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1-12 復興支援そして王都へ

 本日で異世界七日目となった。

 翌日、朝飯を食って一服つけてから、あの襲撃を受けた村へ向かって自前の足で走っていく。

 レベルアップと鍛練も兼ねて。

 最近はレベルの向上と共に足もだいぶ速くなった。


 途中で魔物が出たら倒すくらいの意気込みで行ったのだが、またそういう時に限って何事も無く三十分で着いてしまった。

 それから顔見知りの村の人に挨拶しながら村中を見て回る。


 しかし、こいつはまた結構な惨状だった。

 あいつらが村からの反撃を防ぐために、用が済んだ家には火を付けまくったらしいからな。

 再搾取とかリサイクルとかいう考え方はないものらしい。

 次は別の村を襲えばいいってか。


 地球の無法者でもそうなんだよな。

 ああいう奴らは、まるで剣歯虎のように後先考えずにその場の都合だけで殺しまくる。

 まあ先の事なんか考えていたら無法者になんてならないわな。


 そして、ようやくダムル村長を見つけた。


「村長さん!」


 そして、今はこの世界風の格好をしている俺を見て、彼は顔を綻ばせた。


「おお、君か。

 代官の話では無事に街に入れたらしいね。

 今日はどうかしたのかね?」


「実は、街で回復魔法を覚えたのです。

 良ければ、村の皆さんの治療をと思いまして」


「ほう、それは凄い。

 そいつはありがたいね。

 何分にも治療費用や薬も高くて、中々十分な手当てが出来ておらんくてな」


 そう言って肩を軽く叩いて感謝された。

 まあ村には医者みたいな人はいないみたいだし、あの神父様みたいな人もいないだろうからな。

 彼も孤児院の仕事や金を稼ぐ治療もしなけりゃあいかんので、忙しいからこんなところまで来れない。

 村長の話だと他にも治療の出来る人はいそうだが、あの神父さんみたいに人徳のある方じゃなさそうだ。


 そして動けないくらい酷い怪我人から診る話になった。

 三十人ほどいた重症の者は、すべて代官の屋敷に集められていた。

 ここは守りが堅かったので、まだ無事だったようだ。


 代官屋敷は馬小屋とかをやられたくらいだ。

 はじめ、領主の館と思っていたのは代官屋敷だったのだ。


 小さな村だからなあ。

 きっと代官がいてくれるだけでも、まだいい方なのだ。

 そいつは俺にとっても非常に幸いだった。


 おんぶに抱っこといってもいいくらい、今までの俺の苦労は一体何だったのかと思うほど滅茶苦茶に代官の御世話になってしまった。

 街へ入れてもらって、その上身分証になる冒険者資格まで貰っちゃったからな。

 その上、御領主様に御目通りが叶い、御褒めに与って報奨金まで頂いてしまった。


 あれは本当に大きかったぜ。

 犯した殺人に対する俺の心の中の蟠りというか罪悪感というか、そういう拘っていた何かを霧散させてくれた。

 なんというか、御領主様の人柄と言うか貫禄というか、そういうものがな。


「俺は間違っていなかった」と心の底から思えたのだ。

 地球で言えば、裁判長自ら「貴君は誠に天晴。いやよくぞ悪党をやっつけてくれた。当然、無罪だとも! いや金一封をあげよう」なんて言ってもらえたのも同然だからな。


 あの御領主様は、中々の人物だった。

 あれで男爵ですらないなんてなあ。

 やっぱり、おべっかを使ったり貢物を贈ったりしないと出世しないのかね。

 あの剛毅で実直そうな御領主様には、そういうの無理そう。


 代官に世話になった分の恩は今、村の人達へ返そう。

 まずはエリアヒールを。

 そいつ一発で幾人かは起き上がれるようになった。

 さすがに重傷者にはこれじゃ駄目か。


