17-7 精霊達の射撃
そんなこんなで、俺もここ数日は精霊どもの訓練とバランの監視にあけくれた。
多分Xデーは皇帝が亡くなった時だろう。
時折、監視カメラで見てみるのだが、皇帝の容態はもういつ亡くなってもおかしくないような感じだ。
俺も神経質になって状況を監視しては、逐一ミハエル殿下に報告しておいた。
そっちの話は彼に御任せだ。
俺はあの危険な男バランをなんとしても開戦前に、出来得るならば、ひっそりと始末しないといけない。
そうしないと奴は俺のところへ来る。
あの危険な男がケモミミ園の子供達のところへと。
アルバトロス王国もさりげなく兵士を西へ配置してある。
両国が御互いに化かし合いをしているような状態だ。
他の連合国も情報を共有し、軍も出動態勢が整っている。
敵の間諜も状況を把握している事だろう。
そんな、まさに一触即発というような時の事だった。
あのバランが動いたのだ。
何故だかわからない。
あの用心深い男が帝都を離れ、郊外へ一人で向かったのだ。
俺はパイロットの精霊達を衛星ごとガラスの園に転移させて急ぎ呼び寄せた。
あいつらは衛星ユニットの中に、ずっと待機させてあるのだ。
魔力は食い放題にしているので、放っておいても衛星から離れないのだが。
他の関係ない奴らも、ちゃっかりと衛星にくっついていたのは御愛嬌だ。
今回は俺から来た仕事の依頼なので、ちょっとくらいヤンチャをしてもジェシカに怒られないと踏んでいるらしい。
ジェシカも今回は俺からの精霊使用料と訓練料が入るので、精霊どもの事をそう無碍にはしていない。
早速、衛星を一機打ち上げて偵察した。
精霊の力で凄まじくリアルな映像が、幻想的なガラスの園の天空にて大写しになる。
そこは……御墓だった。
誰にでも大切なものはある。
そこは開けた場所で何の遮蔽物もない、そんな場所だった。
ただ一柱、ポツンと建てられた粗末な墓があるのみの。
そこに花束を持って、少しうなだれ加減で静かに立ち尽くすバランがいた。
その墓を見下ろしている表情は上からは見えない。
俺は迷わず衛星を全機転移魔法で打ち上げた。
奴にその気配を気取られぬように、一旦遙か西へと転移させてから打ち上げる。
そして気配を完全に殺させて、一気に奴の上空へと高速移動させる。
その辺りの神がかり的な芸当なら精霊に敵う者はいないのではないか。
「撃て」
俺は迷わずバランを殺しにかかった。
卑怯だなんて言っている余裕は、俺にはなかった。
もうすぐ開戦なのだ。
だから、ここしかない。
この男をひっそりと殺せるのは、ここしかない。
迷わずいった。
開戦前に、おおっぴらにはやれない。
探知されてしまうほど強力な魔法なんか使えない。
だから狙撃した。
上空五百キロメートル。
決して奴には手を出せない、その天界にも似た、天空の高みである宇宙空間から。
精霊魔法衛星砲。
こいつは広大な破壊力は持たないのだが、超精密射撃で高速連打出来る貫通力に優れた魔法を打ち出す圧倒的な卑怯技だ。
これはオリハルコンもバリヤーもシールドも魔道鎧も、その全てを貫通する。
砲といいながら、不可視のニードルビームと言ったほうがいいかもしれない。
精霊の力を、そういう風に使えるように調整できる武器なのだ。
精霊魔法を無造作に借りてこれる俺だからこそ開発出来たといっても過言ではない代物だ。
バラン一人を暗殺する、ただそのためだけに。
この精霊魔法衛星砲は、ただでさえ察知が困難な精霊魔法が針の細さの鉄槌となる。
その存在さえ知らずに、これを察知出来る人間はまずいない。
セブンスセンス持ちのような人間でさえ、そいつを自分自身に向けられなければわからないだろう。
ただセブンスセンスを持った人間ならば、今この時にこんなところへのこのことやってきてはいないだろう。
『そこに居なければどうという事はない』
セブンスセンス持ちは、そういう弾の避け方をする人種なので。
無自覚のままでさえ余裕で避ける。
やはり、こいつが持っている能力はセブンスセンスなどではない。
そうであるならば、今ここに居るはずなんてないのだから。
逆に、むしろそれが俺にとっては体の芯から震えるほど恐ろしい。
『あの加護』を持たずに、このレベルの力を持つ人間なのだと⁉
おまけに、その二つ名持ちであるSランク冒険者としての能力全般ときた日には。
こいつは、ここで絶対に倒しておかねばならない。
帝国領土内にて、でかいのを食らわせたら帝国にバレる。
開戦前にそれを帝国内でやるわけにはいかないが、ひっそりと静やかに撃ち殺すだけなら。
抜かったな、バラン。
知将バラン、叡智の殺戮者と呼ばれたという、お前ともあろう者が。
開戦前に、こんな開けた何の遮蔽物もない場所へ、たった一人でのこのこやって来るだなんて。
『鼠』は今も寸刻の間も欠かさずに、お前の事を見張り続けているのだから。
俺は時にはトイレに行く事さえ憚って大小漏らしながらお前を見張っていた事さえあるんだぜ。
あ、今がまさにそうだったわ。
だが精霊達の照準が定まった刹那、バランの野郎はとっさに上を見た。
