2-2 オリハルコン
異世界十一日目。
ついに念願の攻撃魔法を手に入れた。
バフ・デバフの魔法もあるし、回復魔法やポーションもある。
これで、この物騒な世界をかなり安全に過ごせるようになるはずだ。
ただ状態異常は計算に入っていなかった。
そいつを治療できる回復魔法は無いのだろうか。
当面はポーション頼みだな。
キャンセル・ポーションがある以上、おそらく状態異常の回復魔法もあるのではないかと思うのだが、案外と特殊な物で使い手が希少なのかもしれない。
本日も真っ先にギルドへと向かった。
実は掲示板にポーション納入のクエストがあったのを見つけたので、上級ヒールポーション二百本の納入を希望したからだ。
だが上級ヒールポーションを受付で渡したら、なんだか知らないが奥の部屋へ通されて待たされてしまった。
あれ。
なんだ?
しばらく待たされてから、少し凄みのある、もう四十歳くらいかなと思うような感じの漢がやってきた。
だが奴の眼には精悍な光が宿り、体は歳に似合わず緩みなど微塵も感じさせない。
この漢は間違いなく、ここのトップのような男だろう。
「あー、待たせたな。
俺はここのギルマスのアーモンだ。
単刀直入に聞くが、あのポーションはどこで手に入れた?」
「はあ?
ポーション納入のクエストを受けただけなんだが。
特にポーションのランク指定は無かったぞ。
なんで、そんな事に答えにゃならん?
俺は商人だ。
商人に貴重な商品の仕入先を吐けとは愚かな男だな。
冒険者の親玉っていうのは只の馬鹿なのか?」
「むう。
そういう問題ではない。
このポーションは、そうおいそれと作れるものではない。
それが何故こんなに纏まった量が出回る?」
「この程度の物がか?
こんなもの、せいぜいがところハイヒールの重ねがけ程度の効果しかないぞ。
そうたいしたもんじゃない。
話に聞いた上位回復魔法グレーターヒールに匹敵するわけでもない。
こいつがこの値段だなんて、ぼったくり価格もいいところだ。
それはそれで製作者の俺としては助かるのだがなあ。
あ、わかったぜ。
さては値崩れを恐れていやがるんだな?」
だが、ギルマスは天を仰いで言った。
「値段は下げない。
下げちゃいけないもんだからな。
お前……話が全然噛み合わんな」
「おい!
いいから、さっさと金を払え!
商人から商品を受け取って金も払わんとは、一体どういう了見だ!」
「話を聞くまでは払えん」
あのなあ、そんな事話せるもんか!
「ならポーションは返してもらおうか!」
「断る」
うぬう、会話は平行線でまったく埒が明かなかった。
まさか、ここで買った超高額な物品をスキルで勝手にコピーして、しかもここ相手に勝手に商売しようとしているとは、ここの親玉本人に向かって非常に言い辛いしな。
つうか、絶対に無理。
鑑定されてもバレないように少々細工はしておいたのだが、万が一それが法に触れていたりするとヤバイし。
まさかと思うが、ポーションに見えない魔法インクか何かでシリアルナンバーとかを打たれていたりはしないよな。
ラスベガスのカジノのトランプに描かれた透明のバーコードみたいによ。
只の小遣い稼ぎのつもりが、このようなトラブルに発展するとは思ってもいなかった。
ちょっと考えが甘かったかな。
かくなる上は証拠隠滅を図る他はない。
「そうか。
そっちがその気ならば」
俺はレーダーMAPでブツをサーチする。
おっと、俺が納入したポーションはあそこか。
俺は立ち上がってズンズンと歩いていく。
「待て、話は終っていないぞ!」
ギルマスの制止をガン無視して部屋を出ると加速魔法のファストを重ね掛けでかけて、凄まじいスピードでポーションの置き場へ行き、素早く全部収納してやった。
違法商品としての証拠品の、犯人側からの押収は無事に完了した。
「収納?」
その場にいた職員から驚きの声が上がった。
こいつはやはり希少なスキルらしいな。
「この取引は無しだ。
ギルドが代金を踏み倒すと宣言しやがった」
「え、誰がですか?」
「だから、ここのギルマスだよ」
それから、そいつを睨みつけながら付け加えた。
「王都冒険者ギルドのギルマスは盗賊だと、全ての商人の間に触れ回ってやる。
ふざけやがって、あの野郎!」
「待て、話を聞け」
そこへギルマスが追いついてきていた。
「聞く耳など無い!