 エリアハイヒール。

 こいつはエリアヒールとハイヒールから、俺が応用で覚えた魔法だ。


 魔法の種類が上位なだけで、やり方はエリアヒールとまったく一緒だからな。

 両方の魔法を覚えていて魔力が豊富な人ならば、この魔法を使えるはずなのだ。


 魔力はかなり食うのだが、個別の威力はハイヒールと変わらないから大勢患者がいる時は、これを使った方が効率がいい。

 そして、それは魔力量の多い俺にとってはまったく問題にならない事だった。


 そして殆どの人が動けるようになったようなので、更にエリアハイヒールを重ねがけする。

 これで重傷者は全員、無事に復活した。


「これで動けるようにはなったと思うけど、すぐに動き回らないようにね。

 血を流しすぎているので、よく栄養を取ってしっかりと休んでからだ。

 毒が使われていなくて本当によかったよ」


 幸いな事に、あれ以来重傷者の中から死者は出ていなかったようだ。


 とりあえず栄養をと思ってカップスープを配る。

 インスタントなのでなんだが、緊急時にはこれでも十分だろう。

 ただの水よりはきっと栄養があるさ。


 エルミアの街で買ってきた、こちらの世界で作られたカップに一杯分作っておいたものをコピーして全員に配る。


 使った回復魔法がそれぞれLv2に上がっていた。

 こういう物はゲームなんかと一緒で最初は結構上がりやすいんだろうし、稀人の成長補正とやらもあるはずだ。


 今度は軽症の人に集まってもらった。

 軽症といっても動けるというだけで、火事が多かったので酷い火傷の人も多く、骨折や酷い裂傷に擦り傷切り傷多数の人もいた。


 プロの盗賊相手に、碌な武装も無い素人が数を頼みにして農具なんかで無理やりに渡り合ったのだから無理もない。

 俺が奴らの存在を知らせておいたから準備があったし、襲撃の際も全員総がかりで奮闘していた。

 そうでなかったら、完全に奇襲が決まって村は全滅していたかもしれない。


 今度は全部で五十人ほどか。

 こちらはエリアハイヒール一発でケリがついた。

 かなりパワーを込めたのでエリアハイヒールがLv3に上がった。


 まだ時刻は八時半だった。

 無事な人達の中にも、満足に食事を取ってない人がいるようなので炊き出しをする事にした。


 寸胴鍋にシチュー(レトルト)を山ほどぶち込んでおいた。

 まあこれでも麦粥だけよりはマシじゃないか?

 エルミアの街で買った、比較的柔らかかったパンもコピーして大量に出しておいた。


 これがまた人数がいると、盛り付けだけでも結構時間がかかるのだ。

 この人数を相手に一人で炊き出しは結構きつい。

 先に食べた人が手伝ってくれたので、まだなんとかなった。

 やっている間に御昼の分もあったので、炊き出しは休憩を挟みつつ昼過ぎまでかかってしまった。


 村人が集まったついでに、衣類などの見舞いの品も村長に頼んで分配してもらった。

 寝具もあれこれと買い集めておいたし。


 そして昼からは瓦礫の除去を手伝った。

 これはアイテムボックスでどんどん収納していくだけの簡単な仕事だ。

 なんかこう、ちょっとした自衛隊気分だな。


 そいつは夕方までにはほぼ終了した。

 後はもう村で頑張ってもらうしかない。

 夕食の支度までは頑張っておいた。


 領主から見舞金も出るようだし、村はきっともう大丈夫だろう。

 死者を除いた元の人口の八割までの人員が負傷から完全に復旧出来たのだ。

 辺境の民は逞しいと代官も言っていたし。


 そして食料や天幕に毛布などの支援物資を大量に出してから言った。


「じゃあ、俺はもう行くよ。

 明日から王都の方へ行こうかと思っているので。

 さすがに辺境からは結構な道程がありそうだ」

 

