4 異世界伯爵家居候日記
馬車の中で和やかに歓談し、伯爵家の屋敷に暖かく迎えられ、そのなんとも朴訥で人好きのする笑顔に、使用人の誰もが彼に好感を持ったようであった。
一応、刑部もそうなるように軽くテンプテーションのような術は不自然にならない程度に放っていたのであったが、そんな野暮は無用な気遣いであったかなと思ってしまうほど山本昭二は異世界にて素で愛されていたのであった。
(これまた、いかにもこいつらしい話だのう。
どれ、わしもこの珍妙な世界にてのんびりするとするか。
まるで伝え聞く、異国の神仙境か神隠しの異界であるかのように日本とはまったく異なる世界じゃ。
これはもう楽しまねば損というものだ)
こっちもまた人ではないとはいえ、このような異常事態であるにも関わらず、あっさりと異世界に馴染んで受け入れてしまった。
さすがは無頼の放浪者である隠神刑部であった。
狸の大集会となる祭りが近いなどという事は念頭にもなかった。
元々、あんまりそれに関心が無かったのだし。
長く存在している彼は、とかく神の如くに退屈しやすく、このように新しく刺激的な環境は望むところなのであった。
ブラウン伯爵は社交的で人を惹き付ける魅力のある、まだまだ若輩者ながら中々の人物であると刑部は見ていた。
さすがに自分がのこのこと姿を現すのはなんなので、事態をそっと見守るだけに留めた。
自分の御飯を昭二に作ってもらいたかったのだが、まあ当面は伯爵家の調理場から適当にいただいていく事にしており、それでも結構異世界の味覚を楽しめる生活なのであった。
ブラウン伯爵は新しい物への関心が深く、食材に関しても貴族の流行のみに囚われず、並々ならぬ情熱を注ぎ込んでいた。
その辺りの事情も、刑部のブラウン伯への高い評価に繋がっていた。
妖怪は人間と接する際に人柄を見るが、地位とか財産なんかで人間を評価するわけではないのだ。
もっとも、商売熱心なブラウン伯の莫大な資産により、刑部も異世界美食の恩恵には十分に与っていたのではあるが。
サロンにて、あれこれと昭二の話に耳を傾けていたブラウン伯は、特に日本の食事や御菓子などに興味を持った。
それは彼が商売を営んでいたからで、アンテナを鋭くして常に新しい商売のヒントを求め続けているのだ。
日本でビジネスをしている人間もそうだという。
その辺に転がっている凡庸な人間とは感性が異なり、何をするにも自分の商売に結び付ける思考が習慣づけられている。
特に新規に人と会う時は、そこから刺激を得るように努力するらしい。
このブラウン伯こそ、まさにそういう事に敏感で、ともすればあれこれと停滞気味となる覇権国家の貴族優先社会において、何か新しい風を巻き起こすのに相応しい人種なのであった。
「あなたの御国では、どのような料理を食べているのですか」
「そうですねえ。
色々とありますが、主食は御飯とパンと麺類といったところでしょうか」
どうやら雰囲気的に、ここには米などは無さそうだと踏んだ昭二は、小麦で作られるうどんに関して話をしてみる事にした。
「ここで手に入る材料で作るのならば、うどんあたりになりますか。
なんというか、小麦粉を練って作った細長いうどんをスープで煮るなどして食べる料理です。
日本では気軽に食べられて美味しい料理で、日本中どこでも手軽な値段で食べられていますね。
実をいうと私の実家はうどん屋を営んでおりまして、うどん作りは得意ですよ」
「ほお、それってここでも食べられますか」
「そうですね。
まあ一口に小麦粉といっても種類がありますので、ここの小麦粉がうどん作りに適しているのかどうか。
あと、本格的なうどんスープは材料の加減で作れませんので、そっちの方が問題ですけどね」
「ではうちの厨房で小麦粉を見てみませんか?
出来たら、そういう変わった料理を食べてみたいですね」
そして厨房へ行って小麦粉を見せてもらったが、なんとかうどんを作れそうな小麦粉を見つけられた。
スープは和風の材料が手に入らないので洋風の物を作ってみようと思い、他の材料も見繕っておいた。
「作れそうですか?」
「やってみましょう。
そうですね、うどんは少し生地を寝かせておくのに時間がかかるしスープも試作をしてみたいので、昼ではなく夕食に作ってみましょう」
そして思案すると、昼飯として中華風の小麦粉で作られる餅っぽい物を提案してみることにした。
中国ではクレープなども華麗餅などと呼ばれて餅の御仲間なのだ。
中国で餅というのは小麦粉で作った料理に相当するはずだ。
日本では逆に中華クレープなどと呼ばれるようだが。
広義においては小麦粉で作ったので『麺』の定義に収まってしまいそうなのだが、やはりこれは餅なのである。
中国風の食べ方に刺激されてか、最近はクレープにも、おかずクレープのような物もあるようだ。
これなら有り合わせの材料で幾種類も作る事が可能だ。
昭二は、油で揚げる油餅ではなく、薄く引いた油で焼く薄焼きクレープのような煎餅を選択する。
文字で見ると日本語のせんべいと同じになってしまうが、まったく違うものだ。
これなら気軽に食べられる。
簡単な作り方の一つとして、まず厨房にあった葱と胡麻を練り込んだ生地を作る事にした。
小麦粉を練って棒状にしてから適当な長さに切った物を、手の平で潰してから油を塗ってから二枚を一つに合わせ、更にそれを棒で伸ばして平たくした。
薄く焼き、真ん中に空気が入る感じになったら、それを二枚に剥がしてから具を挟んで食べる。
外はパリパリで内側は箸を使って旨い事空気を入れた感じにしたのでサクサクしていた。
具は野菜の細切りと輪切りのゆで卵、それに薄い肉を焼いて細切りにした物を用意した。
肉は挽肉にしても良かったが、味付けをどうするか迷ったので今回は止めておいた。
何しろ日本の使い慣れた調味料がないので勝手がよくわからない。
「ささ、ローリーさん。
お熱いうちにどうぞ。
手に持ってそのまま食べてください。
貴族さんでも、たまには御行儀悪をしてもバチは当たらない」
「どれどれ。
おや、これはなかなかイケますね。
こうやって手掴みで食べるのも楽しいものです」
「ええ、簡単に作れますしね。
それでは一通り作ったら、今度はうどんの準備に入りますね」
ブラウン伯爵家の調理人の人達も交えて、楽しく昼食にしていたのだが、そのうちの幾らかは、ちゃっかりと刑部が頂いていたのであった。
イヌ科の妖怪は、特に塩分などへの拘りはないようだ。
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