23 平穏の仮面
「へえ、辺境の街なんていうから、どんな感じなのかと思ったら割合といい街じゃない?」
澪も窓から眺める異世界の街に対して、実に感慨深く感想を述べていた。
まあ、ここに来るまでは殆どジュラシック・サファリパークの世界でのカーチェイスだったからなあ。
あるいはハリウッドの中世ヨーロッパ映画的なオンボロ宿の世界か。
それらのイベントは小学生の女の子には随分と堪えた事だろう。
もちろん、この中高年の内の高に属するおっさんにとっても堪えていた。
時に命懸けになるケースが余りにも有り過ぎたトンデモ運転業務がきつすぎたしな。
一番あれこれと大喜びでこの旅を堪能していたのは、その幾多の困難すらも御楽しみの内にしていた玲だったかもしれん。
「まあな。
ここは隣国国境から始まり、ニルヴァを経由して王都まで続く重要な交易路なんだ。
後の交易路は、アリス王国の北限にある国境の街サリーまで行かないと無くて、そこも結局はニルヴァ経由にて王都へ続く主街道に繋がっている。
ここは西の辺境一番の大都市であるニルヴァを中心にした南北交易路の大街道であり、またその大街道同士が交差する中心にあるニルヴァを介して、国内全域で東西に延びる王国主街道の大きな街や王都へも続いている。
只の田舎街道ではない重要な貿易路だから、それなりに賑わっているのさ。
まあなんにせよ、景気がいいようで何よりだ」
俺達はリタの街の大通りを車で目的地まで徐行しながら進んでいる。
もっと雑多な街並みの舗装もない道を、店や建物の間を縫う感じで人を避けながら進むようなイメージを持っていたのだが、なんか予想とは違っていた。
きちんと石畳が敷かれ、それが部分的にも剥がれているような事もなく隅々まで綺麗に整備されている。
街の建物は左右にきちんと区画されて並んでおり、道は広く大型の馬車がゆったりと互いに通り、道の端は両側に馬車が止められるようになっていた。
主交易路にある重要な補給基地としての機能を高度に果たしているのだ。
物品の中継倉庫の意味合いもあるのだろう。
商会の倉庫を兼ねた建物が多いようで、店舗よりも取引用の倉庫に商会の事務所が付属しているようなスタイルが多く見受けられる。
中には他国から、あるいはニルヴァからやってきて、ここで取引をして折り返して帰っていく商人もいるようだ。
少し毛色の違った人達も聞き慣れないような言葉で喋っていた。
俺達にとっては、それすらも日本語に翻訳されて聞こえるのだ。
まあ、一人の商人が何もかもやらなくてもいいわな。
それぞれの商売人にとっての得意分野なんかもあるのだろうし。
日本の商社や問屋なんかもそうだろう。
ここは商人のための街なのだ。
倉庫と運送業の占める割合が多いものらしい。
だが華やかさには欠ける嫌いがあるので、いかにも辺境にある商取引の街といった趣だった。
「こいつはまた当てが外れたな」
「どうしたの、おいちゃん。
じゃなかった、パパ。
呼び方は練習しないと言い間違える~」
「いや何、冒険者ギルドを捜していたんだが倉庫や商会ばっかりだ。
後は商人のための宿と彼らのための御店ばかりだ。
大通り沿いの一等地は、みんな商人が押さえているってか」
「おい……パパは冒険者になりたいの? その歳で⁇」
「違う。
たっぷりと溜まっている魔物を買い取ってもらいたかったのだ。
忘れたか? 俺達が無一文だっていう事を。
金を工面しないと宿にも泊まれんし、店で飯も食えんぞ。
入場料を請求されなくてよかった。
ここは羽振りがいいからそんな物を取る必要はないし、人をじゃんじゃん入れた方が街にとって得だからな。
どいつもこいつも、この街に金を落とす福の神ばかりなんだから。
しかし、この街に冒険者ギルドなんかが本当にあるのか?」
「仕方がないから諦めて商業ギルドへ行こうよ」
実のところ、そいつは気が進まないのだ。
何故だかわからないのだが、それは止めた方がいいと『俺の中のあいつ』が言っている感じだった。
この感覚には絶対に逆らってはならない。
だから、こうやってウロウロしているのだが、肝心の冒険者ギルドが見つからないので困ったな。
「どこがそうだかよくわからん。
どこで訊きゃあいいんだろうなあ。
それに、おかしな日本の物品を売るよりも手持ちの魔物が売れるなら、それでも無難でいいかと思ったんだが」
「へえ、じゃあどうするの?」
「その辺の人に訊いてみようよ」
「うーん、訊くのなら商人の方が愛想もいいかもな」
正直に言って、こんな『錬金馬車』なんていう高価そうな物を乗り回しているので、あまり他人に関わり合いたくなかったのだが、そうも言っていられないか。
油断すると、あれこれと追及されてしまいそうだし、変にボロが出てもいかんのだが。
あと、この車のように高価そうな物を見たら性質の良くない事を考える輩もいそうだしな。
だが保安上の理由から、車から降りると大変な事になってもいかん。
車があれば、ちょっとした用なら子供達を車の中に置いてロックをかけておく事も可能だ。
また勝手がよくわからないうちに子供達と一緒に徒歩で連れて歩いていると、いつの間にかはぐれてしまったり、あるいは最悪は人攫いに連れていかれたりとかがありそうだ。