 そのように村の人に挨拶をして、街の宿まで引き上げる事にした。


「そうか、元気でな。

 お前さんの御蔭で色々と助かったよ」


「怪我を治してくれて、ありがとう」


 たくさんの村の人達が手を振ってくれた。

 それを見て自分の荒んでいた心が、ほわっと温かくなるようだな。

 ここまでの異世界におけるマイナス成分がこれでチャラになったような気がする。

 こういうのを徳を積むっていうのかな。


 エルミアの街までは、気合を入れて走って帰ったので、日が暮れる前には無事に街の宿へ帰れた。


 あの陰惨たる同じ災禍を潜った人々に対してボランティア活動をして、感謝の言葉と共に御見送りをしてもらえたので、俺の殺伐としていた心も少しは軽くなった。

 こういう事を積み重ねていけば、きっとこの世界にも馴染んで上手にやっていけるかもしれない。

 そして身体強化がLv4になっていた。

 HPがLv4の2万HPにまで上がった。



 翌日、しばらく換金できないかもしれないので、もう金貨二百枚分の金板を換えておいた。

 手持ち金貨は三百九十枚に、あと銀貨五十八枚と大銅貨三十枚及び銅貨四百五十枚か。


 教会を訪ね、神父様に王都へ向かう話をする。

 その時にまた色々と食べ物とかを置いていった。 


「神父様、どうも御世話になりました」


「いえいえ、こちらこそ。

 御元気で、アルフォンスさん。

 もう、こちらにはおいでにならないのですか?」


 アルフォンスは、こっちで使っている俺の名前だ。

 本名の名前をもじって、この世界の言葉にしてみた名なのだ。


「いえ、またいつかここへも来ようと思っているのですが、今は王都を目指そうと思っています」


 知己のいる街はいいものだ。

 王都が住みにくいようだったら、またこっちへ戻ってきたっていいしな。

 あるいは他の国を見て回るのも面白そうだけど。


 そして、たくさんの子供達の笑顔に見送られて出発した。

 いつもは壁にもたれて見ていただけの、俯き加減だった年嵩の子達も見送りに出てきてくれたので、ちょっと嬉しかったな。



 もうこの世界へ来て八日目になった。

 MAPで確認すると王都までは残り七百キロメートルくらいの距離だ。


 愛知県から行くと、首都圏の向こう側に在る東北の南端たる福島まで高速道路を使って六百キロくらいあるんだからな。

 それ以上の距離があるんだから、歩いていこうものなら大変な距離だわ。

 福島市の「すずらん通り」は、俺がバイクで北海道へ行く時の中心ポイント(一泊するところ)なのだ。


 東京から岡山あたりまでで、大体七百キロくらいあるんじゃないか?

 あれも新幹線を使っても、なんやかやで四時間コースなんだからな。

 国内線だと飛行機の方が安いかもしれない。


 俺が生まれたくらいの昔だったら「夢の超特急」と呼ばれた新幹線も東京大阪間止まりだろうし、在来線を乗り継いで大阪から新幹線、あるいは通常の道路と名神高速を通ってバスで行くしかない。

