9 闇の住人達
冒険者達は直ちに再度の作戦遂行を命じられたが拒否した。
それは正しい行動であり、かつて精霊樹の住む異空間に出会った冒険者のように著しい危険を察知した賢い選択であった。
だが、そんな事はわからず、ただ癇癪を爆発させるのみのベッケンハイム公爵の怒りに身の危険を感じた冒険者達は、その晩は拠点の宿にも帰らずに一路アルバトロス王国方面へと急いだ。
交渉で前金を総額の半分まで貰っておいて大正解だった。
後に彼らが帰国を果たすことが出来たのはアルバトロス戦役により現体制が崩れ、また魔界の鎧に絡みベッケンハイム失脚の報が諸国を駆け巡った頃であった。
その際には、そういう人士が一斉に故郷へ里帰りしたという。
何しろ、彼らは好きで祖国を離れた訳ではないのだから。
戦争中の疎開、あるいは自主的な追放刑に等しかったのだ。
如何にこのベッケンハイム公爵が碌でもない人間であったかを物語る逸話の一つであった。
そして当のベッケンハイム公爵はといえば。
「ええい、まったく冒険者という輩は何の役にも立たん。
その上忠誠心もないし」
別に冒険者という人種は忠誠心を持って仕事に臨む者などではない。
貴族などに雇われる時も冒険者ギルドを通して契約に基づき任務を遂行するだけである。
こんな後ろ暗いような仕事は、最初からそういう人種に依頼しておくべきだったのだ。
それが理解できず、思いつくまま適当に人員を見繕って仕事を申し付けて、そのせいで当り前のように失敗してくる連中に癇癪をぶつけるだけの極悪公爵。
もう冒険者ギルドからの指名依頼でも冒険者には引き受け手がなくなってしまった。
あの夜霧と腹鼓の警告を単なる虚仮威しではないと見抜いたチーム・ハイリッヒが、その感慨を他の連中に言い残したせいである。
彼らは比較的堅実なチームで、他の冒険者からも信頼されていた。
その彼らが明らかにヤバイと言い残し、また彼ら自身も逃げるように帝国から去っていったのを見て、同じ轍を踏む馬鹿はいなかった。
いくら金払いが良くても、あの愚者の極みと言えるベッケンハイムからの依頼なのであるからして碌な内容ではないのに違いない。
ベルン冒険者ギルドとしても、そうなってしまっては冒険者に無理やり言う事を聞かせるわけにもいかない。
しまいにはベルンから冒険者が皆いなくなってしまう。
ベッケンハイム公爵家には皇帝経由で仕事の御断りを入れるしかなかった。
次にベッケンハイムにより白羽の矢が立ったのは、当然のように盗賊ギルドの連中であった。
そしてベッケンハイム邸には、いかにもといった面構えをした裏の商売の人間が並んでいた。
「ふ。やはり、こういう仕事を任せられるのはお前達のような者しかおらぬな。
騎士団だの冒険者だのは使い物にもならん」
それを聞いて、この手の連中にしては珍しく雇い主の御前で僅かな苦笑を浮かべた。
それなら何故最初から自分達に頼まずに、そんな管轄外の連中に仕事を任せたのかと。
だが相手はイカレ具合に定評のあるベッケンハイムなので、もう何を言ったところで始まらない。
この手の連中は雇い主に文句など言ったりはしない。
他の人間が受けないような後ろ暗い仕事を引き受けて、たんまりと金をふんだくる。
ただ、それだけだ。
彼らとて事前に情報は欲しかったのだが、そんな話が通じるような相手ではないので最初から諦めていた。
そして夜半の頃合い、仕事に出かける途中でサブリーダーである男がリーダーに訊ねた。
「ねえ、大将。
この仕事を受けちゃってよかったんですかね」
「ん? どうした。
お前にしては弱気だな」
「いやあ、どうにも何かこう引っ掛かりやしてね」
「ああ、お前の得意の勘っていう奴か」
「へい。
それはもう、今も首筋の後ろがチリチリと。
これは絶対に碌な事になりませんぜ」
「だが、あの第二皇子派の重鎮であるあの男からの依頼を断れる道理など我ら盗賊ギルドにはない。
ああいう連中こそが我々にとって最大の顧客であり、また後ろ盾となるのだからな」
「それはまあ、そうなんですがねえ……」
そう、かつては第一皇子ドランを暗殺しようとした有名な『パルミア家事件』の時に暗躍したのも彼ら盗賊ギルドなのだった。
あれは今でも帝国では密かな語り草になっており、この帝国の裏側の世界を垣間見た出来事であり、帝国貴族達は、より一層そういった陰謀には過敏に警戒するようになった。
結果的に失敗したとはいえ、それは稚拙な計画段階からの問題なのであり、仕事自体は完璧に遂行した盗賊ギルドにとっては更なる依頼が舞い込む福音に過ぎなかった。
