12 旅立ち
翌朝、マンションを早めに出る事にした。
「さあ、出発だぞ。
この俺達が暮らしたマンションも当分見納めだ」
「こいつは持って行かないの?」
「ああ、これは一種のマーカーみたいなものだ。
この世界と、あの故郷の街を繋ぐポイントなのさ。
大事に残しておこう。
いつか、ここから帰る事が可能かもしれないし。
それにまた戻ってこないといけないかなとも思っている。
せっかく無事に建っているんだ。
へたに引っこ抜くと、もう二度と真面には建たないかもな」
ちょっとした物なら、直後であれば元あった状態に戻す事も可能だが、完全に引っこ抜いて時間が経てば地盤も崩れて風化してしまうだろう。
草木を引き抜いた後って、ボコっとなっていて駄目だよな。
精密に作られた工業製品を取り外した時とはまったく異なるのだ。
まあ、俺達の住んでいたマンションでなくてよいのならマンションだって再現できない事もないのだ。
あの瓦礫の中には結構無事な感じのマンションとかが丸ごとあったりする。
コピー能力で部分的に切り取るという芸当も出来るようになってきた。
収納内部にてパーツを組み合わせる事も可能だ。
俺は未だに自分が手にした能力を全て把握出来ていない。
そいつは、いろんな可能性を秘めているのではないかと思っている。
「そうかあ。またここに帰ってこれるといいな」
澪は感慨深く呟いた。
この子達にとっては、ここで生まれて親と一緒に暮らした思い出のある家だからな。
俺だってそうなのだ。
ここで生まれちゃいないがな。
まあ、親の仏壇はちゃんと持ったし、俺の部屋にはもう何も残っていない。
この子達の荷物も、無事だった物は彼らの家から殆ど持ってきたのだ。
ただ、今までの服や下着も成長したら着れなくなってしまうだろう。
特に玲は、これからどんどん大きくなる時期なのだし、澪は女の子だから下着とかもデリケートな問題だ。
この世界に良い物があればよいのだが、そいつは期待薄だろう。
今履いている物をベースにして、この世界でどれだけ再現できるものかどうか。
一応はショッピングセンターで各種年代の服もかなり仕入れたし、例の瓦礫の中の無事な商品の中にもある。
ただ、瓦礫の中の物は中古が多いんだよな。
まあ贅沢を言ったらキリがないわけなのだが。
おっさんなんか、もうどうでもいいもんね。
パンツはXLでないと厳しいが、そいつは豊富に用意してある。
ただ、今よりもデブった時が困りものだ。
ただでさえ、最近はズボンが大きめサイズでないと穿けないくらいだしなあ。
「さあ、行こうか」
俺達はアメリカ製のタフな4WD車に乗り込んだ。
自衛隊の車両は、後ろが幌になっている奴か軽装甲車しかない。
安全そうな装甲車を引っ張り出そうかとも思ったが、さすがに運転する俺が辛い。
あれに乗っての長い行軍では身が持たない。
ただでさえ年寄りで体も壊しているのだ。
最近は十キロメートル以上運転した事が無いし、交代のドライバーもいない。
いっそ澪に運転を仕込むか。
いや、それも恐い。
この大草原は、足元が隠れてしまっているので何があるかわからない。
俺はそういう物を比較的容易に感じ取って避けられる特殊な技能があるが、他の人間ではそうはいかないのだ。
どうか、でっかい穴ぼこなんかがありませんように!
漫画で月面にて車両で移動中にうっかりとクレーターに落ちそうになる奴があったな。
あと南極の雪や氷で隠れた巨大なクレパスとかな。
多分そういう物はレーダーに映るからポップアップが出るはずなんだが。
少なくとも、地雷だけはないと信じている。
俺は大和に一頻り祈ってからハンドルを取った。
澪達はまたかというような顔で見ていたが気にしない。
車内には瓦礫の中から探しておいた交通安全のお守りを六個くらいぶら下げてある。
楽しい異界の旅は始まったばかりだ。
なるべく魔物とかと遭遇しませんように。
そして願い虚しく、只今絶賛魔物とカーチェイス中だ。
「おいちゃん、もっと早く~。
追いつかれちゃいそうだよ」
「だーっ、無理を言うなあ~。
足元がよくわからないんだぞー。
事故る、事故る~」
「でっけえなあ」
後ろを振り返っている玲が呟くのも無理はない。
そいつが現われたのは、ほんの数分前だ。
でかいトカゲだった。
何気に無造作に走っていて、うっかりと保護色で見にくかった奴の尻尾の先を踏んでしまったのだ。
少なくとも、こいつはステゴザウルスほど神経の伝達速度が鈍くはないようだった。
俺は疲れていて半分寝ていたような気がする。
レーダーに対しても、やや注意散漫な状態だった。
今はバッチリと目が覚めたけどな。
「きゃあ~、もう駄目ー!」
「諦めるなあ。
俺達は、あの大災害だって生き延びたんだぜー。
そんなに腹が減っているんなら、これでもたらふく喰らえや、この糞化けもんがー!!」
俺は荒れ地ながらも開けた直線コースとなって少し心に余裕が出来たシーンで、そいつを呼び出した。
アイテムボックスの武器ファイルからだ。
全長十メートル近くにも達する巨大な大槍だ。
サイズを拡大して大量にコピーしてやった代物なのだ。
こいつは、郷土資料館に飾られていた馬上で使う大太刀から作った武骨で大重量の物だ。
こいつは日本刀の仲間というよりも超でかい槍の穂先のような物だった。
そのスタイルが世界中で美術品として認定される日本刀に相応しくないくらいに武骨な代物だ。
この際、その方が槍にするには都合がいいから別にいいのだけれども。
馬上で刀を振るう戦闘は滅多な事ではやられないので、武将が自分の見栄えをよく見せるために敢えて作らせた物か、はたまた実際には特大槍の穂先であったものか。
その馬上剣はやけに太くて、その割に短い感じのずんぐりとした刀身だったから、馬の上からじゃ敵に届かない気がするんだよね。
鍔の部分がやたらとごつくて、やけに真っ直ぐな刀身で、確かに槍の穂先のような気もする。
それでも化け物級の代物だがな。
本当は重いから馬上でしか運搬出来ない大槍だったが、郷土博物館における展示の都合で言葉の見栄えをよくするために『馬上剣』として表示していたとか?
