21 石畳ハイウエイスターの苦しい言い訳
「うーん、なんていうかなあ。
参ったな、こりゃ」
「そだね」
澪も問題に気付いていたようだ。
「えー、何が?」
暢気そうにビデオカメラを回していた玲が振り向いた。
「ん、ああ。
この車が街道で目立っちゃっているのさ。
他に自動車なんていう物は一台も走っていないからな」
まあ、こんな装甲車が日本のその辺の道を走っていたって、ちょっと目立つか。
スマホやタブレットのカメラレンズが集中する事だろう。
普通の軍用車タイプの車だって、一般の人が買って走っていると結構注目されるのだ。
ましてや、こんな車のまったく無さそうな世界ではな。
さすがに軽装甲車は異質過ぎる存在だ。
こいつはゴツイ金属の塊みたいなもんだからな。
時折街道を通る車両は馬車くらいのものだ。
みんながこの車をガン見していく。
街道で他の馬車とかち合うと、あまり徐行せずに強引に街道の欄外余白を走り抜けていくしな。
砂塵が他の馬車にかかると良くないので、それなりに速度は落としていくのだが。
そのうちに通報されてどこかの街の警備の人間が馬で追いかけてきそうだ。
それも最高時速の百キロまで加速すればぶっちぎれない事もないし、燃料は走行しながらでも補充する技を身に付けた。
だが、あまり騒ぎになるとなあ。
とはいえ、俺達が歩いて旅をするのは無理だし、またこの間のような怪物が出現しても困る。
まだ装甲車は降りたくない気分だったのだ。
一旦、あそこまでやってしまうとなあ。
ティラノ系魔物とのガチンコは、出来ればもう一生御遠慮願いたい。
「あー、早く迷宮都市に着かねえかな」
「その前にリタへ寄りたいよね」
「あの村の宿より綺麗な宿だと嬉しいな」
「たぶん、あそこまで悲惨な事はないんじゃないか?
あの村はきっと最低ランクの小村だろうからな。
この国、本当に大陸一の王国なのか?
その点、一応リタは俺のマップに名前が載るほどメジャーな街だからな。
もっとも、『辺境の街』という二つ名はついているけど」
「そっか、あまり期待しないでおこ……」
「その前に、リタの街の中へ入れるのかどうかが問題だな。
田舎街だから、なんとかいけそうな気はしているんだが。
聞いた話の範囲ではニルヴァの方は問題なさそうだ」
とりあえずはトイレ休憩の際に、車だけは乗用車タイプの大柄で頑丈なクロカン車に乗り換えておいた。
こいつだって鉄板の厚さが普通のペラペラな自動車の二倍から二・五倍はあり、フレームもトラック用のごついラダーフレームを使用していて、強力無比でトルクフルな四リッターエンジンを積んでいるので最高速度も段違いだ。
それに第一、装甲車とは快適性がまるで違う。
俺の運転時の疲労度も。
実を言うとそっちの方が大問題なのだ。
装甲車の運転にもだいぶ馴染んできたが、やはり普通の車を運転する事に比べたら、あれの運転は数倍疲れる。
何しろ動きが鈍重で、周りもよく見えないからな。
自衛隊員でもない俺のような一般人が運転すると、心だけが逸って大変もどかしいのだ。
仮にも装甲を施した軍用車なんだから、そんな事は当たり前の事なんだけど。
さすがに装甲車の九ミリ厚の装甲版と比べたら、たった一ミリ厚程度しかない乗用車用の只の鉄板では防御という観点から見れば素材レベルで物凄く心配なのだが、これだけ往来があったら、さすがに魔物もそうそう出てこないのではないだろうか。
盗賊なんかが矢で攻撃してこない事を祈るばかりだ。
当たったところが窓ガラス以外の場所なら、普通の矢を食らったくらいなら持ち堪えてくれそうな気はするが。
まあ薄紙のような鉄板のペコペコな軽自動車ではないので。
あと、装甲車は重くて加速もトロく最高時速が百キロしか出ないが、この車は加速もスピードも一級品だ。
オフロード性能も一般市販車の中では最高クラスなのだし、オンロードでも快適にそれなりの性能を発揮してくれる。
「このあたりはまだ辺境だから馬車も少なくていいけど、北方のニルヴァに通じる東部辺境の南北主街道であるフィスカ街道に位置するリタまで行くと、一気に馬車の往来も増えそうだ。
