25 素っ頓狂な雄叫び
「あー、その件で話が振り出しに戻るんだが、金が無くて宿に泊まれないから魔物素材の買取を頼みたいんだけど」
「わかった、わかった。
まあ宿は、何もなくてよいのなら、このギルドに滞在してもよいぞ。
どうせ寂れて他に誰もおらんのでな。
寝床や食い物その他は持っておるのじゃろう?
お主のアイテムボックスはかなり重そうじゃ」
「へえ、そういう感触までわかるんだ」
「まあ、わしにとって空間魔法は一番適性が高いもんだからのう。
どれ、先に他の奴のスキルも見てやろう。
次はそっちの女の子じゃな」
「はあ、御手柔らかに御願いします」
「どれどれ。むはああっ」
そしてまたギルマスが素っ頓狂な声をあげた。
「おい、ギルマス。
それもう三回目だぜ。
確かに前の二回は凄い内容だったけど、今度は何だ」
こう言ってはなんなのだが、自前で持っているアイテムボックスさえ碌に扱いきれていない澪に、ギルマスを叫ばせるほど御大層なスキルみたいな物があるもんかいな。
「伝説のスキルじゃ!
伝説というか、神話の世界の代物じゃな。
これは凄い。
『女神の依り代』
これは自分の体に女神を降ろし、他者に加護や祝福などを与える事が可能なものじゃ。
いわば、この女の子は生き神ならぬ生き女神様も同然なのじゃ。
よいか、この能力だけは絶対人に言うてはならぬぞ」
「うわ! またとんでもないな。
それってバレたらどうなるんだ?」
「大国の大神殿同士が奪い合うので死人の山が出来るのは間違いない。
それどころか、終いには西のエルドア帝国と東のアリス王国の間で大戦争になってしまうわい。
女神の祝福を手にした軍勢が負けるはずがないからのう。
もう神殿どころか大国同士でその子の争奪戦になるじゃろう。
地理的に戦争が困難なのもあって、かろうじて激突が避けられておった東西の大陸二大国が、兄弟国や自国の影響下にある衛星国家までを全て巻き込んで無理やりに戦争を始めて、この大陸中に血の雨が降るわい。
おそらく人口が半分以下になるまで徹底的にやりあう筈じゃ。
世界存亡の危機までいってしまうかもしれぬ。
やはり稀人という奴らが現れると碌でもない事が起こるのう」
「それって思いっきりアカン奴やないか。
確か、この街って今、西の帝国の……」
「おお、もう聞いておったか。
まさに、そういう話よ。
お主ら、どんどん話がヤバくなっていくのう。
最初のスキルがあまりにもヤバかったので後回しになってしもうたが、その娘には他にも何か秘密あるぞい」
「え、まだあんの⁉」
「しかも、それがアンノウンと来たもんじゃ。
魔導具を使ってスキルを見ようと思っても、この儂にさえも見えんという厄介な代物じゃが、おそらく女神の依り代よりもっと厄介な物であるのは確かじゃろう。
だから封印されておって見えんようになっておるのじゃ。
一体何なのじゃろうなあ。
いつか条件が揃ったら開放されるのかもしれんが。
もうその子は、どこかに家でも買って、その子自身を封印しておいた方がいいのう。
世界一危ない女の子じゃ」
いきなり、そんな話を聞かされて目を白黒させている澪。
「なんだよ、それは。
世界戦争の原因になっちまうような女神の化身なるスキルさえ特に封印されていないというのに、それよりもヤバイ内容だってか」
「何よ、それえ。
いやあ、そんなものは要らないから取ってー」
「あのなあ。
スキルなんて取ろうと思って取れるはずがあるまい。
せっかく最初から封印されているんだから、諦めてそのまま一生封印しておけよ。
ついでに女神の化身の方もな。
あと、自前で間に合っているから俺に女神の加護は要らんぞ」
「えー、大和様って女神様だったの?」
「龍神様も大地の神様みたいなものだからな。
一種の地母神みたいなものなのか?