そこは、あくまで郷土資料館として観光用の城址公園にて市役所によって併設されているもので、権威のある博物館ではないからかもしれない。
その凶悪過ぎる銀の煌めきをトカゲの上から雨霰のように落としてやった。
少し距離を稼がないと、こっちが串刺しになる可能性があったので、車を加速しつつ放つタイミングに苦労した。
ミラーで見ると、奴は二十本くらい超大型の刀を背中に突き立てて、無様に地面にキスして這い蹲っていた。
俺は用心深くそいつを目視して、周辺に散らばった刀ごと、アイテムボックスに収納した。
よかった、死んでいた。
さすがに俺もホッと息をついた。
「いやあ、ビックリしたぜ~」
「虎の尾を踏むとは、正にこの事ね」
「いや、御姉ちゃん。
虎じゃなくって、トカゲさんだったよ。緑色の」
すかさず突っ込む玲。
「む。これは凄い。
今アイテムボックスの中で測ったら、草食系で地球のその辺にいるトカゲみたいに細身だったが、全長三十メートル越えの大物だった。
今までの最高新記録だな」
「もう、おいちゃん。しっかりしてよね」
う、澪ってば突っ込みが厳しいんだよなあ。
「不幸な事故やってん。
色合いとか生息場所から考えて、明らかに草食トカゲだったな。
もうゴメンって謝ったのにさ。
本当にしつこいったらありゃあしねえ。
あれで駄目だったら火炎放射器の燃料かガソリンで草原丸ごと焼き払わないといけなかったかも」
「そんな事をしたら、こっちまで御陀仏じゃないの」
うう、早くプラスチック爆弾の扱いを覚えよう。
俺って年寄りだからさ、どうにも危険な物の扱いにはおっかなびっくりで及び腰なんだよね。
他にも迫撃砲の砲弾やロケット砲の砲弾を大きくした物を投下する手段もあるが、そんな物を至近距離で使うと、こっちが御陀仏になりそうだ。
信管も嵌めてやらないと、落としても爆発しないしな。
信管だって十分な危険物なのだ。
四十ミリグレネードのランチャーもあるんだが、あれも取り扱いを間違えると手元で破裂するらしいし、車で使う時には銃架が必要だ。
アイテムボックスから投下してもいいんだが、いずれにしろ使用する前に訓練は必要だろう。
魔物の速度が速いのも問題だ。
大型魔物は歩幅が段違いだから歩いててもかなりのスピードが出る。
俺達も、よくここまで無事だったもんだぜ。
きっと俺の大和への御祈りが効いているのに違いない。
まあ、この世界に龍神大和本人はいないと思うのだが、親戚の龍神はいるかもしれない。
「ありがとう、大和!」
「まーた祈ってる」
「頼むよ、ちょっと休憩させて。
俺はもう御爺さんに近いような歳のおじさんなんだからね」
そう時間を置かずにアラウンド還暦を迎えようという、この俺さ。
泣き言の一つくらいは言わせておくんなまし。
「そうか。
じゃあ、ちょっと早いけど御昼御飯にする?」
「外で料理をするのは恐いな。
車中でパンでも食べようよ」
俺の弱気な意見に澪も頷いた。
さすがにあれだけ魔物が出たら、澪だって外で調理するのは嫌だろう。
「なあ、玲。
ここまでに魔物は何匹出たっけかな」
俺はパンをジュースで飲み下すと記録係に聞いてみた。
「さっきので十六匹。
まだそんなに来てないのにね」
「お、おう。
そうたいした事の無い奴ばかりで助かったよ。
空から手強い奴が来たら辛いところさ」
何かいい対空兵器は無いものだろうか。
今のところレーダーで確認して飛行魔物っぽい奴は迂回しているので、なんとかかんとか無事だ。
だが飛行魔物は速度差が凄いので、本気で狙われたらどうしようもない。
この大草原に、こんなに魔物さんがいるなんて思わなかった。
ここは、いかにも草原らしく草食の奴が多いらしいが、魔物だけあって気は荒い。
うっかりすると、さっきみたいな事になるのだ。
「もう、どれくらい来たの?」
「やっと四十キロメートルっていうところかな。
あと十キロメートルくらいで荒地に出るはずだ。
あっちは岩場だから魔物も少なそうだ。
少なくともレーダーではそのように見えるんだけど」
本当にそうかどうかは、まったくもって自信がない。
全ては行ってみてからの御楽しみときたもんだ。
「でも、こっちに来てよかったね。
上へ行っていたら大変だったよ。
きっと草原のど真ん中で夜を過ごす破目になってたわよ。
魔物もいっぱい出てくるだろうし」
リアルに想像してしまって、俺も思わず顔を引き攣らせた。
やれやれだぜ。
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