 あとはもう岡山から東京まで飛行機便しかなかったんじゃないか。

 大阪まで行けばなんとかなるあたりは岡山なんてまだ恵まれていたのだ。


 それを歩いていくとか考えただけで気が遠くなるわ。

 さすがに距離があるから車を使うか。

 こいつは、あまり人に見られたくはないのだが。


 街道を車で飛ばし、馬車を見かける度に降りて走って駆け抜けるという事をしていたら、身体強化がLv5になっていた。


 もういっそ、自前の足で走っていった方がいいんじゃないか。

 HPがLv5の五万HPになっているから、盗賊相手なら大丈夫じゃないかと思うのだが。


 しかし王都で攻撃魔法を覚えるまでは慎重にいきたい。

 威力の強い物理攻撃法は使い勝手が悪い。


 多勢に無勢で接近戦に否応無く持ち込まれたら、やられてしまうかもしれない。

 いつも上手く逃げられるとは限らない。

 あの夜の怪物の恐ろしさを俺は思い出した。


 これが日本なら、本気で戦えばその辺の犬や猫にだって戦闘で負けるだろう。

 カラスの凶悪さに比べたら、俺の素の戦闘力など連中の足元にもよらない。

 強化した今の肉体ならば結構やれるのかもしれないが。

 強化された俺の服と体は、手練れの元傭兵が放った鉄の鏃を持つ矢さえ弾いた。



 なんだかんだ言って、やはり車を使うと速い。

 快適快適、一日でもう王都までの距離の半分くらいまで来てしまった。

 まあ石畳の道だけど、それなりだ。

 まんまオフロードよりは速度が出る。


 あちこち石畳が剥がれているが仕方がない。

 あまり不快な感じなら少しスピードを落とせばいい。

 どうせ急ぐ旅でもないのだから。


 今夜は近くに見える街で宿を取る事に決めた。

 車を収納してから街へ入ろうとしたのだが、なんと予想外の事に中へ入れてくれなかった。


「おいおい、なんで街に入れてくれないんだ。

 身分証も金もあるんだぞ」


 あまりの事に文句を言ったが、逆に門番に文句を言われて追い散らされた。

「駄目だ、帰れ」の一点張りである。


 なんてこった!


 それから頑張って、もう一つ向こうの村まで行ったら、ぎりぎりで宿が取れた。

 カナダでバイク旅行をした時がこんな感じだったわ。

 フリーウエイを走っていてもモーテルが見つからず、何故かモーテルは町中の方にだけあった。

 どういう街の構造をしているんだよ。


 あんな真冬にどえらい寒さになるところで街道沿いにホテルを置いてくれなかったら、行き倒れになる奴が出るわ。

 ガソリンスタンドが街道沿いにあっただけ良心的なのだろうか。


 でも街へ入ってみてわかった。

 旅行者なんかアウトオブ眼中の、地元の都合で全てが出来ているだけの田舎街なのだ。


 スタンドで訊いて、ようやく宿にありついたのが夜の九時だ。

 でもカナダ人だって国内旅行くらいするんだから、それだと困るんじゃないのか⁇

 いや、カナダ人なら国内事情はよくわかっているのか。

 行った先の街の中へ入ればいいだけなんだからな。 



 ようやく泊まれた宿で話を聞いたら、さっきの街の領主家で跡目争いをしていて、その加減で半封鎖状態なんだと。

 どうやら、御互いに反対勢力の人間を入れたくないという事らしい。


 アホか、そんな事をしていたら街が寂れてしまうぞ?

 現にこの小さな村の一軒しかない宿が超満員だ。

 向こうの街の宿は閑古鳥が鳴いているはずなのだ。


 魔物も出るはずなので、車中泊にならなくてよかった。

 それにしてもここまで魔物を見なかったな。

 街道筋に、本当に魔物なんているのか? 



 今日で異世界九日目になった。

 王都までは後三百二十キロメートルちょいのところまで来れた。

 あと少しだ。


 昔、北海道まで車やバイクで延々と走っていき、時間をかけて家へ帰ってくる時の事を思い出していた。

 俺は気合を入れて車で走った。


 だが途中から、出会う馬車や荷車が増えすぎて車が使い辛い状況になってきた。

 もう仕方がないので自分の足で走るようにした。

 身体強化をしておいたし、あと素のHPで身体能力が上がっているので、そうしてしまってもそう苦にはならない。

 そしたら、なんと昼の一時には王都へ着いてしまった。


 いや頑張ったなー。

 こんなに自前の足で走ったのって人生で初めてだ。

 走れメロスならぬ、走れアルフォンス!


