10 御大出陣
その後、ブラウン伯爵邸へおかしなちょっかいをかけてくる連中はいなくなった。
なんというか、もう仕事の引き受け手が完全にいなくなってしまったので。
公爵家の人間も、きちんと報告をしたのであったが、それが余計にベッケンハイムを怒らせた。
「貴様、夢でも見ていたのではないか。
そんな化け物どもが帝都のど真ん中に湧く訳がなかろう」
「え、ええ。
それはそうなのですがね、まあその……」
自分だって、この目で見たのでなければ絶対に信じないだろう。
とんでもない与太話であると笑い飛ばすはずだ。
とはいうものの、立場上言い訳をしない訳にもいかない。
そして盗賊ギルドからも、もう自分達の手には負えないと通告してきた。
比較的精鋭だったあの連中が廃人同様となった有様を見て、独自に監視を付けていた組織も諦めたのだ。
これは彼らのような組織の性格上、本来ならば絶対に有り得ない話なのだが、それがベッケンハイムに突き付けられた現実なのであった。
かくなる上は。
「そのう……なんでしたら御館様が御自分の目で御覧になりますか?」
「ふん、いいだろう。
どうせ、たいした事のない話に決まっている。
なんだったら、この儂自身が乗り込んで菓子職人を引っ張り出してやろう」
それを聞いて使用人の男は首を左右に振った。
そんな真似は貴族の世界では絶対にやってはならない事なので。
だが、この主ならば本当にそれをやって、それを強引に正当な物として押し通してしまいそうなほど、彼は精神に狂気を孕んでいたのであった。
しかし、それでも男には結果がわかっていた。
そのような主の蛮行など決して成就しないだろう事が。
その晩、浮かない顔をした公爵家騎士団に付き添われ、ブラウン伯爵邸へ乗り付けたベッケンハイム公爵は馬車から意気揚々と降り立った。
そして瞬刻の間も置かずに始まる歓迎のセレモニー。
「おい、どうやら今夜は連中の親玉が来ているらしいのう。
ここは一つ腕の見せ所じゃい」
「はっはあ。
こいつを念入りにしばいておけば、もう誰もここへやってこんという訳じゃな」
「ま、そういうこっちゃい」
そして夜霧の中でニヤニヤしながら出待ちしている隠神刑部と八百八狸の軍勢。
そうとは知らずに「お、霧が出た出た。話の通りじゃ」などと言って喜んでいる大馬鹿者が約一名いた。
ポンポンポンと軽快に始まる腹鼓、そして「よーーーっ」っという感じに入る合いの手。
「幽世のー」
「音に聞こえた大妖怪」
「異現世に現れ大暴れー」
「四国に名高い大狸」
「隠神刑部と八百八狸がー」
「何の御縁か異世界へ」
「報恩と義理に報いんと」
「今宵参上仕る」
異世界言語のスキルを通さずに日本語で言われているので意味はわからないのだが、その不思議な調子に一行は感じ入る物があったようで、騎士団は既に抜剣していた。
だがベッケンハイムは動じない。
「おのれ、何奴儕かは知らぬが、この儂をたばかるでない。
どうせ何かの術で脅かしているだけなのだろう。
出てこい。
そして正体を見せるがよい。
この儂が貴様らの化けの皮を剥がしてやろう」
たいした度胸であった。
只の怖い物知らずに過ぎないのだが、見事に実情を言い当てていた。
そして、それを聞いて大爆笑する狸ども。
「ひゃあっはっはっは。
いいねえ、あのおっさん」
「あっはっはっは、当たってるじゃん」
「そうかあ。
それじゃあ、御期待に応えて正体を見せてやろうじゃないの」
「では、行くぞね。各々方!」
そして一気に霧を吹き晴らし、闇夜に姿を現したのは。
それこそ四国に名高く、また日本全国にあまねくその名を知られた大妖怪たる隠神刑部と八百八狸の群れであった。
刑部は体長五メートルを超す大狸で、その他の連中もニメートルから三メートルはある大物であった。
だが、彼らの脅威は体の大きさではない。
真に恐るべきものは、その凶悪な御面相と気合の入りまくった知性の高さを表す目の光であった。
それは知る者が見れば、『ダンジョンの外来種』と呼ばれる特異な異形というか、通常の魔物とは一線を画する異質な魔物を思わせるような物なのであった。
とはいえ、彼らは常にそうであるわけではなく、単に自分達が愛する人間である山本昭二に仇を為そうとする馬鹿どもに対して歯を剥いているだけなのだが。
もう殆どドワーフどもの『折れず曲がらずエルドアン』のノリであった。
妖怪は精霊ではないが、それも人在っての存在である妖怪にとっては必定の展開であったか。
特にこの人間臭い狸共なれば。
単なる妖物・魔物であるのなら魔法やスキルの溢れるこの世界では只の討伐対象でしかないのだろうが、こいつらは違った。
妖怪なのである。
人との関わり合いの中で生まれた物、即ち人間臭い何かを持つ者達なのだ。
生半可な事で彼らを掃う事など出来ない。
この世界には妖怪の掃い屋なんぞ誰もいない事だし。
そもそも、本来ならば妖怪自体が存在しない世界なのだ。
「それ、者ども。やってしまえ」
「おーっ、いてまえ」
「くっくっく。愚かな人間どもめ、少々狼藉が過ぎたようだのう」
「今夜は宴ぞ」
そして腹を打ち鳴らし、それから奇声を上げて人間の騎士団に挑みかかる妖怪の群れ。
相手はたった二十人ばかり。
騎士とはいえ、所詮相手は只の人間に過ぎない。
あっという間に捕まってベアハッグならぬタヌキハッグされてしまった。
中には魔法やスキルで攻撃してくる剛の者もいたが、稀狸となった彼らにはそういう物も通用しないようであった。
もとより、その実態があるのかどうか非常に曖昧な奴らが異世界へ来て、魔素の影響で更に実体と存在が隔離している感じなのであった。
その有り様もまた精霊の特質に非常に近いものなのであった。
大好きな人間に対して、決して裏切る事無く尽くすところなども精霊に似ている。
もちろん、元の狸妖怪としての能力は今も健在だ。
堪らず悲鳴を上げる騎士団と御大ベッケンハイム。
そしてベッケンハイムの御相手を務めるのは大将である刑部本人であった。
「うおおおお。放せ、この化け物どもがあ」
「くくく、お前さんが俺達の化けの皮を剥がしてくれるんじゃなかったのか?」
何気に大妖怪の貫禄で、あの園長先生や神の御使いたるファルでさえ嫌がるこの性根の腐った男を抱き締めて笑いのめす。
「ぐはああ、離せこの化け物ども。
お前らは一体何者だあ。
何故、何故この屋敷を護る」
「さあてね。
ま、俺達は御覧の通り、只の狸さ」
「狸だと!?」
彼の知識にある狸なるものは、このロス大陸にはいない。
いるのはケモミミハイム出身の狸族くらいのものか。
だが彼の知る狸という存在は、少なくとも今目の前にいるような巨大で怪しげな何かではなかった筈なのだ。
大混乱するベッケンハイムと、もう勘弁してくれ状態で完全に無抵抗モードである公爵家騎士団員達。
だが狸達どもの御楽しみの宴は決して止むことなく、夜を徹して連綿と続くのであった。
多くの男達の悲鳴を延々と携えて。
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