16 街道村へ
さっき追い散らされた街から約二十キロメートルは離れた場所、そこにMAP上には小さな村っぽいものがあるが、ここはどうなんだろう。
この村もまた俺達を追い散らすだろうか。
しかし、俺は肝心な事に気が付いていた。
『ここの金が無い』
もちろん、それはここの通貨の事だ。
手持ちの諭吉の束などは、最早何の値打ちも無い紙切れだ。
それに代わるような値打ち物なら幾らでも持ってはいるものの、うっかりと出すのはヤバ過ぎる。
この小さな村では貨幣が通用していなくて物々交換の恐れさえあるのだが。
とはいえ、上手い事交渉出来れば宿にありつけるだろう。
子供達は気丈に振る舞っているが、多分もう限界なのではないだろうか。
こんな酷い事になっているというのに一緒に親がいないのが致命的だ。
一緒にいないどころか、へたをするとこの子達の目の前で親が怪物に殺されている可能性すらある。
さすがに怖くて、その時の状況については訊いていないのだが、自分で両親は殺されたと言っていたから親の死体を見ているはずだ。
この子達が助かったところを見ると、親が咄嗟にどこかへ子供達だけ隠したのかもしれないから、その瞬間は見ていないのかもしれないが、親の悲鳴は聞いているかもしれない。
小学生の澪も、守ってやらないといけない年下の弟がいるのでなければ、とっくに精神がパンクしているはずだ。
おっさんは若い頃は車に乗って放浪する習性があったので、この旅も精神的には案外と堪えてはいない。
それは爺さんから超能力も含めて貰った習性なんだし。
それでもボロボロになった老体には、この体力が必要なイベントは堪えまくりだけどね。
子供達には村の事を告げたが、やはり浮かない顔をしていた。
「とりあえず村まで行ってみよう。
まあ、あまり期待しないでくれ」
俺は車を走らせて村へと辿り着いた。
というか、街道がそのまま村のメインストリートになっているようだった。
特別な入り口があるわけではなく、そのまま村の只中へと到着した。
こうしておかないと、みんな村を素通りしてそのまま先へ行ってしまうのだろう。
せっかく街道沿いにあるんだから客を逃がす手はなかろう。
幾ばくかの店があって、その中に酒場兼用の宿屋があるようだ。
字は読めないのだが、なんとなく作りでそれとわかった。
「ちょっと様子を見て来る。
どんな具合かわからんから、俺が戻るまで絶対に車の外へ出るな。
ロックをかけておくからドアも決して開けないように。
いいな?」
「うん、わかった」
俺は子供達に車の中で待っているように厳しく言いおいて、車にロックをかけた。
それから宿に入って周りを見渡した。
真ん中に宿の人間がいる木製のカウンターのような物があり、右手が酒場になっているようだ。
「あんた! 見かけない顔だね。うちに何の用だい」
いかにも農民のおばさんといった感じの、あまり目付きが良くない宿の人がぶっきらぼうな声をかけてくる。
サービス精神というか、誰かを歓迎する意思そのものが完全に欠如しているみたいだが、まあここは異世界なのだから仕方がない。
うん、外国の場末にある場所での対応なんて、大体こんなもんだよな。
それは世界一の先進国であるアメリカでも経験した。
日本は特別に親切な国の部類に入るのだ。
こんな異世界の隅っこにあるこの村で、客を歓迎するなんていう言葉が果たしてあるものなのかどうか。
「宿に泊まれるかい?」
「一晩、一部屋で銅貨五十枚だ。
ビタ一文まからないよ」
はあ、銅貨か。
「あと子供が二人一緒なんだが。
こいつじゃどうだい?