 ここはかなり高い壁に囲まれていて、それはもう馬鹿でかい街だった。

 まるで一昔前のスペクタル映画に出てくるような巨大都市だ。


 あるいはゲームかアニメに登場するような巨大な城塞都市だ。

 むしろ、そっちの方がしっくりと来るかな。

 そういや、この国を作ったのは俺と同じ日本人っぽい奴だという話だし。


「この街のでかさと比べたら、あのエルミアの街がまるで小村に見えるな」


 何しろ街のかなり高い外壁が、地平線の彼方まで続いているようなのだ。

 随分遠くから見えていたしなあ。

 走っても走っても、ちっとも着かないのだ。


 まるで巨大ホテルが犇くラスベガスを徒歩で歩き回るような感覚だった。

 あそこも『もうホテルが見える場所』だと言って、一キロ以上先からでもタクシーに乗車拒否をされるからな。 

 もうホテルは見えるんだから歩いていけだとよ!


 アメリカって、ホテルで客を待ってるタクシーすら何故か乗車拒否をしてくるような国だからなあ。

 日本のように法律で乗車拒否が禁止されていないようだ。

 元々アメリカ人なんて適当でどうしようもないような連中ばっかりだし。


 ここはあれよりも、もっと酷い。

 つまり、この街は地平線が見える五キロ先からでも、全体の半分も見えないような巨大城壁都市なのだ。

 もしかしたら、直径二十キロくらいあるのではないか。


 一体どうやって作った、こんなもの。

 地球にだってこんな巨大建造物はないぞ。

 中にピラミッドが何個入るかな。


 魔法建築のような技術があるのだろうか。

 壁も石じゃあなくって魔法で作った物質か、あるいは錬金術か何かで作ったようなローマンコンクリートみたいな材質じゃないのか?

 パッと見で石で組んだような継ぎ目が見当たらない。 


 しかし、入場審査の列がまた酷い。

 街へ初めて入る人は厳しいチェックがあるみたいだ。

 水晶のような魔道具で賞罰の有無も確認されているようだ。


 そういや例の村の物知り爺さんが、賞罰に貨幣偽造でもあったら一発で! などと首の前で横にした手を左右に動かしていた。

 やっべえわ。

 こういう事だったのか。

 やらなくてよかった!


 身分証の有る者用と無い者用、あとは王都在住の冒険者や商人などの専用門がある。

 そして貴族用の特別通用門が別に用意されていた。


 トイレはちゃんと済ませておいてよかったぜ。

 途中でトイレ用のテントを出して中でするのもなんだからなあ。


 あの人達も俺とは違って元の住所はあるんだよな。

 何かの都合で証明が出ていないだけで。


 俺だって元の住所くらいはあるんだがな。

 身分証もちゃんと運転免許証がある。

 こっちでは通用せんがな。

 家が次元の彼方だかどこかにあるから帰れないだけでさ。


 彼らが証明を出してもらうには、一度故郷に戻らないといけないそうだ。

 その旅費とかを出せない人もいるらしい。

 あと徒歩で旅をすると物凄く時間もかかるしなあ。

 異世界人である俺には絶対に無理な芸当なのだが。


 しょうがないので飯は自前の食い物を立ち食いする。

 街で買っておいたサンドイッチかホットドッグのような物で済ませた。

 結構美味かったんで全種類コンプしてきたものだ。


 何か視線を感じる。

 ハッと見たら、前に並んでいた子供がじっと見上げている。

 七歳くらいの女の子だけど、ちょっと痩せているな。


 ここまで親と一緒に歩いてきたのだろうか。

 さぞかし御腹が空いた事だろう。

 これはちょっと一人だけで食い辛い雰囲気だ!