子供達もキョロキョロしそうだしな。
おそらく、そうなったら二度とこの子達と会えなくなる可能性が高い。
一応、そういう場合に探せるよう子供達が服装を変える度に写真には撮ってあるのだが。
しかし、そうなったら一体どこへ捜索を依頼したらいいのかすらわからん。
それこそ、今我々が捜索している対象である冒険者ギルドみたいなところだろう。
この街も一見すると治安が良さげに見えるが、必ずしもそうではないはずだ。
ここリタだって、伊達に『辺境の街』などと呼ばれてはいまい。
ニルヴァへ行ったら、もっと大変だ。
あそこは迷宮があるだけでなく、一大交易路である街道の交差点となっていて、大要衝としての意味でも重要な拠点であるらしいし、胡散臭い人種の坩堝にもなっていそうだ。
予行演習の意味でも、ここで現地の人とコンタクトを取っておくか。
「よし。
じゃあ、あそこにある大きな商会の人に訊いてみようか。
ああいうところの方が信用出来そうだ」
正確には「門構え」を見て決めたのだが。
俺は、そういう時に「能力」を使って決めるのでな。
念のため、そっと俺の中の内なる者イコマに訊いてみる。
「あそこで大丈夫か」
イコマは、俺達の間で言葉でなく会話するやり方で「イエス」のサインを送ってきた。
俺は頷くと、そちらへ車を付けた。
たかが道を訊くだけのために大げさなと思うかもしれないが、こんな場所で何があるのかわからない。
話しかけただけで、おかしな方向へ話を持っていこうとする人間も必ずいるはずだ。
わかる、理屈でなくわかる。
明確に感じるのだ。
この街には見た目では知り得ないような胡散臭い裏の顔がある。
確実にある。
決して平穏な見かけだけで判断してはならない。
絶対にならない。
特に外国から来たらしい交易者の中には、何故かわからないのだが、そういう気配が濃厚に漂っている感じだ。
この国の政治・外交の具合がまったくわからないのが大きな不安要素だ。
こちらの世界の人間のメンタルが不明な以上は、日本の常識は捨ててかかる事にしている。
むしろ、一見するといかがわしい雰囲気を纏っているニルヴァの方が、地図上の名前を見ただけでも割合と安心感が感じ取れるのだ。
絶対にこのリタの街には住むまいと決意した。
この感覚には絶対に逆らってはならない。
さもないと、それが命取りになるだろう。
俺だけでなく、俺が庇護する大切な子供達にとっても。
「すみません」
「おや、どうされましたかな」
作業をしている人間に指示を出して監督している人が対応してくれた。
よし、この人は大丈夫。
わかる、感じるのだ。
理屈でなくわかる。
これがボーっとしている時だと見過ごしたり感じ取れなかったりするのだが、全身全霊で備えている今はそうじゃない。
「いや、ちょっと道を御尋ねしたいのですが、冒険者ギルドはどちらの方にありますでしょうか。
あとよければ商業ギルドも。
なんか倉庫や商会ばかりで、それらしき施設が見当たらなくて」
すると彼は少し首を傾げ加減で訊き返してきた。
「何用でギルドまで行かれますので?」
おや、道を訊いただけなのに、そう訊き返されるのか。
これは何かある?
「私は旅行者なのですが、ちょっと手持ちの路銀が少なくなりましたので、魔物の素材を買い取ってもらえないかなと思いましてね」
すると彼は表情を曇らせて、このような事を言ってくれた。
「そうですか。
この街の冒険者ギルドは少し、いやかなり寂れています。
冒険者に御用ならば、思い切ってニルヴァまで足を延ばした方がいいでしょう。
まあ少々の買い取りなら、ここでもやってくれるかもしれませんが、ニルヴァの方が素材買取もかなり割がいいです」
そして彼は少し周囲に気を配ってから俺にぐっと近づいてきて、耳元に口を寄せて小声で忠告してくれた。
「旅の御方。
悪い事は言わないから、この街の商業ギルドには絶対に関わらない方がいい。
西の帝国の息がかかっています。
帝国との間にある御隣の鉱山国ヴァルディアは、覇権国家である西のエルドア帝国の圧力に晒されていて弱腰だ。
いつヴァルディア経由で帝国がこの国へ押し入ってくるかわかりません。
我がアリス王国も神経を尖らせていますよ。
ヴァルディアとの国境に近い商業区であるリタは今、両大国の対立を孕んで少々熱いムードなのです。
この魔物溢れる辺境に在るにも関わらず、そういう煽りを食らって冒険者ギルドも衰退加減なのですよ。
冒険者も巻き添えを嫌がってニルヴァへ移っていく者が多く、冒険者ギルド自体も土地代や賃料の安い裏通りへ追いやられてしまっています。
もはや実質的に冒険者ギルドは機能していないに等しいです」
ガーン。
俺は思わずピキっという感じに固まってしまって、彼の唇に笑みを浮かべさせてしまった。
それで門のところで胡乱な感じに思ったのか。
うはあ。
この街は今、どうやら覇権国家であるらしい帝国絡みで国家同士の争乱の舞台になっているのだとお。
両国あるいは他の国なんかも含めて、間諜とか軍部の人間がわっさわさといるんじゃねえの?
