20-4 御披露目
もう時間は御昼近い。
恒例のバザーの時間だ。
今回の目玉は当然和菓子で決まりさ。
それと蟹だ。
もう本日は山本さんデーと言ってもいい。
おっさんは蟹が気になって、つい最後の挨拶を忘れてしまった。
この世界初の行事だというのに。
葵ちゃんも、子供達が御腹を空かせてそわそわしだしたのを見て、その程度の些事はさっとスルーしたようだ。
観客もバザーを楽しみにしていたので、誰も気にしていないみたいだ。
騎士団の連中がちょっと苦笑していたが、まあ今日は王国行事とかではないのでな。
そう。
本日は蟹味噌豆腐が、ついに御目見えするのだ。
今までで最高の日本酒を用意して、おっさんもわくわくしてバザーの屋台に並ぶ。
そしてズワイ蟹ポン酢仕立て・蟹味噌小鉢・蟹味噌豆腐の通向けセットを注文する。
これは俺専用に開発してもらったメニューなのだ。
あたりに焼き蟹の堪らない匂いが漂い始める。
思わず涎を垂らす人が一気に増えた。
もちろん、俺がその筆頭なのだった。
そろそろ肌寒くなってきた季節なのだ。
熱燗を出して、ほっこりと楽しみ始める。
保温魔法を付与した容器に入っているから、飲み終えるまで、ずっとあっつあつだ。
真理がレミを連れて俺に合流してきた。
おっさんが蟹味噌豆腐に並んでしまったので、レミの御飯を真理に頼んでおいたのだ。
ついでに焼き蟹も。
初代国王といえば蟹、などと謳われたもの。
初代国王絡みで蟹に纏わる逸話は多いという。
うん、わかるな。
日本人だものね。
普段は人間の食事など摂らない真理も、蟹は付き合って食べていたらしい。
武が「兄妹」で食べたかったのだろう。
そう慮っての事のようだ。
その割に蟹は国内で流通していない。
獲れるのが辺境にある北海の海で、しかも魔物が多い海だからなのか。
熱々の焼き蟹を齧りながら、キュっキュっと熱燗をいただいた。
俺があまり嬉しそうにしているので、みんなも笑っている。
ファルは俺の隣で和菓子を並べている。
レミも横目でそれをチラリと見ているが、カップケーキは絶対に外せないので、まずそっちに専念だ。
蟹味噌豆腐は美味かった。
若い頃は、よく日本海の蟹尽くしを食べにいったな。
蟹味噌豆腐は、そこで一番美味いメニューだったのだ。
体を壊した近年は、そういう所へも行っていなかったけど、あの味に全く劣らない物のように思う。
この異世界で、こんなにも美味い蟹味噌豆腐にありつけるなんて。
子供達には蟹チラシ寿司が大好評だった。
エミリオ殿下も蟹に夢中のようで、こいつも遺伝なのかねえ。
ハッと気がつくと、ケモミミ園の子供達も王族の人達も箸を自在に使いこなしていた。
い、いつのまに。
ふと後ろに何か気配を感じる。
この気配は!