「これ、食うか?」


 差し出されたホットドッグを見て子供は嬉しそうにするが、一緒にいる母親が要らないと手を振った。

 途端に、その子供がとても悲しそうな顔になる。


「金は要らないから持っていけよ。

 見るだけじゃ子供が可哀想だろう。

 あんたの分もやろう」


 彼女は驚いた顔をするが、「ありがとう。いただきます」と丁寧に礼を言って受け取ってくれた。


 子供が嬉しそうな顔をして食べていた。

 ついでにアイテムボックスから水も出してやった。

 さすがにジュースは、やると目立ちそうだしなあ。

 甘い匂いがするから。


「御兄ちゃんは魔法使いなの?」


 俺が何もないところから物を出すのを見て興味深げに見上げる子供に訊かれた。

 おっと、こいつは油断していたな。

 あまり収納を人に見せるのは良くないのだったっけ。

 子供は観察力が鋭い。


 まあ相手は子供だし、他の人からは見えていなかっただろう。

 俺はしゃがみ加減になり、そっと会話した。


「いや、これは収納のスキルさ。

 ああ、回復魔法は使えるがな。

 他の魔法を習いたくて王都へ来たんだ。

 辺境じゃ習うのが無理でな」


「凄いなあ。

 回復魔法が使えるなら、お金が儲かるよね」


「そうだな。

 でも本業は商人だよ。

 行商人だから冒険者もやるがな。

 ほら、ちゃんと冒険者証も持っているよ」


「ふーん」


 そのまま、まったりとお話をしていたら、少しだけ列が進んだ。

 はあ、スーパーやデパートの開店セールかよ。


 新作ゲームや新型スマホなんかの発売初日は、みんな前の日の晩から並んでいたよな。

 あいつら、トイレとかどうしているんだろう。

 そんな普通の街中で夜中に開いてないよな、トイレのあるところとか。

 いつも不思議に思っていた。

 あと一人で並んでいたら、トイレに行くために離れたら権利が消失してしまわないか?

 そういうのは御互いに尊重するんだろうか。


 俺はそういうのが苦手で並んだ事は一度もない。

 俺が行列に並ぶのは美味しい食い物屋だけなのだ。


 気が付くと、なんか向こうの列で騒ぎが起きていた。

 どうやら人が馬車に撥ねられたようだ。

 退屈していた子供が、馬車の前に飛び出してしまったらしい。

 母親が大声で泣き喚いている。


 御貴族様の馬車だから逆に怒られてしまっているが。

 う、しょうがねえな。


「おい、今から少し場を外すが、ここは俺の場所だからな!」


 後ろに並んでいた奴に言い放ち、さっきの子供に頼む。


「ちょっと、この場所をとっておいてくれ」

「うん、わかった」


 子供が輝くような笑顔で頷いてくれた。

 小さな子供でも、今から俺がやろうとしている事がなんとなくわかるものらしい。

 俺が回復魔法持ちである事は知っているし、食べ物もタダでくれるような人だから。


 俺は野次馬を押しのけて前へ出た。

 仕方がないので強引に診てやる事にしたのだ。


「見せろ」


 うわっ、こいつはかなり重症だ。

 大丈夫かな。

 その小さな男の子は、目を開けずにぐったりしていて激しく血塗れになった状態だ。

 かろうじて胸が動いているので息はあるようだが。


 内臓も潰れていそうだし、骨もあちこち逝っているな。

 まあ生きていてくれればなんとかなるか。

 あの村で研鑽を積んでおいてよかったわ。

 いきなり初めての回復魔法をこんな衆目監視の中で使いたくない。


「ハイヒール」


 まだだ。

 やっぱり所詮はLv1だな。

 でも今のでLv2に上がった。


 さっさとLvを上げておくんだった。

 これは大量の人間を診るのに使い勝手が悪いので、あの村であまり使っていなかったんだよな。

 この魔法は骨折さえも整骨抜きで元へ戻っていくから凄い。


 たとえば葉っぱを半分に切ってしまっても高電圧をかけると電気的には一枚の葉っぱが存在するように撮影出来るキルリアン反応(ファントムリーフ現象)みたいな物を検知して、元の状態へ原状回復するような治療を行う魔法なのだろうか。

