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7 前夜祭の後に来るもの

 俺は子供達を連れて、この避難所にある自衛隊の駐屯本部へと向かった。

 簡易な天幕式の物で、まるで自衛隊が登場する映画で見るような戦場に作られた陣地であるかのようだ。


 そこで何か慌しく指示を出している幕僚らしき人がいる。

 その顔に張り付いた深い焦燥が夕べの激戦を物語っている。


「こんにちは」


 彼は軽く敬礼で応え、挨拶をしてくれた。


「こんにちは。

 避難希望の方ですか?

 それでは避難所の責任者の方の指示に従って」


 俺は彼の言葉を遮り、こう言った。


「俺は、大人の責任でこの子達をここに連れてきた。

 この子達は昨日親を殺されて、今日同じマンションの住人である俺を頼ってきた。

 自衛隊には、この子達を無事にこの街から脱出させる義務がある。

 俺の事はいい。

 この子供達を頼む」


 彼は目を瞠ったが、少し目線を落としてこう言った。


「申し訳ありません。

 現在、重傷患者や緊急の病気の方、歩行困難な高齢者や妊婦などの緊急搬送に追われておりまして。

 避難に関しては、なかなか手が回っておりません。

 負傷者の方すらなかなか運びきれず、重傷者の方中心の搬送に追われています」


「今晩また奴らが来るぞ?

 自衛隊は、こんな幼い子供達を見殺しにするのか。

 自衛隊が空を統制しているから民間機は飛べないので、航空会社に頼んでもチャーターヘリすら呼べない。

 億の金なんてあったって何の役にも立たない。

 子供たった二人すら救えないじゃないか。

 一体、俺達にどうすればいいと言うんだ」


 それを耳にした彼は思わず言葉に詰まったが、そのまま肩を落とし実情を語ってくれた。


「政府には増援を要請してはいるのですが、これがなかなか。

 避難所は多数あるのに加えて、昨日の襲撃で死傷者は多数に上り、重傷者の搬送もままならない状態でして。


 今夜を凌ぐために追加の隊員や装備をピストン輸送している有様で、とても一般の方の輸送まではなかなか手が回っていないのが現状です。

 今も対処できない重症者の方がどんどん亡くなってしまっている状態でして。

 多くの民間の医師達も危険を覚悟で来ていただけているのですが、陸上自衛隊も人員の数が充分にいるわけでもないというのもありまして」


 俺は思わず目を瞑った。

 さっきチラっと見たが、昨日の死者もブルーシートを被せただけの悲惨な有様だった。

 凄まじい死臭がその青さを越えて伝わってくるかのようだ。

 直に大量の蠅の群れが集まる事だろう。

 せめてドライアイスを運んできてほしいものだが、それも叶わない状況なのかもしれない。


 なんていう事だ。

 ここは最早、最前線の戦場だった!


 俺はしゃがみこんで子供達に語りかけた。


「どうする、お前達。

 すぐに脱出させてはやれない状態のようだ。

 一旦マンションへ戻るか。

 ここは多分、敵による再度の襲撃目標になっている。

 夕方までにヘリに乗れないのなら、ここにいると却って危険だ」


 それを聞いて幕僚はすかさず訊いてくる。


「それは一体どういう意味でしょう?」


「わからんのか。

 昨日、ここは灯りを煌々と付け騒音を撒き散らしていた。

 だから『人がたくさんいる』という事で襲撃を受けたのだ。

 奴らはこの避難所を既に餌場として認識している。

 ここはもう紛れもなく迷宮という名の怪物の(あぎと)の中なのだから」


「迷宮?」


 やれやれ、国家公務員である自衛隊さんに、なんと言ってやったらいいのだろう。

 国会で通用する言葉で言ってやらないといけないのだ。


「夕べ、ここには何が来た。

 自衛隊がいるのにも関わらず、避難民の三分の二近くを葬るとは尋常ではないぞ。

 そこの麓にある目立つ建物、うちのマンションには巣を求めてきたとみられるハーピーが百十体もやって来て、百数十人はいただろう住人がほぼ全滅した。

 生き残ったのは俺達三人だけだ」


 彼は黙ってしまい唇を噛み締めていたのだが、しばらくしてこう答えた。


「はっきりと個体名を確認できたわけではないですが、ファンタジー小説に詳しい隊員によりますと、ゴブリン・コボルト・オーク・スライム・オーガ・ハーピー・リザードマンといったところだそうですが、あまりにも数が多過ぎました。