特にこういう貴族優先社会である選民思想の国においては、また闇の住人もその権勢を誇るのであった。
そしてブラウン伯爵家において、定例の御出迎えが始まった。
ポンポンポンポンと早くも調子は速めのビートを刻んでいた。
今夜はこの帝都にてロックな宴が開催される模様であった。
「ほお、今夜の客人は骨のありそうな連中だのう。
それ、皆の者。
力の限り歓迎してやろうではないか」
「「「おーーーっ」」」
狸達は楽しそうな歓声を上げ、変化を行なった。
それは俗に言う百鬼夜行の群れであった。
一つ目大入道、女郎蜘蛛、牛鬼、雲を突くような大鬼、大百足、大蛇、禍々しく巨大な蟲などなど。
異世界人から見て、あまりにも異端な見慣れぬ異形の夥しい数の群れだった。
そこは異世界において幽世にも等しいフィールドと化した。
夜霧は濃霧となって彼らの姿を隠し、十人ばかりである闇世界住人の姿をも夜闇の中に封じ込めた。
「大将、この霧は何か変ですぜ」
「ああ、冒険者どもから朧に聞き出した又聞きの情報では、うっすらとした半霧だったそうだが、これは」
「本気モードでの御出迎えという事ですな」
「皆、用心を……」
だが、そのリーダーである男が全てを言い終える事は出来なかった。
霧に紛れた闇の中、音もなく忍び寄った大百足が巻き付いて彼を締め上げていたからだ。
大百足は男の顔の前で顎をカチカチと鳴らした。
「うおっ、こいつは魔物か。
しかし、こんな場所で何故っ」
このベルンシュタイン帝国にはダンジョンが十もあるが、少なくとも帝都のど真ん中にある訳ではない。
そして、もしこのような物が湧いて出るような事態があるならば、帝国騎士団の精鋭が出動する案件なのであった。
それはもう、この連中の管轄ではない。
本来ならば人間相手に暗躍する商売なのだから。
むしろこれは先日失敗した冒険者の管轄なのであった。
そして、この件に冒険者が関わる事は二度とないだろう。
なんとかもがいて百足から解放され、腰を抜かし加減に座っていたリーダーの男。
だが、やがて潮が引くように晴れていった霧の中から出現した百鬼夜行の群れを眼にして、例の首筋チリチリ男は呻いた。
「駄目だ、大将。
こいつは俺らの手に負えるような相手じゃねえ。
やっぱ、俺の首筋チリチリの警告には従うべきだった……」
「くっ」
大将も逃げたいのはやまやまだったのだが、盗賊ギルドはそういうありきたりな真似が出来ない系統の組織であった。
失敗を覚悟で玉砕か、この場からなんとか逃れ一生追われる覚悟でこの国から逃げ出すか。
だが生憎な事に連中は逃がしてくれる気はありそうもなく、無数の恐ろしい姿をした妖が彼らを高密度で取り囲んでいた。
仕方がなく、リーダーの男は覚悟を決めた顔で叫んだ。
「全員散れっ。
そして、なんとか逃げ延びろ。
絶対に戦おうとか思うな。
そして各自ギルドの溜まり場には戻らずに、その足で今夜中にこの国を脱出しろ。
もう、うちのチームはお終いだ。
この国からもギルドからも追われるだろう」
その絶望の宣告を耳にしたメンバー達は、その言葉の正しさを肌感覚で理解し、その通りに行動した。
……つもりであったのだが、そうは問屋が卸さない。
逃走に移る事も叶わず、その場で狸の化けた魑魅魍魎の群れに弄ばれる羽目になった。
大入道で組んだ六人制バレーボールでボール役をやらされる奴。
のっぺらぼうの巨大な和尚様によって、かん袋に詰め込まれ毬代わりにされている奴。
三人まとめて大蛇に締め付けられている奴ら。
雲突くような大鬼に捕まれて、グルグルとジャイアントスイングで振り回され絶叫しまくっている奴。
もう隠密的な素養など、どこにもない。
その様を見て、公爵家から監視のために派遣されていた男は身動ぎも出来ずに小便を漏らしまくっていた。
しばし、この世界の理の外にいる人外の魑魅魍魎どもの御乱行に魅入られて、時を消失していた監視の男。
ハッと気が付いた時にはすべてが終わっていた。
やがて散々弄ばれ、髪も真っ白になって呆然自失の有様でへたりこんでいる哀れな盗賊ギルドの人間達。
もう逃走のための行動さえ起こせないほどの惨めで無様な醜態であった。
それを見た監視の男は、濡らしてしまったズボンも碌に乾かぬ内に、踵を返して大慌てでその場から立ち去るのであった。
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