17-2 転移する疾風
そういうわけなので、とりあえず俺は『宇宙開発』を進める事にした。
こうなれば、奴らの想定の斜め上をいかねばならん。
本当なら山本さんの力を借りて、プロの日本人が作る色々おつまみシリーズを開発する予定だったのに。
チーかまは実にいい出来だった。
おのれ帝国め。
ジョリーに命じて優秀な精霊を何体か呼んで、ある訓練を行うよう命じた。
そして王都の大神殿へ転移して、ロス大神官ジェシカにも協力を頼んだ。
彼女も戦争の噂に、その美しい眉を曇らせていた。
だがその間に、またしても精霊どもが勝手に俺の魔力をちゅうちゅうしていた。
既視感たっぷりに激怒したジェシカが怒鳴り散らしていたが、今日は吸わせておいてやろう。
俺はジェシカを魔王の微笑みで宥めて、親愛の情を込めて精霊どもに魔力を振りまいた。
今回も精霊の協力が欲しいしな。
とりあえず、俺は魔導衛星の開発に没頭した。
◆◇◆◇◆
ここは隣国ハイド王宮の王太子の執務室。
そこにはミハエル王子と一緒に御茶を囲むシド王太子がいた。
シド王太子が御茶を啜りながら本題を切り出している。
『氷雪の貴公子』は特に慌てた様子もない。
「うちの諜報の連中も、戦争の話には敏感になっていますよ。
アルバトロスが落ちたら、次はうちの番ですからね。
アルバトロスと違って帝国と大河で遮られているわけじゃないし、むしろ我が国までの街道が綺麗に整備されているくらいだ。
連中もうちの港を狙っていますから。
あの暴れん坊さんはどうです?
彼だって今まで散々やられているんだから、黙ってすっこんでいるわけはないでしょう。
また彼の拠点が狙われるのかもしれないし。
あそこには神聖エリオン様もいらっしゃる。
その辺りの事情に関しては、うちだけではなく大陸各国も神経を尖らせていますよ」
「一応こちらへ来る前に煽ってはおきました。
彼はこんな物も置いていきましたがね。
おかげで、このようなスピーディな会合も開けたわけですし」
そう言ってミハエルが転移の腕輪を見せる。
シド王太子は鑑定して思わず唸った。
「それが転移の腕輪ですか。
いいな。
ミレーヌにも一個持たせてくださいよ。
いざという時に家族が逃げる手段を持っていてくれるとありがたい」
「それなら海産物を引き合いに出せばいい。
蟹が対価なら転移の腕輪の一個や二個くらい軽いもんですよ」
「蟹?」
さすがの海運国王太子も妙な顔をした。
欲しい物が物だけに。
「そう、蟹です。
言い伝えによれば、我が始祖ヤマト初代国王は、海で魔法を駆使し必死になって蟹を獲っていて初代王妃に呆れられていたとか。
稀人にとり、たかが蟹では済まされないのです。
なんといいますか、『海の宝石』のような扱いと言えばいいのか。
何しろ最近彼が保護した稀人はプロの料理人らしくて。
あの精霊魔王が目の色を変えているそうですよ」
「わかりました。
色々と考えておきましょう。
今回の件につきましては父上も諸々考えていてくれていると思います。
それよりも援軍を出す件についてですが……」
ミハエルの次の行き先はサイラス王国だ。
元々アルバトロスとは親戚関係であり、兄弟国と言っても過言ではない。
現国王も代替わりしたばかりである婿入りした彼の従兄弟だった。
しかも同じ年なので気の張らない関係だ。
さすが従兄弟だけあって、よく似ている。
子供の頃は見慣れない人だと間違えてしまうくらい良く似ていたという。
「やあ、ミハエル。
久しぶりだな。
僕の即位式典以来だね」
「ああ、ルイス。
会えて嬉しいよ。
こんな仕事をしていると、君みたいに気を使わなくていい相手と会うとホッとする。
出来れば、仕事抜きで休暇をとって遊びに来たかったもんだよ」
「ははは、それは僕だって同じさ。
時々君の事が羨ましくなるよ。
好き好んで王なんかになりたがる奴の気がしれないね。
それにしても転移の腕輪か。
羨ましいな。
うちの王家にも一つ欲しいものだ」
「なあに、彼はうちの弟をそれは可愛がっていてね。
ここはエミリオの婿入り先なんだから、頑張って御機嫌を取ればわからんぞ。
少なくともエミリオには持たせてくれるんじゃないかな。
そのうちに頼んでおこう」
「うーん、彼は何が好きなんだい?」
「ずばり海産物だな。
その昔、うちの初代国王は君の国の海で『マグロー』と叫びながら、海の上を疾走して魚を追いかけていたという……」
「うーん、彼の逸話には強烈な話が多いよね」
「他人事のように言っているけれど、君もその人の子孫の一人なんだからね。
うちの父上と君の父上が兄弟なんだから」
そしてミハエルは話を続けていく。
「彼はまだマグロを手に入れていないみたいなんだ。
最近、プロの料理人である稀人さんが来たんで張り切っているよ。
幼稚園の行事も詰まっているんで、いちいち邪魔をしにくる帝国に対して怒っているし。
今回は徹底的にやるんじゃないか?