 おそらく、奴らはここを襲撃した分だけで数万体はいたでしょう。

 街全体では何体いたものやら。


 隊員は果敢に戦いましたが、相手は人間と比べたら手強すぎますし、如何せん数の論理で敵いません。

 小口径の5・56ミリ弾は奴らに対してあまりにも非力で、その上戦闘途中で弾薬も尽きました。

 終いには隊員が自動小銃に銃剣を着剣して戦っていました。

 ナイフにシャベルや、剰え武器が足りずに箒で戦っていた隊員さえいます。

 とてもじゃないですが、そんな物では少し強い相手になるともう敵いはしませんが。

 避難所が全滅しなかったのは、まさに奇跡です。

 彼らは何故か潮が引くように引いていったので、御蔭でまだ生存者もおりますが」


 今度は俺が唇を噛み締める番だった。

 畜生、そういう事なのかよ。


「頼む、この子達を今日中にヘリで安全地帯まで連れ出してくれ。

 搬送が無理なら一時的に航空封鎖を解いてもらえないか。

 自分でヘリを頼むから。


 夕べは、夕べの襲撃は只の前夜祭だ。

 そいつらは全部、下級クラスの魔物じゃないか。

 ただの前座だ。

 その上のクラスの連中は、舌なめずりをして出待ちしているだけだ」


 俺にはわかってしまった。

 理屈ではない。

 単にわかるのだ。


『ここは間違いなく全滅する』と。


 わかるからこその苦悩。

 この街の住人を一夜にしてヘリで救出するなど不可能。

 火星に有人宇宙船を飛ばそうかというこの二十一世紀においても、地べたを這う人は『道』を封鎖されるだけで、こんなにも、こんなにも無力な虫けらでしかない。


 いつも何気に見上げている青い空は、本日は遠く、あまりにも高い。

 手元にコピーしたヘリはあっても、操縦できるパイロットがいないのでは話にもならない。


「あ、あなたは一体何を知っているのです?」

「お前らこそ、何を隠しているんだ!」


 俺達はしばしの刻を無言で睨み合ったが、先に目線を逸らしたのは彼の方だった。


「すみません、力がなくて本当に申し訳ない。

 ですが、その子達の本日中の移送は叶いません。

 航空封鎖の解除も自衛隊機の邪魔になるので上が許してくれないでしょう。

 頻繁に凄まじい数のヘリが戦闘機動で過密に飛んでいますので、いつ衝突事故が起きてもおかしくないような酷い状態です」


「いつなら出来る」


「わかりません。

 とても、そんな目安がつく状況ではないのです。

 わかってください」


 これは駄目だ。

 この異様な事態が、既にこの現地責任者である人の権限や能力を完全に越えているのだ。


 死地にて孤立無援の状況か。

 なおも詰め掛ける多数の避難民と、命がけで闘い、明日の命も知れない自分が預かる隊員達に挟まれて。

 通常なら隊員一人亡くなっただけでも大騒ぎになるのに。

 段々と、夕べの死者の数だけ彼の魂に垂れ線がかかっているように見えてきた。


 俺は顔の隅々まで苦悩を貼り付けながら、しばしの間、彼の前に呆然と立ち尽くした。

 そして、ようやく重い口を開く事に成功した。


「子供達、一旦撤収だ。

 これでは話にならん。

 奴らは今夜もここにやって来る。

 今度は、夕べの雑魚集団とは比べ物にならないような強者の群れが。

 戦闘員も弾薬も大幅に不足するだろう。

 やってくるのは避難民と怪物ばかりなりだ。


 この避難所はもう墓場と同義語の存在であり。もういつ全滅してもおかしくない。

 奴らは日中にも襲ってくるかもしれん。

 今すぐに帰って今夜を生き残る準備を整えるぞ」


 俺が淡々と語る終末の詩を心に刻みつつ、幕僚は言葉もなく俺達を見送ると、すぐに自分の仕事に戻っていった。

 今のような些事に心を残す事さえ彼には許されないのだ。


 帰りがけに門のところで若い隊員に尋ねられた。


「お帰りになられるのですか?

