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18 牧師様

 その他の教えてもらった場所も見に行ったが、店はやはり閉まっていたし、村長屋敷は少し大きいだけの只の農家の家だった。

 珍しく馬が数頭いたのは、近隣との連絡のためだろうか。

 他に交通機関が無さそうだからな。


 見た加減では、こいつは乗用で農耕馬ではなさそうだ。

 武骨な物だが鞍も壁にかけられていたし、有難い事に馬具にはちゃんと鐙がついていた。

 この鐙があるとないとでは大違いだ。

 これは結構重要な情報だ。


 少なくとも鐙のない裸馬なんかに俺は絶対に乗れないだろう。

 車が目立って使えない時は、俺が馬を扱わないといけない。

 馬に乗った事なんかないけどな。


 子供達も乗って乗れない事はないだろう。

 むしろ、俺みたいなよれよれのおっさんなんかよりは子供の方が颯爽と馬を乗り回しそうだ。


 この馬に使う馬具も、あの怒りっぽい鍛冶屋の親父が作っているのだろう。


 出来たら馬車の方がいいが、どの道馬関係では自動車のような速度は出ないので魔物の奇襲があった場合には逃げられなくって困る。

 戦って勝てる相手ばかりとは限らないしな。


 あと物々交換場には誰もいなかった。


「誰もいないねえ」

「ああ、小さな村だし、こういう世界だと朝早くから仕事をしてそうだしな」


 宿にも特に灯りらしきものは置いてなかった。

 暗くなったら店仕舞いって感じかな。

 食堂にはランプみたいな物も置いてあった気がするが、特に灯は点っていなかった。

 油が勿体ないからな。


 もう物々交換場も形骸化していて、普段は知り合い同士で各戸にてさっと終わらせてしまうものなのかもしれない。

 場所自体は小綺麗にしてあり、手入れはされているようなので集会場代わりにされているのかもしれないが。


 あるという触れ込みの御店らしい物がどこにも見当たらないのが残念だ。

 そこなら金の工面が出来たかもしれんのに。

 だが、こんな小村なのだ。

 それもまた期待薄だろう。


 大工はよくわからなかった。

 もしかすると農業と兼業とかで、店を構えていない営業スタイルなのかもしれない。

 仕事の注文がある時だけ大工仕事をやるとか。


 それから教会を見に行った。

 そこも小さな建物で、教会というよりはこれこそ集会場のような雰囲気だった。

 さっきの場所は井戸端会議場という感じか。


「おや、見かけない顔ですね。

 もしかして、旅の御方かな。

 こんにちは。

 私は宣教師のアルゴルと申します」


 そう言って丁寧に声をかけてくれたのは、聖職者らしい感じの格好をした壮年の男性だった。

 地球の聖職者の人とはやや趣が違うが、おそらく牧師に相当する人なのだろう。

 この村の住人にしては口の利き方が素晴らしくて、それだけでもう感動物だ。


 俺の脳内では、この出会いをこの世界における人間とのファーストコンタクトと上書きしておこう。

 宿の女将や客、鍛冶屋の親父なんかの粗野な言動は速やかにメモリーからデリートしておいた。


「はい、そうです。

 こんにちは。井上隆祐と申します」


「こんにちは、山田澪です」


「こんにちは~。

 僕、山田玲だよ」


 子供達も笑顔で頭を下げて元気に挨拶してくれる。

 二人とも、あの宿の雰囲気に相当衝撃を受けていたみたいだからホッとしている様子だし。

 あそこの人間の態度振る舞いも込みでね。


 おっと、俺が名乗った苗字が二人と違っていたな。

 だが、向こうは特に気にしないようだった。

 これが日本だったら厳しく詰問されかねない。

 今度から俺も山田と名乗るべきかな。


「おやおや、しっかりと挨拶が出来て素晴らしいですな」


「ははは、いやあなたこそ。

 さすがは教会の方だ。

 村の住人の方々はそうではないので子供達も面食らっていますよ」


「いやあ、誠に以って御恥ずかしい限りでして。

 そういう事もちゃんとするように口を酸っぱくして言っているのですが、何分にもこんな田舎の小村ですのでね。

 まあ気を悪くせんでください。

 これから、どちらへ行かれるのですか」


「いや、この先の迷宮都市ニルヴァへ行ってみようかと」


 だが、牧師さんの反応は微妙だった。


「はあ、あそこへですかあ」

「あれ、何かありますので?」


「まあ、その何と言いますか。

 あそこは冒険者や商人なども大勢いて活気はありますが、荒くれ者なども少なからずおりますし、全体的に粗野な雰囲気なので、御子様を連れていくにはどうかと思いましてな。


 いや、わざわざそういう雰囲気を味わうために観光で行かれる方も結構いらっしゃるのですから別にいいのですがね。