一応、この車を使う事の言い訳は考えてあるが」
「へえ、どんな言い訳? この澪様に申し開きしてみ?」
「ふっふっふ。
今俺達がいるアリス王国にある西の辺境地区は、大体この大陸の真ん中あたりになる。
この大きな大陸から東に渡ったところにある三日月形のような小大陸は一つの国家からなっていて、魔法王国ドーラという。
マップの写真で見る限りは、その国は錬金術なんかも発達しているらしくてな。
そこの偏屈な錬金術師が作ってくれたワンオフモデルの『錬金馬車』であるという設定さ。
たぶん、本当にそういう仕事をしているような奴らもいそうな雰囲気だし」
「ああ、馴染みの薄い遠方の国からの『輸入車』扱いという事にするのね。
でも、そんな言い訳が通るものなのかしら」
「まあそれはどうだか知らないが、あっちの大陸へ渡るのは物凄く大変なんだぜ。
マップで見たところ、サディアス諸島という群島を転々と船で渡り歩いていかないと隣の大陸まで行けないみたいだからな。
だから、そうそう向こうの大陸へ行った事のある奴はいないはずだし、特にここは辺境だから特にな。
小大陸丸ごとが魔法王国だなんて、きっとヴァーリトゥードなワンダーランドに決まっている。
何があったっておかしくはない。
という事で強引に押し通す」
「ふうん、実際にはどうなのかしら」
「お前、結構疑り深いな。
まあ確かに王都アロスは、アリス王国内では割と東寄りに在って、マルス街道という王都を通り北方の開拓砦マルスから港街ファティマまで直線で一気に繋ぐ大街道もある。
そのファティマ港からサディアス諸島は目と鼻の先にあるので、二大陸間の往来はそれなりに盛んであるのは確かだ。
という訳で、あっちの方面だと変な言い訳をすると苦しいかもな」
「確かに苦しいかもね」
「まあそこは普通の人はわざわざ手間暇かけて隣の大陸まで行った事がないだろうし、向こうは技術情報関連の機密に関しちゃ煩い国なんじゃないのか?
そこはまあ、敢えて魔法王国の錬金術師どもの偏屈さによる情報非拡散のせいで、錬金馬車の情報は一般的には知られていないという事で全面的に押し通せるという希望的観測に賭ける」
「言い訳、長っ。
まあ別にいいんだけどね。
第一、こんなに広そうな大陸を歩いて移動するのなんて無理だもん。
あたしも装甲車より、こっちの車の方が乗り心地も良くて好き」
「まあ、そういう事さ」
そして、さして車の事情には関心が無くてマイペースな奴もいた。
「ねえねえ、あれを見て。凄いよ」
「ん? 何だ」
だが小坊主が指でさし示したものは、馬車ならぬ『トカゲ車』のようなものだった。
トカゲは十メートルサイズだから、大草原の大トカゲ魔物と比べたら小ぶりな方かな。
「うお、この世界の奴らもなかなかやるなあ」
「凄い、大きなトカゲさんが馬車を引いてる」
「地球でも無理やりワニに馬車を引かせようとしていた人達もいたっけな。
まあワニだと足が遅いと思うけど。
それに巨大サイズのイリエワニくらいでないと本格的な馬車を引けそうにないが、それだと周りの連中が食われてしまいそうだから、さすがにそれはなかった。
タイヤが二つ付いただけの限りなく人力車に近い代物だった。
あのトカゲは結構足が速そうだな。
体付きや足の形と動かし方なんかを見ていると、なんとなくわかる」
俺なら何に引かせようか。
あまり大きい奴に引かせると餌や宿舎なんかの世話が大変だ。
あと何かの拍子に『暴れ魔物』になった時の対処に困るだろうな。
やっぱり、その辺の草原の草を食っているような奴が一番いいのかね。
「確かに今までも蜥蜴とは散々競争しまくってきたから、スピードメーターと首っ引きで必死に運転をしていたおいちゃんなら直感的にわかるのかもね」
「これで遭遇した魔物は記念すべき百匹目だよ。
いいなあ、あれ」
玲が窓に齧り付きで羨ましそうに見ていた。
「はっはっは。
いいけど、あんな魔物に迂闊に近寄ったら頭から齧られても知らないぞ。
馬だって気の荒い奴は思いっきり噛みつくからな」




