが、俺はシャラっとした顔で平然と冒険者ギルドへと出向いてやった。
次の魔法、上級魔法などを覚えるためにだ。
もうこの歳になると面の皮も滅茶苦茶に厚くなってね。
この程度の事なんか、まるで気にしたもんじゃないわ。
おまけに世捨て人の生活が長いと、何もかもがどうでもよくなるし。
受付でこの間の受付嬢に、回復の上位魔法と攻撃の上位魔法、あと防御系の魔法や付与魔法あたりのいい物がないか訊いてみた。
「わかりました~。ただいま担当者を呼んで見繕いますね」などと殊勝な感じに返事だけはよかったのだが、あんの受付嬢の奴め、速攻で俺が来た事をギルマスにチクりやがった。
可愛い顔して、あのアマー。
すぐにギルマスがやってきて俺の背後から回り、ニコニコと笑顔で「おう、来たか。待っていたぞ」なんて言いながら俺の両肩をがっしりと掴み、そのまま有無を言わせずに野郎の執務室まで連行された。
よー言うわ、あのおっさんも。
いや、もうどっちもどっちなんだけどなー。
これだから、おっさんっていう奴はよ。
そういう訳で今、俺は仏頂面をしてギルドマスター執務室のソファに座り、腕組みをしたままふんぞり返って、組んだ状態の両足をテーブルの上に放り出した格好の膨れっ面で奴と御対面している。
「まあ、そう渋い顔をするな。
話をするだけだ。
あのポーションはな、軍事物資でもある。
今は情勢が悪いから軍の方でもシャカリキに集めてやがるんでな。
またその軍閥っていうのが貴族の派閥も兼ねている部分もある。
入荷したら、うちにも回せとか言ってきやがるのさ。
別にシカトしてやってもいいんだが、うちも御役所関係の書類を出さんといかん場合とかもあるわけだが、そのへんの都合も絡んでいてな。
役所も貴族の文官が幅を利かせているんだよ。
そういうところでも貴族同士の繋がりなんかもあったりするから、あまり無碍な事も言っておれんし。
また、それだけじゃなくてなあ。
今は上級ポーションも国の保護を受けている高名な薬師が作っているわけだが、これがまた数が揃わん。
さすがに御貴族様も国の関連へは、そう簡単に手が出せんわけだが、それ以外のルートとなるとまた話は別だ。
そんなもんの生産元を抑えたら莫大な利益を生む。
という訳で、おかしな考えを御持ちの貴族様とかも中にはいらっしゃるわけだ。
お前、こんな物を他でまとめて売ったりしていないだろうな。
妙な貴族達に目を付けられたりしたら、ただじゃ済まんぞ」
あっちゃあ。
やっぱり、そういう話があったのか。
ゴブソンの親父の言う通りだったわ。
俺の渋そうな面を、いかにもおかしそうに眺めながら奴の話は続く。
「まあ、もううちに卸せとは言わんから、絶対に他所には出すな。
命が惜しかったらな」
「ラジャ……。
どうしても欲しい時は言ってくれ。
その分は渡そう。
その代わり、出所は黙っていてくれよ」
そしてギルマスはニヤッと笑うと、黒い笑顔で言いやがった。
「そうか、わかった。
という訳で上級ポーションを今百本ほど欲しい。
寄越せ」
俺はゲンナリして、机の上へポンっと百本出す。
ギルマスは大金貨五十枚を、さっとその場で寄越した。
最初から、もう大金貨五十枚を準備してあったらしい。
くそう、なんて奴だ。
どうやら、これがこの世界のギルドマスターという人種のやる事らしい。
今度からこの種の人種との付き合いは、そういう事を考慮しつつせんといかんな。
さしあたっては商業ギルドとの付き合いからか。
とりあえず俺は商人という触れ込みなんだからな。
商人なんか、きっとこすっからい連中ばっかりだろうからなあ。
「じゃあ、お前の要件に入るか。
上級魔法を覚えたいんだったな。
特別にギルマスである俺自ら教えてやろう。
ついてこい」
そうやって修練場へ連れていかれるや否や、あの御仁め、今度はこんな事を言い出したのだ。
「お前、魔法の覚えはいいそうだな。
じゃあ代金として、さっきの大金貨を全部寄越せ」
こいつ、鬼だな……俺は諦め顔で大金貨の入った袋を放って返す。
「まあ、そんな顔をするな。
その代わり、今から覚えられるだけ好きなだけ覚えていい。
長生きしたけりゃ必死で覚えろよ?
