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15 街道へ

 この日の事は絶対に忘れない。

 見知らぬ世界の道なき草原を走りに走って、ついに目的地へと辿り着いたのだ。

 不思議と今日の道中は、あんなに出まくっていた魔物に一匹も遭わなかった。

 本日もまた荒れ地帯を突っ切りまくって、とうとう街道へと出られた。


 地図で見ればたいした事は無い距離なのかもしれないが、俺にとってはとんでもない道のりだった。

 一人ならまだいいが、護らなければならない子供を二人も連れて怪物相手に大立ち回りと来たものだ。

 ただでさえ、もう車の運転なんかしんどい体調なのに。

 しかも、こんな異世界の荒れ地を。


 人が作った道に出た。

 ただそれだけの事で、堰を切ったかのような涙が溢れ出てくる。


「おいちゃん、これもきっと大和様の御導きだね!」

「あ、ああ。きっとそうだな」


 俺は定例行事で両手を組み合わせて龍神大和に向かって祈っておき、それから街道に車を乗り入れた。

 久し振りに人が作った道を走れるというだけで、こんなにも浮かれた気持ちになれるとは。


 俺は国内で定評のあるメーカーの、歴史と伝統を併せ持つ国産オフロード車に乗り換えて街道を快適に走らせていた。


 こいつも最近はタウンユースに振られて、すっかり高級車扱いになってしまったとはいえ、まだまだ荒れ地を余裕で駆け抜ける貫禄は持ち合わせている。

 かつては走る神話とまで呼ばれたほどの車なのだ。

 耐久性に関しては、これを上回る一般車両は他に世界のどこにもあるまい。

 もちろん、この異世界にも。


 何せ、トラックと同じ頑丈なラダーフレームを持ち、そいつが溶接されてゆく過程で起こる熱による些細な変形まで考慮して作られたという変態的なまでの高品質を誇る。

 そこまでするイカレたレベルで過剰品質な車両を生産する自動車メーカーは、世界広しといえども俺の故郷西三河以外のどこにも存在しない。


 しかも元々はトラックとして作られていた車なのだから。

 こんな車を作ってしまう西三河人は、やはりどこか(たが)とか頭のネジが外れているか、あるいは緩んでいるかしているのだろう。


 車を腐食させまくる塩湖の畔を溶けてしまう事無く最後まで無事に走り切り、砂塵渦巻く熱砂の砂漠を、故障して打ち捨てられた錆びだらけの車両を横目にノントラブルで駆け抜ける。