 まあその、失礼ながら御見受けしたところ、あなたはそう腕が立つようには見えませんので。

 まあ、そういう加減が気になるようでしたら冒険者ギルドで冒険者を護衛に雇われればよろしいかと」


「はあ、察するに治安がかなり良くないので?」


 ここは重要なところなので忘れずに訊いておく。

 さすがに年がら年中、銃をぶっ放して命のやりとりをしている訳にもいかない。

 命が幾つあっても足りやしない。


 こうやって聞いただけだと、西部劇に登場する街くらい荒っぽい感じのようだが。


「冒険者が犇めく街なので、まああんなものでしょう。

 別に無法地帯というわけではありませんよ。

 きちんと太守様が治めておられますし法もありますが、まあその、場所柄もありまして。

 太守様も、そう煩い事を言う方ではありませんしね。

 資源鉱山としての迷宮からの上がりが十分であれば、そう細かい事には拘らないかと。


 時には腕っぷしに物を言わせる輩もいると言う訳で、そこは自力防衛が基本ですな。

 まあ近隣にある鉱山都市よりはマシですか。

 あそこは仕事柄荒くれ者揃いですので、家族連れの方は絶対に近寄るべきではないですな」


「なるほど。

 実は私も鉱山都市はまずいかなと思って避けて、まだ面白そうな趣であるニルヴァの方を目指しておるのですが。

 少し商売もやってみたく思いますし」


 すると彼も腹を揺すって大笑いしてくれた。


「賢明、賢明。

 人生は賢く生きねばねえ。

 商売をするのなら、商業ギルドにも寄っていかれるとよろしい。

 あそこは迷宮の産出物に加えて、迷宮での上がりに群がる商人が山ほど各地の産物を持ち込んでおりますからなあ。

 考えようによっては、王都よりも商売するにはいい場所だ。

 時にこの村の印象はどうですかな」


「まあ小村のようですし、こんなものではないですか。

 とにかく宿がチープなので堪えましたね。

 子供達が悲鳴を上げております」


「はっはっは。

 そうでしょう、そうでしょう。

 何しろ客人など殆ど来ない村ですからなあ。

 まあ少なくともニルヴァのような大都市ならば、宿もそういう事はないでしょう。

 ああ、冒険者向けの安宿は御止めになった方がよいかと。

 商業ギルドへ先に立ち寄れば、商人向けの良さげな宿を紹介してくれるでしょう」


「そうですか。

 そういえば、ニルヴァの商業ギルドって商売をする権利なんかも扱っているのですか?」


「そうですな。

 正しくは太守様から商売の免状を頂くわけですが、商業ギルドが手数料を取って発行を代行しておるはずです。

 その方が簡単で即時発行ですので。

 その代わり、ギルド証を発行していただくので、商売の規模により年間で治める費用が発生しますな。


 ギルド証の発行自体は無料です。

 商業ギルドによる代行の場合だとお金がかかりますが、ニルヴァ商業ギルド及びニルヴァ太守の名により商売が保護されます。

 他の街でも大都市であるニルヴァのギルド証を持っておると商売はスムーズになりますよ」


「そうですか、ありがとうございます。

 あと、街に入るのに何か手続きが要りますか。

 実は道中の街では入り口で揉めてしまって入れなくて、ここへ回ってきたのですが。

 あと入場するのにお金とかは要りますか」


 この話が重要なのだ。

 もし金が必要なら、ここで工面するかニルヴァに出入りする商人に声をかけて取引し、あらかじめ金を用意しておかないと、また揉めて中に入れなくなる。

 そうすると今度は行先に困ってしまう。


「いえ、まったく。

 この国は大国なので街へ入る時は結構煩いですが、鉱山都市や迷宮都市なんぞはフリーパスで、この村といい勝負ですな。

 その代わりに、中には怪しい人間も混ざっておるというわけでして。

 まあ、ああいう都市は厳しい仕事環境ですので万年人手不足気味でありますから、鉱夫や冒険者を集めるのに細かい事を言っておれませんのでな。

 大体この村と似たようなもんでしょう。


 むろん、街へ入るのに御代は要りませんよ。

 来る者は拒まず、去る者は……中には死んでしまわれる方もおりますなあ。

 ダンジョンの中でも外でも。

 あの街では冒険者ではなく商売をするのが賢い人間のやり方。

 いや、あなたは賢い。

 わっはっはっは」


「そ、それはどうも」


 うわ、治安に関しては気を付けねばな。

 だが、ここで話を聞く限りの内容では、行先はニルヴァ一択という感じだな。


 出来れば、もしもそこにいられなくなるような時に備えて、あそこで何とか身分証を入手したいところだな。


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