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13 荒地にて

 ほどなくして、俺達は草原地帯の終わりを無事に迎えた。


「やれやれ。

 とりあえず、この岩場もパッと見にはなんとか走れそうな按配かな。

 ただ、やはりというか地形が荒いな。

 まあ、そいつは最初からわかっていた事だ。

 仕方が無い、ここで車を乗り換えるか」


 俺は、ここまで活躍してくれたアメリカ車をよく労ってからアイテムボックスに仕舞い、自衛隊の幌付き高機動車を引っ張り出した。

 まあこれだって悪くはないもんだ。


 最低地上高四十一センチか。

 日本では、こいつで駄目な荒れ地ならもうキャタピラ付きでないと走れないとさえも言われる特別な車だ。


 どうせなら空自・海自で使っている民生向けのクローズドボディのタイプが欲しかったが、あれは滅多に御目にかかれるようなものじゃないので仕方がない。


 あれならエアコンもバッチリなのだが、陸自の隊員だって泣いて欲しがっているが貰えない代物なのだからな。

 少なくとも俺の家の近所には、そいつに乗っている人間はいなかった。

 ネットの中古車市場でも滅多に見かける事はない、いわば幻の車なのだ。


 数年前に近所のタイヤ屋で英国製のごつい軍用車に乗っている人を見た事があるが、生憎とそいつは見かけなかったし瓦礫の中にもなかった。

 あれは相当厄介な車なので、おそらくもう売ってしまったのだろう。

 残念だ。 


 高機動車は乗員室が幌なのが気になって出さなかったが、ここなら魔物も少なそうだし大丈夫じゃないかな。

 だが乗り降りが非常に不便だ。

 特に体の小さな子供はなあ。


 澪はやれやれといった感じで見ているが、玲は少し楽しそうだ。

 ははは、やっぱり男の子だね。


 俺は丁度いい休憩なので、自分で作った簡易な天幕付きのトイレで用を済まさせてやり、台を出してやって子供達を『荷台』に乗せた。


「凄いなあ、レンジャー部隊だ」


 いや、玲よ。

 そこは単なる平の自衛隊員が荷物扱いで運ばれるスペースだからな。

 まあ喜んでいるからいいか。


 そもそもレンジャー部隊なんていう怪し気な物は自衛隊に存在しないのだ。

 昔の、俺が玲よりも小さかった頃にやっていた特撮番組の中には在ったな。


 玲も今は大丈夫そうだけど、どこかで落ち着いてからが恐い。

 きっと親の事や学校の友達の事とかを激しく思い出すだろう。


 街では両親と一緒に過ごす子供も見かけるだろうしな。

 玲にとって大切な人達は、澪を除いてもう一人残らずいなくなってしまった。

 あの迷宮の胃袋という円の中に取り込まれた街の生き残りは、もう俺達三人だけなのだ。

 それは澪も一緒だろう。


 それに澪は女の子なんだしな。

 幼い弟の手前、御姉ちゃんとして気が張っていた分だけ、後の反動の大きさが心配だ。


 それから、なんとかかんとか岩場を時速三十キロメートル程度のスピードでクリヤしていく。

 足元が草に埋もれている草原と違って、比較的目視であれこれと見えるのが助かる。


 だがパッと見で大丈夫そうに見えても、実際にタイヤで踏むと凄いギャップだったりする。

 うっかり、そいつに速めの速度で突っ込もうものなら、乗客から凄い悲鳴が上がる。

 こいつも平地を走っているだけなら、中々の乗り心地なのだが、さすがにこれだけの荒れ地ではな。


「うわあああ」

「おいちゃーん!」


「すまん、すまん。

 いやあ、地形が荒いわあ」


「おいちゃんの運転もね!」


 こんな状態で魔物に遭遇したら目も当てられない。

 速く走れないから逃げきれないので戦うしかないが、必ず勝てる保証はない。


 やがて日が傾いてきた。

 おおよそ、この荒地を抜けるために三百キロメートル程度のコースを予定していて、そのうちの三分の一以上が本日の目標だったのだが、頑張って百二十キロメートルは距離を稼いだので充分な戦果といえるだろう。


