3 異世界の大妖怪
あらためて、この不思議な世界を眺め回す隠神刑部。
(これまた、なんともけったいな世界よのう。
この世界に満ちる不思議な気は、何故かわしにも力を与えよる感じがする。
心なしか、こいつのせいで術もよく冴えておる。
それにこいつは気配などもよく伝えよるようじゃしのう)
本人は知らなかったのだが、次元の隙間から異世界へ渡った隠神刑部は稀狸、いや世にも珍しい稀妖怪となっていたのだった。
しかし、彼はこの国の異様な在り方に気が付いていた。
迂闊な真似は絶対にしてはならないのだと本能が告げる。
霧が晴れて、日本から持ち込んだ瓦礫の山の前で山本昭二は、ただただ面食らっていた。
そして、ふらふらと歩き回ろうとするので、いかにも動物妖怪らしく隠神刑部は痕跡を消すために昭二の影の中へ瓦礫を回収しておいた。
生憎と山本昭二はファンタジー小説などには縁がなく、収納を構築するなどのスペシャルな対応は出来ていなかったのだが、連れである大妖怪の手により似たようなスキルが本人の知らないところで発動されていた。
隠密と収納の『本人以外の能力』はバックグラウンドにて密かに活躍していたのであった。
そして、もう何十台もの馬車が通り過ぎていったのだが、もちろん山本昭二は一向に気が付いていない。
それは先方も同じ事であった。
というか、そうなるように術で仕組まれていたのであった。
夜闇に蠢く、おかしな賊のような者も少なからずいたのだが、そやつらも昭二の姿は見えぬし、中には迂闊に昭二と体がぶつかってしまった者もいたのだが、術の効果により物理的な干渉は一切なかった。
まるで御伽話の世界の中の出来事のようであった。
何しろ、そのような世界の話に登場する大妖怪の手になる術なのだから。
(なんとまあ。
ここは古風な世界で、おまけに厄介な連中だ。
平民というのか、一般の人間をこうまで見下し、蔑むような人間ばかりとは。
おそらく、こんな黴の生えたような馬車などに乗っておるのは地位の高い人間なのだろう。
普通の人間はこんな旧式な乗物さえも持てぬらしい。
しかし、困ったものよ。
これでは昭二が路頭に迷ってしまうし、わしの御飯も作られぬままではないか。
はてさて、どうしたものか)
だが、そこへブラウン伯爵の馬車がやってきた。
そして彼からは昭二の事が認識出来たし、昭二にも馬車は視認出来た。
にも関わらず、昭二はボケっと突っ立っているだけなのだ。
(阿呆、もっとアピールせんかい!
次の真面なコンタクトがあるとは限らんのだぞ)
仕方がないので影の中から物理干渉して、職人ズボンの端を咥えて引っ張る感じにした。
「おや? 誰なんだい、ズボンを引っ張るのは」
そう言って暢気にきょろきょろしている。
だが、その動きがあった御蔭で夜目にも馬車の御者から無事に視認されたようだ。
乗車している主人に昭二の事は伝わったようで、馬車は速度を落とし停車してくれた。
ぼんやりと立ったままの昭二に、馬車から降り立った人物は声をかけてくれた。
護衛らしき剣を持った男が傍に付いている。
術が効いているので、昭二に危害を加えるような人間達ではない事はわかっていたが、一応は万が一に備えて刑部もその護衛の立ち居振る舞いに警戒していた。
「やあ君、こんなところでどうしました。
ここは帝都ベルン、地方に比べたら治安はいいけれど、そんな風に無防備に立っていていいわけではない。
見たところ外国人と御見受けするが、どうやら手荷物も持っていないようだし、いかがなされたか」
いかがなされたもへったくれもない。
単に次元の迷子になっているだけである。
刑部には、異世界とか次元とかいう概念は理解出来ていないが、人ならざる大妖怪にはこの世界の成り立ちのような物は肌感覚で理解出来ていた。
(昭二の奴め、何か妙な術というか、おかしな力を身に着けてしまっておるようじゃの。
おまけに、なんとこの儂までも。
まあ、なんとも面白き事よ。
今まで持っておった能力も普通に使えるようだし特に問題はないな。
なんかこう、浮かれて腹鼓でも打ちたくなる気分じゃの)
「はあ。なんというか、店から御使いに出てみたら、なんかこう道に迷ってしまったみたいで。
えーと、帝都ベルン⁇」
自分の国の首都にさえ碌すっぽ行った事すら無い山本昭二にとって、異世界の大帝国首都にいきなり放りだされてしまって困惑しまくっていた。
相手は外国人のようなのに何故か言葉は通じるし、おまけに彼らは自動車ではなく馬車に乗っておられる。
もしかすると、お金持ちの外国人観光客が馬車をチャーターしているのだろうかと寝惚けた事を考えている有様であった。
その思考を読み取って頭を振る刑部。
(まあ突然にこのような事になってしまったのだから無理もないのだが。
おいおいに、こいつにも状況がわかってくるだろうよ。
さて、どうなる事かねえ)
「そうです。
ここはベルンシュタイン帝国の帝都ベルン。
私はブラウン伯爵、どうかローリーと呼んでください。
あなたは?」
「はあ。山本昭二と申します。
えーと、貴方様は伯爵様でいらっしゃる?」
そのなんとも朴訥とした、人に警戒など微塵もさせぬ彼の人柄にブラウン伯爵も笑ってしまい、護衛の人間も同様にしていた。
「そうです。
まあ、いずれにせよ、こんな場所にいてはなんだ。
どうぞ、私の屋敷へおいでなさい」
「はあ。それでは御厄介になります」
そう言って頭に被った白い職人帽を外し握り締めると、彼は見る人を安心させてしまうような人好きのする笑顔で笑った。
少なくとも、それは異世界で身に着けた妙なスキルなどではない、彼独特の資質なのであった。
(やれやれ。いかにも、こいつらしい展開じゃのう。こういうのを人徳っていうのかねえ)
少なくとも、大妖怪・隠神刑部ともあろう者がこんな只の人間に懐いてしまっているのは、別に美味しい御飯のせいだけではなかったのであった。
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