まったく。
冒険者ギルドっていうところは、なんてところだ。
商人を舐めとるのか!」
俺を見送りながら顔を見合わせる職員達を尻目に、俺はぷりぷりと怒って冒険者ギルドから出ていく。
そして、そこからそう遠くない場所に店を構えた、大通りに面した立派な武器屋『ゴブソンの武器屋』の最奥にあるカウンター越しにそれを見ていた。
それは俺が初めて拝むオリハルコンの剣だった。
魔法金属オリハルコン。
だが、それはどうやら地球にもある『装飾用建材用途』としての、あの価格の安そうな古代アトランティス産である銅の合金らしい金属とは異なる物のようだった。
細身の剣だが美しい造形をしていて、山吹色に輝く刀身は素晴らしい存在感を放っていた。
値段の表示は無い。
何か珍しそうな宝石が嵌っており、そういう物に関してあまり知識のないこの俺にも凄い逸品なのがわかる。
俺の年齢相応に親父的な表現をするならば、逸品の一品といったところか。
ギルドを出て大通りを歩いていたら、いきなりくるりっと体が勝手に右へと回って、その店に向き直ったのだ。
その御蔭で大きくバランスを崩したので、傍から見ればかなり間抜けな格好に見えた事だろう。
まるで誰かに頭頂を押さえられて、そこを軸に体の向きを強引に変えられてしまったが如くに。
それはもちろん『俺の中のあいつ』、そうセブンスセンスたるイコマの仕業だ。
こういう、奴に勝手に体を動かされてしまう事は俺にはたまにある事なのだが、俺は迷わず店の中へ入ってみることにした。
きっとこれは必要な事なのだ。
そうしておかないと何かマズイ事になるのだろう。
ここ異世界では、それが命が関わる内容になるかもしれないのだ。
そこで見た物が物だしなあ。
そして、ついに出会った異世界産の魔法金属オリハルコン。
俺はそいつを鑑定してみた。
「オリハルコンの魔法剣。
嵌め込まれた魔石が魔力を増幅してくれる」
ほお、これはまた凄い代物だ。
こいつは是非とも欲しいな。
しかし見たところ売ってくれそうもない雰囲気だし、きっと手持ちの金じゃ足りないだろう。
金の問題だけなら、この場でコピーした金板とかで払ってもいいんだけどな。
これだけのものだと、さすがにコピーに時間かかるんじゃないか?
そういう事なので、少しミスリルで試してみる事にした。
アイテムボックス内にある自分のミスリルの剣を、今の俺のMPで瞬間的にコピーできるか。
ふう、出来たな。
これなら同じ魔法金属のオリハルコンでもやれるか?
試す価値はある。
なんとかあの剣を手に取ることが出来たら。
目視でもアイテムボックスに収納できるが、これだけのものを怪しがられずに瞬間にコピー出来るかわからない。
揉み上げから顎まで生やした髭面をした厳つそうな店の親父は、あのオリハルコンの剣から目を離さないだろうから、ちょっとでも不手際があるとマズイ事になる。
物が物だけに、うっかりとコピーに時間がかかってしまったりしたら、俺の碌でもない奸計がモロバレしてしまうわ。
という訳で交渉開始だ。
「なあ、親父さんよ。
ちょっとあのオリハルコンの剣を振らせてもらえないか」
「駄目だな」
親父に交渉をしてみたが、触るのは駄目だとにべもなく速攻で断られた。
「こいつは値段を付けられないような特別な代物だからな。
指一本でも触らせるわけにはいかない」
その割には堂々と飾ってあるんだな。
まあ商売に箔を付ける意味合いもあるんだろう。
ここはきっと一流の店なのだ。
俺は肩を竦めると、ミスリル剣を一本カウンターに出して親父に見せる。
「あれを触らせてくれたら、このミスリル剣をやるぜ」
こいつはポーションと同様に、ほんのちょっとだけコピー品に加工がしてある品だ。
そうすると「ミスリル剣コピー」が「アルフォンス作ミスリル剣」に変化する。
売り物は小細工しないとね。
コピーってなんだとか言われるとマズイ。
親父はその俺が差し出した剣を抜いて見定めてから、もう一度鞘に納めると、それから頻りと顎髭を弄っている。
「あんたに損はさせないよ?」
「まあいいだろう。
だが、おかしな真似はするなよ?」
「ああ、わかっている」
もちろん、おかしな真似はするけどな。
彼に損をさせる気もないが。
オリハルコンの剣を手に取り、後ろ向きに構えて親父から見えないように軽く鋭く振りながら、ほんの一瞬だけ収納して、その逸品を見事にコピーしてみせた。
親父のいるカウンターに向けて剣を振る馬鹿はいないので、それでも怪しまれないはずだ。
コピー成功だ!
