外伝 犬神刑部の異世界ワンコ日記 1 山本家の人々
ついに、あの山本さんが主役? を張る時が来たのでしょうか。
「そーれ、クロちゃーん」
「きゃうー」
その日、山本家には嫁に行った長女が娘を連れて遊びに来ていた。
山本昭二の姪っ子が飼い犬のクロと遊んでいる。
本日は、それが目当てで遊びにやってきたのだ。
山本昭二が拾ってきたクロという子犬は、黒っぽい感じの『少し狸に似た』可愛らしい子犬である。
犬に纏わる話として、時には他の動物の子供が子犬と見分けがつかないような事がある。
よくあるのは、熊や狐の子供が犬と間違われて拾ってこられるパターンだ。
この手のあまり身近ではない動物の場合、子供の内は犬と見分けがつきにくいので、つい身近な動物である犬だと思い込んでしまうのだ。
だが、最近では狸もそういう子犬と間違われるケースが少なくない。
また子狸という奴は道路で転がって寝ていたりする事もあるので人目を引く事も少なくないらしい。
狸は割と人里近くに生息していたりするのもその一因だ。
狸は欧米などにはいないはずなので、それは日本独自の現象なのだろう。
正面から見ると顔がよく似ているので、パッと見では狸と見分けが付かない感じのアライグマは、子供の頃から尻尾が縞々なので犬とは間違われないと思う。
最近はあの害獣も日本で繁殖しまくっているので大変困ったものだ。
だが山本昭二が拾ってきた『子犬』は、他の生き物とは少々毛色が異なっている存在だったようだ。
その夜、山本家へやってきた何者かがいた。
それは小さく、そして四つ足の者達であった。
それらはクロが寝かされていた部屋の窓の外から囁いた。
「刑部様、刑部様」
しばしの沈黙。
「……あれ、寝てんのかな」
「いつも夜中は起きてるよな」
「狸寝入りじゃない?」
だが低くどっしりとした声で応えがあった。
「阿呆、起きとるわ。どした、お前ら」
「どうしたもこうしたもありゃあしませんて。
一体いつまで犬の振りをしてらっしゃるのですか。
またこんなところで飼い犬なんかになっちゃって。
直に大集会の季節がやってくるんですぜ。
そろそろ帰ってきてくださいよ。
もう、わしらの大将の癖にふらふらと旅なんかに出ちゃって、本当に困った御方やなあ」
「お、おう。そやな」
「そやな、じゃありませんぜー。
しっかりしてくださいよ、大将。
四国八百八狸の総大将隠神刑部ともあろうものが」
どうやら、その子犬は犬ではなく大妖怪の大狸が化けた姿であったものらしい。
「ふ。今のわしは一介の犬神刑部よ。
わし、今は犬だもん」
「あのねえ。
あんた何言ってるんですか。
それ、単に読み方が一緒で字が一つ違うだけじゃないですか。
犬神は狸じゃなくって狼でしょ!」
「いやいや、狼は大神や。
犬神は立派な神様なんやで。
やっぱ狸よりも格上なんじゃないの。
そもそも、向こうは神じゃん。
わしの名前は神様に出世したんや。
それに、わしら狸も立派なイヌ科の一員なんやで」
「大将、そんな屁理屈なんか捏ねてないで、はよう伊予へ御帰りを」
「そのうちに御祭りもあるのですし」
どうやら祭りの準備があるので帰ってこいと、伝説の大妖怪隠神刑部たる彼の子分である八百八狸が呼びに来たものらしい。
「うちの祭りも狸祭りとしては、どっちかっちゅうと、わしら八百八狸の供養っぽい内容とちゃうんか。
わしら、別に死んでへんけどなあ。
狸祭りなら、阿波の方が有名やろ。
愛媛なんか最近は売りが海水浴場の綺麗さやんけ。
まあ、はっきり言って田舎やから海水は綺麗かもしれんがなあ。
それにわしらも全国知名度でいったら、ポンカンだのポ〇ジュースだのに負けとるんと違うか」
「おやっさん、何を拗ねとるんでっか」
「べ、別に拗ねてなんかおらんよ。
まあ、そのうちに帰るから大人しゅう待っとれや」
「なんか怪しい」
「わしらに何か隠し事してまへんか?」
「い、いや? なーんも」
「ふうん、怪しいな」
「まあ、ええですけど」
そして立ち去っていく、普通の狸の振りをした妖怪八百八狸達。
「ふー、危ない危ない。
さすがに、この天下御免の大妖怪・隠神刑部ともあろうものが、人間の作る飯が旨過ぎて虜になり、子犬に成りすまして飼われとるなんて配下どもには言えへんしなあ。
それにしても昭二の作る飯は旨いのう」
そう、この伝説の大狸は山本昭二の作る『犬の御飯』が目当てで、この山本家に居付いているのであった。
あれは三日ほど前の事、山本昭二の実家であるうどん屋のすぐ近くにある狸供養の祠で寝ていた時だった。
ふらっと気まぐれに伊予から東へ向けて旅に出ていたのだ。
阿波まで行って、あの辺の狸どもを冷やかしにいってもいいと思い、可愛い子犬に化けて旅をしていたのだ。
何しろ無害そうな子犬の姿になっておけば、御飯には事欠かないのだし。
また狸のための祠なら供物にもありつけた。
そして本日は、そこにあった供物がまたとびきり美味かったので、思わず寛いでしまっていたのだ。
だが何者かが近づいてくる気配を感じ、慌てて祠の奥へと身を潜めた。
そこへひょっこりと現れたのは、何一つ警戒する素振りもない不用心な振る舞いをする人間であった。
「あれえ、今日は御供え物が綺麗に無くなっているなあ。
何かの動物が食べたのかな」
そう言いつつ、新しい御供え物を載せた皿を取り換えた。
そして、そいつに出会ってしまったのだ。
「あれっ、これは可愛いな」
そう、御供え物の匂いに釣られて、ついふらふらと刑部は祠の入り口まで出てきてしまっていたのだ。
(うはっ、しまったー。うっかりと良い匂いに惹かれて出てしまった!)
「そうかあ、お前が食べたんだね。
犬に塩分とか大丈夫だったのかなあ。
ま、いっかあ」
そして上目使いで相手の出方を気にしながらも、ついつい御飯にはむしゃぶりついてしまう刑部。
(美味い、こら美味いわ)
「よしよし、たんとお食べ」
そう言って頭を撫でる手が暖かく心地よい。
もう最近は犬の振りも板についてきて、こうされてしまう事にまったく抵抗がない。
臍天ポーズだって、なんのそのだ。
まさに犬神刑部以外の何物でもない。
いかに日頃、八百八狸の大将としての自覚もなくサボって放浪しているかよくわかる。
もっとも、大妖怪軍団の総大将が日頃特にやる事があるかというと、まったくないのだが。
人間に対して悪さをする妖物のような真似をするイカれた趣味もないし、自分の縄張りを荒らすような悪質な者が現れたのならば、その時は戦うだけであった。
後は飲めや歌えやのドンチャン騒ぎをするだけで、稀にそれを人間に目撃されてしまい、人里で軽い騒ぎになるだけの事だ。
それも今では大概の場合、人間から『俺は働き過ぎだ』とか『飲み過ぎかなー』の一言で片づけられてしまうようなものなのであった。
もう昔のように、妖怪が出たなどと騒がれる事など決してない。
それが寂しくもあり、また気楽でもあった。
刑部の場合は、むしろ後者の要素が大きく、今もこうやって暢気に遊び暮らしているのであった。
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コミカライズ連載サイト
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