5 迷宮の胃袋
俺はそれらの、普段ならガンロッカーの中に仕舞われていて御手入れや射撃訓練の際にだけ外出を許されるであろう、封印されし品々を収納してから思った。
「一体この街で何が起きようとしているんだ?」
俺の疑問に答えるかのように例のウインドウがポップして、あの不思議な地図を表示してくれた。
じっとあの赤い円を見ていると説明がポップした。
どうやら、このウインドウは目視でも反応するらしい。
そういや収納なんかもそうだよな。
そこには【迷宮の胃袋】と書かれていた。
「迷宮の胃袋? なんだい、そりゃあ」
胃袋って。
まるで俺達が食われてしまったみたいじゃないか。
だが俺はゾクっとした。
もし、もしも今俺達は既にその迷宮の胃袋とやらに食われてしまっているというのなら、これから消化されてしまうとでもいうのか。
もしそうであるというのであれば、その消化液に当たるものは、あの俺をパニックさせた場所から現われるのだろう。
政府は市内交番の警官、一般の巡査達に日頃は装備していない筈の重武装を与えている。
彼らは何か知っているのだろうか。
俺は改めて、さっき警官から手に入れたばかりの武器を再び取り出した。
クリーニングオイルやグリースにクリーナーブラシのような手入れの道具も一緒に入っている。
モデルガンの手入れで、こういう物は使った事があるな。
銃本体と弾丸もたくさんコピーしてみた。
サブマシンガンにマガジンを取り付け、操作の確認をしてみる。
一回チャンバーに弾薬を装填して具合を確かめてみてから、マガジンを外してからチャンバー内の弾薬も排莢する。
それから再度マガジンを装着しておく。
こういう風にマガジン内に弾薬を詰めっ放しにしておくと、縮まった状態のバネが駄目になってしまうのだが、時間停止状態らしい俺のアイテムボックスの中ではそうならないので安心だ。
ライフルの具合も見ておいた。
単銃身のタイプだから助かるな。
狩猟用のよくある二連銃は素人には非常に狙いをつけにくいはずだ。
強力な長物が手に入ったのでありがたい。
本当は至近距離で絶大な威力のある散弾銃も欲しかった。
むしろ素人には、へたな機関銃よりも近接ならそっちの方がいいくらいだ。
自動小銃などは反動で銃が跳ね上がって狙いが逸れてしまうので、一遍に弾がたくさん飛び出す散弾の方がいい。
まあ戦う相手にもよるのだろうが。
散弾の小さな弾では大きな相手には通用しない。
散弾銃で大物を狩る時には一発弾を使うくらいだ。
「まあ、無いよりはマシかなあ」
本音を言えば自衛隊の自動小銃が欲しいのだが。
彼らは今この街へ来ているのだろうか。
その時、窓の外から爆音が聞こえてきた。
ベランダに飛び出すと、なんと近所の避難所へ自衛隊のヘリが降下していくのが見える。
それを一目見て感じた。
持っている。
彼らはきっと制式自動小銃を持っている。
俺にはわかる。
理屈でなくわかってしまう不思議な力があるのだ。
被災者の救援や支援の他に、彼らは間違いなく『戦闘出動』の任務を帯びているのだ。
通常ならば、そんな事は絶対にない。
絶対に武装なんかしてこないのに。
何故だ。
そんな想いは頭の隅っこに追いやった。
今大事な事は、俺が欲する武器、それらがそこに存在する事、ただそれだけなのだから。
俺はそのまま、玄関を飛び出し階段を駆け下りた。
手に入れたい。
彼らが持つ武器を!