『特にお前の場合は』な」
うう、もう完全に問題児扱いになっている。
まあ、この前はギルドを騒がせちまったし、俺自身も特にそれを否定はせんのだが。
そもそも、ここの受付嬢が俺を見かけたらギルマスに速攻で報告しにいくとか、その時点でもう既に駄目駄目だよな。
せいぜい他のギルドでは気を付けるとしよう。
冒険者ギルドと仲がいいらしい商業ギルドあたりには、既に問題児の情報が回っちまっているのかもしれんが。
その前に、稀人とやらであるという段階でとっくにアウトだ。
また俺の場合は、それ以前の問題だ。
『俺の中のあいつ』の件で既に、この世界の理である何かのコードに引っ掛かっているんじゃないのか。
そしてギルマスは上級魔法を次々と遠慮なく放っていった。
爆発系大型火魔法フレア。
足止め・拘束の重力魔法グラビティ。
超強力な人工嵐テンペスト。
超雷撃の嵐サンダーレイン。
超高熱熱線魔法ブラスター。
消滅の光メギド。
超隕石雨メテオレイン。
大竜巻トルネード(地球基準のF6レベル)。
大津波ウォーターウエイブ。
巨大拘束土枷アースバインド。
物凄い、とんでも魔法が見事なまでにズラっと並んだ。
こいつめ、伊達にギルマスなんてやっていないな!
こんなところだから手加減しているのだろうが、物凄い種類の魔法適性にして高威力なのが、俺にはそうと理解できる。
理屈でなくわかる。
まさに魔法使い垂涎の的っていう奴なんだろうな。
俺の進むべき道がここにあるわ。
それにしても、この世界の魔法って実利一本というか実用一点張りというか、結構アレな感じだ。
地球の魔女や魔道士なんかが使うような風情のあるものとは、まったく趣が異なるようだ。
なんというか、『ジェーン魔法年鑑』みたいな感じで。
これで既に十分過ぎるほど元は取っている。
金貨五百枚分の支払いで、既に都合金貨千枚相当(十億円ほど)の上級魔法を習得出来た。
こいつは適性や魔力量に加えて、自身が大金持ちであるか気前の良いスポンサーでもいなければ習得出来ない。
しかも、こういう特別な場所でなければ教えてもらえないときたか。
それは上級魔法が希少なはずだぜ。
そもそも冒険者みたいな人間なんかだと、こんな冒険者ギルドで習うような強力魔法を使えて、それで初めて成功して金持ちになれるという感じじゃないのか?
しかも適性や魔力量の問題もあるときたもんだ。
しかしこの男、滅茶苦茶に器用だな。
これほどの上級大魔法をこんな狭い場所で、ちまちまと見事に使いこなして。
普通は無理だろう。
メテオレインなんて芸術的だ。
最小威力のものを天井から降らせて、床にぐいぐいと飲み込ませている。
見せるためだけの行事なんで、魔法を回生して魔力を回収しているんじゃないだろうか。
まるでハイブリッド車の回生ブレーキのように、魔法を回収して魔力を再生産しているみたいだ。
あれだって完全に電力を回収出来るわけじゃないのだが、この男はおそらく魔力を物凄い高効率で回収しているのではないだろうか。
といいつつ、自分もその辺は同様のやり方でキッチリとこなしてみせた。
一回見る度ギルマスに続いて魔法を放つのだが、お手本と同じくらい上手に魔力回収まで綺麗にやってみせた。
元になった手本の魔法が優秀だからな。
ちまちまするのは元々大の得意という性格だし。
それを見てギルマスが少し感心した顔を見せる。
この人って、そういう事はあまり表情には出さないタイプなんだけどな。
きっとこのギルドには、褒めるとすぐ図に乗るような、若い荒くれた奴らが多いんだろう。
あまり性格が大人しくても務まらない、危険を伴うような商売ではあるのだが。
そういうところって、俺のいた自動車産業にも似ているな。
あれも昔は火花飛び散る鉄火場だったから荒くれた奴らが多かったのだ。
日本自動車産業のあるところ、どこへ行っても酒・女・博打がついてくる。
だって、そもそもこんな部屋の中というか屋根付き屋外の場所でしょ!