 明日には南にあるラギン・リタ街道と呼ばれる間道のような地方の街道に出るはずだ。

 これは日本でいえば、大きめの県道みたいなものか。

 リタの街なんかは手頃な感じで悪くないと思っている。


 ラギンは最初に行くには少し大きい。

 それにラギンには鉱山都市という表示があるからな。

 街には荒くれ男とかが揃っていそうだ。

 俺が一人で商売しにいくのなら悪くはないのだが、子供連れで行くのは少々憚られる。


 ラギンへ行くのならラギン・リタ街道を東方向へ進む事になるので、西方向のニルヴァ方面とは逆方向になるしな。


 とりあえずリタ経由で辺境主街道を北上し、迷宮都市ニルヴァを目指すつもりだ。

 もう、あの草原のマンションへ戻る選択肢はない。

 さすがに魔物が出過ぎだわ。


 南の方、殆ど海沿いにある南の要害フィスカからニルヴァまでの街道を、フィスカ街道と呼ぶらしい。

 俺達が今目指している西部辺境街道であるラギン・リタ街道を西方へ向かうと、このフィスカ街道に出るので、そこを右折して北上すれば迷宮都市ニルヴァに到着する。


 リタからは国の西部を南北に走り、また東西地域を繋いで王都へ向かう主街道と繋がる大街道であるフィスカ街道を行くわけだが、大きな街道なので対人トラブルが予想される。


 魔物との遭遇は減るはずだが、もしかすると盗賊なんかは出るかもしれない。

 個人的には、そっちの方がうざいわ。

 やはり対人戦闘は少し気後れする。

 そっち向けの武器なら、それこそ超豊富に揃っているけどな。


 相手が厄介な魔法使いとかでもない限りは、二百発くらい弾をぶっ放せる軽機関銃あたりを振り回しておけば、まず全滅するだろうし。


 しかし、あれらを人に向けるのは少々憚られる。

 銃なんかは、出来れば射撃場における玩具としての用途に留めておきたい。

 いざとなったら、子供達を守るためにやるしかないわけだが、あまり気が進まない。


 とにかく街道に出たい。

 道無き道を行くのは、もうたくさんだ。


 街道を行くという事は、他の人間ともかち合う訳で、また別のトラブルのネタになる事でもあるのだが、街に行くためにはまず道に出ない事には話にならない。


 どうせ街に行けば、嫌でも人と関わらなくてはならないのだ。

 それが今から鬱なんだけどな。

 世界レベルでまったく価値観が違う人々と、ちゃんとコミュニケーションが取れるだろうか。


 あと、この世界に車があるのかどうか。

 俺の乗る車達は、元本の車両をコピーして乗り換えていけば整備や燃料などに問題はないのだが、もし馬車しかないような世界ならば、おそらく車に乗ったまま他人と接触すればトラブルは必至だろう。


 しかし、もう限りなく御爺ちゃんに近いような歳の体を壊したおっさんと小学生の子供が車を降りて、歩いてこの異世界を旅する事はまず無理だろうし、とりあえず代替可能な交通機関が存在しない。

