6 栄光の菓子職人
そして昭二の作ったユキトウは商業ギルドでの評判を基軸にして、花の帝都ベルンにて多大な人気を勝ち得たのであった。
なんだかんだ言って、その辺りは隠神刑部の加護の恩恵もあるのやも知れぬ。
日本での商売のように無料で試食してもらう体制を取ったのは革新的であり、この菓子の名声を勝ち取るために最善の手段であった。
本来ならば、そのように高価な高級砂糖菓子を無料で食べさせるなど、とんでもない話であった。
それが却って評判を呼んだ。
そして上品な味わいとふわっとした口溶けの食感を持つユキトウは、貴族達の間で不変の人気となり、注文が引っ切り無しにやってきて作る事が間に合わないほどであった。
本来なら、こんな物は昭二のスキルでさっと製造してしまえば、どれだけ注文が来ようとも須臾の間に出してしまえるのだが、それを良しとしないのが山本昭二という実直な男なのであった。
それをブラウン伯も生暖かく見守るに留めた。
それに、いくら人気だといえ量を出し過ぎては希少価値という意味においては、些か興醒めな部分もあったのだ。
またブラウン伯は、この世界の貴族としては先進的な考えを持っており、貴族がただ搾取するだけでは物事が先に繋がっていかないと信じていた。
それは、この貴族による選民思想が国家の根幹を為す帝国においては驚異的な物であった。
共存共栄というか、互いに利があってこそ長く良い関係を続けられると。
そこで売り上げから経費を除いた額より税相当を引いた金額の中から四割ほどを山本に提供する事にした。
貴族の家に住み込みで、更に設備などの提供もあり、肝心の販路はすべてブラウン伯が開拓してくれる。
それは独占製造元である昭二に渡す金額としては妥当な物であった。
それでも貴族や大商人相手の商売なのだ。
ブラウン伯も十分なだけ潤うのは間違いない事だった。
また昭二も欲の無い素直な性格をしていたので、利益を折半しようなどという事は思いつきもしない。
ただただ感謝して彼の好意に甘える事にした。
「いいのですか、こんなに頂いてしまって。
商売はローリーさんが頑張っているから成功しているのに」
「いやいや、ヤマモトのその素晴らしい御菓子作りの腕前があってこそですから。
あなたの作る御菓子は、今この帝都で売られている菓子の中では圧倒的な一番人気を誇っていますよ。
まあ御菓子は食べてみれば誰でも違いがわかりますしね。
商業ギルドで試食が出来るのはやはり大きいです」
そして、それはブラウン伯の名声をも高めてくれたのであった。
名誉・実利どちらの面においてもこの若き伯爵を満足させるに十分なものであった。
そして月日は流れ、ユキトウは二人に多くの富を与えてくれたのだが、その栄華にも暗雲が立ち込め始めた。
このユキトウに、おかしなちょっかいをかける者が現れたのだ。
その名はベッケンハイム公爵。
ベルンシュタイン帝国にこの人ありと謳われた、厄介者の中の厄介者であった。
おまけに元はこの国の皇太子であり、本来ならばこの男が今代の皇帝となるはずであったのだが、その悪行御乱行が祟り過ぎて、それも無くなったというとんでもない人物だった。
そんな人物に目を付けられてしまったのだから堪ったものではない。
ある日突然ブラウン伯爵家にベッケンハイム公爵家の人間が押しかけてきたかと思うと、居丈高にこう言い放った。
『ユキトウに関する権利をすべて無償でベッケンハイム公爵家へ差し出せ。
その菓子を作る職人も公爵家にて徴用する』
とてもではないが飲めるような条件ではない。
だが気まぐれで野放図なベッケンハイム公爵が因縁を付けてきたのだ。
現王の兄であり元皇太子、それはこの性質の良くない国においては非常にインパクトのある肩書であった。
皇帝も日頃彼の所業に関しては関わらないよう放置しているのもあって、まさにやりたい放題なのであった。
通常は貴族皇族で、このような無法を押し通す事などありえない。
本来ならば、そういう事にも仁義のような物があり、貴族同士でこのような事は許されない。
だが彼は違う。
帝国も、この件に関してだけは奴の無法を見て見ぬ振りを決め込んだ。
こうなっては、とてもではないがブラウン伯爵が単独で太刀打ちできる相手ではない。
とてつもない超法規的な厄介者である彼を敵に回してしまった場合、はたして味方をしてくれる人がいるかどうか。
しかしブラウン伯は気概のある男で、決して首を縦には振らなかった。
このような不法で無法な強奪、いや強盗行為などに屈する訳にはいかない。
だが敵は彼を取り巻く関係者に手を出していった。
性質が悪い事に、自分の強い立場を利用して公爵家の騎士団による暴力さえ用いてくるのだ。
しかも証拠は強引に揉み消される。
もはや、それは騎士団ではなくヤクザだ。
国に守られたヤクザといっても過言ではなかった。
更に悪い事に今ベッケンハイム公爵家は、第二皇子派と呼ばれる好戦的な急進派に属しており、その方針は現皇帝の意を酌むものでもあった。
急進派ではない皇太子ドランは傑物であったのだが、もとより猪国家などと呼ばれるこの国においては、そういう風潮には逆らえないものがあった。
若いブラウン伯は、そういう風向きは良くないように感じていたのもあって、ベッケンハイム公爵の驕慢な振る舞いに抵抗していた。
帝国にも貴族による専横のような物はあるが、貴族の名誉を踏みにじるような事を良しとしない気風はある。
その貴族の矜持さえ一顧だにしないベッケンハイム公爵の横暴さは国内貴族の多くを憤慨させ嘆かせるものであった。
だが皇帝の意思を尊重する派閥である権勢の強い第二皇子派の手により、ブラウン伯爵家は圧力をかけられ、貴族同士の付き合いにも横槍が入り、やがてブラウン伯は帝国社交界からも自然に断絶される事となった。
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