自分の魔力量で加減無しは、明らかなる自殺行為だ。
もしかしてギルマスもランクの高い冒険者だったのかもしれん。
というか、だから今ギルマスをやってるんだろう。
彼は続けて、補助魔法へと入っていった。
プロテクト。
ディスアタック。
ディスプロテクト。
ディストロング。
ディスインパクト。
ライトウエイト。
ヘビーウエイト。
ディスペル。
アンチディスペル。
レビテーション。
フライ。
ウインドシールド。
命中補正。
ギルマスめ、さては俺の上級魔法は最初からディスペルで打ち消すつもりだったのか?
それから防御魔法へと進んだ。
シールド。
マジックシールド。
バリヤー。
ウインドウォール。
ファイヤーウォール。
アイスウォール。
ハイシールド。
ハイマジックシールド。
ハイバリヤー。
アースウォール。
日頃は剣なんて使わない俺にはあまり縁がないだろう代物なのだが、魔法剣なども御披露してくれた。
魔法剣、炎・氷・風・土・雷と来たもんだ。
そして感知系や隠密系も豊富だった。
罠感知。
罠解除。
探索。
索敵。
索敵探知。
サイレント。
ソナー。
隠密。
気配遮断。
気配察知。
インビジブル。
こいつめ、なんて多芸な男なのだ!
『魔法適性が多い者は器用貧乏説』は一体どこへいった!?
こいつ、まさか稀人なのか?
稀人が日本人ばかりとは限らない。
そのうちに、その件も聞きだせるか試してみるか。
転生者というケースもありうる。
「どうだ、結構御得だっただろう。
しかし、これだけの魔法やスキルを一発でよく覚えたもんだな」
「ま、まあね。
これはさすがに、ありがたいかな」
まるで回転寿司の食べ放題最高級コースみたいに物凄く御得だったわ!
これって支払ったインクルーシブな御値段の四倍くらいは元が取れていないか⁇
とはいえ、総額で五億円相当は支払ったんだけど。
まあ、それも元々は向こうから貰ったものだけどね。
「あと、お前。
剣とかはからっきしだな?
身体の動きや足捌きを見ただけでわかるぞ。
訓練の型くらいは教えとくから、後は自分でやっとけ。
死にたくなきゃあな。
近接でくたばる魔法使いなんざ枚挙に暇がねえ」
そこから何故かみっちりと稽古になってしまったのだが、強化された身体能力でなんとかこなしてみせた。
見取りは魔法発動を見取るシステムなので、こういうものにはまったく何の役にも立たない。
そもそも、あれはセブンスセンスによる効果なのだ。
こんな体を使う事には糞の役にも立たん。
「あと、少しくらいは冒険者としての依頼を受けてランクを上げるようにしろ」
「へえ? そりゃまた何で」
「いざっていう時にEランクだと相手から舐められて不利になる事もあるかもしれん。
商人と兼用でもそういう事はある。
冒険者ギルドのギルマスからの忠告なんだから聞いておけ。
まあ精進しておいて損はないぞ。
人生何があるかわからん。
他にもランク上げをする理由はあるが、その話はまた今度にしよう。
今日はここまでだな」
「へーい。じゃ御疲れ」
まあ、そういう事はこの大年寄りが誰よりもわかっているがなあ。
こんな異世界へ来ちまっている段階で身に沁みているさ。
だから遠い王都を目指し、今日こんな事になっているのだから。
もう夕方なので、へとへとになって宿へ帰った。
あれから少しランクが上の宿に変えたのだが、相変わらず風呂は無しだ。
まあ街に風呂屋があるからいいけどな。
訓練の御蔭か、身体強化がLv9に上がって100万HPになっていたのは御愛嬌だ。
そして、そのままベッドの上につっぷしてしまった。
どうしてMPばっかりあんなに補正がかかるんだろうなとか、そんなどうでもいいような事を考えていたら眠くなってそのまま寝てしまった。
そして異世界十三日目の朝だ。
なんだかんだいって、アーモンは面倒見がいいからギルドマスターなんだろうな。
結構忙しいんだろうに。
そういや昨日は、疲れて寝ちまったので晩飯を食っていなかった!