そういう神様は大概が女神様であると相場が決まっているんだよ。
彼女達が顕現というか、人の意識に働きかけて脳内に姿を見せてくれるような時は女性の姿を取ると言われているよ。
俺はまだ見た事がないがね」
「あと、炊事洗濯裁縫などの技能が『家事全般免許皆伝』というスキルになっておるのう」
「え、本当?
やったあ、裁縫もスキル化してるんだ。
でも家事が免許皆伝って何⁉」
「やったじゃないか、澪。
ようやく真面なスキルが出てきたぞ。
しかし齢十一にして、もう家事手伝姫をやる事が決定したな。
いっそ頑張って金を稼いでニルヴァに家でも買うか」
「それもいいけど、この国って家を買うと高いのかしら」
「何、そこの坊主が最強の魔法使いなんだからのう。
何をやっても立派な御殿が立つわい」
「あ、そういや俺は?
もう俺なんかオマケで、こいつらの只の保護者なんだから何でもいいけど。
俺だけは自分でステータスが見られるから、別に見てもらわなくたっていいんだけどな」
「まあ、一応は見ておこうか。
お主らは本当に人に言えないようなスキルの持ち主ばかりだから、しっかりと確認しておかんと、儂が今晩から眠れなくなってしまうわ」
「そっか、そういう事ならやっぱり見ておいてもらおうかな」
「よし、じゃあ行くぞよ。
……ほげえええええ」
「どうした。
もうこれで、かれこれ四度目だぞ。
俺にも何かヤバイようなスキルがあるのか⁉
そんなもの俺は聞いてねえぞ」
「お、お主は、なんと女神の契約者ではないか!」
「はあ? なんだ、それかよ。
なあ、そこに『セブンスセンス』っていう物があるだろう。
そいつは俺が向こうの世界から元々持っているもんだ。
それはスキルであってスキルじゃないものなのさ。
それこそが俺の女神である龍神大和から貰った一種の加護なのだ。
俺みたいな人間の事は龍王という。
まあそいつも世間じゃよくいるような人種で、そう珍しいものではない。
大和は女神だし、あれもまあ一種の契約みたいなもんなんだろう」
「そうではない。
この世界オウルの主神様たる女神オーリスとの契約じゃ。
この世界の名前であるオウルとは、オーリス様の世界という意味じゃ。
お主は、この世界の主神様と契約がなされておるのじゃ。
なんという事じゃ」
「な!
また妙な神様と……知らない内に契約しているのだと⁉」
おいこら、イコマ。
これはどうなってるんだ?
どうせ、お前の仕業なんだろう。
また人に無断で勝手な契約をしてー。
なあ、なんとか言えよ。
もしかして、あの子達がおかしな能力を持っているのも、お前が手引きしてこの世界の女神に付けさせたのか?
くそ、相変わらず都合の悪い時はだんまりなのかよ。
まあいいけどな。
たぶん、あってそう困るようなものでもあるまい。
というか、あった方がいいのでイコマの奴が付けさせたんだろうからな。
「それで、その契約者って奴には何かあるのか?
