11 戦い終わって
「おっさんのリメイク冒険日記」コミカライズ11巻、好評発売中です。
コミカライズ連載サイト
https://comic-boost.com/content/00320001
コミックス紹介ページ
https://www.gentosha-comics.net/book/b518120.html
「ねえ、ローリーさん」
「ん?」
会話をしている相手からは、あまり気乗りのしなそうな生返事が返ってきた。
意識は目の前の昭二が作ってくれた和風のツマミに持っていかれている。
それは酒ばかり飲んでいるブラウン伯の身を案じて、せめてツマミと一緒に飲ませようとして昭二が作ってきたものだった。
「最近、夜中にやたらと煩かったのですが、また静かになりましたね」
昭二には、何か『腹鼓』のようにポンポンいうような音が聞こえていたような気がしたのだが、さすがに気のせいだろうと思い直した。
いくらなんでも郷里の伝説にあるようなそんな話がこの異世界にある訳がないのだから。
もしかしたら軽いホームシックにかかっているのかなと気になってはいたのだ。
それは別に気のせいでも何でもないのだが、昭二にかかればこんなものであった。
「あ、ああ。そうだったかな。
酔って寝てしまっていたので気が付かなかったな。
それよりも、この肉じゃがという奴は美味いなあ」
「あはは、これは日本でも人気の料理ですよ」
なんと彼は自力で醤油っぽい物の開発に成功していたようだ。
その他の和風調味料も開発済みだ。
それも実は狸どもが妖術で手助けしてくれていたのだが、例によってまったく気付いていない。
狸どもも、後で自分達も彼が作ってくれる稀人料理の御相伴に与ろうと思っているだけなのだ。
あのベッケンハイムの一団からは身包み剥いでやったので、親玉が大枚持っていたその金で酒やツマミは結構自分達で調達していた。
だが刑部としては、やはり昭二の作ってくれる飯の美味さが忘れられないのであった。
(やれやれ、こいつら本当に暢気だな。
まあ昭二の奴に何事もなくて良かった事だ)
そうこうして、また幾らかの月日が過ぎた。
あれ以来賊はやってこないものの、鬱屈した状況は変わらない。
相変わらずユキトウなどの商売は無事に出来ているものの、貴族社会においては村八分になってしまっている。
それに関してはベッケンハイムからの報復というか、腹いせというか、そういう形になってしまっているのでどうしようもない。
まあ、狸どもの御蔭でこのブラウン伯爵家も昭二も無事だったのであるが。
だがブラウン伯爵は益々酒浸りの生活となっていった。
そして、ある日の事だった。
門や玄関方面から凄まじい爆発音と衝撃が伝わった。
夢現だったブラウン伯はよく認識していなかったようだが、作業場で新作御菓子製作に勤しんでいた昭二は、材料がこぼれてしまいそうだったので、おっとっとという感じに押さえていた。
「ありゃあ、今のは何の音だったんだろう。
特に何もなければいいんだが」
だが、しばらくしてからそこへブラウン伯が客を連れてやってきた。
そして刑部にはわかっていた。
そいつが何なのか。
(おひょっ。
こいつはまた面白い奴がやってきたもんだ。
何だ、この金色の強烈な放射は。
これが濃密な魔力放射という奴か。
こいつが動く度に、その放射が生き物のように揺らめき、まるで全身に蠢く金色の蛇を纏わせているかのようだ。
魔力放射の雰囲気からして、こやつはどうやら悪しき者ではなさそうだな。
それに、この黒髪の人間は。
昭二の馬鹿め、まったく気が付いていないようなのだが。
相変わらずの暢気ぶりだのう)
そして彼は名乗ったのであった。
井上隆祐という日本人の名を。
その男から日本語で話しかけられて、しばし固まってしまっている昭二を見て、呆れたようにしていた刑部であったが、まあ良しとした。
ここではベッケンハイムを恐れて、ほぼ自宅軟禁状態になってしまっている。
これで少しは風向きが変わるのではないかと。
あの客人は刑部の見たところでは、かなりの強者であるようだ。
それに他国の人間のようなので、彼についていけば昭二もベッケンハイムとは縁が切れるであろう。
ここにいると、またいずれちょっかいをかけてきかねない。
当然、狸一派も昭二と一緒についていく訳なのだが、残されたブラウン伯の事が気になった。
ベッケンハイムの狙いはユキトウとそれを作る菓子職人である昭二なのだから、もう昭二がいなくなればブラウン伯に手を出される心配はないと思うのだが、念のため配下の狸を一匹置いておくことにした。
狸が一匹いれば、そこへ残りの八百八狸軍団で押し寄せる事が可能なのだ。
それは魔物などとは根本的に在り方が異なる妖怪だからこそ成り立つ技なのであった。
何気に受けた恩は忘れないイヌ科の妖怪なのである。
そして行った先は、なんというか刑部好みの『楽しい場所』なのであった。
だが昭二の影の中で厨房からくすねてきたり買い込んできたりしたツマミや酒で陽気に宴会を開いていたところ、背後から声をかけられた。
「ねえ」
「な! だ、誰だ~。
何故、ここに入ってこれたーっ」
不意討ちに驚いた狸どもが右往左往する中で、彼女は言った。
「やあ、ファルだよ。
おじちゃん達は誰?
なんで山本さんの影の中にいるのー。
おじちゃん達って人間の言葉をしゃべっているけど人間じゃあないよね。
獣人さんには見えないし」
泡を食って、園長先生製作の一升瓶を抱えながら刑部も訊き返す。
「そういうお前は一体!?」
「ああ、あたしはレインボーファルス。
なんていうか、神様の御使いみたいなものかな」
「はあ、そういう者だったのか。
なら、ここへ入ってこれるのも道理か」
「おじちゃん達って、この世界の者じゃないよね。
あたしにはわかるの。
この星は、この世界に生まれる全ての命は、いずれあたしの管轄になるのだから」
「ひゅう、嬢ちゃんは大物なんだねえ。
そうさ、俺達は日本から来た妖怪さ。
まあ妖怪って言ってもわからんかもしれんが」
だがファルはピョンピョン跳びながら、大はしゃぎで答えた。
「うーうん。
知ってるよ、アニメで見たもーん。
おいちゃん達ってもしかして、あの有名な八百八狸さん?
ひょっとして四国から山本さんについてきちゃったの?」
「ああ、そうや。
ほお、よく知っとるのお。
賢い賢い。
あ、他の人には内緒にしておいてな」
「へえ、なんで?」
「妖怪っちゅうもんはな、そうやって人に知られずひっそりと暮らしていくもんなんや。
とりあえず、縁を結んだ昭二を護りながら一緒に過ごそうと思っとる。
あいつも、こんな事になっていると知ったらびっくりするやろう」
「あはは、そうかもね。
じゃあ、皆には内緒という事で。
ファルは遊びに来てもいい?」
「ああ、いいとも。
宴は賑やかな方がええ」
「では歓迎の挨拶として腹鼓でも。
では皆の衆、よろしいかな」
「ええでえ」
「よし、御客人がおるんや。一世一代の名演奏を聞かせたろやないか」
そして異界の神の御使いを歓迎するために、妖怪腹鼓オーケストラが鳴り響いたのであった。
一部、箸で皿を叩いたり、コップを叩いたりしている奴がいるのは御愛敬である。
そして返礼として祝福の歌「フィーア・ルゥーア・オースリー」が歌われて、よしよしをされた狸どももフニャフニャに蕩けたのであった。