生憎な事に今現金を切らしていてな」
俺はそう言って、『胡椒』の瓶を放った。
宿のオバハンは開け方がわからないらしくて弄くり回していたが、俺が取上げて開けてやった。
ガラス瓶に入った、百円くらいのメーカー製の小さな瓶入りだ。
「こいつは!」
オバハンは俺が掌に空けてやった胡椒を見て眼を見開き、その手が少し震えていた。
ビンゴ。
ここでは胡椒が高価なんだな。
他にも色々な香辛料があるが、まだ見せないほうがいいだろう。
胡椒は肉の臭みを消すのに良いので多分使っていて、その上こういう世界ならそれなりに高価なのではと当たりをつけていたのだ。
「そ、そうさね。
こ、これ一瓶なら三日はいてもらってもいいかな?」
「飯は?」
「あ、ああ。二食つけよう」
「二食だと!?」
だが宿のオバハンは実に不思議そうな顔をした。
「何がいけないというんだい?」
あ、ああ。
一日三食の習慣が無いんだなあ。
そいつは仕方が無い。
まあ日本のホテルでも二食付が普通だったし、地球でも三食ちゃんと食べる用になったのは割と最近の話だ。
「ああ、それで結構だ」
俺は新しい胡椒の瓶を出し、封を切って彼女に渡すと、車から子供達を呼んできて二階の部屋へ案内してもらった。
もちろん、車は収納しておく。
だが、一目その部屋を見て子供達は固まってしまった。
そう、あまりにも汚いあばら小屋同然といった風情だったのだ。
この子達は、たぶん日本のホテルみたいな宿を期待していたんだろうな。
階段も思いっきり軋んでいたし。
「じゃあ適当に晩飯には下りてきなよ。
あまり遅くなると食いっぱぐれても知らないよ」
そう言い残すと、宿のオバハンはさっさと下りていってしまった。
やや沈黙が重い空気の中、澪が真っ先に文句をつけた。
「おいちゃん。いくらなんでも、これは無いと思う」
「友達の仁君の部屋より汚いな。
日本の豚小屋の方がまだ綺麗だよ」
続けて玲も文句を垂れた。
まあ、子供達がそう言うのも無理はない。
まず部屋全体は木で出来ているが、その作りの粗末さといったら。
日本や北欧のような工芸的な仕上げは望むべくもない。
あちこち隙間だらけで不揃いな板を打ち付けた、とにかく壁があればいいんだというような構造だった。
壁も破れていて、随分と長い間ほったらかしであるようだ。
補修をしようという意思入れがまったく欠片も見られない。
ベッドも御世辞にも素晴らしいとは言えない長めの木箱のような代物だし、粗末な敷布団は染みや継ぎ接ぎだらけで見られたものじゃない。
掛布団に至っては存在していないし。
きっと馬鹿には見えない掛布団が置いてあるのに違いない。
そして掃除も行き届いていないし、やはり匂いが気になる。
部屋にトイレはついていない。
おそらく共用のトイレなのだろうが見るのが恐ろしいな。
トイレがあるならマシな話だろう。
風呂など絶対にあるまい。
子供達から泣きが入りそうだが、ここは慣れてもらう他はあるまい。
俺だって、もう泣きそうなくらいなのだ。
日本人にあまり向いた世界ではなさそうだ。
トイレは、広さだけはある部屋の中に災害時にトイレ用として使う丈のあるワンタッチテントを設置し、中に災害用トイレを置いた。
風呂はさすがに諦めて湯で体を拭くしかない。
宿で湯を出してくれる親切なサービスは無さそうだ。
「まあまあ、ここは多分ただの小さな農村だ。
屋根があるだけマシってもんさ」
「モーターホームの方が絶対にいいわよ~」
「確かにねー」
「だけど、ここは魔物の襲撃を気にしなくていい、人の世界だ。
とりあえず、今日のところは仕方がないからこれで我慢しな」
「はあーい」
膨れっ面の澪が、不承不承で了承してくれた。
この子にも異世界の事情は薄々わかってはいるんだろうがな。
だがまあ無理もない。
人生経験豊富な俺だって、もううんざりしているくらいなんだからな。
とりあえず、布団は持参品の中から用意した。
部屋にも消臭剤や芳香剤を使用して、かろうじて快適さを保った。
ベッドも、たっぷりと消毒しておいた。
敷布団は大きなビニール袋に入れて口はしっかりと封じておいた。