振り向くと、そこにはドワーフの王、あの筋肉に溢れたハンニバル大王がいた。
なんで、そのような御方が学芸会にいらっしゃるものなのか。
まあ一応は招待してやったのである。
内陸国エルドアの筋肉達磨に、蟹の美味しさを教えてやろうかと思って。
しかし一向に返事が無かったので、てっきり来ないものと思っていたのだが。
「遅かったな。
どうせなら学芸会の劇も見にくれればよかったのに」
「学芸会とやらに酒は出るのか?」
ぐふっ、訊いた俺が馬鹿だったよ。
「年末年始は忙しいからな。
この時期ならまだ大丈夫だから、久しぶりにあちこちを見ながら走ってきたのだ」
……なぜ、ここまで走ってくるのか。
体力馬鹿のドワーフだからとしかいいようがない。
それにしても、仮にも一国の国王が騎士団も連れずに一人で他国までやってくるだなんて。
しかも徒歩で。
そういや、あの国の騎士団なんて見た事がないわ。
きっと騎士団が存在しないのだろう。
国王以下、国民皆兵ってか。
当然その先頭を切るのは、この筋肉大王様なの違いない。
きっとあの国じゃ誰も細かい事なんか気にしないんだな。
まあいいか。
第一、この筋肉達磨をどうにかしてやろうなどというアホがいるとは思えん。
そのような真似をしたら一体どうなるのか。
それは幼稚園児でもわかる結末なのだった。
そもそも、簡単にどうにか出来るような相手ではないのだから。
ドラゴンにだって無理だろう。
この筋肉達磨を見かけたら逃げ出す奴の方が圧倒的に多いはずだ。
それに年末年始は忙しいと言っていた理由もなんとなくわかってしまったし。
あれだな。
ほれ、日本と同じ理由なのだ。
特に酒絡みの関係で。
これだと師走ならぬ王走だな。
この字、なんて振り仮名を振ってやったらいいんだろうなあ。
語呂よく、おおわす? あるいはやっぱり王の字はそのまま読んで、おうわすか?
王国騎士団を見ると、皆一様に苦笑いしていた。
一応正式な国王であるこいつを呼んでおいたので、念のため今回はいつもよりも倍の人数の騎士が来ていたのだ。
とにかく奴には酒でも飲ませておく事にしよう。
それがドワーフに対する唯一の対処法だ。
という訳で、奴の前にあれこれと酒を並べてやる。
山本さんが係の者に仕込んだので、料理に合わせて色々な日本酒の燗を付けてくれる。
燗の付け方も、つまみに合わせてぬる燗にしてみたりとか、そういう通な感じで。
日本だったら、こんな事までしてくれる店に行ったら一体幾ら取られる事やら。
ドワーフ王を見ただけで、子供達が近隣のテーブルから退避していった。
酒臭いおっさん達の宴が始まるのを理解出来たのだろう。
ファルもしっかりと魔力をちゅうちゅうしてから、レミと一緒に行ってしまった。
寂しい。
まあ、今日は元々飲むつもりだったのでいいんだけどね。
何しろ、この世界における蟒蛇の代名詞であるドワーフ王を呼んだんだから。
騎士団は俺達を遠巻きにしながら見ているだけだ。
この二人ほど襲撃して割に合わないVIPもそうはいないだろうと、騎士団長もぼんやり考えていたらしい。
メインの護衛は王子や王女の為のものなのだ。
そしてとうとう、俺とハンニバル国王は鍋を始めてしまった。
だが奉行などどこにもいない。
とにかく具をぶち込んで食う! みたいな感じでやっている。
カレー鍋は結構気に入られたようだ。
熱い鍛冶場で働く連中だから、いい汗をかけるのがいいのかな?
そういう意味でキムチ鍋なんかも悪くはないが、俺はあれが苦手なので持ってきていないし作れない。
キムチ自体は嫌いじゃないのだが作った事もないしなあ。
発酵食品の製作は難しい。
納豆菌はどこにでもいるので、あれだけはさっと作れたが。
タイの辛いスープなんかも悪くない。
あれは人によって好みが別れるところで、俺も苦手な物がある。
タイ料理は基本的に好きなのだが、独特の野菜を使った物なんかや一部の味付けが少し苦手かな。
いつかドワーフの連中と一緒に闇鍋にチャレンジしてみたいもんだ。
きっと最高に盛り上がる事請け合いだ。
どうやら大王もポン酢は気に入ってくれたものらしい。
鍋には、やっぱりこれだよな。
そいつも奴が欲しがったので、大量の現物とレシピを渡してやった。
この王様、なんとアイテムボックスのスキル持ちなので、そこへ土産を突っ込んでいた。
「そういや、例の件なんだけれども」
「ん、ああ。あの話か。
わかった、預かろう」
珍しく、このドワーフ筋肉達磨がちゃんと覚えていた。
鍛冶の方も少し絡むからだろう。
まあいい。
クリスマス前の少しの時間を有意義に使おう。