 あるいはDNA情報を利用しているとか。


「ハイヒール」


 まだだな。


「ハイヒール」


 ようやくレベルがLv3に上がった。

 そして子供がうっすらと目を開けた。

 まだ治療が要るな。


「ハイヒール」


 ほぼいい感じになったようだ。

 だが念のために、もう一回ハイヒールを重ねがけする。

 五回強力な回復魔法を受けた子供が起き上がり、泣き出して母親にしがみついた。


 母親が必死に御礼を言ってくれたが少し困っているようだ。

 たぶん治療費を払うための、お金が無いのだろう。


「お金は要らない。

 俺が勝手にした事だ。

 まだ無理はさせないようにな。

 少し栄養を摂らせてやりな」


 ついでに、いくらか食い物を渡しておいて「もう飛び出さないようにな」と子供の頭を撫でておく。

 ぺこぺこと母親に何度も頭を下げて御礼をされて、手を上げて挨拶をして俺は自分の列に戻ったが、 さっき後ろにいた人は素直に間を空けてくれた。


「凄いな、あんた。

 無料で大怪我を治してやったのか。

 なかなか強力な回復魔法使いだね」


「ははは、しょうがないだろう。

 さすがにあのままにしてはおけんよ。

 子供が死んでしまうわ」


 ここは日本じゃないから救急車は来ないだろうしなあ。

 大都市というか首都がすぐ目の前にあるというのに。


 地球でも外国だと基本的に救急車は有料だから、金が払えない奴のところへは来てくれないし。

 そもそも病院が治療費を払えないような貧乏人を受け入れないんじゃないのか?



 それから三時間ほど並んで、ようやく俺の番がきそうな按排だ。

 こいつには本当にうんざりする。

 直前に携帯トイレで用を足しておいて本当に良かった。

 半世紀以上にも上る人生で、ここまで並んだ事は一度もないのだが、ここは外国なんだから諦めて並ぶしかない。


 あれから仲良くなった後ろの人と話をしていたので結構時間は潰せたけど。

 前の子供も混ざってね。

 そっちには、おやつもやったけどな。


 だが、せっかく番が来たのに、なんと前の親子が入門出来ずに撥ねられてしまった。


「どうした?

 何故彼らを撥ねる。

 ちゃんと人数分の銀貨を払えていたようだったが」


 俺が尋ねると、門番がこう言った。


「前の雇い主からの紹介状を持ってきていたが、そいつらは身分証が無いので並ぶ列が違う」


 親子はもう泣きそうな顔をしている。

 それは無理もない。

 ここまで並んでおいて並び直しとは。


 向こうの列の方が半端ない長さだからな。

 今からあっちの列へ行けと言われたら、さすがに俺だって泣くわ。


「おい!

 さすがに、そいつは情がねえな。

 その書面じゃ王都の中へ入れないのか?」


 仕方がないので、俺が代わりに強面そうな門番に文句をつけて交渉をしてやる。


「向こうの列からなら入れる。

 賞罰も問題ない。

 だが並ぶところを間違えたこいつらが悪い!」


 融通が利かないなあ。

 たぶん、上の連中からルールの遵守を厳格に指導されているのだろう。

 自分が暮らすのなら、そういう街の方が却って安心ではあるのだが……お前は自分で「彼らを中に入れても問題はない、ちゃんと入れる」って言ったよな。


 向こうの列は凄い事になっている。

 あっちは駄目元な連中が殆どらしい。

 並び直したら丸一日かかりそうな勢いだ。

 間違いなく明日になっちまうな。


 みんなトイレとかはどうしているんだよ……中世ヨーロッパ・スタイルか?