朝はカレーにした。
レトルトカレーだけど。
ついついガッツリと二皿いってしまった。
毎日丼飯で五杯くらいかっこんでいるような若い子だったら、これが朝から五皿くらいはいけるんだろうな。
しかし飛行魔法のフライを覚えたのはよかった。
いざとなった時に、空から逃げられる逃亡手段が出来たのは喜ばしい。
さて、金はあるし身を守るための魔法も手に入れた。
武器も最強クラスを手にいれたし、おまけに魔法による逃亡手段もありと。
あとやる事といったら魔法のレベル上げと……そうだな、剣の訓練あたりか。
今の腕前じゃあ、絶対にあのオリハルコンのコピー剣が泣くわ。
それと王都の満喫がある。
何しろ、そのために来たようなものなんだからな。
あ、元の世界に帰る手段探し。
こいつを忘れていた。
俺はもう、すっかりこの世界に染まっている。
元々引き篭もっていて、日本でも必要最小限しか外に出なかったからな。
必要なものは手持ちでなんとかなるし、日本の食い物も存分に味わえる。
この世界にいる事自体が現実逃避になってしまっている。
また異世界言語スキルによって、こんな異国で言葉が自在に通じるのは自分が考える以上に大きい事なのだ。
普通なら、このような事はない。
何年も苦労しても言葉が身に付かない事だってある。
特に俺の歳だとな。
俺は英語すら殆ど喋れない。
魔物との戦闘、そして盗賊の襲撃を自分主体で乗り越えた事で開き直って、余計にふてぶてしくなってしまっているのかもしれない。
まあいいか。
この国には、稀人が伝えたのか日本風の御風呂文化があるし、食い物も結構口に合う。
日本に帰ったところで会いたい人もそういないのだ。
俺の魔法PCが、地球のインターネットに通じているのでなおさらだ。
こんな恵まれた異世界ライフもそうはないだろう。
非常に歳を食ったおっさんなのが、それにまた拍車をかけている。
何からやるにしても暇潰しにしかならん。
少々見かけが若くなろうが、今更心まで若い子のように積極的にはならんのだ。
とりあえず、ランク上げに挑戦する前に鍛錬をせんと死んでしまいそうだ。
そういやまだ、真面に魔物と接敵していないし。
それからまたギルドへやってきた。
今日は窓口も空いていた。
昨日の受付の人に聞いてみる。
「ギルマスはいるかな?」
「ええ、いますよ」
そいつはラッキー。
「会えるかな」
「御案内します。
何の御用ですか?」
「ちょっと彼に聞きたい事があってね」
彼女は、さっとギルマス執務室へ案内してくれた。
「ギルマス、アルフォンスさんがお見えになりました。
宜しいですか?」
「ああ、通せ」
「ちわ!」
「どうした?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって。
あのさあ、魔物って強いの?
Eランクの奴と一回遭っただけなんだけど。
あのクラス相手でも結構ビビったわ」
「そういや、魔物とは殆ど出会ったことがないと言っていたな。
もしかして本能的にお前の魔力量なんかを感じとられて、避けられていたんじゃないのか?」
「何!?
それって冒険者としては致命的じゃあないのか?」
あのグリオンとやらは、単に命知らずだったっていう事なのか?
それとも、よっぽど腹が減っていたのか。
そういや、あいつって涎をだらだら流していた感じだったし。
「護衛任務には向いているがな。
収納持ちなんだし。
商会で働くのも一つの……って、いやお前は元々商人じゃあなかったのか?」
「ああ、そういう設定なんだったっけ。
思いっきり忘れていたわ」
「なんだ、それは」
ギルマスは少し呆れたように言葉を返す。
「まあダンジョンへ行けば、たとえお前が相手でも問答無用で魔物が襲ってくるがな」
「え、あるの? ダンジョンなんていう素敵な物が!」
「そんな基本的な事も知らんほど無知な奴が、うちのギルドにいるとは。
ギルマスとして本当に悲しくなってくるな」
「まあまあ。
それで、そいつはどこにあるんだい?」
「王都近郊の西方面へ二十キロほど行ったところに一つある。
詳しい行き方は職員に聞け。
もう少し剣や魔法を鍛錬してから行った方が、ダンジョンでは慌てずに済むぞ。
ダンジョンへ行く前に必ず俺のところまで来い。
少し見てやろう」
「ラジャ。
それでは、御邪魔様でした」
うーん、魔物湧くダンジョンかあ。
そいつはまた血沸き肉躍る代物だな。
ゲームじゃ御馴染みの御楽しみよ。
やたらと頑丈になったパワフルな体を持ち、更に各種の強力な魔法を覚えた今の俺ならば、ダンジョンなる苛烈そうな場所でも結構やれるのではないか?




