17-10 講和
ハイドやサイラスの軍勢は世間の目を眩ますための、ただの囮だった。
王国連合軍で事に当たると見せかけて、実際にはアルバトロス王国の軍さえ戦わないという。
これは俺と王家が打ち合わせを始めた当初から決まっていた事だった。
普通の国ならば、手柄の欲しい軍の連中が騒ぎそうなもんだが、この国では不思議とそうならない。
連合軍の存在は「帝国の奇襲はバレているぞ」という、帝国に対する軽いメッセージの意味合いもあったのだが、大方の予想通り皇子には伝わってない。
というか、知ろうともしないレベルだったらしい。
帝国でも情報を掴んでいて、それがわかっている連中もいたらしいのだが、あの皇子に具申すれば逆鱗に触れるだけだと思ったのだろう。
奇襲により戦端を開く事は、もう奴が決定した事項なのだから。
国内の政治的な理由のみによって真冬の厳冬季に戦争を行うという、有り得ないような作戦を取ったのだ。
この糞寒い中、寒風吹きすさぶ大河越えまでやって御苦労様なこった。
中には途中でひっくり返ってしまったり魔物に襲われてしまった不運な奴だっているだろうな。
その挙句に、この冬の真っ最中に寒風吹きすさぶ荒野にて裸で転がされる羽目になったのだから目も当てられない。
あの馬鹿な第二皇子の御蔭で、あの俊英たるミハエルさえも困惑し混乱していた。
そのせいで俺が帝国へ行く破目になり、そこで同じ日本人の山本さんと出会うという数奇な邂逅を得た。
またアルバトロス側からすれば、複数国家による連合軍を組み実際に軍勢を動かした事で、今後の他国への牽制という意味もある。
あの大酒飲みのドワーフ王のところのエルドア王国がこっちについてくれた御蔭で、地理的に他の国はそう簡単にちょっかいはかけてこれないはずなのだが。
まあ、いつまでもそうとは限らないのではあるが、俺が生きている間くらいはエルドア王国ともいい関係が保てそうな按排だ。
ザイードのエクード太子はやりたい放題にやっていたらしい。
帝国の主力は反対側のアルバトロス王国方面にいて、あちらへ来れないので、いつもの仕返しだと言わんばかりに。
ロス大陸にある九か国のうち、今回の騒動に関わらなかった残りの三か国はアルバトロス王国とは地理的に真反対だから、とりあえずはいいだろう。
そのあたりの国とは特に仲も悪くないようだ。
距離が遠いからな。
その中に厄介者の国が一国あるらしいのだが、今は特にどうこう言う事もないようだ。
う、そういえば一匹忘れていた奴がいる。
あの馬鹿公爵は一体どうなったんだろうな。
俺は寝込んでいたので、あんな奴の事はすっかり忘れていた。
俺はあれから熱を出して三日ほど完璧に寝込んでいたのだ。
世の中ではよくあるパターンなのだが、そこまでの惨事は俺も生まれて初めてやったよ。
そして寝ている間に、俺のSSSランクへの昇格が決まっていた。
あと名誉公爵位と『皇子殺し』の称号が与えられた。
そんな称号って正式に王国から授与されるようなものなのか?