日頃はあれでも平時だからって遠慮しているんだ。
本来なら敵の第二皇子なんか、怒り狂った彼にぶち殺されていたっておかしくないよ。
なにしろ彼が可愛がって育てている子供達まで巻き込まれているんだから」
「あれでかい?
帝国が魔王様の逆鱗に触れなきゃいいんだがね。
他所の国にまでとばっちりが来ても困る。
マグロは考えておこう」
「うん。
それで、サイラスからの援軍をもらう場合にネックとなるのは……」
次にミハエルがやってきたのは、草原の民の国ザイード。
そこは帝国を挟んでアルバトロスの反対側にある国だ。
自国の大使館から連絡はいっている。
帝国の目を誤魔化すために、アルバトロス王国の大使館の中で会う事にしてあるのだ。
もっとも、その大使館も草原の国風の『移動式大使館』なのであるが。
そうでないと、移動していく王宮を追いかけていけなくて大使館として機能しないので。
「やあ、エクード太子。
御無沙汰しております」
「おお。
ミハエル殿、久しいな」
エクード太子はいわゆる王太子に相当するが、決して王太子とは名乗らない。
「俺は民と共にある。
我らは草原の民、騎馬の民。
民あるところが国であり、我ら王族は民のためにある」
と言うのが彼の言い分だ。
代々そんな感じなものらしい。
それゆえか、言葉遣いは少し乱暴だ。
民と共にあるのに畏まってなどいられるかという事のようだ。
それも国によっては、そういう態度が鼻について『草原の蛮族共』とか言われたりもする。
だが、ミハエルはそれを好意的に受け止めていた。
態度物腰や言葉の端々にもそれが如実に表れ、そして相手にも伝わるだろう。
別にザイード人がそうであるのに悪意などは無いのだから。
むしろ裏表が無い分ミハエルにしてみれば、おかしな国よりもよっぽど好感が持てる。
その、おかしな国の内訳にはアルバトロス王国自体の一部も含まれていた。
自国の今は亡きバイトン公爵とか、帝国のベッケンハイム公爵とかは勘弁してくれという話だ。
ザイードにとっても、帝国とアルバトロスの関係は只事ではない。
万が一にも両者に手を組まれてしまっては自国の存亡に関わる。
帝国から一方的にザイードが攻められてしまうような悲惨な展開だけは是が非でも避けたい。
優秀な帝国皇太子が引っ込んで、アホの第二皇子がでしゃばってくれたのはザイードにとっては歓迎すべき事だ。
元々あの帝国とは不倶戴天の天敵なのだから、後ろからアルバトロスを援護してやって恩を売っておくくらい朝飯前の決断だ。
もちろん、それは当然ただではない。
始祖ヤマトになんなんとする魔導技術などは垂涎の的だ。
ザイードからしてみれば、アルバトロス王国といい関係を保っておいて悪い事など何もない。
しかし、安全保障がもっとも懸案事項なのだ。
それを向こうからその件で貸しを作りたいと言ってくるのだから、エクードにしてみれば、これはもう笑いが止まらないとしか言えまい。
今回は特に、生まれたばかりの次代を担う神聖エリオンの子供が絡んでいる。
そのような、いつもなら他国からすぐ横槍が入るような外交関係も、それ故に今回ばかりはどこからもケチを付けられない。
このような、まるで天に愛されたかのような棚ぼた的展開に太子の鼻歌も冴えようというものだ。
御機変な彼も、自らミハエルの杯に酒を注いでくれていた。
ここは二人で直接腹を割って話を進めるために、ミハエルも大使館の人間を下がらせてある。
すべては仕事熱心で、彼エクードの実直な気質や何を考えるかなどをきちんと把握しているミハエルの、真摯な魂がもたらしたものであった。
(やれやれ、後はあの暴れん坊がどれだけやってくれるかだな。
明日は、いよいよ鉱山国エルドアか。
あそこだけは、まったくもって頭が痛いな)
とにもかくも働き者の王子様は、ちゃくちゃくと布陣を敷いていくのであった。