ついにオリハルコンの素材を入手できた。
これなら親父の方から見れば振られた剣先がブレて見えるので、一瞬消えたように見えても目の錯覚だと思われる。
凄まじくMPを消費したが、バレないようにオリハルコンをコピー出来た。
親父には悪いと思ったのだが、きっと俺がオリハルコンを必要とするシーンがある。
あの剣に目が吸い付いて離れなかった。
それは自分の意思ではない。
これもセブンスセンスのせいだ。
『あいつ』がこうさせたのは、それが必ず必要な事だからなのだ。
後で地獄にて後悔するのはゴメンだ。
セブンスセンスに従わなかった場合の、「ここでオリハルコンを手に入れなかった事」へのペナルティについては考えたくない。
この世界ならば、それがマジで命に関わりそうだ。
ウインドウを出して、チラっとステータスを確認する。
コピーするのに要したMP消費は二千億MPくらい、いやもっといったか?
この剣に嵌められている魔石っていう奴が相当MPを食っている気がする。
「ほらよ。
返すぜ、ありがとう。
さすがにオリハルコンはいいもんだ。
こいつだけは是非自分の手に取ってみたかった。
滅多に拝めるもんじゃないしなあ。
ミスリルなんて、この俺ならばいくらでも手に入るが、これほどの名品はな」
そいつは嘘じゃあない。
そしてこれからはオリハルコンさえも、いくらでも手に入る。
「言うねえ。
ただ、お前さんの言うとおりだ。
手にするだけでもミスリル剣一本には匹敵するだろう。
いいさ、このミスリル剣は返そう」
「いいのかい?」
「ああ、別に剣を持たせただけだしな。
世の中、お前さんみたいに物の価値が分かる奴ばかりならいいんだが」
「じゃあ、これはありがたく返してもらっておこう」
そして、俺はニヤリと短く笑ってから言い放った。
「それで、親父。
ものは相談なんだが、よかったら、このミスリル剣を買わないか?」
親父は一瞬キョトンとしていたが、次の瞬間にその意味を理解して大爆笑した。
「はっはっはっ。
お前はいい商人になる。
気に入ったぞ。
そいつを買おうじゃないか」
「何本買う?」
そしてミスリル剣をズラっと並べてやったら、武器屋の親父は顔を引き攣らせた。
結局十本買ってくれたのだが、その後に真面目な顔付きで説教された。
「忠告しておいてやるが、例え持っていたとしても、これはそんなにゾロゾロと出していいもんじゃない。
特にこの王都っていうところじゃあな」
なるほど、わかった。
おかしな貴族や大商会に目をつけられて面倒な事になるんだろう。
まあオリハルコン無断コピーのほんのお詫びだ。
そいつでたんまりと儲けてくれよ。
「時に、上級ヒールポーションっていうのも、その類か?」
「そうだな。
あれもミスリル剣とまではいかんが、あんまりゾロゾロ出すのはやはり感心せん代物よ」
そうだったのか。
それでギルマスはあんな事を。
まあいいや。
めでたく白金貨百枚をゲットした。
これだけで金貨一万枚相当、つまり日本円にして百億円相当ってか。
まあこいつは大事に取っておこう。
今度金貨がいる時には、また金板でも売るか。
いや、色々と親切な親父で助かった。
ちなみに、この白金貨百枚でオリハルコンの魔法剣を売ってくれるか訊いてみたが、あっさりと首を横に振られた。
もっと高いのか?
それとも予約済みか?
あるいは訳有りなのか?
特にその理由は教えてくれなかった。
たぶん、知っていて当り前レベルの話だから。
あと四時間ほどでオリハルコンの剣一本分のMPが貯まる。
そうしたらMPがレベルアップだ。
オリハルコンも作り放題となる。
その間にぶらぶらとあたりを冷やかす。
MPが貯まったら、自動で剣を作成してレベルアップするようセットしてある。
ちょっと楽しいな。
しかし冒険者ギルドでのポーションの取引は惜しかった。
それなりの大金が手に入ったはずなのに。
日本円にして、ざっと二十億円といったところか。
まあ思わぬ取引でパンっと儲かったからいいけどね。
MPが貯まるまでの間は身体強化スキルのレベル上げに勤しんだ。
自分の体に強化をガンガンかけたり、手持ちの物品に強化をかけたりと。
これで、きっと魔物なんかにやられにくくなるはずだ。
身体強化がLv7に上がった時、HPもLv7に、そして二十万HPに上がった。
丁度その時、一緒にMPのレベルが上がり、八十八兆MP近くまでMPが増えた。
オリハルコン剣を増産しながら、出来た物に強化をかけていったら、すぐに身体強化Lv8となり、HPがLv8の五十万HPに上がった。
これも実は相当凄まじい数字だったのだが、その事に俺は全く気が付いていなかった。
そもそも、もっと大切な前提条件にすら気が付いていなかったのだ。