大陸の覇権をかけた争いっていう感じか?
マップから見る限りでは、このアリス王国が大陸序列一位だな。
『豊穣の国』の二つ名が付いているくらい繁栄しているのだ。
西の帝国はエルドア帝国とあって、地図を一目見ただけで地勢があまり良くなさそうだとわかる国だ。
なんというか、全体的に岩山に囲まれている感じで、殆ど鉱山国も同様だわ。
だから他を攻めてなんとかしたいと思うのだろう。
この豊かな大国が、豊かになりたい大国からあれこれと攻められているわけか。
それで、その侵略者と絡んでいるらしいリタの商業ギルドに、なんか怪しい余所者が入っていったなんていったら!
この国のお役人さんに目を付けられて、それはもう酷い事になりかねん。
俺達の場合は、自分の立場さえ役人には説明したってわかってはもらえないような悲惨な状態だからなあ。
ただ普通に人へ話しかけた途端に、早速ブラックスワン様の御登場なのかあ。
仮面の下どころか、薄皮一枚めくっただけで鉄火場である裏の顔が覗いたじゃないか。
危ねー。
そんなもんに、俺達みたいな余所者が関わったら完全に負け犬コースっていう奴だな。
しかも錬金馬車なんていう涎が垂れそうな値打ち物を、帝国絡みの商業ギルドに持ち込むも同然の展開で。
へたをすれば、その出所を巡ってその帝国とやらに連れ込まれて拷問コースじゃねえか。
このアリス王国だって、そういう観点から見れば信用出来ない。
王国という封建主義の国家なんだからな。
こいつは危ないわ。
くそ、笑うなよ、イコマ。
この展開は笑えねえんだよっ!
「う……今夜、この街に泊まりたかったのですが、止めておいた方がいいですかね」
「はっはっは、まあ街がこういうムードなので、宿の具合も昔のように良いとばかりは言えませんが、中には良い宿もありますよ。
良ければ紹介状を書いてあげましょう。
少々予算は要りますが、まあその、ここでは安全第一を考えた方がよろしいかと。
おかしな宿に外国の方が御泊りになられると、またね……」
「はい、御願いします……」
最後の何か含むような物言いが怖い!
何も知らんような余所者が、帝国の息のかかった危ない宿には泊まりなさんなっていう事ですね。
重ね重ねの御厚情感謝いたします。
うはあっ、自分の感覚とイコマによる判定の勝利だね。
これが全然違う、帝国側にいて腹に一物持っているようなヤバイ人に声をかけていたなんていったら!
「私はボリンジャー商会のアンソニー。
私から聞いたと言えば、宿でちゃんともてなしてくれますから。
もしそこの宿がいっぱいでも、安心出来る宿を紹介してくれます。
ああ、冒険者ギルドは、そこの角を左に曲がってから二本目の道を右へ行くとすぐです。
まあいくら寂れていても、あそこの方が少なくとも商業ギルドよりは遥かに信用がおけますな。
そんな事は、この街の商人たる者が言う事ではないですがなあ。
わっはっはっは」
そう言って彼は、その場で書いてくれた紹介状を渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。
本当にどうも」
「いえいえ、これ以上この街の評判を落としたくありませんのでね。
いやはや、まったくもって本当に困ったものです」
龍神大和よ、ありがとう。
きっと俺の御祈りが効いたから、このような幸運と巡り合えたものに違いない。
とりあえず、お金の工面をするとしようか。
何を売ろうかね。
日本製品も色々と具合がわかるまでは売りづらい。
やっぱり草原で狩った魔物がいいかな。
ティラノ君や大蜘蛛、あと何かに食われていた八本足みたいにヤバそうな奴はよしておこう。
こんな事情だと、あまり変な物は売っちゃマズイっぽいしな。
結構地名がおっさん本篇と被っています。ここでは大国に挟まった鉱山国が弱腰の国で、帝国の名前の方がエルドアになっています。アルバトロス王国に相当するアリス王国の北方にある衛星国家エルミーアは、本篇ではエルミアとして辺境の街の名前になっています。本篇でサイラスは兄弟国になっていますが、ここではエルミーアが完全な衛星国家になっています。




