27 異世界の宿にて
紹介された宿への道を教えてもらうと、ギルマスもその宿は安心出来る宿であると太鼓判を押してくれた。
相場は三人で食事込みの宿代が大銀貨六枚程度だという。
さっそく訪問させていただいた。
「いらっしゃいませ、三人様で御泊りでございますか?」
なんて神対応!
その丁寧な挨拶だけで、俺は思わず感涙してしまった。
「ど、どうなさいましたか、御客様!」
「いや、このリタでは素晴らしき人情に触れる機会が多くてね。
あなたの素晴らしい御挨拶に感動してしまって。
失礼、ラギン・リタ街道では少々厳しい思いをしたもので」
だってさ、この街に来るまでの旅があまりにも苛酷過ぎて。
どうも歳を取ると涙脆くなっていけねえ。
「え、あそこを通ってこられたのですか!
それは御無事で何より。
実は最近、ここ数日は何故か辺境の魔物が異様に活性化していて、大変危険な状態だったのですよ。
あの辺りを根城にしている盗賊団さえ開店休業だったくらいで。
いやあ、本当に良かったですねえ。
当分の間は、ああいうところへは行かない方がいいです」
「う、なんと!」
うわあ、そんな状態ならリスクを負ってでも上からニルヴァを目指すべきだったか。
しかし、そんな事をしたら、あの親切な商人やギルマスにも会えずに事情を知らないでニルヴァ入りして、たぶん酷い目に遭っただろうしなあ。
俺達に関する危険な情報も知らずにいただろうし、魔法などを覚える事も無かったろう。
何よりも無防備に俺達の秘密が晒される事になったかも……。
その魔物の活性化って、もしかしてニルヴァのせいなんじゃないのか。
あいつが俺の世界で栄養をつけて成長したから、その余波みたいなもので。
それを聞いていた澪も、うーんとまた唸っていた。
「もしかして、あの街道は普段はもっと栄えてる?」
「ええ。
鉱山都市としてポートスよりも栄えているラギンにとっては、中継都市アルバと並んでリタ方面への出荷は必須なのですよ。
何故だか、わかりますか?」
「ああ、なんとなく。
商売仇であるポートスは、地理的にフィスカ街道一択の通商といってもいい。
放っておくと、辺境の中継を担う通商都市であるリタでの鉱物系ビジネスもポートスの独壇場になってしまう。
またポートスの方が隣国の鉱山国とも近いしな。
鉱山国では鍛冶なども盛んだろうし、こちらから輸出している鉱物もあるはずだ。
生産量の多いラギンは、王都アロス向けやニルヴァ向けの半分の通商をアルバ経由で、残りはリタ経由で出さないと取引量が多いためバランスが取れない。
たぶん在庫が捌けなくて生産調整すら必要になるはずだ。
人員調整の可能性も出てくる。
通商政策に失敗すると、本来なら格下の鉱山都市であるはずのポートスに後れを取りかねない」
「御明察。
御旅行者と御見受けいたしましたが、素晴しい御考察ですね」
「はは、ありがとう。
だが、その原因が魔物となるとまた微妙だなあ。
ここリタの冒険者ギルドは寂れてしまっている。
ニルヴァから冒険者の応援を貰うにしても、あそこには世界一の迷宮があるから実入りがいいので、冒険者もなかなか来てはくれないだろう。
大鉱山都市であるラギンが傾くと、この国にとってもいい事はない。
この王国はどうする気なのだろうな。
今リタは重要な問題を抱えているというのに」
「はあ、そこまで御存じでありましたか。
もしかして、どなたかの紹介状をお持ちなので?」
「ああ、はいこれ」
彼はそれをじっと見てから懐に仕舞い、ニコっと笑顔になった。
「はあい、三名様御案内~」
やれやれ、あの商人もこの宿の人間も、きっとアリス王国の手の者なんだな。
それで俺達のような旅行者にも親切なのか。
幸いにして敵に回る様子はないが、こいつらに俺達の正体を知られるのはマズイな。