 終いには「そういう苛酷な地ではこの車しか走っていない、他の車はみんな壊れてしまって走り続けることが出来ない」とまで謳われたタフネスさを誇るシリーズなのだ。

 この苛酷な異世界を走るにはピッタリの車だ。


 街道はいわゆる石畳という奴だ。

 この街道は主たる街道ではないせいか、あまりよく整備されていないようだ。


 あちこちで石畳が剥げ落ちて抜けていたり、飛び出ていたりしたが、それでもこの世界の完全なオフロードを走るのに比べたら充分に快適なものだろう。

 少なくとも、ここはゴツゴツとした岩場ではなく泥濘地でもなく、ちゃんと地面が見える。


 乗客の子供達からもそう苦情は入らなかった。

 まあ石畳道路というからには、なんとなくこの先のオチが見えたような気もするが、それでも。


 二人も普通の車に乗り換えたせいか、完全にドライブ気分だ。

 後席で御菓子を食べながら楽しげにしている。

 それをバックミラー越しに横目で見ながら、俺は内心少し眉を曇らせた。

 あの子達は普通の日本の街を頭の中に浮べて期待しているのだ。


 決して、そうでないという事が俺にはわかっているのだが。

 何しろこの街道は『西部辺境街道』などと呼ばれており、とりあえず目指している中継地のリタにはこういう注釈がついている。


『辺境の街リタ』と。

 そいつは下手をするとアメリカ開拓時代の西部の街の方がマシなくらいかもなあ。


 そこから南へ向かって、リタから北方面のニルヴァへ行く道のりと同じくらいの距離を走ると、今度は鉱山都市ポートスとある。


 その他に都市らしき物は、更に南へ向かったところにある『南の要害フィスカ』が終点だ。

 そっちはもう隣国との境のようなものなのだ。


 そして、それらの名のある都市以外には、さして見るべき街はない。

 要するに、ここは隣国との国境沿いにある山脈の麓にある辺境の街道なのだ。

 都会になっていくのは、まさにニルヴァを越えて王都へ向かう主街道へ入ってからとなる。


 つまり、俺達が行くところは基本的に田舎の街ばかりだ。

 ニルヴァよりも手前に存在する都市で、かろうじて宿の水準などに期待が持てるのはリタのみだろう。


 おそらくニルヴァから王都へ続く主街道に多く存在する大きな街達は、俺達のような出所不祥な余所者を歓迎してくれないのではないだろうか。


 そうした厳しい事情の中でも迷宮都市という怪しさ満点の街であるニルヴァだけは、その規模の大きさからしてかろうじて俺達が妥協出来る生活水準にあると思われ、なおかつ想像出来る迷宮都市の在り方からすれば、身分証明も持たぬ異邦人の滞在を受け入れてもらえる街なのではないかと推定する。


 それに、あそこなら商売もして金を稼げる可能性がある。

 迷宮繋がりで、そこには帰還のための情報もあるかもしれないし。

 俺はニルヴァには大いに期待しているのだ。


「ねえ、おいちゃん。

 街はまだ?」


「あ、ああ。

 道もアスファルトみたいにはいかないしな」


「そうだよねー」


 ああ、子供達の期待が重くて、街に着くのが恐いぜ。

 だが着いてしまった。


 そこは厳しい鉄と木で固められた門で封鎖された、いわば城塞都市だった。

 リタではない。

 ここはまだ辺境の主街道ですらない、間道的なラギン・リタ街道沿いなのだ。


 なんたって辺境の街リタよりも手前にある街だ。

 まあ、そうたいした事は無い街だ。


 だが、その門構えは望まぬ客の一切の侵入を許しはしないという揺ぎ無い意思に満ち溢れていた。

 その様を目の当たりにした俺の顔も思わず歪んだ。


「ねえ、おいちゃん。

 なんか凄く物々しくて、門の出入りがかなり厳しそうだね」


「ああ、多分俺達のような素性の知れないような人間を中には入れてくれないだろうな」

「ええっ」


 子供達も、その言葉にならない異邦の街から伝わってくるメッセージを感じ取ってはいたようだ。


「どうするの?」


「まあ、ここまで来たんだ。

 とにかく行ってみるしかないだろうな」


 俺達はゆっくりと門へ向かって進んだ。

 だが、そこには門番とでもいうような方々が二名ほどいらっしゃった。

 先方は何故か慌てているようだった。


『止まれ、止まれー』


 俺は指示通りに止まった。

 三十メートルも手前で。

 何か不穏な感じだったので、俺の方も様子見しているのだ。


「おいちゃん。何かマズイかな?」


「ああ、ちょっと駄目そうな予感が激しくするな。

 ヤバイようなら一気にケツを捲くって逃げるからな。

 へたをすると矢とかが飛んでくるかもしれん。

 それはフロントガラスでは防げないだろう。

 酷いと重量のある槍が飛んできそうだ。

 お前達は伏せて身を低くしていろ」


 まるで昔のアフリカでやったラリーにおいて住民が投石してくるのを避けるかのような有様だ。

 俺の指示通りに慌てて身を低くしている子供達。

 連中はこちらへ寄ってきた。

 俺は外から勝手にドアを開けられないように全ドアをドアロックした。


 彼らは手に大きな槍を持っている。

 西洋で使っているようなタイプだ。


『お前達は何者だ。

 それは一体なんだ。

 魔物なのか?』


 かなり恐い顔で詰問してくる。

 軽鎧というのか、革で出来たような肩から腰までをカバーする簡易な鎧と、革製らしきヘルメットを被り、皮のブーツを履いているようだ。


 腰には剣も差している。

 こいつは迫力満点だな。

 俺は窓を少しだけ開けて彼らに請うた。


「俺達は旅行者だ。

 子連れなんだよ、頼むから街に入れてくれ」


『身分証はあるか?』


 俺は駄目元で運転免許証を出して窓越しに見せた。


『何だ、これは』


「日本の運転免許証だ。

 今、国際免許証は持っていないんだよ。

 パスポートも更新を切らしているしさ。

 生憎とマイナンバーカードは受け取り損ねていてね」


『話にならん。

 お前達は外国人か?