 ここにいた方が安全だと思うのですが」


「ああ、夕方までにヘリでこの街から脱出できないのであれば、むしろここにいない方がいいからな。

 お前さんにも家族がいるだろう。

 頑張って今夜を生き残れよ」


 彼は市民から逆に励まされてしまって何か神妙な顔をしていたが、敬礼で見送ってくれた。

 おそらく……残念ながら俺の励ましの祈りは成就すまい。

 ゴッドブレスユー、名も知らぬ自衛隊員の君よ。


 俺は無言でハンドルを握っていたが、子供達は不安そうに聞いてきた。


「ねえ、避難所にいた方が安全なんじゃない?」


「そうだよ、おじさん。

 あそこには自衛隊がいるんだよ」


 俺は首を振って言葉を返す。


「そうとは限らない。

 うちには何万匹もの敵はやってこないだろう。

 少なくとも今夜くらいは。

 ハーピー対策さえしておけば、うちの方が生き残れる確率は高いかもしれない。

 自衛隊だって多勢に無勢ではどうする事もできない」


 子供達にはよくわかっていないのだ。

 自衛隊という物の在り方が。


 自衛隊は、こんな事に対応できるように作られた組織ではないのだ。

 それだけの人員も予算も武器弾薬の備蓄も無い。

 日本に戦争なんか絶対に出来ない。


 政治的外交的な理由で、わざと最低の装備と人員しか持たされていない。

 それでも命じられれば自衛隊は命懸けでやらねばならない。

 避難所を守るあの幕僚はよくやっているとしか言いようがない。


 弾薬がもてばいいがな。

 さすがに俺がコピー品を補給してやるわけにはいかない。

 納得のいく説明がつけられないからな。


 まあそんな真似をすれば、その場で俺が逮捕されるのがオチだな。

 その場合は一時的に避難所にて拘束されるだろうから、夜になればそこで一巻の終わりだ。

 それに夜まで魔物どもが来ないなんて限ったものでもないし。


 それに『今晩の客』に自衛隊の武器で対応しきれるのかどうかも不明だ。

 こっそりと弾薬を置いてやったとしても、なんともなるまい。

 そして、ここ以外にも他の避難所がたくさんあるのだし、所詮は付け焼刃でしかない。


 夕べは全ての避難所がああだったのだろうか。

 俺にはたった一匹のハーピーを追い払うのがせいぜいだったのだが。

 それすらも、かろうじて奴らの習性に助けられたようなもんだ。


 そして、なんとか無事にマンションまで辿り着いた。

 俺は子供達を先頭に、いつでも銃をアイテムボックスから取り出せる態勢で階段を上りながら言った。


 さすがに弾倉を入れて4キログラムに達するような重い小銃を抱えて階段を上層まで登れない。

 俺は体を壊してマンションに引き籠っているおっさんなのだから。

 更に今は、そのマンションからさえ、いや生者の世界より追い出されんとしている現状な訳だが。


「子供達、空には注意していろ。

 この階段は屋外にあるからな」


「うん。恐いよ、おじさん」


「大丈夫だ。

 あのハーピー自体はそう恐いものではない。

 この俺でも追い払えるレベルのものだから。

 襲撃してきたのがあいつらで、まだ不幸中の幸いだった」


「え、でもマンションの人は皆が殺されちゃったんだよ?」

「それでもだ」


 俺の短く真剣な口調に、子供達も少しは理解出来たようだ。

 心なしか緊張している。


「お前ら、そう心配そうな顔をするな。

 何故か政府の動きは異常なまでに早い。

 どういう理由でかは知らないが、この異常な事態をよく把握してくれている。

 いつまでもこうではあるまいよ」


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