ともすると布団に虫が湧いている場合があるんだよね。
地球でも外国の安宿なんかは、こんなもんだ。
俺はベッドの汚れや埃を収納しておいた。
「これから、どうするの?」
玲にそう聞かれたが、とりあえずは出たとこ勝負で行く以外にはない。
「まずは情報を集めながら、とりあえずは迷宮都市ニルヴァを目指したいが、さっきの街でもあの為体だからな。
街へ入れるのかどうかすらなんとも言えん。
この先どうなるのかは、はっきり言ってわからん。
迷宮都市なんていうところは、割合とすっと中へ入れてくれそうな気もするのだが、その辺の話も現地へ行ってみない事にはどうにもな。
あと手持ちの金もないし。
街へ行ったら物々交換というわけにもいかんのだろう。
お金は貨幣が流通しているようだ」
澪は人差し指を唇の下に当てて考えていたが、少し首を傾げた。
「おいちゃん、この世界でお金なんて儲けられる?」
「手持ちに色々と物品はあるからな。
出来ない事は無いだろうが、それも出たとこ勝負だ。
あまりやたらな物を出してトラブルになっても嫌だしな」
「そう……」
「とりあえず、この世界の御飯とやらを試してみようぜ」
そう言って俺は子供達を促がして階下へと降りていった。
これまた粗末で小さな丸い木のテーブルに陣取り、女将さんに声をかける。
「夕食を三人前頼む」
「あいよ」
久し振りにちゃんとした食事が出ると思ったのか、わくわくして見ている子供達の笑顔が少し痛い。
とりあえず、御試しで頼んだだけの食事なのだ。
こんなところで良い物が出てくるはずなどないのだから。
「はいよっ」
しばらくして出された晩飯なるものは。
御馴染みの粉末カップスープの方が百倍マシなのではないかと思うような味が薄くて具の無いスープ、そして不格好で固そうなジャガイモみたいな小さなパンが一つ。
そして、おそらくは干し肉を水で戻してから、そのまま焼いたのではないかと思うような、付け合わせすらない肉料理。
それだけだった。
見た目からして凄く美味しくなさそうであった。
子供達は固まってしまっているので、とりあえず俺が味見をする事にした。
まずはスープから。
木を荒く削った不細工なスプーンですくって一口試してみる。
うむ、見事なくらいの薄味だ。
こいつは大阪人向けだな。
出汁の味も特に感じられないから、さすがにあの連中も嫌がるだろうけどな。
パンは堅いので、そのまま齧るのを諦めた。
日本軍の軍用糧食にされていた堅い焼き締めパンか!
肉は味見して塩がきついので、年寄りの俺は顔を顰め、そして試しに肉とパンをスープに突っ込んだ。
塩は豊富にあるのかね。
海沿いからニルヴァや王都向けにフィスカ街道を運ばれて、それの一部がここの辺境街道の支道にも回ってくるのだろうか。
「味噌汁ぶっかけ御飯ならぬ、スープ突っ込み肉パン……かな。
少しはマシな味になっただろうか」
そして食ってみたが、あまり美味とは言い難い。
なんとか流し込めば食えない事はないという感じか。
俺には太平洋戦争の時代を生きた母親がいたので、よくその頃の話をしてくれたから勿体ない精神でかろうじて食していたが、そこの贅沢な小学生どもには敷居が高そうだ。
「お前らも食ってみる?」
だが、あっさりと首を横に振った二人。
まあ正解か。
食材は俺が沢山持っていて、御姉ちゃんが結構美味しい料理を作れるんだからな。
「まあ、無理しなくていいぞ」
俺は連中の分の御飯を収納で仕舞い、自分の分も味見は終了したので仕舞っておいた。
食ったことにして部屋へ撤収だな。
「部屋に戻ろうか……」
ああ、異世界飯恐るべし。
いつもは結構口数の多い子供達が無口になってしまったやないか。
俺も口直しに澪ちゃんの美味しい御飯を食べようっと。
「おばちゃん、御馳走様!」
もちろん応えはなかった。
空気の粒子一つさえも揺らぐ事がないレベルで。
くそ、この異世界とやら、思ったよりも碌でもないな。
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