俺は自転車を漕ぎまくり、転げ落ちんばかりの勢いで避難所へと駆けつけた。
急坂の上の方は自転車を降りて押しながら走った。
そして、なんとそこには自衛隊の凄い走破力を持つ車両が置いてあった。
更に軽装甲車両まで置いてあるのだ。
どうやら俺が到着する以前に、ヘリで吊り下げて矢継ぎ早に運び入れたようだ。
もう昨日のうちに持ち込んであったのだろう。
そういや、自衛隊のヘリが来ていると誰か言っていたな。
俺が留守にしていた時にもう来ていたのだろう。
しかも普段なら装備していないはずの軽機関銃まで軽装甲車の銃架に装備されている。
付近には自動小銃を持った自衛官が警備している。
これは平和な日本では異様な光景だ。
だが、これはチャンス。
俺は無人と思われる、それらの車両を次々とコピーしていき、彼らが持つ自動小銃も入手した。
その隊員も緊張していたものか、一瞬銃が彼の手から消えた事にも気付かなかったようだ。
彼らは訓練用ではない、戦闘用の重い金属性ヘルメットを被っていた。
幕僚と思われる、腰に拳銃をぶらさげている隊員がいたので、そいつの拳銃もありがたくいただいておいた。
そいつは警察とは違う型の、結構なファイヤリングパワーを持つ9ミリ口径の拳銃だった。
もう一人見かけたのでそいつの銃も入手したが、確かこれは女性にも向いた軽量で装弾数の少ないタイプだ。
見事に目的は果たしたのだが、やはり情報が欲しい。
俺は銃を手にした若い隊員に声をかけた。
「自衛隊さん、何か物々しいですね。
まるで戦争でも始まるかのようだ」
だが彼は困ったような顔をして返答が出来ずにいた。
そうですか、無闇に話せないような事でしたか。
「ああ、いや。
ちょっと聞いてみたかっただけですよ、御苦労様です」
彼はホッとした様子で少し笑顔を見せたが、また緊張した様子に戻った。
(とんでもねえ話だなあ。なんだい、こりゃ)
俺は丁度パイロットが降りて無人になったヘリも荷物ごとコピーで頂いたが、アイテムボックスのコピー品リストの中にとんでもない物を見つけた。
M2重機関銃。
12・7ミリ対物ライフル。
7.62ミリ狙撃銃。
手榴弾。
小型迫撃砲。
対戦車ロケット砲。
40ミリ擲弾連続発射機。
火炎放射器、それにプラスチック爆弾まで。
このヘリはここまでの戦闘装備を運んできていたのだ。
普通の部隊で扱っていないはずの物騒な物まで混じっている。
何故、こんな避難所に?
ああ、俺達市民を守るためか!
ここに、ここの防衛のためにそんな物が必要だというのか?
俺は大混乱していたが、もうどうしようもないので、そこを撤収する事にした。
ついでに炊き出し用のプロパンコンロや非常食料などの物資はコピーさせてもらってきた。
今、この街に何が起きようとしているんだろうか。
どうしたらいいのかわからなくなって俺は俯き加減で山を下りた。
どうも、あそこに俺はいない方がいい。
そんな気がする。
この予感に逆らってはいけない。
それだけはわかっているのだ。
たぶん、今回は失敗すると命に係わるだろう。
わかる。
理屈でなくわかる。
その夜は夜更けまでヘリの音がひっきりなかった。
病人などの避難者を運んで、帰りには物資を運んでいるのではないだろうか。
自衛隊の驚異的なスピードでの展開と、その驚愕すべき戦闘装備の数々。
混乱する頭を押さえながら、俺は階段を上り部屋へ戻っていた。
日頃はエレベーターしか使わないので、十階くらい上るのは骨が折れる。
仕入れておいた食料の中からありあわせの夕食を用意すると、それらをビールで流し込み、俺は早々に眠ってしまった。
何か大きな音がして、俺は夜中にふと目を覚ました。
もしかして爆発音なのか?
そして連続する銃声がけたたましく響く。
これは、おそらく自動小銃、あるいは同じ弾薬を使用する軽機関銃なんかの発射音だ。
観光用の射撃場で聞き覚えのある軽い発射音だった。
そしてまた爆発音が轟き、何か騒がしい悲鳴などのような声が響く。
それらの音が山の上の小学校で華々しく鳴り響き、運動会をやる時のような感じで他の住宅地にまで響いているが、これは……間違いなく避難所が何者かの襲撃を受けているのだ!
次の瞬間に、真っ暗な俺の部屋にウインドウが立ちあがったが、拡大された地図に真っ赤な点が多数映っており、禍々しい感じであった。
これは間違いなく襲撃者の存在を表しているのだろう。
「これは一種のレーダー機能か。
しかし、なんて数だ。
あれじゃ自衛隊も持ちこたえられないだろう。
そうたいした人数の隊員はいなかった!
おそらくは弾薬ももたないぞ」
だが、俺が指を使ってタブレットのように狭めた地図には赤点が集中する地帯が犇めいており、この迷宮の胃袋の中で各地がそのようになっている事を示しているようだった。
市内のあちこちで赤点の嵐が猛威を振るっていた。
戦国時代、太平洋戦争、それ以来であろう兵器による暴風がこの街を襲っていた。
今度は市民を守るために。
その警戒色の真っ赤な光点が激しく動き回っている。
一方で緑の点は、いかにも防戦一方ですといった感じの動きを見せながら徐々に消えていった。
俺は思わず息を飲んだ。
避難と補給のために灯りを点けて騒々しくしていたから、避難所がやられたのだろう。
この真っ暗なマンションに奴らは来ていない。
だが、そう思ったのも、そこまでの話だった。
次の瞬間にはベランダに立っていた俺の目の前には、宙に浮かんで耳障りな羽音を立てる見た事もない怪物が立ちはだかっていたのだ!
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