 この花の王都の入り口で。

 定期清掃くらいはしているのかもしれんが。


「そうか」


 俺はそう小さく呟くと、いきなり門番の手を取り握手した。

 そして他の奴から見えないようにしながら、手品のようにそのまま収納を使って銀貨一枚(いちまんえん)をスルリと手の中に握り込ませた。


 最後に手を離す際に、親指で銀貨をグッグッと押し付けてアピールする駄目押しの動作は忘れない。

 奴の目をじっと見ながら。

 たぶんこいつも、こういう事になら融通は利くと思うのよ。

 ここは日本じゃないのだ。


 この親子はちゃんと王都の中へ入れる正規の書類を持ってきたのだし、別に凶悪犯でもなんでもないのだから、この通用門から彼の裁量で入場させたとて何の問題も無い。


 門番は少し驚いたような顔をしたが、ちらっと掌の中を見てから親子に向かって大きな声で叫んだ。


「そこの親子、通ってよし!」


 ほらな。

 こういう芸を『亀の甲より年の甲』って言うんだぜ。

 どっちかというと、甲じゃなくて中高年の高だけどな。


 俺は奴に向かってニコっと笑って、賞罰判定の魔道具に手を翳しながら冒険者カードを見せた。

 門番はニヤリと笑いながら、さっと銀貨を仕舞った後の手の平をこちらへ向け、ひらひらとさせて「行け」という合図をしてくれる。


 はあ。

 日本と違い、この手の話で融通が効いてよかった事だ。

 俺はさっさと門番に手を上げて挨拶して通る。

 俺の分の銀貨は既にテーブルの上に置いてあるのだ。


 そして彼らから声をかけられた。


「ありがとうございました。

 本当に助かりました。

 夫と死別して遠い故郷から働きに出ていたのですが、今までの職場を急に御暇する事になってしまって。

 今までの雇い先から紹介してもらった次の仕事が急遽王都で決まったものですから、故郷に戻って身分証を発行してもらう事が出来なくて。

 この幼い子を連れて故郷へ戻るのも難しいですし」


「ありがとう、御兄ちゃん」


 それを言うためだけに俺を待ってくれていた親子から礼を言われたのだ。

 ちょっと嬉しいよな。


「なあに、気にするなって。

 困った時は御互い様だよ。

 じゃあ、二人とも元気でな」


 一歩間違えれば、俺もあっちの不毛な列で確定だったのだから。

 あっちへ並んでいたら住所不定である俺なんか中へ入れてくれたかどうか。

 賞罰なんかはないから、金貨数枚こっそりと握らせたらならいけたかな?


 いや、むしろ賞の方なら盗賊退治の分があるがな。

 たぶん、それがあの魔道具に表示されたので、さっきの門番がニヤっと笑っていたんだろう。

 なんかこう、お前の事は気に入ったぞ的な感じに。

 困っていた見ず知らずの親子を助けた事も含めての、彼らなりの歓迎のセレモニーなのだ。


「やるじゃないか。

 あんたの事、気に入ったよ。

 僕はアルス。

 しばらく王都にいるよ。

 またどっかであったら宜しくね~」


 はは、後ろにいたまだ若い男にも、そう言われてパンっと軽く背中をどやされたが、まあ悪い気はしない。

 こういう事は世界を問わず、気持ちとしてあるもんなんだな。

 ちょっと心が温かくなるな。


 まあ若いと言っても、見かけだけなら向こうの方が年上に見えるだろう。

 パッと見に二十代半ばくらいの歳かな。

 西洋人の歳はよくわからない。

 だが、そいつの目はまるで子供のように純粋な輝きに満ちていた。 

 彼は日本人の俺から見てもなかなかの好青年で、また結構な男前だ。


 少なくとも、どう見ても悪党面ではない。

 ちゃんと王都にも入れているから悪人ではないだろうし。

 どこかでまた縁があったら一緒に酒でも飲むのも悪くない。

 こんな世界で、このような事を言ってくれる知己が出来て、俺も少しだけ楽しい気持ちになれた。


「ああ、俺はアルフォンスだ。

 じゃあアルス、またな!」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 読み直しましたが、 主人公が自己紹介してません。 村人や宿屋や村長に話しかける時も商人としか名乗ってませんよね? 神父さんが急にアルフォンス呼びしてて、 なぜ主人公がその名前になったか…
[気になる点] アルフォンスって名前が急に出てきましたが改名するような話ありましたっけ?
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