 保安上の観点から見ても、それは有り得ない選択肢であった。

 何かにつけて悩ましい。


「よし、もうタイムアップだ。

 今夜はここで野営だな」


「野宿するの?」


 後ろの荷台シートから澪が心細そうな表情で聞いてくる。

 まあ、道中であれだけ魔物が出たのだから無理もないけど。


「ははは、別にこんな危険な場所でテントを張るわけじゃあないさ」


 そう言って俺は目星を付けた場所で車を止めた。

 まあ目星といっても、この荒野のどこに止めても似たようなものなのだが、少し高くなっていてこちらから周囲が見やすくなっているという程度だ。


「ここ?」


 玲も少し不思議そうな感じで見回した。


「ああ。なあに、そう心配しなくてもいい。ここに野営用の防御陣地を作るのさ」


 俺はそう言って、まず大型のモーターホームを出した。

 これの無事な奴があって本当に助かる。

 これは三人ならば超余裕でゆったりと寝られる。

 屋根裏みたいな寝台もあるから、俺と子供達も別れて寝られるし。


 そのモーターホームの周りを、三重に積み上げて高さ七メートル以上にした大型コンテナでぐるりと隙間なく囲んだ。

 一列だと倒れるかもしれないから、支え合って安定がいいように、もう一回り同じように外側へもコンテナを置いてみた。


「どうだ。これだけ囲っておけば、でかいのもすぐには襲ってはこれないだろう。

 まあレーダーで警戒はしておくよ。

 だが小さい奴らが登って乗り越えてくるかもしれないから、気を付けないとな。

 さあ、早めに御飯にしようか」


 俺達はキャンプ用のテーブルと椅子のセットを出して、夕食の仕度を始めた。

 あまり匂いを出すようなものは何かを引き寄せそうなので止めにした。


 温かいスープや御飯、お肉たっぷりの野菜炒めに唐揚げなどのメニューだ。

 これらは出発前に澪が作っておいたものだ。


 俺はこういう物もコピーするための元本を用意しているが、敢えて澪に作らせている。

 その方が、澪も気が張っているからいいだろうと思って。


 玲も幸せそうに平らげていた。

 御姉ちゃんが一緒にいてくれて本当によかった。

 天涯孤独となったこの子だけだったら、さすがに俺も持て余してしまっただろう。


 あれこれと弁当や総菜に、店で頼んで仕入れた料理の元本などは持っているのだが、食べ慣れた御姉ちゃんの料理を食べさせておかないと玲の心がもたないかもしれない。


 灯りは野獣をおびき寄せる事もある。

 光は生き物にとって好奇を誘うものだ。

 警戒はされるとはいえ、動物の種類や個体にもよるのだろうが、案外と人が思う程動物は火を恐れない。

 焚火にあたる猿なんかもいる。

 武器として使われれば熱いから怯みもするが、ただ燃えているだけの火など取るに足らないからな。


 火は、自然界にも落雷があったり木の枝同士が擦れ合ったりなどの原因で普通に存在する物だ。

 むしろ、そういう災害の方が野獣にとって脅威だろう。

 山火事になれば群れごと住処を追われ、餌となる獲物も焼け出されてしまう。


 俺達は完全に消灯して、物音を立てないようにして眠りについた。



 翌朝、無事に何事もなく世は明けて、澪がサラダを準備して玲が御湯の準備をしていた。

 俺はパンやハムの用意をしていたが、何かコンテナの向こうが気になる。

 いや苦になるというのか。


 これは俺のいつもの感覚だな。

 展開しっぱなしのレーダーを注意して見ると、外にやや大き目の灰色の点が見えた。


「まさか!」


 周囲に敵を示す赤点はない。

 俺はそーっと、二列一区画分のコンテナ六台を外してみた。

 そして思わずゾッとした。


 でかい、それはもうでかい死体が転がっていた。

 トカゲではない?

 六本足、いやこれは八本なのか?