 それにその乗り物は何だ。

 馬はどこにいる?』


 あ、やっぱりこの世界に自動車は無いのね。

 そうだろうとは思っていたけど、やはりがっくりくる。


 こいつはマズイ雰囲気だ。

 それに何故か知らないが言葉は通じているのだが、どう見ても日本語ではないし、また英語なんかでもない。


 耳には不思議な聞き覚えの無い言語が聞こえているのだが、その意味は正確にわかるのだ。

 相手にも俺の言う事は通じているようだしな。


「澪、玲。

 お前ら、あいつの言う事は、言葉は理解できるか?」


「うん、はっきりと」

「でも、あまりいい展開ではないよね~」


「そうか。

 それはいいんだが、いや弱ったな」


 そして困っている俺達に対して連中は容赦ない。


『下りて来い』


「えーと、痛くしないかい?」


『やかましい。指示にはさっさと従え!』


「いや、だから子供連れだといっているじゃないか。

 子供に危害を加えるつもりなら断る」


『黙れ!

 この俺が早く下りて来いと言っているんだ。

 さっさとしろ』 


 アカンな、これは。

 話にならないとは、まさにこの事だ。


「二人共、スマンな」


 俺はそう言ってからミッションレバーをバックに入れて、グイっとアクセル全開で車体を連中から思いっきり引き離すと、今度はレバーをドライブに叩き込み、大ぶりにUターンさせて走り出した。


 まるでハリウッド映画の緊迫したワンシーンだな。

 生憎と、こんな道なので格好いいスキール音の効果音は無しだ。


 砂塵を吹き上げながら凄まじい勢いで逃げていく俺達を、唖然として見ている門番の阿呆面をルームミラーで確認しながら、俺は馬などで追われていないか確認しつつ街道を先に進めた。


「いやあ、やっぱり駄目だったねー」

「おいちゃん……もうちょっと上手く交渉できなかったかなあ」


「無理だ。

 あの手の奴らは怪しい奴には容赦しない。

 地球でも外国の下衆な治安関係者にはよくあるパターンだ。

 自分の考えのみが絶対なのであって、こちらの言い分なんかには耳も貸さないはずだ。

 あのままだと絶対に無事では済まなかっただろう。

 それとも澪御嬢様は牢屋にぶち込まれて、その後で監禁拷問コースがお好みだったかな」


「えー……」


 ここは多分専制君主のいる国だ。

 王国だからな。

 その配下の者といえば、子供が相手でも容赦はすまい。

 もしそうなった場合には、切り抜けるためには自動小銃などによる銃撃が必要だと思うが、それをやったら俺の御尋ね者扱いが確定する。


 俺は溜め息が出そうな空気の重さを片手で振り払うと、子供達に伝える。


「とりあえず、このまま街道を西に向かい、どこかの村で逗留できないか確認しよう。

 俺も移動ばかりで辛いから、休養日を入れて宿で休みたい。

 まあ門構えを見れば、対応は大体わかると思う。

 駄目ならもうこのまま諦めてリタまで行くぞ。

 途中で野営になるが、さすがに人里沿いにあの大型魔物共も、そうそうは現れまい」


 日本の食い物屋なんかだと、俺の場合は門構えを見ればいい店なのかどうか、それでわかるんだがな。

 今日もそのやり方が通用する事を祈ろう。

 それに、人の生存区域に魔物が入ってこられないように王国も守っているだろうからな。


「そうかあ、厳しいなあ」

「御宿のベッドで寝る生活がしたいよね」


「そいつは同意だな。

 お前らと違って俺は歳を食っているから体が硬いんで、ちゃんとした部屋で寝たいよ。

 それに連日の運転で、もう体中くたくただ」


 最近は十キロメートル以上車で走った事が無いのだ。

 一番長く運転するのも九キロメートル先にある温泉へ行く時だけだ。


 リハビリ代わりに乗っている自転車の走行距離の方が長いかも。

 いや自転車で走る時は三十キロメートル以上走るから、確実に車よりも自転車の方が距離を走っている。


「頑張って~。

 運転を代わってあげたいけど、さすがにちょっと無理ー」


「どうせなら、みんなで自転車に乗って走って行く?」


「そいつは止めておこう。

 何が出るかわからないからな。

 お前ら、ここは日本とは違うんだ。

 治安のよくない外国、いやそれどころか日本大使館さえない異世界なのだからな」


 俺達は一泊の安らぎを与えてくれそうな拠点を求めて、当て処も無く街道を彷徨った。


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