下手をすると、今この街にいるのは『どちらかの勢力に与している者だけ』なのかもしれんな。
その辺の飲み屋の女将だって、間諜の可能性がある。
昔、名古屋では昔の恨みからトヨタと三菱がほぼ戦争状態であったので、迂闊に飲み屋なんかでそいつらの悪口を言うと反対勢力へ通報されたなんて言われてたくらいだ。
そんな感じなのかもなあ。
地球でいえば、街の人間全員が国際諜報機関の関係者みたいな。
例外は、あのギルマスのように干されて蚊帳の外っていう扱いを受けている人間くらいなのかあ。
まあ今日だけは、ゆっくりとしていくか。
よかった、今日こっちの宿に泊まってみて。
ギルドに泊まっていたら、そういう事情さえ知らずにいたわ。
スパイタウン・リタか。
何が辺境の街リタだよ、本当にもう。
子供達はよくわかっていないようで、綺麗な感じのホテルに泊まれたので嬉しそうだ。
確かに、あの小村の宿のレベルはマジでヤバかった。
情報に長けた商人連中は絶対に使わないのに決まっている。
あの宿も、もう壊滅してしまったのだろうか。
あの牧師さんだけは無事でいてほしいが、ああいう人って我が身を犠牲にしてでも子供とかを助けていそうだから危ないな。
まあ逃げ腰だったとはいえ、俺が魔物を片付けておいたので最低の義理だけは果たした。
牧師様も運が良ければ生きていなさるだろう。
たぶん俺とは違って、素で女神オーリス様とやらの御加護もあるのに違いない。
あの怪物の血塗れの口を見て、とてもじゃないが村へ戻る勇気が湧かなかった。
見たような格好の切れ端を纏った、千切れた手足との御対面なんて真っ平御免だわ。
その日は本当に楽しく過ごせた。
なんと宿には風呂までついていたし。
宿の中なら澪もなんとか一人で浴場の中へ行かせられる。
一応入り口までの付き添いはしておいた。
セキュリティだけが問題だったが、特に問題はないようだった。
風呂の外で待っていて、風呂から出て来た澪の無事を確認して部屋へ送ってから、俺と玲が風呂へ行った。
二人とも、久しぶりの本格的な風呂に思わず弾けてしまった。
今までは俺が湯を出しただけの、湯が温いようなものしかなかったからな。
しかもここは大浴場なのだ。
きちんと洗い場もついていたからテンションが上がるぜ。
ボディシャンプーやシャンプーとリンスも出して、しっかりと体中を洗った。
木桶も置かれていたので、温泉気分でテンションマックスだ。
いやあ極楽極楽。
ここの熱い御湯や木桶もコピーしておいた。
「わあ、久しぶりの大きな御風呂だあ」
「ああ、生き返るぜー。
ここに風呂があるという事は、多分もっと栄えているニルヴァにも風呂はありそうな感じだから何よりだ。
あそこは交通路の要衝中の要衝だしなあ」
「今日の晩御飯が楽しみだなあ」
「お、気が合うな。
澪の作る飯も美味いが、ここはやっぱり宿の本気が見たいよな」
「絶対に期待出来るよね~」
「おう!」
そして宿の夕飯は、伊達にこの街がこの南北通商街道の通商基地の一つになっていない事を証明してくれた。
「美味っ」
まず澪が味見にフォークを伸ばしたサイコロステーキっぽい物に手を出して叫んだ。
「このシチュー、すげえ絶品だあ。
蕩けるような肉と絶妙な煮込みの野菜が堪らんなあ」
「これ、何の卵かなあ。美味しっ」
「あ、魚料理だ。
アクアパッツァに近いかな、これ。
うーん、美味し!」
他にも鉄板ステーキに、なんとスープヌードルまであった。
これで米の飯や魚があれば最高だったが、この世界に刺し身や寿司はないだろうなあ。
ああ、澪が料理スキルなんかを免許皆伝なんだった。
これだけの良い素材があるんだから、また美味しい物を作ってもらおう。
日本の食材や調味料もいっぱいあるんだしな。