 脚の数は合っているものの蜘蛛でもないな。


 何しろ余裕で十メートルを越えるほどの大きさの怪物が腹の中をごっそりと食い荒らされて、血塗れで転がっていた。


 基本的に獲物の内部を毒で溶かして体液を吸う蜘蛛なら、こういう死体にはならない。

 食われた方は何かの動物系の魔物だ。

 この魔物は荒れ地で素早く移動するために、多脚戦車のような進化を遂げたのだろう。

 襲った方は間違いなく何らかの肉食系魔物だ。


 俺の顔色はどんどんと悪くなっていき、澪と玲も何時の間にか隣にやってきていた。


「うわあ、荒地にもでっかいのがいるんだね」

「そして、それをあっさりと殺してこんなにも貪り食う、肉食の怪物もな」


「全然気が付かなかったねー」


 玲も辺りをキョロキョロと見回している。


 俺はそいつの死骸を収納した。

 こんな物を転がしておくと、また他の奴が匂いに誘われて寄ってくるかもしれない。

 あと死肉喰らいの群れでもいたら厄介だ。

 小柄なそいつらの場合、コンテナによじ登って大量に乗り越えてきそうな気がする。


「さっそく御飯にして、もう出かけよう。

 なんとしても、今日中に街道まで出るぞ」


「はあーい」


 さっきの魔物の死体を見ても、子供達からは思ったほどの拒否反応は無かった。

 特に食欲も減退していないようだったし。

 ここまで来る間に結構な数の魔物と遭遇していたからかもな。


 俺の顔色が一番悪い。

 この歳だと順応性には大きく欠ける嫌いがある。


 ああ、早くどこかの街に落ち着いて盆栽でも弄りたい気分だぜ。

 瓦礫の中に盆栽もあったのだ。

 鉢から抜けてしまっていたので収穫物扱いとして、アイテムボックスにちゃんと入れたものらしい。


 そこからは少し用心しながら進んだ。

 二時間ごとに休憩をして、休憩の合間にも爆発物をチェックして戦いに備えていた。

 これらは接近される前に使わないと、こちらが危険になる。

 昨日やられていた怪物を殺すような剣呑な相手には是非爆発物を使用したいもんだ。


 燃料系の焼夷剤の武器も作っておいた。

 これはまだ安心して使える。

 使う場所を選ぶ武器だけど。

 あまり変な場所で使用すると、こっちまで火に巻かれちまう。


 信管を取り付ける爆薬系の武器は作業中に誤爆する可能性もあるので、なるべく触りたくないのだ。

 中には避難所を守るために自衛隊が既に信管を付けてくれてあった物もあるので、それをコピーしておいた。


 だがアイテムボックスの中で砲弾と信管を合わせてみたら、なんと信管を装着出来た。

 合成という派生スキルによるものだ。

 アイテムボックスは、こういう使い方も有りなのか。


 段々と俺が疲れてきて、走行時間が減り休憩時間が長くなる。

 それでも夕方には彼方に草原のような場所が見えてくる。


 だが双眼鏡で地形を見た俺の顔が少し曇る。


「どうしたの、おいちゃん」

「うん……少し予想外の事が起きたな」


「予想外?」

「ああ。ちょっと見てごらん」


 俺は澪に双眼鏡を渡した。

 どれどれと覗いてみる澪。

 僕も見たいと玲が騒ぐので、もう一つ双眼鏡を出してやる。


「草原地帯でしょ。

 ここを目指していたんじゃないの?」


「ああ、そうなんだけどね」

「本当だ。これはちょっとマズイかも」


 玲にはわかったようだ。


「玲、何がマズイの?」


「潅木だよ、御姉ちゃん。

 この草原は物凄い潅木だらけなんだ。

 ここは車で走り抜けるのにかなり苦労しそうだ。

 そんなところで魔物なんかが出たら豪い事だよ」


 そう言われて澪は双眼鏡で見直してみて納得した。


「本当だ」


「やれやれ、本日はこれまでだな。

 もう十六時だし。

 俺も凄く疲れた。

 今日中になんとか街道まで出たかったんだが、これでは仕方が無い。


 あの灌木地帯の中でのキャンプは避けたい。

 この潅木地帯と荒れ地の境だと大きな怪物は出にくいとは思うんだが、それも昨日の魔物の死骸を見る限りでは何の保証も無いしな」


 さて、どうしたものか。

 あそこを抜けるんだと、鉈やマチェットで払いながら徒歩で行かないといけないかも。

 それは俺達にとってはきつすぎる行軍だ。


 灌木をものともしないような魔物も出るかもしれないし、意外に難所という事もありうる。


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