まだ体がしっくりと来ないので寝ていたのだが、レミやファルがくっついて離れない。
他の子もしょっちゅう、ちょろちょろしに来ていた。
レミはいつも抱えていたんで、なんとなくテレパシーが飛んでしまったかな。
そういえば日本にいた頃に、こんな事があったのを思い出す。
小学校へ上がる前の甥っ子が家へ遊びに来ていたのだ。
非常に素直で決断が早くて、一切の迷いなく常にストレートな行動に出る子だった。
その子はTVゲームをしていて、ゲームのキャラに名前をつけようとしてしていた。
俺はマッサージ機にかかりながら、ぼんやりと考えていた。
俺なら、あの空を歩く人が主役の映画に出てくる二人組のロボットのずんぐりチビな方かな? とか考えていたら、甥っ子がまさにその名前を打ち込んだ。
そして彼が放った一言。
「あれえ、なんでこんな名前にしちゃったんだろう」
俺は思わず、くすっと笑ってしまう。
また、素直で小さな子供にテレパシーが飛んじまったのかなあ。
ありがとうよ、レミ。
おチビ猫の可愛らしいミミをじゃらしながら、そんな事を考えていた。
タヌキ、もといアルバトロス王国駐ベルンシュタイン大使マリウス伯爵は、軟禁から開放された皇太子ドランに対して戦後処理の交渉に入っていた。
皇太子は言い訳一つ出来ない状況で敗戦を受け入れた。
黒幕以外は殺さずに遺恨は殆ど避けたので、帝国サイドも敗北の受け入れは難くないだろう。
むしろ皇太子にとっては、厄介者が消えて復権出来たので福音であるとさえも言える。
戦線布告なき侵攻作戦、そして三万人の捕虜。
あと、うち預かりの五十万人の兵員がいた。
「あの兵士達は、素っ裸で縛り上げられて荒野に放り出されたままなので、どういたしますか。
水も食い物も与えられずに糞尿垂れ流し状態で手のつけようがない。
彼らを倒して捕縛した、件のグランバースト公爵が意識不明の重態なので」
大使からそれを聞いて貴公子然とした皇太子も、さすがに苦い顔で言ったそうだ。
「五十万人もの兵を衰弱死させるのはやめてくれ。
十分な賠償金も払う。
身代金込みでだ」
そして国王陛下から頼まれた真理が、サブマスター権限でゴーレムを駆使し、五十万人の兵を帝国へ送りつけた。
その際に服とかを返すのをうっかり忘れていて、また裸のままで寒空に放り出したという。
それは、うっかりじゃなくて絶対に真理が怒っているからだろうと思ったが。
武の子孫にあれだけ喧嘩を売っておいて、その上俺まで大怪我を負って寝込んでいたからな。
あれで真理が怒らないわけがない。
彼女は本当に人間臭い。
あれが人工的に作られた魔法人形だなんて、彼女の正体を知る人ですら絶対に信じられない。
結局アルバトロス王国としては、諸条件でかなり御得にまとめられたようだ。
協力してくれた国の分もきちんと取り立てた。
軍を動かしたんだから、戦争はしなくたって金はかかっているんだからな。
また世界中継をやっておいたので、そうそう帝国もおかしな真似は出来ないだろうし。
後は俺の権利を色々と残しておいてくれたらしい。
散々喧嘩を売られて、終いには大怪我まで負ったのだ。
その権利は大いに行使させていただくとしよう。
あの時、咄嗟に躱せていなかったら、俺は確実に心臓をぶち抜かれていたはずだ。
まあ、そういう事は俺にはよくある事だ。
車を運転していて、危ない車が急に出てくると何故かその前にアクセルを離していて、ブレーキの方に足を乗せようかという体勢に入っている。
そういう時はアクセルワークだけで、ほぼ完全に事故を回避出来ているのだ。
多分いつものそれが出て、マイクロセコンドレベルで無意識にもう事前に避ける態勢に入っていたのだろう。
きっとセブンスセンスの奴が勝手に俺の体を動かしてくれていたのに違いない。
いやあ、セブンスセンス持ちで命拾いした。
それですら、この酷い有様だがな。
それほどの大ピンチだった。
しかし、強力な魔法が使えるからといって近接の訓練や戦闘を避けていたら、体が上手く動かずに今回は確実に死んでいただろう。
「近接でくたばる魔法使いなんざ枚挙に暇がねえ」
ギルマスアーモンの言葉が鮮やかに脳裡に蘇る。
また精進しておかないとな。
さて、これから帝国には何を要求してやろうかな。
もちろん蟹だけは絶対に外せないぜ。
>水も食い物も与えられずに糞尿垂れ流し状態で、手のつけようがない。
リクエスト? にお応えして書いてしまいました。
飯時アップなのに、御免なさい。




