19-1 エルフの想い
その日、アルスが俺のところへとやってきた。
「よお、アルフォンスの旦那。
実はエルフの代官さんがさあ、精霊の森へ行きたいんだってさ。
なんとか精霊の森の大神官ジョリーに話を付けてもらえないかな」
エロフもとい、エルフさんがやってきてから、ずっとエルフ新町(アルス命名)に篭っていた奴が、いきなりそのような話題を振って来た。
それに対して俺はこのような感想を求めていた。
「蟹、美味かった?」
見事に会話が成り立っていなかった。
まあこの辺は互いの持っている価値観の違いというものだ。
もう、あれからすっかり俺のハートを奪っていった蟹。
概ね、おチビ猫なんかも、その熱い気持ちは共有してくれていたのだ。
アルスは俺の感慨に対して、やや苦笑気味に流した。
「うん、美味かったよ。
また御願いね。
ところで、エルフさんの事なんだけどさ」
「わかった。
丁度、彼らにも蟹を持っていこうと思っていたところなんだ。
その話もその時にな」
「そうか、御願いね」
そこは突っ込まないアルス。
Sランクともなれば、無理無体を押し付けられるのは日常茶飯事。
もう慣れきっているのだ。
でもあいつ、何か様子が変なんだよな。
エルフの奴らも、なんかあれだしな。
千年前、そう暗黒の時代から変わりなく営みを続けているエルフ達。
そして今も代替わりした気配が無いらしい。
エルフの里の連中はどうなのだろうか。
いくらエルフが長生きとはいえ、あんなに生きるものなのか?
どいつもこいつも老いた気配の欠片さえない。
まるでファンタジー小説に出てくるハイエルフのようだ。
何か事情がありそうだな。
こいつはエルフの里の捜索もせねばならんのかもしれんなあ。
一応は魔法PCでMAP検索してみたのだが、案の定見つからないし。
後で、あちこちの生き証人を問い質すか。
そして……アルス。
あいつに関しては、ずっと引っかかっていた。
最初に会った時、そこは王都の入門審査待ちの列だった。
そして俺の後ろで一緒に三時間も大人しく並んでいた。
どこでもフリーパスであるはずのSランクなのに、あまりにも不審だろう。
それでも信じたのはアーモンの言葉のせいだけじゃない。
俺の心に、そして魂に響いた。
そして祖父から受け継いだ血の誇りと、そして俺が出会ったセブンスセンスに。
この男は信ずるに値する。
身体中の遺伝子、本能、あるいはそれ以上の何かが全身全霊でそう叫んでいた。
かつて日本でも似たようなセブンスセンスによる出会いをした体験はあったのだ。
ネットで物凄く評判の悪い奴で警戒していたのだが、セブンスセンスは合えと言った。
そうしたら実に気のいい奴で、結構長く付き合っていて、あちこち一緒に遊びに行ったよ。
まあ、俺が世捨て人になったので付き合いも終わってしまったが。
既に経験済み、だから今回も信じた。
だが、そのアルスの様子が変だというなら、きっと何か訳があるのだろう。
おそらく人には言えないような理由があるのだ。
無理に聞いたりはしないが、お前に助けがいるならいつでも頼ってくれ。
だって俺は園長先生なんだからな。
そして俺は御山へ向かった。
そこには気合に満ちた感じの老竜バルドスがいた。
上半身裸で何か修行中というか鍛錬中というか。
だが、この爺のこんなに真剣な姿は見た事がない。
こいつは何かあったのか⁉
「はあ~~~っ!」
「おじいちゃん、格好いいー」
何のことはない。
この爺が猫可愛がり、いや竜可愛がりな孫娘のジェニーが一緒にいたのだ。
ちょっと馬鹿馬鹿しくなって、俺は回れ右して帰ろうとしたのだが呼び止めた奴がいる。
「おお! アルではないか。
久しいな」
やっぱり、なんか馬鹿馬鹿しくなってきたな。
御爺ちゃんの知恵袋を当てにしてくると、大体いつもこれだわ。
五千年も生きといて何が久しいだ。
そんな殊勝な事、欠片も思っていないだろうに。
「なあ、バルドス。
エルフの事を教えてくれないか」
「むう、あやつらか。
不憫にのう」
バルドスの話してくれたところによると、エルフさんは元々、本来なら長生きしてもせいぜい数百年なのだという。