それと同時に手にした花束を、墓の方へと華麗な手付きで投げ捨てて、その場で理由もなく飛んだ。
軽やかな一挙動は優雅にさえ見える。
奴の足元を魔力の弾が虚しく抉る。
ちっ、やっぱりこの有り得ないような奇襲の初撃をあっさりと避けやがるのか、この化け物め。
本来なら、こんな自分が想像すら出来ないような物を避けるなんて奇跡は絶対にありえねえだろうが。
この世界には存在しない『衛星兵器』という概念に、こうも見事に対応して生き延びちまうだなんて。
野郎、一体どんな反則をしていやがるのだ。
だが、どれだけ避けようとも無駄だ。
お前の大切な人と一緒に、そこで眠らせてやろう。
手向けの花束も自分で用意出来ているみたいだしな。
人間業ではない避け方でバランは砲撃を躱していくが、その先にも次々と容赦なく射線が撃ち込まれる。
奴もそれをも信じられない挙動で躱すのだが、こっちだって撃っている奴は人間じゃないのだ。
やはり精霊を使って大正解だった。
今の俺のゴーレムの性能だと、こいつを絶対に仕留め切れない。
精霊達はテレビゲームの如くに、競って死の霊線を撃ち込んでいく。
どうあがいても人間にはありえないような射撃能力だった。
上空五百キロメートルの高さから、地上の蟻のようにしか見えないはずの敵をリアルタイムで完全にロスタイム無しで索敵出来る。
それをTVゲームの画面の如く見ることが出来、どんな挙動に対しても有り得ない速度で照準を合わせていける、文字通りの人外の技だ。
多分、俺でも転移しないと逃げ切れない。
奴ら独特の精霊魔法で転移を防がれたら、俺でさえ打つ手が無いかもしれない。
あいつらって、あれこれと結界を張るのは超得意だからなあ。
まあ衛星そのものを、自動追尾のレーザーのような魔法で打ち落とすという手もあるが、実際にやって通じるかどうかは自信がない。
それすらも魔法で防がれてしまうかもしれないし。
こいつらが味方で本当によかった。
精霊の加護はやっぱり大事にしよう。
そして、さしものバランもついに躱しきれない。
何をされているのかもわからないだろう。
シールドは展開していない。
魔力を全て逃走の手段に注ぎ込んでいるのだろう。
おそらく物理シールドやマジックシールドなどは展開するだけ無駄である事を察知しているのだ。
賢い。
正解だ。
でも死んでくれ。
そして、奴もとうとう捕まった。
わかる。
チェックメイトの瞬間が。
離れた場所から映像を見ているだけの俺に。
それが起きる前に、理屈でなくわかる。
そこだと。
次だと。
次で終わる。
きっと、もしこれが狙われているのが自分でも、最期の刻がわかるのかもな。
ただし、俺の場合は『その状況自体を事前に回避』している事だろう。
無意識でも、それが可能な能力なのだ。
セブンスセンスとは、そういうものなので。
盗賊の襲撃を食らった時なんかは、おそらく敢えてあの場にいたのだ。
そしてセブンスセンスは警報をセットしないまま俺を眠らせた。
逆に必要な時には、ふっという感じに起こしてくれる事もある。
きっと街へ入る手段を獲得するために、そのようにしたのだ。
とっさに奴は自慢のスキルらしい灼熱の鎧で身を包み、その攻撃を弾こうとしたのだが、それはあっさりとそいつを貫通した。
バランは一瞬信じられない、というような顔をしていた。
そのまま奴は動きを止めたが、次の瞬間にくるりと回って倒れた。
どてっぱらに大きな穴を開けられて、奴は荒い息を吐いている。
内臓は完全に破壊され、着弾の衝撃で全身の神経もズグズグな状態なのではないか。
まだ生きているのが不思議なくらいだ。
流石の奴も、もう僅かに動く事も出来まい。
そこから溢れかえる大量の液体は、奴の残りの命灯を示すローソクの短さを示していた。
極細のニードルビームとはいえ、これは無防備な人体が一発食らえばダメージはでかい。
一般人が、超音速戦闘機の放つ強烈無比な二段速度を纏った機関砲弾を食らった状態に近いダメージだ。
即死していないのは、さすがはSランク冒険者だけの事はあると褒めておこう。
奴は回復魔法を唱え、更に最後の力を振り絞ってポーションを使ったが傷は修復されない。
そこで博識な奴もやっと悟ったようだ。
精霊の攻撃は、ある意味で呪いに近い。
精霊の力は味方に対しては祝福となり、敵対するものに対しては呪いにも等しい効果がある。
つまり、精霊魔王と呼ばれる俺が攻撃しているのだと理解したのだ。
奴らが信奉するレインボーファルスを攻撃してくる憎き敵であるバランに対し、精霊共は慈悲など欠片も持ち合わせていないだろう。
俺も必ず仕留めろと命じてある。
「やれ」
俺は躊躇いなく命じた。
同じく精霊達にも躊躇いなんて一切ない。
普通の防御など物理・魔法一切関係なく貫く、精霊魔法の魔力の砲弾が十機の衛星ユニットから雨のように降り注いで、バランの体を粉々にしていった。
ここで何があったのか、もはやこの世界で知る者さえいないだろう。
その痕跡はあまりにも僅かだ。
その超空からの痛烈な射撃が止んだ時、伝説の冒険者「灼熱のバラン」と呼ばれた男の姿は、もうどこにもなかった。