義務とか恩恵とか」
「わからぬ。
この世界には稀にそういう者が現れるという。
それはもう伝説の彼方の住人じゃな。
それが何を意味するものかさえ歴史の中に消えてしまっておる。
ただ、何かあればその契約が生きる展開になるのやもしれぬし。
済まぬ、わしにもわからん。
ただ、これも大神殿どもに知られるとまた……」
「はいはい、例によって封印案件なのね」
俺の場合は澪と違って、それで済むものかどうか、すこぶる怪しいもんだ。
これは、もしかすると龍王よりもランクの高い『龍皇』として主神オーリスと契約した可能性がある。
それだと面倒事が寄ってくる事もありそうだ。
普通に一切の義務のない龍皇、『神に愛されし者』として無条件に選ばれた、いわば龍神の神子のような存在なら何も問題はないのだ。
だが、これが本来は龍王の位でしかないにも関わらず龍皇として契約した『契約龍皇』という話だと何かトラブルのような事があるかもな。
なんていうのかな。
本来は組合側の人間である係長なんだけど、会社の色々な都合で課長扱いの課長代理に任命されて、組合側なんだけど会社側の人間として働かないといけないみたいな、妙竹林なややこしさ。
組合側の人間であるにも関わらず、立場上ストライキにも参加出来ないのだ。
それは待遇が本来であれば労働者階級である一介の龍王でしかない人間なのに、契約した相手だけが並みの龍神ではなく龍神ガイアのように惑星丸ごと単位みたいな存在にランクアップしている可能性があるのだ。
まあ、そういうものも恩恵の高さからみれば悪い事ばかりではないだろうからいいのだけど、これはまた面倒な。
もちろん契約したというのならば、その下手人は間違いなくイコマの奴だろう。
だが、こいつの場合は洒落にならない。
イコマの奴が、何か先にとんでもない事が待ち受けている事を察知して、わざわざ先手を打って女神様とこういう格上契約を勝手に結んだ可能性がある。
その場合はイコマの方から契約を持ちかけたはずだから、なんていうか契約そのもののランクが低めの可能性もあるな。
要は、労働契約の内容が厳しい物になっているという可能性が高い。
まあいいんだけど。
どうせ一旦女神と契約してしまった以上は、自分から破棄出来るような内容ではなく、それが一生続くのだろうから。
「他には何かないのかい。
例えば、玲のような超魔法力とか」
「うーむ、よくわからんのう。
他にも鑑定とか隠蔽に異世界言語などがあるのじゃが、その中で一つ変わった能力があるな。
再生という奴じゃ。
それがなんだかよくわからんのじゃが」
「なんだそりゃあ。
そいつを使うと何か音楽でも鳴るのか?」
「さあのう。
気になるのなら試しに使ってみるがよい」
俺はステータスを見て、件の再生とやらを引っ張り出してみた。
あるある。
そういや、ステータスなんて碌にチェックしてなかったわ。
魔物との追いかけっこに忙しくて、それどころじゃなかったんでな。
「そうだな。それじゃあ、ポチっとなあ。
うぐあはっ!」
なんだこれ。
えらく強烈な、なんというかな。
うはうっ、全身が細胞レベルで絞られるかのような。
なんかヤバイ、もしかして俺はここで死ぬのか⁉
駄目だ、今子供達を置いて死ねない。
せめて彼らのアイテムボックスに、現在の手持ちの物資を預けておくのだった。
「おい、お主。
大丈夫か。
しっかりせい」
「おいちゃん、大丈夫⁉」
「た、大変」
俺は返事すら出来ずに、頭を床に擦り付け四つん這いになって床を掻き毟らんばかりに痙攣しつつ、荒い息をしていた。
やがて、その全身を貫いた衝撃というか眩暈というか、そういう物はなんとか収まってきたようだ。
まるで全身が攣ったみたいな感覚が近い表現だろうか。
こいつは史上最低に酷い有様だな。
「ううっ、俺はどうなってしまったんだ。
た、助かったのか?」
そしてなんとか、かろうじて立ち上がった時、またしてもギルマスの雄叫びが上がった。
「はああああああっ!?」
「おい、五度目の叫びは何だよ。
不安になるじゃないか。
今、俺って死にかけていたみたいなんだからな」
「お、お主。
鏡は持っておるか。
その、出来れば全身が映るようなサイズの奴を」
「ん? ああ、家にあった姿見があるが。
何故だい」
「いいから、早く鏡を出して自分を映してみよ」
はあ?
「おいちゃん……」
「うわあ」
「なんだ、お前達まで」
とりあえず言われた通りに鏡台を出してその前に立ってみた。
そして叫んだ。
「うひゃああああああ」