元々精霊が具現化したものが受肉し、エルフの祖になったと言われる。
だからエルフだけが精霊魔法を使える。
人のように自分の器、魔力量に縛られず、精霊から借りられる分の力を精霊魔法として借りられる。
エルフだけが精霊から魔力の対価を要求されない。
元は同じ存在であったものなので。
精霊は世界を巡る力のようなもの。
精霊は個であり、また全体で世界の中の一つの法則のようなもの。
俺が世界中継で魔力を注いだ時も、そういった種族特性からああなった。
普段は魔素からチビチビと力を吸い上げているが、大きな魔力には誘蛾灯のように吸い寄せられてしまう。
それは抗う事の出来ぬ精霊の本能。
精霊魔法は俺にも使えない。
魔力を対価に借りてくるだけだ。
人間で、そういう形であっても精霊魔法を使えるのは精霊の加護持ちだけだし、そのような者は滅多にいない。
むやみに動物に好かれる人なんかがいるが、それの精霊版という訳だ。
俺は特に悪しき者ではないし、豊富過ぎる魔力があるしな。
セブンスセンスの影響もあるのだろう。
俺も精霊の加護を持ってはいるが、あれは「対価と引き換えだよ」みたいなビジネスライクな物だ。
どうやらエルフ達とは契約内容が違うようだ。
忌々しい事に、俺は自力で精霊魔法を使えないようだ。
精霊も案外とちゃっかりしていやがる。
精霊に好かれるのに特に理由は無いため、故意にそうなる事は出来ない。
そうなるのは大概は心が綺麗な人間だ。
心が穢れると精霊が見えなくなる。
だが精霊が一度愛した人間から離れることはない。
加護を与えた人間から離れたくなくて人の世に留まり、肉の身を受けたものがエルフの祖であるという説もある。
最早エルフ自身さえも真実は知らぬらしいのだが。
そうであるが故、エルフは元々ファルスの守護の力を受けていたが、ファルスが不在の時代に入ったため、エルフに伝わる禁断の物である魔晶石を取り込んだ。
かつてエルフの賢者が作り出したそれにより、多くの者が人工的なハイエルフと化した。
彼らも見かけは普通のエルフと変わらないらしいが、その御蔭で帝国に殺されずに済んだのだ。
ハイエルフにならなかった者も、普通のエルフに比べて異様に寿命は延びたが、ハイエルフ同様に子孫を残す力を失った。
ハイエルフにならなかった者達は、既に寿命が尽きて天寿を全うしたはずだ。
全てのエルフが魔晶石を使ったわけではない。
残りの者はかろうじて精霊の力を借りつつ大森林の中で生き延びた。
それがエルフの里であった。
今ではその所在地も皆目不明だ。
禁断の力に手を染めた彼らを、里の者は穢れし者と呼び忌み嫌った。
帝国はハイエルフを捕らえ、幾多のハイエルフの犠牲のもとに魔晶石の抽出に成功した。
帝国がハイエルフと認識する個体は、全てその実験で消滅した。
魔晶石は全部で三個しかなかった。
その一つは量産実験に消費された。
ハイエルフを見つけるために帝国は徹底的にエルフを狩った。
幸いにして普通のエルフからも魔晶石が取れる事は、帝国にばれていなかった。
捕らえられたハイエルフ以外のエルフは愛玩用として貴族達に販売された。
魔法は奴隷紋により封じられ、彼らエルフは抗う力も持たなかった。
帝国内のダンジョンで実験中に強烈なスタンピードを引き起こし、とてつもない大被害をもたらしたので、以後は魔晶石も、それから作られた量産品の魔素集積石も含めて宝物庫の持ち出し禁止区画に入れられたままであったのだ。
あのパルミア家の悲劇までは。
長らくの間、身も心も蹂躙され、里に帰る事も叶わぬ救われない彼らが自由の身になって考えた事は「ファルス」に会いたいという想いだろう。
ただ、それだけなのであったものらしい。
精霊上がりの種族である彼らの魂の拠り所、それは精霊の里にいるファルの母親の事だ。
ファルもファルスなのだが、彼らが会いたいと渇望してやまなかったのは、あのアルファと呼ばれたレインの事なのだ。
あっちゃあ。
それじゃあしょうがない。
彼らを精霊の森へ連れていくとするか。
今度行く時は、王都の王女様関係をメインでと思っていたのだが。




